第百九十五話「じ、自由すぎる……」
『ララ様ぁぁぁぁああああああっ!!』
「ごふっ!?」
ララが塩の鱗亭の扉を開けると、奥から銀の弾丸が猛烈な速度でやって来た。
それは回避する間も無く彼女の下腹部に激突し、ララは思わず珍妙な声を上げる。
プルプルと震えながら、それをよく見れてみれば、サクラだった。
「ちょ、どうしたのよ突然!」
『突然なのはどっちですか! 起きたら皆さんいなくなってるなんて心臓に悪いですよ!』
「何回も言ったのに起きなかったのそっちじゃないの……」
単眼をぐるぐると回して不満を訴えるサクラに、ララはげんなりと肩を落として言った。
朝、ララ達が宿を出発しようと部屋で荷物を準備しているときも、サクラはララのベッドの上に転がっていた。
ララが呼びかけたりこんこんと叩いたり、終いには両手でホールドしてブンブンとシェイクしたりもしたのだが、一行に反応が無かった。
結局、カメラアイが時たま微妙に動いていたのと、「うーんむにゃむにゃ、あと六十フレーム」などと言う間抜けた寝言らしき台詞を吐き出したので心配は無用と判断し、ベッドの上に放ってきたのだった。
「というかなんでロボットが睡眠取る必要あるの? てか、心臓らしい心臓もないでしょうに」
『ロボットにだって休息は必要だと思いますー。それに言ってしまえばコアが心臓みたいなものですー』
唇を尖らせ半目で言うララに、サクラはいじけた子供のように反論する。
「あ、じゃあララ。あたしはロッドの所行ってくるから」
「ああっ! イール今、面倒臭いって思ってるでしょ!? 分かるけど!」
ララの後ろに立っていたイールはいそいそとその場から離れ、宿の裏手の厩舎に向かっていった。
取り残されたララはサクラをじとっと睨む。
「まったく。機械の癖になんでこんなに人間臭くなったのやら……」
『私、高性能AIですので』
「胸張って答えるとこじゃないよ」
呆れてため息をついて、ララは一先ず宿の中に入る。
いつまでも宿の玄関口でやっていいことでもないだろう。
『それで、ララ様はどこに行ってたんですか?』
「GPSとか無いから分かんないのか……。港の方に行って、昨日釣った海竜の鑑定に立ち会ってたのよ」
『ふむふむ。あのでっかいトカゲですね』
「どっちかと言うとワニっぽかったけどねぇ」
海竜については、サクラもよく知っている。
うんうんと頷くように目を動かした。
「こんにちは、ララちゃん。何してるの?」
「シア。特に何って訳じゃ無いけど、世間話ね」
ララ達が宿の入口の前で話していると、奥から制服姿のシアが現れる。
彼女は不思議そうにララの抱えるサクラを見て首を傾げた。
「昨日もちょっと思ったけど、この子は一体なんなのかしら」
「んー、まあ、古い友達?」
説明が難しく、ララはたどたどしく答える。
宇宙船を統括管理するために作られた高性能人工知能コア、と言ってしまえば簡単だが、十中八九理解は得られないだろう。
「個性的な友達ねぇ……。あ、私はシアって言うの。よろしく!」
シアとしては言葉を交わせてしまえば問題は感じないらしく、彼女は人懐こい笑みを浮かべてサクラの銀色の表面を撫でる。
『これはこれは。私はララ様の忠実なる僕、AIのサクラと申します』
「あらあら、可愛い子じゃないの」
「私、僕を持った記憶は一切無いんだけど……」
胸を張るようにくるりと回転して、サクラが自己紹介する。
調子の良い人工知能に、ララは思わず脱力した。
「あ、お茶持ってくるわ。サクラちゃんは何か食べる?」
「わあ、ありがとう!」
『お気遣いなく。私、内蔵された簡易式ブルーブラストエンジン炉によって半永久的な活動が可能となっておりますので』
「そう? よく分からないけど分かったわ」
そう言うと、シアはぱたぱたと小走りで厨房へと消え、すぐにお茶とお茶菓子を持って帰ってきた。
「ロミはもう神殿よね。……そういえばミルとミオは何処へ?」
「二人は買い物よ。市場に行ってるわ。ララちゃんこそ、イールちゃんは?」
「イールはロッドにお土産渡してるわ」
温かいお茶を受け取りながら、ララが答える。
アルトレットで良く飲まれるルビオ茶は、すっきりとした甘いお茶だ。
お茶菓子には、固いスティック状の焼き菓子が出た。
人気のない店内の片隅のテーブルでそれらを囲んで、二人と一機のお茶会が始まる。
「お、二人して良い物食べてるな」
そこへ丁度、ロッドにお土産を渡し終えたイールが帰ってきた。
彼女は宿のテーブルを囲んでお茶会に興じている二人を見ると、早速その席に加わった。
「ロッドの様子はどうだった?」
