第百九十九話「そ、そっか……」
「アルトレットの大通りも久しぶりね」
「そうだな。やっぱり大陸の人間の方が色が多くて騒がしい」
ララとイールは朝食を終えた後、早速旅の道具を補充するため町へと繰り出していた。
朝と言うには遅いが、昼というには早い時間帯の大通りは、相も変わらぬ狂乱具合である。
混雑具合で言えばカミシロの銭川通りと良い勝負だが、人々の服装や人種的な髪や瞳の色の違いによって、その雰囲気は随分と異なる。
「大陸はやっぱり、赤とか青とか多いわよね」
「そうだな。大陸っていうより、辺境の人種の特徴らしいがな」
イールが長い自分の赤髪を弄りながら頷く。
辺境では彼女のような赤髪も珍しくなく、自然に溶け込む。
どちらかと言えばロミの金髪や、ララの銀髪の方が珍しい。
「そういえば新しい神殿長も赤髪なんだっけ?」
「らしいな。まあ、髪色で性格とか能力が決まる訳でもないんだが」
昨日のシアの話を思い出してララが言う。
確か、例の優しそうな神殿長とやらも赤髪だったはずである。
しかしイールは興味なさげに頷くと、スタスタと通りを歩き始めた。
「あんまり興味無さそうね?」
「まあな。赤髪なんて腐るほどいるし、何なら最近は染料で染められるし」
「へぇ。髪染めもあるんだ」
何気なく飛び出た言葉に、ララはイールの予想以上に食いついた。
「なんだ。ララも髪の毛染めたいのか?」
言外にもったいないと言うイールに、ララは首を横に振る。
「ううん。単純に存在を知らなかったから驚いてるだけ。どうやって染めるの?」
「そういうことか。どうやってって言っても、単純に色水を用意して、髪に馴染ませるだけらしいが」
「色水とな?」
「精製水に染料を溶かした水さ。不純物のない綺麗な水だから、よく染まるらしい」
「へぇ。そういうのもあるのねぇ」
イールもあまり詳しくはないようで、それ以上の話は聞けなかった。
しかしそれだけでもララは満足したらしく、ふんふんと頷く。
自分の銀髪を染める気は更々無いが、一度くらい染めている所を見学したいものである。
「しかしあれね。髪色とか瞳の色とかって差別とか迫害の対象になると思うんだけど、ここではあんまりそういうのはないのね。カミシロでも特にそういうのは無かったし」
「迫害か……。人間同士だとあんまり聞かないな」
「そっか。人間以外にも種族があるんだもんね」
不思議に思って首を傾げるララに、イールが答える。
ララは目の鱗が落ちたようにはっとした。
「他に別の種族がいたら、人間は人間同士で結束しないと太刀打ちできないからな。基本的に、人間は弱いから」
「鬼人みたいに力に優れてる訳でも、人魚みたいに海で自由に泳げる訳でもないものね」
「そういうことだな。魔法だってエルフや妖精には敵わんし、身体能力は獣人の方が上だ」
「そう考えると、人間の強みって謎よね」
「謎って言うか、単純に数だろ。繁殖力は魔獣並みだぞ」
あっけらかんと言い放つイール。
逆にララの方が恥ずかしくなって頬を赤くした。
「もうちょっとデリカシー持ってくれませんかね!?」
「でり、なんだって?」
横文字の通じないもどかしさにララが吠える。
スプーンやフォーク、パンなどは通じる癖に、こういった単語だけは通じない。
「一応イールも年頃の女なんだからさぁ」
「年頃ねぇ。もう随分嫁ぎ遅れてる気はするがな」
ぼやくララに、イールは自嘲気味に言う。
彼女の視線の先には、分厚い鱗で覆われた赤黒い右腕があった。
「……やっぱりその腕のせいで破談になったりしたの?」
「うん? ああ、いや、特にそういうことはないぞ」
「じゃあなんで見てたのよ」
「単純に、あたしには結婚して家庭を作るような生活よりも、こいつと一緒に旅してる方が気楽でいいなって思っただけさ」
「そっか……。結婚生活ならぬ血痕生活ね」
「なんかいったか?」
「なんでもないわ」
しばし無言で二人は通りを歩く。
「あ、ここだ。ちょっと寄ってくぞ」
「りょーかい」
