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第百九十話『まだお話は終わってませんよ!』

「錨を降ろせ!」

「帆を畳めぃ!」


 男たちの檄が飛び交う中、船はゆっくりと入港する。

 埠頭には漁師や商人が詰めかけて、異国の船に目を奪われていた。


「んー、久しぶりねぇ」

「明るい髪色の人たちを見るとちょっと懐かしいですね」


 甲板の上から港を眺め、ララが言う。

 カミシロでは落ち着いた色合いの髪が多かったため、金髪や赤髪は珍しかった。

 ロミは毛先を指に絡ませて笑った。


「おーい、そこの二人。商談も纏まったぞ」


 そこへ、げっそりとした様子のイールが紙束をひらひらと振りながらやって来る。

 彼女の背後には、妙につやつやとしたガモンがいる。


「あ、イール。おつかれさま」

「ほんとだよまったく。なんであたしが……」


 労うララを半目で見つつ、イールは彼女に紙を手渡す。

 そこに書かれていたのは、箇条書きに並んだ品目と金額、そしてそれら全ての合計だった。


「わ、また結構纏まったお金になりましたね」

「一先ずそれは最低金額だとよ。あとはギルドの魔獣鑑定士に査定して貰って、上乗せしてくれるらしい」


 ララの肩口にのぞき込んだロミが驚きの声を上げる。

 紙上に連なるのは、魔獣の部位だ。

 それは、つい先ほどララがハルバードを眉間に叩き込んで討伐した巨大海竜である。


「アレ、結構良い値段するのね」


 往路で釣り上げたブルースケイルギュスターヴ以上かしら? と首を傾げてララは船尾の方を見やる。

 太いロープが縁に繋がれ、それは真っ直ぐ海面へと続く。

 その先は生気を失い白濁した目をした海竜の首に繋がっている。

 今回の海竜は体格が大きすぎた為甲板に上げることができず、こうしてロープを渡して引いているのだ。


「あの大きさは中々見ないからな。もうあんまり金には困ってないんだが……」

「でもあるに越したことはないですよ」

「換金するにしても、荷物が増えるのはあんまり良いことじゃないんだがなぁ」


 海竜を討伐して得た金額は船の護衛料なども含まれて、最低確約済みのものでもそれなりだ。

 銀行口座やATM、ましてやクレジットカードのような便利なものも存在しないこの世界で金を持ち運ぶのは、思った以上に骨が折れる。


「最悪、素材で貰うっていうのは……」

「そうか。それでなんか武器とか防具でも作って貰うのもいいかもしれないな」


 金の扱いに困るという贅沢な悩みに苛まれる三人を乗せて、船はゆっくりと着岸する。

 すぐさま錨が降ろされ、櫓が掛けられる。

 待ち構えていた水夫達が台車を転がして船倉に積まれた交易品の数々を運び出し始めた。


「三人とも、長旅ご苦労じゃったな」


 三人の元へ、ガモンがやって来て労う。

 ララたちはとんでもないと両手を振って、彼に感謝の意を示す。


「船長のお陰で無事にアルトレットまで帰って来れたのよ。感謝してるわ」

「そうですねぇ。カミシロのお料理とか、色々やり残したことはありますけど」

「ふはは。そうかそうか。無事に航海が終わったのはララ殿らの尽力もあるが、一先ず感謝は受け取っておこう。また、カミシロにも来てくれ」

「ええ、必ず」


 ガモンが皺の刻まれた大きな手を差し出す。

 ララたちは完爾とした笑みを浮かべ、順に手を交わした。


「イール殿、商談の詳細はまた後日。鑑定士が来てからにしよう」

「分かった。あたし達は多分、塩の鱗亭に泊まってると思う」


 最後にそんな約束を交わし、三人はガモンと別れる。

 甲板から見送る老爺を振り返りながら、彼女たちは櫓へと渡り、大陸の大地を踏みしめた。


「帰ってきたわね。懐かしい」

「この地面がまだ揺れてるような感覚も……」


 固い大地を踏みしめて、感慨深そうにララが呟く。

 その隣では青い顔をしたロミが頷く。


「それじゃあとりあえず、塩の鱗亭に行くか」


 イールの声に二人も賛同し、彼女たちは港を出る。

