第二百十七話「とても大切なことだと思うよ」
「それじゃあ麗しいお客様の名前も知れたことだ。贈り物の方も受け取っていいかな?」
「もちろん。ちょっと待ってね」
ララが懐から、ジローナから預かった包みを取り出す。
リストの文字と併せて確認し、それをモノクに手渡す。
「おお、これか! いやぁありがとう。助かるよ!」
包みを手に取っただけで中身が分かったのか、モノクはまた大げさな身振り手振りで喜ぶ。
彼が早速包みを開けると、中には木箱が入っており、それを慎重にカウンターに置いてゆっくりと蓋を開く。
「中身を聞いても良いかしら?」
好奇心で首をのばしてのぞき込みながら、ララが尋ねる。
「もちろんだとも!」
そう言って、モノクは見やすいように箱を回転させて彼女たちの方へと向ける。
箱の中には、マスティアの時と同様に白い綿が敷き詰められていた。
その柔らかに保護された中に収まっているのは、透明な青と赤の二つの石だった。
丸く研磨されたそれは、宝石のような輝きを放っている。
「水と火の魔石だね」
ソールがそれらの名前を言い当てると、モノクは頷く。
対照的に、イールとロミは驚きの表情を隠せないでいた。
「こ、これ魔石なのか!?」
「こんなに透き通って……。すごく純度が高い魔石ですよね」
いつものごとくちんぷんかんぷんなララが、ロミの袖を引っ張って説明を乞う。
「魔石は分かりますよね?」
「魔獣の体内にあるやつでしょう?」
「そうです。その魔石にも品質があって、純度が高いほどその色は透明度を増すんです」
「そういえば、今まで見てきた魔石は濁ってるというか、あそこまで透き通っていなかったわね」
「そうなんですよ。あれだけ高純度の魔石、それこそ竜種くらいからしか採取できないような」
段々とその価値が分かってきたララは、改めて箱の中の魔石を見る。
どちらも向こう側が見えるほどに透き通った魔石である。
「それは何のための魔石なの?」
「ああ。これは調理場の魔導具に使うんだよ。青は水生成、赤は炎生成だね」
「なななっ!?」
あっさりと言うモノクに、ロミが驚き声をあげる。
「そそそ、そんなに希少な魔石を、それだけのために!?」
「でも、これくらいの純度がないと安定した炎や綺麗な水が出ないからね」
ララは今にも失神しそうなロミを必死に支える。
「あー、そこの君たち。何か勘違いしてるね」
そこへ口を割り込んできたのは、苦笑したソールだ。
ロミが首を傾げていると、彼は続きを話す。
「確かにこの魔石は純度が高いものだけど、価値はそれほどないよ」
「な、なぜですか……?」
「理由は簡単。これが人造魔石だからさ」
一瞬の静寂が店内に満ちる。
ロミは固まったまま動かない。
ソールの言葉の理解に、時間が掛かっているようだった。
「エルフは持ち前の膨大な魔力を使って、魔石を作ることができるんだ。とは言っても向き不向きはあるから、魔石職人なんていう職業のエルフにしかできないわけなんだけど」
つまり、と一呼吸置いてソールは続ける。
「純度は高いけど天然モノじゃない。お値段もぐっとお安い」
「……きゅぅ」
「ちょちょちょ、倒れないで!?」
処理能力の限界を越えて、ロミがぐったりと倒れる。
支えていたララは慌てて力を込めて彼女を引き留める。
そんな様子を、モノクは不思議そうに眺めていた。
「それじゃあ届け物も無事に渡せたことだし、昼食にしようか」
オーリエのテーブルへと移動しながら、ソールが言う。
時刻も丁度昼になり、皆も空腹感を覚えてきた所だった。
「そういうことなら、腕によりをかけて作らせて貰うよ」
カウンターの向こう側から、モノクも張り切った様子で袖を捲る。
「ここのおすすめはルビの葉蒸しとパンケーキなんだっけ?」
「そうそう。ルビの葉蒸しは一度食べてみるといいと思うわ」
ティーナは頷き、是非にとララ達に勧める。
彼女達も初めて食べるエルフの料理である。
期待に胸を膨らませ、全員がそれを希望した。
「兄さんもそれでいい? ソールも? じゃあ六人前ね」