イールが立ち止まったのは、保存食を棚一杯に並べて売っている小さな店だった。
老婆の営むその店で、イールは謎ブロックとドライフルーツ、干し肉を購入する。
「いやぁ、懐を気にしなくて良いのは楽で良いな」
ほくほくと荷物を背中のリュックにしまい、イールが言う。
カミシロへの往路と復路で得たブルースケイルギュスターヴと海竜のお陰で随分と資金には余裕がある。
多少は妖精鍛冶師への依頼料として残さねばならないが、それでも値段を気にせず買い物ができる程度には心強い財布である。
「ちょっと話戻すけどさ。イールのその腕って生まれつきだっけ?」
また通りに戻り、人混みの中を歩きながらララが口を開く。
「うんにゃ。小さい頃は普通の腕だったぞ。十歳になるかならないかくらいの頃にポツポツと小さい鱗が浮かんできたんだ」
最初は肌荒れか何かかと思い、特に気にしてはいなかったのだと言う。
しかし日を追うごとに鱗は大きくなり数も増やし始め、硬貨ほどの大きさになった頃に、流石にこれはただ事ではないと気が付いたらしい。
「両親も大慌てだったよ。色んな医者や薬屋をたらい回しにされたし、たまに祈祷師なんてヤツも来た。結局それでも治らなくて、それどころか鱗以外にも異常が出始めたんだ」
「それって、怪力のこと?」
ララの予想に、イールは頷く。
「朝起きたら魔力が殆ど枯渇しててな。ふらふらになりながら自分の部屋を出ようとドアノブを持ったら、もげた」
「もげた……」
その時は体調も相まって、力の制御などできるはずもなかった。
ドアを破壊し、床を這うようにしてリビングまで進み、両親に発見されたのだという。
「まあ大変だったなぁ。悪魔憑きを疑われて、すぐに神殿に運ばれたよ。悪魔祓いにずらっと取り囲まれて、子供ながらあれは怖かった」
イールは曖昧な顔で言う。
幼い少女に、険しい表情の大人達に取り囲まれるという状況は中々に厳しいだろう。
「聖水ぶっ掛けられたけど特に痛くもかゆくもなかった。聖印見せられても困るだけだし、聖光当てられても眩しいだけだった。そうこうしてるうちにどうやら悪魔憑きではないらしいって分かったみたいだったな」
右腕は確かに人外の物だった。
魔力を奪い、怪力を宿す。
鱗は堅く、刃も魔法も通さない。
歴戦の悪魔祓い達も、これには困惑したのだろう。
「学院に送られて、詳細に身体中も調べられたよ。腕以外特に変わったとこはなかったけどな」
「なんだか、思った以上に色々やってるのね」
「まあ、それなりに両親に余裕があったからな」
これが平民以下の家であれば、見つかった初日にどこかで捨てられているはずだと、彼女は笑って言った。
ララとしては笑えない話である。
「まあそういうわけで、特に呪いや悪魔憑きなんていう悪い物では無さそうだって結論が付いた。そんで、邪鬼の醜腕って名前が付けられた」
「醜い腕って、冷静に考えると結構失礼よね」
「まあでも見たまんまそうだしなぁ」
ララが唇を尖らせると、イールは腕を持ち上げて首を傾げる。
確かに見た目は禍々しいが、何も醜腕と名付けなくても良いのにと、ララは不満げである。
「とにかく、今はこいつのお陰で傭兵生活も安定してできてるんだ。感謝こそすれ、治そうなんて気は毛頭ないな」
「それが原因でいじめられたりとかはしなかったの?」
「ま、多少はな。でも年齢が上がるにつれてみんなリザードマンとか他の種族がいることも知り始めたし、自然に消えていったよ」
「よくそこまで耐えられたわね」
「いや、耐えてないぞ? からかってきたヤツはぶっ飛ばした」
イールは誇らしげに醜腕の鋭い爪の伸びる手を握りしめて言う。
いじめがなくなったのはそのせいなのでは? と思わないでもなかったが、それを言う勇気をララは持ち合わせていなかった。
「そ、そっか……」
ララは苦し紛れにそれだけ言って、乾いた笑みを浮かべた。
「あ、次あそこの店に行こうか」
そんな彼女に気を留める様子もなく、イールは早速次の店を指さしていた。




