第百九十六話「そういうの大好きなのね」
「そういえば、赤髪同盟が揃ったのって結成して以来初めてじゃない?」
テーブルを囲む六人と一機。
追加された焼き菓子の山とルビオ茶をお供に、彼女たちは雑談に興じる。
そんな中で、ふとララが思い出したように言った。
「それもあって、会いに来たんだ」
ポリポリと囓りながらレイラがもっともらしく頷く。
そんな彼女の隣では、ロミが疑わしいと半目で見ていた。
「お姉さま達が旅をして、ロミさんがその先々の出来事をレイラさんに報告するだけでも、同盟としての機能はちゃんと動いているんですけどね。そこから得た情報を元にレイラさんは色々と活動なさっているようですし」
テトルがカップで唇を濡らしつつ言う。
実際、彼女達の旅の軌跡はレイラ達にとっても有用な情報源になっていた。
それはアルトレットの新たな神殿長を選ぶ際などに使われているのだと、レイラが言った。
「そういえば、テトルの魔導自動車はどうなったんだ?」
「ヤルダとハギルの往復便のお陰でノウハウはかなり蓄積できましたわ。整備班の経験値も沢山積めましたし、車両自体もかなり改良できています。やはり目指すべき目標があると捗りますわね」
テトル率いる『壁の中の花園』は、ララが科学技術を駆使して作った魔導人形を元にして、魔導自動車を開発していた。
それは今ヤルダとハギルの間をテスト運行していて、その中で絶え間なく改良も施されている。
テトルはその成果も着実に実を結んでいると感じており、少し自慢げに白衣の下の胸を張っていた。
「それで、ししょ、レイラ様とテトル様はこの後どうされるんですか?」
「そうだなぁ。とりあえず新しい神殿長と面会は済ませないと。やることやらないと怒られるし」
ロミの質問に、レイラは唇に手を当てて答える。
子供じみたその理由に、ロミは思わず渋い表情である。
「私は一先ず、ララお姉さまに色々と見て貰いたい物がありますわ。魔導自律人形から着想を得て、自動車以外にも色々試作していまして」
「ほうほう。それはちょっと楽しみね」
言われてみれば、テトルは足下に大きめのトランクを置いている。
恐らくはそこに技術の粋を集めた試作品の数々が収められているのだろう。
「今日は日帰り? それともちょっとは泊まっていくの?」
「数日滞在する予定ですわ。パロルドにはしっかり頼んできましたし、久々の休暇もかねてゆっくりしようかと」
ララの問いに、テトルは眩い笑みで応える。
遠い地で胃を痛めているであろう青年に心の中で敬礼を送りつつ、ララは頷く。
「それじゃ、ここに泊まる? 料理も美味しいし、お風呂も入り放題よ」
シアが商機を見つけ、ここぞとばかりに二人に詰め寄る。
レイラたちは顔を見合わせ、頷く。
「ええ。よろしくお願いします」
「うふふ。たっぷりおもてなしさせて頂くわ」
新たに顧客を捕まえて、シアは満足顔である。
「それじゃあ私はお部屋を整えてくるわね」
そう言って彼女は席を立つと、早速二階へと消えていった。
「さて、それではララお姉様。私たちの作った試作品を見て頂けますか?」
タイミングを見計らっていたテトルはそう言うと、足下のトランクを持ち上げて言う。
「ええ。楽しみだわ」
期待に胸が高鳴るのを感じながら、ララは頷く。
「それでは……」
トランクに施された厳重な施錠が、テトルの手の中で開いていく。
蝶番の軋む音と共に、ゆっくりと開く。
中には、様々な魔石や魔獣素材、魔法素材を使用した道具が所狭しと収められていた。
隣で見ていたイール達はそれらがどういった代物なのかもさっぱりといった様子で、首を傾げている。
「これ、『指先の眼』とよく似てるわね。広範囲カメラかしら」
「そうです。自律人形の目を参考にして作りましたわ」
ララが手に取ったのは、青い水晶を丸く削った物だ。
透き通る水晶の中心に、回路のような線が金で刻まれた濃い紫の魔石が収められている。
ほぼ全方向を捉えることができる、広範囲カメラである。
「魔石回路には、浮遊と記録と送信を設定しています。秘密コードを持っている人物が投影魔法を使うことで、その視覚情報を受信できますの」
「ふむふむ。流石の技術力ね」
テトルの説明を聞いて、ララは感心して頷く。
