第二百二十一話「目を回しちゃってる!」
オビロンはロミ、イールと視線を移し、最後にララへと微笑みかける。
心の深奥を射抜くような瞳に肩を跳ね上げ、ララは恐る恐る右手を差し出す。
吸い付くように手が混じり、絡み合う。
神にさえ匹敵する美女の手は驚くほどに柔らかく、確かな微熱を伴う。
「幾億もの星を越え、よくぞいらっしゃいました。私はこう見えて、管理者の末席に連なる者。塔より見下ろす傍観者として、貴女を歓迎しましょう」
「……色々知ってるみたいね」
観念し、苦笑を浮かべるララ。
オビロンは薄く浮かべた微笑みを絶やさず、僅かに頷いた。
「私は旧き親友との盟約に従い、塔の七層より見下ろしています。故に、最も近い者です。私は貴女がやってきたその日から、貴女がやって来るのを、貴女と邂逅できる日を待ち続けていました」
「それはまた、随分と長いこと待たせちゃったわね」
「貴女の炎が限りなく細く小さくなったときは、少しばかり心配もしました。ですが、貴女は強く、驚く程に聡明でした。私の予想よりも随分と早く、この日は叶いましたね」
「色々、スケールが違うみたいだわ……」
捉えどころの無い、まさに人智を超越した存在に、ララはふっとため息をつく。
「お目にかかれて光栄よ。私はララ。こっちの二人共々、よろしくね」
「ええ。もちろんですとも。私の親友の寵愛を受けた娘、我が母の愛を目指す娘。共に我らが塔に集う仲間ですから」
ララが視線で二人を促す。
イールとロミが慌てて立ち上がり、順番に挨拶をする。
オビロンはそれを頷きながら聞き、嬉しそうに口元を覆った。
「それでは、私は居ない者として頂いて結構です。精霊とララさんたちで、ごゆるりと」
コルミはそう言って、そっと席を両者の中間にずらす。
そんな彼女の気遣いに感謝しつつ、ララは視線をオビロンに戻す。
「それじゃ、早速本題に入りましょうか」
神秘的な雰囲気を纏う女性は、そう言って席に着く。
「村の者からおおよその話は聞いていますね? 近年、エルフはその存在価値が薄らいでいるのです。種としての輝きが失われていると言い換えてもいいでしょう」
「それは、エルフが排他的な種族だから?」
ララの言葉に、オビロンは頷いた。
間に座るコルミはテーブルに用意されていたカップに口を付け、静かに座っている。
「エルフは変化を望まなかった。しかし、変化のない種は、やがて滅ぶ。今エルフという大きな船は、緩やかな滅亡の途にあるのです。私はそれを望まない。長きにわたり見守ってきた我が子が死に絶えるのは、自分が消えるよりも苦しく耐えがたいことですから」
「だから、人間との交流を持たせようとした、と」
オビロンが首肯する。
「未だエルフは人間と全面的に交流を持てるほどには成熟していません。そこで、貴女方には、リエーナの村に最も近い人間の村、コパ村との試験的な交流を取り持って欲しいのです」
「……コパ村?」
オビロンの口から飛び出した村の名前。
それは、ララも聞き覚えのある名前だった。
「コパ村って……」
「あたしとララが出会った村だな」
「そして、錆びた歯車によって滅ぼされた村でもあります」
ララが冷凍睡眠装置から目覚めた森にほど近い、小さな村だ。
イールがアームズベア討伐の依頼を受けた村であり、古代遺失技術を狙う組織【錆びた歯車】のメンバーによって全員が殺害された死の村だ。
「あそこは廃村になってしまったんじゃないの?」
「というか、この村に一番近い村がコパ村なのか!?」
三人は互いに顔を見合わせて混乱する。
彼女達がソールと出会ったのは、アルトレットにほど近い場所だ。
そこからコパ村まではかなりの距離が横たわっている。
ララは、にわかには信じられないと目を見張った。
「コパ村は、ここから人の足で三日ほどの距離ですよ」
「そんなに近いの?」
「ええ。ですが、並の人間ではリエーナの村を見つける事すら不可能です」
