第二百話「ルールが分からないと楽しくない!」
「はい。俺の勝ちな」
「うわあああん!」
レイラが気取った顔で一揃いのカードをテーブルに置く。
涙目になったロミが、自分の手札をぶちまけた。
「うわぁ……えげつないですわね……。ロミはロミで悲しい程ついてないですし……」
二人の様子を見ていたテトルが率直な感想を漏らす。
ララとイールが買い出しに出かけて、人の気配の希薄になった塩の鱗亭では、突発的なカードゲーム大会が開催されていた。
エレメントサークルという名前のそのカードゲームは、主に上流階級の人々の間で古くから嗜まれている定番だった。
四つの身分とこの世界にある基礎四大元素、派生四大元素、四大根源素を合わせた十二つの属性を組み合わせた四十八枚のカードを使い、様々なルールの元で遊ぶ。
今回二人がやっていたのは、マジカルロッドと言って、要は特定のカードの組み合わせを作り、強かった方の勝ちという単純明快なルールである。
「うぅ……いっつもこれだけは下手なんです……。奴隷の無水氷しか揃わないなんて……」
「ほんとに、これだけはこっちがかわいそうになるくらいの悪運だよな」
ぐすぐすと鼻を鳴らすロミに、流石のレイラも素直には喜べないようだった。
ロミが彼女に師事し、魔法の修行に打ち込んでいた時代にも二人はこれでよく遊び、そしてロミが無残にも完敗していたものだった。
「しかしまあ、貴族の八大元素揃えるなんてねぇ。流石お師匠様、容赦無いわね」
「人聞き悪いこと言うな。こればっかりは運なんだよ」
茶化すテトルにレイラは口を尖らせる。
とはいえ彼女も、最大八枚引けるルールで八枚一揃いの組み合わせを引き当てるとは思わなかった。
きちんとシャッフルしたのは確認したが、不思議なこともあるものである。
「ぐすん。ミラーアイなら負けないのに……」
「あれは記憶力だもんな」
いそいそとカードを片付けながらロミが訴える。
並べたカードをひっくり返して一揃い作っていくゲームだが、ロミはそれがめっぽう強かった。
「動く種類のカードでもわたし得意なんですよ」
「それもう記憶力関係ないですわよね」
「妙なところで運を発揮するんだよ」
とんとんと纏めたカードを揃え、ロミはまたシャッフルする。
どうやらそのまま続けるようだった。
「それじゃあ次はテトル、やる?」
「ええ。せっかくですから」
レイラが席を立ち、代わりにテトルが座る。
「お手柔らかに」
「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ」
山札が二人の中央に置かれる。
両者はおもむろに手を伸ばし、互いに握手する。
「マジカルロッド」
二人の声が揃う。
山札を構成する四十八のカードが淡く光る。
「どちらから?」
「テトルさんが先で良いですよ」
「では、お言葉に甘えて。……貴族かしら」
手を解き、テトルは逡巡の後、一番上のカードを指先で叩きながら宣言する。
カードがそれに応えるように、一枚だけぽっと光を放った。
「当たりですわね」
「なんで当たるんですかぁ……」
うきうきと笑みを浮かべるテトルとは対照的に、がっくりと肩を落とすロミ。
マジカルロッドはまず山札の一番上にあるカードの身分を言い当てなければ引くことができない。
もし間違えてしまった場合は、シャッフルし、相手にターンが回ってしまう。
最大数の八枚を引けたレイラは、詰まるところ八回連続でカードの身分を言い当てたということだ。
「ほら、次はロミの番ですわ」
「うぅ……。神官です!」
カードは沈黙を保ち、ロミは崩れ落ちた。
†
「ただいまー。って、みんな揃って何してるの?」
夕方。
ララとイールが買い出しから戻って来ると、塩の鱗亭の食堂ではテーブルを囲む人々がいた。
「おかえりなさい。今シアさんとレイラ様が勝負してるところです」
帰ってきた二人に気が付いたロミが振り向いて説明する。
よく見ればテーブルについているのはシアとレイラである。
それを囲むのはロミとテトル、そしてミルとミオの四人である。
「勝負? わ、カードゲームじゃない」
「マジカルロッドっていうゲームです。レイラ様が持ってきてくださってて」
「懐かしいな。そういえば久しくこれで遊んでない」
戦いは白熱しているようで、レイラは四枚、シアは六枚のカードを持っている。
イールはこのゲームを知っていたらしく、懐かしそうに言った。
「昔はそれこそ毎日のように、テトルと遊んだもんだ」
「お姉様!? は、恥ずかしいのであまり……」
「テトルはあたしが勝つと泣き出すから、上手く負けてやるのが大変だったよ」
「ああああっ!」
気持ちの良い笑みを浮かべて暴露するイールに、慌ててテトルが詰め寄る。
なんだかんだと言って、仲睦まじい姉妹である。
「ミルはこういうの得意なの?」
シアの肩越しにカードを見ていたミルに、ララが声を掛ける。
「いえ。私もさっき教えて貰ったくらいで。お貴族様が嗜む遊びらしいんですが、なんでシアは知ってるんでしょう?」
「そうだったの……。シアは、なんか知っててもあんまり違和感ないわね」
不可解な物を見るような顔で、ミルはシアの横顔を見る。
組み合わせの強さについて二人とも知識を持ち合わせていないが、シアは随分と余裕綽々といった表情である。
「カミシロにもこういうゲームはあるの?」
「えっと、まあカードを使ったゲームということなら。ルールや枚数なんかは全然違いますが」
ミオの言葉にララはほうほうと頷く。
カミシロにいる間に知っておけば、買い集めるのも良かったかも知れない。
「なんか、すっごい複雑そうなルールね」
テーブルの上で繰り広げられる戦いを見ながら、ララが率直な感想を漏らす。
現在は両者とも八回のドローをこなし、レイラが五枚、シアが変わらず六枚の手札である。
そこから今度はカード交換のフェーズに突入するようだった。
いらないカードを選択し、また山札の一番上のカードの身分を言い当てる。
成功すれば二つを入れ替えることができる。
「ルールもだが、運もかなり必要なゲームだからなぁ」
「うーん、それはちょっと厳しそうね……」
ことあるごとに運が求められるゲームは、ララは少し苦手だった。
「希望への道だ!」
手札が決まったらしく、レイラが威勢良く宣言しながらカードをテーブルに並べる。
平民の基礎四大元素一揃いと光の五枚揃いである。
かなり強い組み合わせらしく、ルールを知るテトルとロミとイールは思わず声を漏らす。
しかし、対面するシアはすまし顔だ。
「む? なんだか余裕そうね?」
思わずレイラが訝しむ。
「うふふ。私、やっぱりこれ得意ね。貴族の矜持」
「なっ!?」
貴族の四大根源素一揃いと、平民の火と水がテーブルに並ぶ。
「まさか……」
「生きてる間にアレを目にするなんて……」
「信じられないですわ」
ルールを知っている人たちがざわめく。
「そん……な……」
失意の中で、レイラが膝から崩れ落ちた。
静寂がその場を支配した。
「うん。ルールが分からないと楽しくない!」
そんな中で、一人だけルールが一切把握できていないララが、そう言い捨てた。