彼女も重用している『指先の眼』とほぼ同じ物が、すでにこの世界の技術力で作られているのだ。
「ただ、全面を氷結水晶にしているので、耐久性に問題があるのですわ。それに操作がかなり難しくて、現状では一人一つ。しかも操作中は無防備になってしまうという……」
「それでも十分過ぎるほど便利だと思うけどな。偵察なんかはこれで済むんだろう?」
「まあ、そうですわね。……一つでかなりいいお値段しますので、あまり壊したくないですが」
テトルは浮かない表情で指を何本か上げる。
これ一つで、一般的な家庭の年収に相当するほどのお値段が付くようだった。
「氷結水晶にこの大きさの魔石か。それに金で刻む緻密な回路……。そりゃいい値段もするな」
小さな球体を構成する希少な素材と高度な技術に、イールも思わず苦笑いだ。
これではとても実用性があるとは言えないだろう。
「耐久度は目の方を強化するか、もしくは強化外殻で包むとかかしらね。この子は特殊金属で全身を覆った上で、内部カメラは透視機能を持ってるわよ」
『ふぁああ!? び、びっくりしました。突然なんですか!?』
ララはテトルに助言を施すため、サクラを持ち上げる。
突然持ち上げられたサクラは目を覚まし、カメラアイをパチパチと動かして悲鳴を上げる。
「こ、このボールも動くんですの!? と、というよりお話できますのね!?」
突然動いて喋った銀球に、テトルは目を丸くする。
どうやらずっと置物か何かだと思っていたらしい。
隣のレイラも驚いた様子で目を見張っている。
「この子はこう見えて色々詰め込んでるわよ。さっきも言った偵察用の『指先の眼』の機能もちゃんとあるわ」
「さ、触らせて貰っても……?」
「ええ。どうぞ」
『うわあ!? あ、あの本人に許可取って欲しかったのですが……』
「あ、ごめん」
わなわなと手を震わせるテトルに、ララがぽいっと手渡す。
突然動かされてサクラは驚いたようだが、それに構わずテトルはそのすべすべとした冷たい感触を手に覚えさせる。
「こ、これが完成形……。流石ですわ。継ぎ目も一切見つけられない……。ああ……解体したい……」
『ちょちょちょ、ララ様!? この子なんだか怖いですよ!?』
「多分本気じゃないから大丈夫よ」
「あの、ララお姉さま……。もう一台ありませんか?」
『割と本気っぽいです! 本気と書いてマジって読むタイプっぽいですよ!』
サクラは機械らしくない表現豊かな表情で悲痛な叫びを上げる。
テトルは冗談ですよと薄く微笑みながらもしっかりと抱え込んで離さない。
「サクラとテトルは仲良くなれそうねぇ」
『それ本気で言ってますか!?』
のほほんと笑みを浮かべてララが頷く。
今日一番の驚愕の声をサクラが上げた。
「まぁまぁ。テトル、他のも見ていい?」
「どうぞどうぞ。というより、是非ご覧くださいな」
そう言いながらもテトルはサクラを手放す気はさらさらないらしく、視線は銀球に釘付けである。
そんな彼女に構わず、ララはトランクの中を改める。
「これまた沢山作ったわね」
トランクの中には、今までの間に彼女が作り上げたのだろう、いくつもの魔導具がぎっしりと収まっている。
ララはその中から一番上にあった白い杖を手に取る。
「えへへ。ありがとうございます。少しでもララお姉さまの技術に追いつきたくて」
ララが純粋に感心して言うと、テトルは恥ずかしそうに頬を朱に染めた。
可愛らしい小さな少女だが、その中身は驚くほどの努力家で、正真正銘の天才だ。
ララの持つ技術も、決してララ一人で作り上げたものでは無いというのに、テトルはそれに単身で追いつこうとしている。
その速度は、ララも驚くほどに凄まじい。
「こういう魔導具って売ったりしないのか?」
話を聞いていたイールがふと首を傾げて尋ねた。
「評議会の承認があれば、公表して世間に広めることもできますわ。まあ、基本的に承認は下りないのですが……」
テトルとしてはそれは不服らしく、ぷくっと頬を膨らませて答える。
恐らくは彼女の開発する魔導具が須く強力すぎて、秘匿せざるを得ないのだろう。
ララが今、トランクから取りだした杖も、使い方を誤れば小さな村を一つ壊滅させることすらできるとテトルが言う。
