第二百二十七話「何事もほどほどに」
「と、言うわけで宝の地図を貰ってきたわ」
「……は?」
ララがツリーハウスに帰ることができたのは、明け方のことだった。
眠りの浅くなったイールに帰宅を気付かれてしまった彼女は、潔く夜の間の出来事を二人に話す。
オビロンに書いて貰った古代遺失技術のメモも差し出し、床に正座の完全反省態勢である。
「夜中にこっそり抜け出して」
「森の奥にある本物のオビロンさんの住居に行って」
「そこでこれを貰ってきたと」
「左様でございます」
何故か代わる代わる要約するイールとロミに、ララは頷いて肯定する。
二人は顔を見合わせ、困ったように眉を寄せる。
自分たちが寝ている間に、随分と話が動いていた。
「……まあ、いいか。ララだしな」
「そうですね。ララさんですしね」
「え、二人の中で私ってどういう――」
謎の理由で納得した二人に、ララが狼狽する。
そんな彼女に構わず、イールはメモを取り上げた。
「レイラから貰ったのに書いてある場所もいくつか被ってるな。信憑性が高いってモンじゃないか」
「まさしく神話級の地図ですね。時代が時代なら聖遺物として神性を持ってても可笑しくないです」
「そ、そんなに……」
「神様というのはいつでもどこでも神力を放出していますから。着ている服から足跡まで、あらゆるものが神性を持つ可能性がありますよ」
イールの肩越しにメモをのぞき込みながら、ロミが言う。
「それじゃ、イールの武器も聖遺物になるのかしら」
「聖遺物というより、神造武装ですかね。遺物ではありませんから」
「あたし、そんなの使いこなせる自信ないぞ……」
「大丈夫ですよ。神々が手ずから作り上げた武器なんて、使いこなそうと思わずとも強制的に使いこなせてしまいますから。それが正式な所有者となれば尚更です」
軽々と言い切るロミ。
こういった分野の話について、彼女ほどの適任者はいないだろう。
「あ、そうだ。オビロンがイールのこと心配してたわよ」
「あたし?」
ララは思い出したようにイールに話しかける。
オビロンが邪鬼の醜腕について言及していたことを伝えると、イールは琥珀色の瞳を見開いて籠手に覆われた腕を持ち上げた。
「オビロンがそこまで気に掛けてくれるなんてな。親友の寵愛だったか。誰なのかは気になるが、別段、治して貰う気は無いな」
「そういうと思ったわ。オビロンはびっくりしてたけど」
苦笑しながらも断言するイールに、ララも頷く。
「それじゃ、その前にあたしたちもやることやらないとな」
「だねぇ。さしあたり今はコパ村との交流の仲介だけど」
「……最初はやっぱり、向こうに行った方がいいですかね」
相談することもなく、自ずと三人の総意は一カ所に収束する。
まずは敵――というわけではないが、相手のことを知らなければ、手の出しようも無い。
「それじゃあ、今日はコパ村まで行く感じかしらね」
「だな。オビロンかソールか。村を出るにはどっちに声を掛けたらいいんだ?」
「ああ、それなら大丈夫よ」
そう言ってララがズボンのポケットから小さな宝石のような物を取り出す。
銀の細工で縁取られたそれは、小柄な卵型の青い水晶が輝いている。
ララがその中心を押し込み起動させると、水晶から声が発せられた。
『もしもし? 何か御用かしら?』
「あ、おはようオビロン。ちょっと村を出てコパ村の視察に行きたいんだけど」
『分かったわ。それじゃ、神託のブローチを持って西に進んで頂戴。道は作っておくわ』
「ありがとう。それじゃあ、こっちで話がまとまり次第出発するわね」
『ええ。気をつけてね』
再度水晶を押し込むと、輝きは失われて音声も途切れる。
ララがブローチを仕舞って顔を上げると、あんぐりと口を開ける二人と目が合った。
「えっと……?」
「神様と直通の通信機なんて……」
「どれだけ神話級のアイテム集めれば気が済むんだ……」
戸惑うララに、二人は呆れたように言う。
さらりと出てきて異常な物品に、驚く気力さえなくしてしまったらしい。
「まあ、ララだしな」
「ララさんですもんね」
妙な形で納得し、二人は頷く。
「……なんか釈然としないけど。まあいいわ。お話を進めましょ」
そう言って彼女は立ち上がる。
三人は身支度を調えると、早速出発するつもりだった。
「あ、ケイルソード。おはよう」
「ララか。早いな」
ララが借間から出ると、ちょうどケイルソードと出くわす。
彼は、短い弓と矢筒を背負っていた。
「森に行くの?」
「ああ。仕事だ」
ララの問いかけに、彼は短く答える。
ララはふむふむと数度頷き、ぽむ、と拳を叩いた。
「それじゃ、途中まで護衛して頂戴」
「は?」
ベルトにナイフを提げていたケイルソードが首を傾げる。
「今日はちょっと人間の村まで行こうと思ってて、森の中を通るの。ほら、私たち女の子ばっかりだし、ちょっと森は怖いかなって」
「三人で旅してきた女なんて、その辺のエルフよりも屈強だろ……」
「いわーこわいなーおおかみにおそわれちゃうかもー」
「……」
棒読みで助けを請うララ。
