第百九十二話「……今頃か」
第五章を全面的に改稿するため、189部分以降を一度削除いたしました。本日はまた新たに189部分から今話192部分までを投稿しました。今後はまた新たな第五章を書き進めていきたいと思います。
「それで、しばらくはここにいるの? それともすぐに出発する?」
話題を変えて、シアが尋ねる。
「とりあえず、一つ用事が残ってるな」
「道中に釣り上げた魔獣を鑑定士の人に査定して貰うの。それで代金受け取らないとね」
「旅の物資なんかはカミシロで揃えたから問題ないけどな」
海竜の代金を受け取った際には、持ち運びが容易になるように換金しなければならない。
普段なら宝石類などに変えてしまうところだが、金額が金額である。
「武器か防具を一新してもいいなって話も出てるのよ」
「武器と防具ね……。アルトレットじゃあんまり有名な鍛冶屋もないんじゃない?」
「行くならやっぱりハギルなんでしょうか」
ハギル山脈の麓に広がる鍛冶師の町ハギルは、ドワーフを初めとした名高い鍛冶師達がいくつも工房を構えている。
良い武器や防具を揃えたいならば、まず真っ先に思いつく場所である。
「それなんだが、今回は魔獣の素材の方が多いからな。妖精鍛冶師に任せたいと思ってるんだ」
「妖精鍛冶師?」
しかし、イールの口から飛び出したのはララの知らない名前だった。
ミルとミオも知らないらしく、きょとんとして首を傾げる。
ロミとシアは知っているのか、その手があったかと頷いていた。
「ま、名前の通り妖精の鍛冶師さ」
「妖精っていうと、ミルトみたいな?」
ララが出したのは、アルトレットで蜂蜜専門店を開いている妖精の少女である。
アルトレットの近郊には妖精の集落があり、そこから彼女たちは出稼ぎにやって来ている。
そのため、この町ではそれほど珍しい存在ではなかった。
しかし、そんな彼女にイールは首を横に振って答える。
「妖精と言えばまああっちなんだが、鍛冶師となったらまた違うんだ。種族の名前はレプラコーンって言って、あらゆる魔獣素材に精通した生粋の職人さ」
「でも、レプラコーンはあんまり他種族と関わりを持たないわよね」
「エルフほど隔絶している訳ではないですが、それでも基本的には森の奥の隠れ里で一生を過ごす排他的な種族として有名ですね」
知っている二人が、イールの説明に補足する。
詰まるところは人嫌いで職人肌な種族ということだった。
「そんな一見さんお断りっぽい人たちに、どうやって会うの?」
「一応、妖精鍛冶師と会えそうなところを知ってるんだ。それも、アルトレットから割と近い」
「へぇ。私、そんな場所があるなんて知らなかったわ」
イールの言葉に、シアは驚きを含んで言った。
「まあ腐っても隠れ里だからな。あたしも知り合いから教えて貰わなかったら一生気付かなかったさ」
どうやらイールも人から教えて貰った場所らしく、あまり大きな声で言うことはできないらしかった。
そのため、シアたちは具体的な場所を追求することはなく、そのまま引き下がった。
「あ、そうだ。ロッドは元気か?」
更に話題を変えて、イールは宿で預かって貰っている愛馬の名前を出した。
「はい。大人しくて、とっても良い子ですよ。私の言うことも素直に聞いてくれて。元気もいっぱいです」
「そうか。ありがとう。世話を押し付けちまって」
「いいんですよ。ロッドちゃんのお世話は楽しかったですし」
安心したように肩の力を抜き、イールが礼を言う。
ミルは動物とふれあうことも好きらしかった。
「あの子も良い子よね。大人しいし、賢いし」
「ああ、いい馬だよ。あたしもあいつがいないと旅ができない」
「いっぱい荷物持ってくれて、頼れる子よね」
なんだかんだでロッドは最もイールと付き合いが長い。
いつも彼女の荷物を背負って運び、例え魔獣が襲ってきても冷静で取り乱さない。
その存在は、彼女たちの旅の中でも決して小さくはなかった。
「落ち着いたら果物でも買っていってやろうか」
「良いわね。私も一緒に行くわ」
「それならわたしも」
ロッドは宿の裏手にある厩舎で休んでいるとミルが言う。
時間的にもう眠っている頃だろうと判断して、イール達は明日にでも会いに行こうと話を付けた。
「というか、もうこんな時間か」
窓の外に広がる海を見てイールが言う。
既に太陽は沈み、黒々としたインクのような海原が月明かりに照らされている。
随分と長い間、話し込んでいたようだった。
「それじゃ、私たちは部屋に戻りましょうか」
「そうだな。あ、でもララは今日の鍛錬がまだだったな」
「うえええ……!?」
席を立ちながら、ララが情けない声を上げる。
「新しいタオルも用意しとかないとですね」
「お風呂もあるから。しっかり汗流してきなさい」
ロミとシアに外堀を埋められ、逃げ道はもはや無かった。
にっこりと今日一番の良い笑顔を浮かべるイールに、ララは観念した。
「よろしくお願いします」
「ああ。船の上じゃああんまりできなかったからな。取り戻していかないと」
夜も更けているというのに、イールの鬼教官っぷりは衰える様子も見せない。
これは今日は失神コースかな、とララは虚ろな瞳で考えた。
「……そういえば」
ぽつりとララが呟く。
「どうした?」
イールが振り返り、首を傾げる。
「ロッドって、雌だったのね」
「……今頃か」