「評議会は『錆びた歯車』の残党に警戒していますの。だから開発資金は潤沢に支給されますし、どんなものを開発しようと怒られないのは、ありがたいといえばありがたいのですが……」
複雑な表情でヤルダの裏側を語り、彼女はルビオ茶で唇を湿らせた。
「まだあいつらっているのか……」
「みたいですわね。新首領イライザは中々強情でしたが、レイラさんがちょっとお話したら色々有益な情報が得られましたの」
「れ、レイラって……」
イライザは、ララがこの世界で初めて戦った人間だ。
『錆びた歯車』という古代遺失技術を狙う組織の前首領を暗殺し、その頂点に躍り出た女傑だったが、彼女との戦いで敗れ、今はどこかの牢獄に囚われている。
中々プライドも実力も高く、情報を引き出すのも大変だろうに、レイラはどのような手法を使ったのか。
ララはそれを考えるのは得策ではないと本能的に考えた。
「別にそんな難しいことはしてないぞ?」
ポリポリとクッキーを囓りながらレイラが言う。
だからこそ恐ろしいのだ、と周囲の思考が一致する。
『あの、らすてーなんとかってなんですか?』
テトルに拘束されていたサクラが口を挟む。
そういえば、このAIは『錆びた歯車』についての情報を何も知らない。
「簡単に言えば、あんたみたいな技術の塊を盗んで解体して悪用しようっていう団体よ」
『はわわっ!? そ、それはつまりテトル様のことでげふっ!?』
「失礼ですわね! 私、そんなことはしませんわ!」
驚いてテトルに視線を向けるサクラ。
テトルは赤髪を揺らしてその銀球をブンブンと振る。
『わ、わぶっ。スタビライザーが壊れてしまいますぅ!』
機械とは思えない情けない声を発するサクラである。
「やっぱりあの二人仲いいわよね」
「二人……? まあ、端から見れば楽しそうだな」
ルビオ茶を飲みながら、ララとイールはしばし二人の様子を眺めていた。
「ふぅふぅ……」
『うぅ、精密機械に何という暴挙を……』
テトルの体力切れでやりとりは終わり、サクラはげっそりとした声で呟く。
「お疲れ様。それはともかく、『錆びた歯車』の残党がまだいるっていうのは面倒ね」
「はぁはぁ。そうですわね。フゥリンの件もあって、神殿や『壁の中の花園』、『青き薔薇』の構成員の素性調査も進めていますわ」
至極面倒臭そうにテトルは言う。
しかし辺境の中でも辺境の地とはいえ、町を支配する神殿の長に敵性勢力の構成員が居座っていたとなると警戒せざるを得ない。
現在総力を挙げてテトルたちは味方組織全ての構成員の調査をしているらしかった。
「ものがものだけに秘密裏に進めなければならず、担当班も数人ですの。中々時間が掛かりそうですわ」
「『錆びた歯車』も中々面倒な置き土産くれたわね。【赤髪同盟】としては、私たちも手伝わないといけないんじゃない?」
「あたしらにできることなら、何だってするけどな」
ね? とララがイールに視線を向ける。
イールもそれは考えていたようで、すんなりと頷いた。
「実は今回こうしてやってきたのは、その件に関することもあるんだ」
三人の顔を眺め、レイラは言う。
そうして彼女は目を細め、懐から一通の白い封筒を取りだした。
「ここに、古代遺失技術がありそうな場所が纏めてある」
「ッ!? それってもしかしなくても随分な機密情報なんじゃないか?」
驚くイールに、レイラは頷く。
「『壁の中の花園』とはまた別の、ヤルダ評議会直下にある秘密組織が調査し収集した情報だ。俺もその組織の名前すら知らないが、信用はできる情報筋なので安心してくれ」
「また秘密組織……。ヤルダ評議会ってそういうの大好きなのね」
ララが呆れた様に言う。
「辺境をとりまとめる実質的な首都のような町だからな」
それはともかく、とレイラは脱線しかけた話を戻す。
「三人にはこの情報を元に古代遺失技術を探して欲しい。『錆びた歯車』よりも早く技術を見つけ、保護し、もし活用できるのなら活用していくんだ」
「そういうことか……。まるでトレジャーハンターだな」
封筒を受け取り、イールが口角を引き上げる。
ひとまず、当面の旅の予定が決まった。
「くれぐれも、よろしくお願いします。神殿のある町ならば、私たちも飛んでいけますので、頼ってくださいませ」
「ええ。大丈夫、任せといて」
心配そうに瞳を潤ませるテトルの手を握り、ララは白い歯を見せた。




