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第百九十三話「しつこかったから、ついね」

 翌朝、朝の修練を終えたララとイールは寝ぼけ眼のロミを連れて、宿の食堂で朝食を取っていた。

 アルトレットの海産物をふんだんに使って、シアが手ずから用意した朝食だ。

 そのあまりのおいしさにララが三杯目のご飯をお代わりしようと椅子から腰を上げたとき、宿の扉がノックされた。

 全員の視線が集まる中、扉がゆっくりと開き、よく見知った老人が現れる。


「ガモン船長! おはよー」

「うむ。おはよう」


 驚いたようにララが声を上げると、ガモンも頷いて答える。

 彼は渋い深緑の着物に墨色の袴という装いで、いつものように豊かな白い髭を撫でていた。


「まさか船長が来るなんて。びっくりしたわ」


 厨房の側に置かれたお櫃からご飯を装いながらララが言う。


「海竜の査定の件でな。ギルドで鑑定士を手配できたから、早めにやってしまおうと思ったのじゃ」

「ああ。生ものは早くしないと劣化するからなぁ」


 ガモンの説明に、イールは納得して頷く。

 生物全般、特に海洋に住む海竜は腐敗が進むのも早い。

 当然、腐敗してしまえば査定額は目減りする。

 腐っても竜種であるため腐敗には強い方ではあるが、早くできるならしない手はないだろう。


「そういうわけじゃ。まあ、ゆっくり食べてからで良いぞ」


 ガモンは山盛りにご飯を装ったララの茶碗を見て苦笑しながら言った。


「そういえば、船長はミオがこっちに移ったことは知ってるのか?」


 ララが朝食を摂っている間、イールがガモンに話を振る。

 ガモンは頷き、厨房の方へと視線をやった。


「昨日、アルトレットの友人から聞いた。あの店がなくなるのはちと寂しいが、ここで元気にやっておるならそれでいい。またたまに一杯引っかけに来るつもりじゃよ」


 厨房で忙しくしているミオは、彼が来ていることにも気が付かないだろう。

 ガモンにとっても、異国の地で故郷の味を出している料理人の存在はありがたいはずだった。


「はい。ごちそうさま!」


 そうこうしているうちに、ララがぱちんと手を合わせて食事を終える。

 結局、山盛りのご飯を茶碗に四杯とお味噌汁、漬物を平らげた。

 相変わらずの健啖振りは見ていて気持ちの良い物がある。


「それじゃああたしたちは荷物を準備してくるよ」

「うむ。それほど急がずとも良いからの」


 穏やかな顔で気遣う老紳士に頷いて、イールたちは一度部屋に戻る。

 手早く最低限の荷物だけを持って食堂に戻ると、ガモンはシアに出されたお茶を飲んでいた。


「お待たせ! 準備できたわ」

「……はっ! ちょっと目が覚めてきました」


 ぱちぱちと瞬きするロミには声を掛けず、ガモンが頷く。


「では、港へ行こうかの」


 海竜の査定は、港で行われるらしい。

 ギルドの鑑定人がその場で値段を付け、ララ達がガモンに売却する。

 その後すぐにガモンは港の市場に売りに出し、競りが始まる算段になっているのだという。


「あれ? ガモン船長がなぜこちらに?」

「この寝ぼすけ、やっと目が覚めたわね」


 きょとんとして首を傾げるロミに、ララが目を三角にして言う。

 昨日討伐した海竜の素材を競売に掛けるのだと説明すれば、彼女も得心がいったらしい。

 しかし、彼女はすぐさま申し訳なさそうに眉を下げる。


「ごめんなさい。わたし、今日は神殿に行かないと……」

「そういえばロミって神官だったわね」


 ララの言葉に、ロミはむぅ、と頬を膨らませる。


「いつも神官服着てるじゃないですかぁ。――カミシロには神殿が無かったから、特にすることもありませんでしたけど」


 苦言を呈するロミに、ララは少し笑いながら謝罪する。


「じゃあ、私とイールで立ち会いましょうか」

「そうだな。仕方ないか」


 イールも納得し、方針が定まる。

 武装神官という立場上、ロミはできるだけ早く神殿に立ち寄らなければならないのだ。


「それじゃ、行ってくるわ」

「ええ。気をつけてね」

「行ってらっしゃいです!」


 お盆を持った制服姿のシアとロミに見送られ、二人はガモンの後を付いて宿を出る。

 今日も青空の澄み渡る良い晴天である。


「さてさて、あの海竜はどれくらいの値段になるかしらね」

「竜種はどれも良い魔法素材になるからな。あれだけでも一財産築けそうだ」

「でも、竜は竜でもリザード種の方が近そうよ?」

「革でバッグとか作れるのか……?」

「いったいいくらするのよ、その超高級バッグ……」