チラチラとこちらを見る視線に、ケイルソードは大きくため息をついた。
「付いてくるなら勝手にすればいい」
「やった! 流石はケイルソードね!」
ころりと表情を変え、ララはケイルソードの手を握る。
ケイルソードは眉間に深い皺を刻んで、心底迷惑そうに唸っていた。
「それで、他の二人は?」
「イールは剣の点検、ロミは触媒の補充してるわ」
「……ほんとは護衛なんかいらんだろ」
あっけらかんと言うララに、がっくりと肩を落とすケイルソードだった。
特に準備の要らないララは一足先にツリーハウスの下に降り、サクラを抱えて待つ。
ケイルソードは矢の具合を確認していた。
「おまたせ。って、ケイルソードも来るのか?」
「おまたせしましたー。あれ? ケイルソードさんも一緒でしたか」
二人が待っていると、程なくしてイールとロミもやってくる。
どちらも剣や杖を携え、準備も万端である。
ケイルソードはそんな彼女達の姿を見て、ますます表情を曇らせる。
「……下手すりゃ俺より強いだろ」
思わず漏れ出した彼の本音は、ララの最上の笑顔でもみ消された。
「ララ、ブローチは持ってるか?」
「大丈夫よ。ばっちり」
「なんだそれは?」
イールが持ち物検査を施し、ララは当然と胸を張って青い水晶を取り出す。
それをケイルソードが見て不思議そうに尋ねた。
「えっと、精霊から貰ったの。コレ持って西に行けば、道を作ってくれてるみたいね」
「やっぱり俺いらないじゃないか!」
「どうどう。話し相手が欲しかったのよ」
「それこそ仲間内でしておけよ」
不思議生物を見るような目でケイルソードはララを睨む。
それでも付いてきてくれるあたり、彼も根は良いのだろう。
ブツブツと文句を言いながらも、出発すると先頭に立って案内してくれる。
「ケイルソードは森の警備をしてるんだっけ?」
「お前らみたいな外部の奴らが忍び込まないようにな」
ララの質問に、ケイルソードは拗ねたように答える。
「それじゃあ、あたしら以外にも迷い込んでくる奴はいるのか?」
「人間は、俺の知っている限りじゃいないな。それ以外の――多少魔法に秀でた種族はたまにくる」
弦の張りを確かめる為か、ピンと爪弾きながらケイルソードは答える。
彼らエルフとイール達人間の間には、魔法技能に於いて大きな隔たりがある。
その長い距離の間にも勿論種族は存在していて、エルフほどではないが人間よりは魔法が得意、という種族も多かった。
エルフと共通の祖先を持つ妖精族などもその一つである。
「妖精、雪妖精、白羽根に黒羽根。珍しいところだと人魚が転移魔法に失敗して来たこともあるぞ」
「人魚!?」
過去を思い出しながら語るケイルソード。
その口から飛び出した種族名に、ララ達は一様に驚く。
予想しなかったその反応にぎょっとしながら、ケイルソードは首を傾げた。
「なんだ、お前ら。人魚に知り合いでもいるのか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
幼少期、人魚に助けられた経験を持つイールは、どぎまぎしながら首を横に振る。
その隣で、ララが微妙な表情を浮かべていた。
「しかし、結構ほいほい侵入されるんだな」
言外にザルとでも言いたげにイールが口角を上げる。
ケイルソードはむっと眉間に皺を寄せ、不服そうに唸る。
「いくら精霊手ずから構築した高度な結界と言えど、永遠に完璧な状態が保証されてる訳じゃない。龍脈の調子や大気中の魔力量によって、多少硬度は変わる。それはもう仕方の無いことなんだ。むしろ、強固に構築すればするほど、環境に対応する柔軟性は失われる」
「ふむふむ……。勉強になりますね」
早口で抗弁するケイルソードに、ロミはメモを取り出して頷く。
彼女も魔法を修める者の端くれ、エルフの言葉は金に値するのだろう。
「そういうわけで、短時間結界なら問題ないが、恒常的に設置される結界は見回りが必要なんだ」
むっすりとした顔で、ケイルソードは締めくくる。
結界の性質など、ましてや長期間に於いて設置を目的とする結界など人間の扱う魔法では考えられない。
そのため、エルフにとっては当たり前の知識も、人間にとっては目から鱗ということはよくある。
「そういうわけで、俺は毎日森の様子を見つつ警備巡回をしてる。生計を立てるために、その道中に狩りをしたり採集したりもしてるがな」
気が付けば、村の端、森の入り口に辿り着いていた。
ケイルソードは立ち止まり、彼女達の方へ振り向く。
「ほら。ここからは森の中だ。油断するなよ」
「分かったわ」
油断を消し、目つき鋭く森を見るケイルソード。
彼に従い、ララ達も口をきゅっと結ぶ。
「まあ、緊張して力が入りすぎるのも良くないからな。何事もほどほどに」
「むっ!?」
ギクシャクとした動きになってしまったララを見て、ケイルソードが薄く笑みを浮かべる。
ララは目を見開くと、一度大きく深呼吸をして、適度に力を抜いた。
「――それじゃ、森に入るぞ」
そうして、一行は森の中へ足を踏み入れた。
 




