第百九十七話「私は大歓迎なんだけどね」
ミルとミオの二人が塩の鱗亭へ帰ってきたのは、それからしばらく経ってからのこと、ララ達が食べていた焼き菓子も残り少なくなった頃のことだった。
「みなさんお揃いですね。というか、お客様ですか! いらっしゃいませ」
ミオはテーブルを囲む見知らぬ少女達に驚いた様子で、慌てて装いを正す。
ミルはそんな彼女の背中に隠れ、恐る恐る顔だけを出していた。
「おかえり、ミル、ミオ」
「お二人共おかえりなさい。こちらはレイラ様とテトルさんと言って、わたしたちの――えっと、知り合いです」
ロミの当たり障りのない紹介に合わせて、二人が笑みを浮かべて会釈する。
「塩の鱗亭へようこそです。わたしはここの女将のミルって言います。是非、ゆっくりしていってくださいね」
「そうだな。こんな可愛らしい女将さんのいる宿屋だと、ずっと居たいな」
ミルは若干挙動不審になりながらも、宿の主として丁寧な対応を見せる。
レイラが頬を緩め、テトルが呆れた様子でそれを見ていた。
「ほら、ミルさんも困ってますわよ」
「あはは。これは失礼」
「い、いえ。その、お気になさらず」
テトル達が話している前でミルは顔を赤く染めると、早足で厨房へと引っ込んでしまった。
「あのちっちゃい女の子がここの女将さんか。少し驚いた」
「まあ、最初は驚くわよね」
面白そうに口元を緩めて言うレイラに、ララは頷く。
宿を訪れた人がミルを見てこの宿を切り盛りする女将だとはまず思わない。
「あ、みんな揃ってるわね。テトルちゃんとレイラちゃんの部屋はララちゃんたちの隣にしたわよ」
そこへ、部屋の準備をしていたシアも戻ってくる。
随分時間が掛かっていたようだが、額から汗を流している様子を見るに、随分と掃除に熱中していたようだ。
「ちゃん付けで呼ばれるのはなんだか新鮮だな」
「あら、嫌だったかしら」
「いや、むしろ嬉しいかな」
シアにちゃん付けで名前を呼ばれたレイラは、少し驚く。
立場上周囲の人物からはそんな風に呼ばれる事は一度もない。
彼女自身も懐かしいその感覚に、レイラは思わず破顔した。
「あのー。ご飯の準備はもう少し掛かるので、良ければお風呂を先に楽しんでください」
厨房の方からミルがぴょこんと耳を出してララ達に言った。
レイラの声が聞こえてきたのだろう。
「ありがとう。そうさせて貰うよ」
レイラは頷き、立ち上がる。
それに釣られるようにして他の四人も席を立つ。
「サクラは行かない?」
『機械ですから、防水機能があるとは言え水はあまり……。ここでスリープモードになっています』
「そ。分かったわ」
椅子の一つを占領してうつらうつらとしていたサクラに声を掛ければ、そんな返答が返ってきた。
ララはサクラの身体をぽんと叩くと、着替えなどを取りに部屋へと向かった。
「あの銀色の子はララの友達? 普通の機械とはちょっと違うよな」
「まあ、そんなところね。カミシロから連れて帰ってきたの」
廊下を歩きながらレイラとララが話す。
「カミシロか……。一度行ってみたいな」
「ロミから話は聞いてるの?」
「ざっくりとは。詳しいことは今夜にでも聞くさ。サクヤだっけ? カミシロの巫女さん。その人にも一度会いたいし、できればキア・クルミナ教の布教活動もしたいんだけどな……」
「結構文化に根付いてるわよ、あそこの宗教」
「だよな。……うーん、下手に手を出すと血を見そうだ」
それは流石に回避したいのか、レイラは渋い顔になる。
平和と秩序を掲げる教会は基本的に侵略的戦闘は行わない。
各神殿に配置されている神殿騎士も原則的には自衛の為の戦力だ。
とはいえ、版図を広げるのも教会の目的の一つに数えられる。
特にカミシロは大陸からも孤立した小さな島だ。
教会も把握していないような情報が多く眠っている可能性は高かった。
「これを上に知らせたら、色々会議が紛糾しそうだ」
今から物憂げな表情を浮かべ、レイラが言った。
「まあ、頑張って頂戴」
「人ごとだと思って……」
実際人ごとなので、ララの反応は軽い物である。
恨めしそうに見つめるレイラと、部屋の前で別れ、ララはドアの隙間に滑り込んだ。
「レイラと何話してたんだ?」
荷物の中から服を引っ張り出しているイールが、ララに声を掛けた。
「うーんと、教会も色々大変ねって話」
「なんだそりゃ」
適当なララの返答に、イールは首を傾げる。
「レイラ様は教会の中でも大変な位置にいらっしゃいますからね」
神官服の留め具を外しつつ、ロミが言う。
上層部にそれなりに近く、また多くの部下や秘密を抱える彼女は、末端であるロミとは比べものにならないほどの激務に忙殺されている。
彼女の弟子として、そのことはよく知っているらしかった。
「ですが、冷静に考えるとテトルさんもかなり凄いですよね。あの年で一つの組織を纏めてらっしゃいますし……」
「そういえばそうね。……私と同じくらい?」
「大体そんなもんだな。まあ、よくやってると思うよ」
姉であるイールは少し気恥ずかしいのか、そっぽを向きながら頷いた。
「しかし、『錆びた歯車』ですか。思ってた以上に、辺境にも深く根を張ってるみたいですね」
「そうだなぁ。随分と昔からこっちに来てたみたいだしな」
『錆びた歯車』の件は、彼女たちも当事者である。
古代遺失技術が一つでも彼らの手に渡ると、どのような未来が待っているかを考えれば、辺境全体が当事者とも言える。
「教会も頑張ってるみたいだし、私たちも頼まれたことはやらないとね」
「例のリストですか。遺跡探索はあまり得意ではないんですが……」
ララが服のポケットから取りだした封筒。
そこには、古代遺失技術が眠っている可能性のある場所が記されている。
「こういうのを探してたら私の船のパーツも見つかるかも知れないし、私は大歓迎なんだけどね」
「工作室とか、でーた云々って言ってたやつか」
「そうそう。それがあればまたナノマシン以外にも便利な物が使えるようになるし」
早く見つけたいな、と期待に目を輝かせるララ。
イールとロミはまだ便利になるのか、と若干呆れ気味で彼女を見ていた。