「周囲を覆ってる結界のせいね」
ララの指摘にオビロンは頷く。
「鏡面結界は私の守護によって構築された特別な結界。私が認めた者でなければ、入ることはできません」
「それのお陰で、村の人達も私たちをある程度信用してくれてるのね」
サクラが事前に調べた情報では、村の外は無限に続く森だった。
その森の広大さも、結界によるものなのだろう。
「コパ村はロミさんの言ったとおり一度滅びました。ですが時を経て、また数人の旅人が定住しようと復興作業を行っています」
「そうだったのか。確かにあそこは立地もいいからなぁ」
村人のいなくなった廃村に流浪の旅人が流れ着き、定住するということはそれなりにあることらしく、イールは納得して頷く。
「レイラ様なら何か知っているでしょうし、一度話を伺ってみましょうか」
ロミがペンダントを胸元から取り出しながら言う。
しかし、それはオビロンの手によって制された。
「申し訳ありませんが、この場所や村の中ではそれは使えないと思います。鏡面結界はあらゆる魔力を内外問わず退けてしまうので」
「そうでしたか……。それじゃあ通常の通信魔法も使えませんね」
眉を寄せて言うオビロンに、ロミは残念そうに言って諦める。
一度村の外に出てしまえば、問題なく使えるとオビロンが補足し、ロミもそれまで待つことにした。
「それじゃ、私たちはそのコパ村に居着いた人達と交渉すればいいの?」
「はい。村人達が信用に値する人物かどうか、というところから全面的にお任せします」
「そんな重要な所から私たちが決めちゃって良いの?」
「ええ。もし問題が起こったときは、初めからやり直せばいいのですから」
そう言って、オビロンは薄く微笑む。
ララは何故か、背筋がぞくぞくと凍る感覚を覚えた。
「いつから交渉は始めたら良い?」
「それもお任せします。私が欲しいのは、エルフと人間の調和だけですから」
随分と放任主義な精霊に辟易しつつも、ララは頷く。
自由度が高いと考えれば多少は気が楽になる。
「何か成果が挙がれば、そこにいるコルミやアーホルンに伝えてください。たまに私が村の中にいる時に直接伝えていただいても結構ですが」
「分かったわ。とりあえず持ち帰って、今後の方針から決めてくることにするわ」
「ありがとうございます。難しい問題を押し付けてしまい、申し訳ありませんね」
任せろと言わんばかりに胸を叩くララ。
オビロンはしゅんとして声を落とした。
「良いのよ。ソールから報酬は約束されてるし」
その話は知らないのか、オビロンが首を傾げる。
「あたしの新しい剣を打ってくれる妖精鍛冶師を紹介してもらうんだ」
「それと、私たちが探してる古代遺失技術への案内ね」
イールとララがそう言うと、オビロンは数度頷く。
「それなら、私がどちらも肩代わりしましょうか」
「と、いうと?」
「貴女方が古代遺失技術と呼んでいる物をいくつか、私も知っていますから。剣の方も、私の加護を籠めて作らせていただきます」
「ええ!? い、いいんですか?」
にこやかに言うオビロンの言葉に反応したのは、今まで傍らで静かに座っていたコルミである。
彼女は思わずと言った様子で椅子をはねのけ立ち上がり、オビロンを見ている。
「し、失礼しました……。精霊が加護を籠めた武具を作るなど、そう聞く話ではないので」
「あら、そうでしたか。これでも昔は色々と作っていたんですよ。アルメリダの聖槍とか、イェジの水晶とか、イワの盾とか」
恥ずかしそうに顔を赤らめるコルミに対し、オビロンは楽しげに言った。
その中に羅列される言葉に震え出すのは、ロミである。
「あ、あの、その方々は……」
「キア・クルミナ教の人たちね」
「……きゅぅ」
「ロミ!? め、目を回しちゃってる!」
さっくりと投げられた言葉を受け止めきれず、ロミがテーブルに突っ伏す。
慌ててララが抱き起こすと、彼女はぐるぐると目を回して混乱していた。
 