結局、全員が同じものを頼むことになり、代表してティーナがモノクに声を掛ける。
「モノク、ルビの葉蒸しを六人前頼めるかしら」
「はいよ。しばしお待ちを」
モノクは大仰に頷くと、早速調理に入る。
なれた様子で調理器具らしい魔導具を扱う彼の様子を、ロミは遠い目で見ていた。
あの魔導具の中に組み込まれ、動力源となっているのは、人間の社会ではまずお目に掛かることができないような、高純度の魔石である。
「まさか、エルフの社会だとあれがありふれたものだったとは……」
「驚いてるのは僕らも一緒さ。人間は魔石を魔獣から取り出すしかないなんて、森を出て初めて知ったときは中々信じられなかった」
呪詛の様に漏れ出たロミの言葉に、ソールが苦笑いを浮かべて言った。
エルフは、持って生まれた膨大な魔力と高い魔法的素養によって、人間界では希少な魔石を自ら生み出すことができた。
それは、ロミのような人間の魔法使いから見れば、手から黄金を生み出すようなものだ。
「なんか、それを人間に知られたらマズい気もするな」
「あー。奴隷狩りとかになりそうかも。違法だったとしても隠れてする奴は出そうねぇ」
「そんなにか……。うぅん、人間との共存っていうのは難しいねぇ」
危機感を覚えるイールとララに、ソールは渋い表情になる。
それほどまでに、魔石の価値というのは人間にとって高すぎるのだ。
「ほら、難しい話は置いておいて、腹ごしらえした方が良い」
六人が難しい顔で黙っていると、両手に皿を乗せたモノクがやって来た。
「わ、これがルビの葉蒸し?」
木皿の上にあるのは、大きな葉で包まれた料理だった。
微かな湯気と共に感じるのは、覚えのある香りだ。
「ん~、この香り、どっかで嗅いだような……」
「ルビオ茶じゃないのか?」
「それだ!」
以前に飲んだこともある、ルビオ茶。
アルトレットでは比較的ポピュラーで、庶民にも広く親しまれている飲料だ。
「ルビの葉を使って作るお茶が、ルビオ茶なのね」
「私も葉っぱをそのまま料理に使うのは初めて見ました……」
「茶葉をパンケーキに練り込むとかは聞いたことあるけどなぁ」
葉蒸しを囲み、ララ達は口々に語り合う。
同じ食材でも、文化が違えば調理法も違うのだ。
「さあさあ、とりあえず食べてくれ」
モノクが追加で残りの人数分の皿も持ってきて言う。
全員分が揃ったところで、ララ達は一斉に食べ始めた。
「いただきます!」
細い糸で閉じられたルビの葉を開くと、中に詰まっていた蒸気が香しい香気と共に解放される。
葉に包まれているのは、細長い淡い黄色の木の実だった。
「これは?」
「若いルビの実だよ。熟し切ると凄く固くなって食べられないんだけど、できてすぐの若い実は甘くて美味しいんだ」
早速フォークを使って切り分けながら、ソールが言った。
改めて見て、ララはバナナに似ているように思う。
恐る恐るフォークを入れると、予想より遙かに柔らかかった。
少しねっとりとした果肉は、差し込まれたフォークに吸い付くように離れない。
高温で蒸されたことで、しっとりと仕上がっているようだ。
「……はむ」
一口大に切ったそれを、口に運ぶ。
ねっとりしっとり、ほくほくとした食感が口の中に現れる。
ほのかに甘い香りが突き抜け、濃厚なコーンの様な味が追いかける。
時折感じるピリリとした刺激は、一緒に蒸された香辛料によるものらしい。
「ほわぁ……」
一口で感じる満足感に、ララは思わず声を上げる。
「エルフの料理でも、人間の口に合うのね」
「そうだね。僕も人間の料理でも好きな物は多いよ」
少し驚いて言うララに、ソールも頷く。
村を出て、人間の町を旅してきた彼だからこその感想だ。
「ただ、エルフは動物の脂とか肉とかは好まないんだよね。そのあたりが使われていないか確かめるのは大変だったよ」
「そっか……。焼き肉食べられないのか……」
「そうだねぇ」
憐憫の目を向けるララに、ソールは思わず笑い出す。
「でも、同じ物を美味しいと思えるのは、とても大切なことだと思うよ」
「それは私も同感ね」
パクリとルビの実を口に運びながら、ララは頷いた。