「ちゃんとあたしのことは覚えてくれてたよ。ポリムも旨そうに食べてた」
「ロッドちゃん、三人がカミシロに行ってる間も大人しくしててくれたから凄く楽だったわ」
イールは少し安心したようで、表情を崩して言った。
彼女たちがカミシロに言っている間、預かってくれていたシアは焼き菓子を食べながら頷いた。
「ありがとう。流石に船には乗せられなくてね」
「いいのよ。うちの厩舎なんてずっと閑古鳥が鳴いてるんだから」
イールが感謝を述べると、シアはひらひらと手を振って答える。
「そういえば、食事を始めてからお客さん増えたんだっけ?」
「増えたと言っても多少はって話よ。晩ごはん食べに地元の人が来てくれるくらいね」
この宿も以前はミルが幼いながらも一人で切り盛りしていた為、食事のサービスは無かった。
しかし、ミオがやって来てからは、カミシロの料理を大陸風にアレンジしたような独創的なメニューを出すようになっていた。
シアが言うには、最近ようやくちらほらとその料理の愛好家も増えているのだという。
「そのうち評判が評判を呼んで、遠くから人が来たりするかもね」
「だと嬉しいわね。誰も使ってないシーツを洗濯するのって、かなり心にくるもの」
さらりと飛び出た言葉が重かった。
「ふむ。この焼き菓子おいしいな」
「でしょ? ミルが毎朝焼いてるのよ」
「上達するもんだなぁ」
イールがテーブルの上の焼き菓子に手を伸ばし、その味に驚く。
更にシアの言葉に、二人は更に驚いた。
「やっぱり、基礎を丁寧に教えて貰わないとダメね。あの子もやればできるのよ」
ミオは随分と苦労しながらも、決して投げ出さずに丁寧に料理を教えていたらしい。
ミルもそれに応え、これほどまでに上達した。
ララとイールはそんな二人を、純粋に尊敬した。
「ほう、これそんなにうまいのか」
その時、突然そんな声がララの背後からした。
ぬっと白い手が伸び、焼き菓子を一つつまむ。
「うわっ!?」
全く気配を感じず、三人は驚いて顔を上げる。
そこに立っていたのは、長い赤髪の鮮やかな女性が二人。
一人は白衣を纏い、もう一人は神官服を着て焼き菓子をつまんでいる。
「よう、久しぶりだな。ララ」
「ちょ、え。レイラ!?」
オフの時の荒い言葉遣いで、レイラはララに笑い掛けた。
「お久しぶりです。イールお姉さま!」
「お前……。どうやって……」
イールも流石にこれには驚いた様子で、キラキラと目を輝かせて詰め寄る妹にたじろぐ。
「す、すみません。レイラ様とお話していたら突然『私も行きたい』と仰いまして……」
「でもヤルダからここまでどうやって……」
「それはその……」
ララの疑問に、テトルは言い淀む。
代わりに応えたのは、にっと白い歯を見せて笑うレイラである。
「もちろん、『女神の翼』だ」
「しょ、職権乱用過ぎる!!」
しれっと放たれたその名前は、神殿に隠された転移装置。
そう軽々しく使って良い物ではないはずである。
「大丈夫。ちゃんとこっちには『新任神殿長の視察』っていう理由があるからな」
「……本音は?」
「久しぶりに会いたくなっちゃって♪」
「自由すぎる……!」
今頃ヤルダの神殿は上から下への大騒ぎになっているんだろうな、とララは遠い目をする。
「レイラはともかくとして、テトルはなんで来たんだよ」
「イールお姉さまと久しぶりに会いたかったというのもありますが、ララお姉さまがまた面白い物を沢山作られていると聞いて!」
「花園の方はどうしてるんだ?」
「とりあえず、パロルドを代理に立てていますわ」
あの気の良い青年が今頃胃を痛めているのかと思うと、イールは彼が不憫でならなかった。
「とりあえず腹が空いたな。何か食べたい」
レイラは素の荒っぽい口調で傍若無人に言い放つ。
「そうですわね。何か美味しい物を」
レイラの隣のテトルも赤髪を弄り、レイラに同調する。
「じ、自由すぎる……」
きょろきょろと珍しそうに塩の鱗亭を見渡す二人に、ララは呆れて呆然と立ち尽くす。
久しぶりの再会だと言うのに、雰囲気もなにもあったものでは無かった。
「えっと、二人のお知り合い?」
取り残されたシアが、困惑した様子で尋ねる。
「あー、うー。そうね。テトルとレイラよ」
どう説明したか悩んだ後、ララは当たり障りのないよう名前だけ紹介する。
とはいえ、レイラは神官服を着ているため、その道の人間であることはシアも察したようだった。
「あうー、お二人とも置いてかないでくださーい」
そこへ、息を切らして肩を上下させたロミが飛び込んでくる。
どうやら、神殿に赴いた彼女が塩の鱗亭へと二人を案内したようだった。