 ガモンの背中を追いながら、ララ達はとりとめも無い会話に花を咲かせる。

 アルトレットの町は朝が早く、この時間でもそれなりに多く人とすれ違う。


「漁師っぽい人も多いけど、一番多いのは商人かしら」

「やっぱり競りが目当てかね」


 通行人の中で目立つのは、期待に目を光らせながら何かの目録を見ている商人風の出で立ちの人々である。

 彼らもララ達と同じ方向へ向かっており、恐らくは競りに参加するのだろう。


「リザード種、というかマリンリザードなら駆除依頼もあるから一杯流通してるんでしょうけど。やっぱりあれだけ大きいと需要も大きそうね」

「他にも、カミシロからの交易品を狙ってる奴らも多そうだな」


 カミシロから運ばれてくる品は、米や醤油、味噌の他、珍しい織物や陶器、銀などである。

 食料類はその大半がアルトレットで消費されるが、織物などのカミシロの特産品は交易船から行商人へと渡り、辺境の大都市へと運ばれる。

 今はまだ知名度が低く流通量も少ないが、その鮮やかな風合いの独特な模様をした品々は、確かに上流階級を中心に人気を集めているらしい。


「あ、そうだ。船長、ちょっと頼みがあるんだが」


 イールが少し先を歩くガモンに声を掛ける。

 ガモンが立ち止まり、振り返る。


「今回の海竜、素材を少し分けてくれないか? それを使って、武器か防具を作りたいんだ」

「ふむ。別に良いぞ。というより、今の所有権は主らにあるからの。どこでも好きなだけ持って行って、残りを査定に掛けると良いじゃろう」

「ありがとう。そうさせて貰う」


 快く了承してくれたガモンに礼を言い、イールは胸をなで下ろす。

 一先ずこれで、新たな装備を作る目処は立った。


「イールの剣はまだまだ使えそうだけど、何を作るつもりなの?」

「うん? そうだな、軽い鎧と使いやすいナイフが作りたいんだ」


 イールの持つ大剣は、彼女が全財産を投じて作り上げた堅牢性に重きを置いたものだ。

 彼女の右腕、邪鬼の醜腕の怪力に耐えられるように作られたそれは、彼女が振るう事で恐ろしいほどの破壊力を発揮する。

 イールとしても手に馴染んだその大剣を手放すつもりはなく、今回の海竜の素材では防具や道具を作る方向で考えているようだった。


「ほら、着いたぞ」


 ガモンが彼女らを呼びかける。

 いつの間にか港へと辿り着いていたようだった。

 すでに多くの人と、漁から帰ってきた船で溢れている。

 耳が麻痺しそうな程の活気に包まれ、朝だと言うのにまるで祭りか宴かといった様相である。

 彼女たちはそこから更にガモンに連れられて、交易船の側までやって来る。


「おお、改めてみると結構大きいわね!」


 太い綱で係留柱と繋がれたカミシロの交易船のすぐ隣に、それは力なく浮かんでいた。

 船と比べても劣らないその巨体は瑠璃色に光る鱗に覆われ、死してなおその輝きを失っていない。

 ララが釣り上げたそれは、まさしく竜だった。


「ガモン様ですね?」


 ララ達が水面に浮かぶ竜を眺めていると、聞き覚えのある声がガモンの名を呼んだ。


「うむ。確かに儂がガモンじゃ」

「ギルドの魔獣鑑定士、ピアです。本日はよろしくお願いいたします」

「ピア!?」


 その名前に、ララたちが振り向く。

 ガモンの前に立っているのは、長身痩躯の麗人、ギルドの専属鑑定人でもあるピアだった。

 ギルドの黒い制服に身を包み、眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせている。


「そういえば、水棲魔獣の専門家だったな」


 ぽんと手を打ってイールが言う。

 ピアは水棲魔獣を専門とする鑑定人で、以前彼女たちもマリンリザードの鑑定をしてもらったことがある。

 確かに、これほど大きな水棲魔獣ともなれば、専門家である彼女がやって来るのも頷けた。


「そういうことです。釣り上げたのは、ララさん達だったんですね」


 どこか安堵したような声で、ピアが頷く。

 彼女は船の横に浮かんだ海竜を見て、その大きさに随分驚いたらしかった。


「カミシロから帰る途中に追いかけてきて、しつこかったから、ついね」

「つい、で釣り上げられるようなものでも無いんですが……。まあ、ララさん達なら別に良いです」


 さらりと妙な事を言って、ピアは一人で納得したようだった。


「それでは、早速鑑定を始めましょうか」


 白い手袋を嵌め、眼鏡を指で押し上げる。

 久々の大物に、彼女の気も高まっていた。


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