 海沿いの道を進み、少しすれば、懐かしい小さな宿が見える。


「変わってないわねぇ」

「そりゃ、一月くらいしか経ってないからな」


 神妙な顔で言うララに、イールが苦笑しながら突っ込む。

 色々ありすぎて感覚が麻痺しているが、実際のところ彼女たちがカミシロで過ごした時間はそう長くない。

 それでも懐かしさは拭えず、ララは扉の前で少し躊躇する。


「よし、行くわよ」


 ぎゅっと拳を作り、ララは頷く。

 そうして、控えめにノックをしてゆっくりと扉を開けた。


「いらっしゃいませ! ようこそ塩の鱗て、い……へ……!?」


 店の奥から元気な声が響き、尻すぼみに途切れる。

 え? え? と混乱するような小さな声がした後、猛烈な勢いで足音が奥へと消えていく。


「えーっと……」

「とりあえず、中に入ろう」


 唖然として立ちすくむララの背中をイールがそっと押す。

 三人が入った塩の鱗亭の一階は、彼女らの記憶とまるきり変わっていた。

 蜜蝋の蝋燭から放たれる柔らかな光に照らされた広い部屋には、いくつかの大きな丸テーブルの椅子が置かれている。

 カウンターは半分に区切られ、奥には厨房も見える。

 彼女たちが以前訪れた時には、このような設備はなかったはずである。

 三人が変わりきった内装に驚いていると、建物の奥から慌ただしい足音が近づいてくる。


「ララちゃん、イールちゃん、ロミちゃん!? 久しぶりじゃない!」


 店の奥から驚きの色を乗せて声が響く。

 その少し大人びた声は、彼女たちもよく知っている。


「シア、久しぶりね」


 ララがふっと表情を崩す。

 声の主、シアは長い青髪を揺らして瞳を細める。

 彼女は宿の制服と思しき落ち着いた色合いの服を纏っていた。


「宿も随分変わってるみたいだな」

「そうなのよ。なんだかんだでミオちゃんがこっちで本格的にお店を開いて、それを機に色々改装したの」


 部屋を見渡しながらイールが言うと、シアは自慢げに頷いた。

 彼女たちが海へと飛び出してから、こちらでも色々と進展があったようだ。


「ミルさんも、お久しぶりです」

「お、お久しぶりですっ」


 ロミが声を掛けると、シアの背中から覗いていた白いウサ耳がぴょこんと揺れる。

 恥ずかしそうにゆっくりと顔を出し、白いふんわりとした髪の少女はにへら、と破顔する。

 シアと揃いの制服を纏ったこの彼女こそ、この宿の幼き店主であるミルだった。


「さ、先ほどは変な声を出してしまって、ごめんなさいです」


 そう言って、ミルは恥ずかしそうにぴこぴこと長い耳を動かす。

 なんとも庇護欲を誘うその愛らしい姿に、ロミとララは思わず表情を緩めた。


「それにしても、突然帰ってきたわねぇ」

「まあ知らせる方法もなかったしね。案外早く用事も片付いちゃって。……あ」


 シアと話しながら、ララは何かを思い出したように口を開く。

 周囲の人たちが不思議そうに首を傾げる中、ララは宿の扉へと駆け寄る。


『ララ様~! もしや、もしや私の事忘れてませんでしたか!?』

「そそそ、そんな訳無いじゃない! 見張りありがとうすごく助かったわ!」


 扉を開けると、地面にはふて腐れたように転がる一個のボールが。

 じっと見つめるカメラアイに、ララは目を泳がせる。

 サクラはララの指示で海竜の周囲を見張っていたのだ。


「あら可愛い。あの子もお友達?」

「まあ、そうだな。ララの使い魔的な感じなのか?」

「見たところそんな印象ですよね。わたしも詳しいことはあんまり知りませんが」


 初めてサクラを目にするシアが声を上げる。

 丸い銀色のボディに、彼女は愛らしさを覚えたようだ。

 浮気がばれた軟派男のような言い訳を展開しているララを見ながら、四人は再会の喜びを分かち合う。


「それにしても、元気でやってるようで安心したよ」

「こっちもね。色々あったみたいだけど、無事に帰ってきてくれて良かったわ」

「ミルさんは料理も上手になりましたか?」

「ちょ、ちょっとだけ……」

「とりあえず、今日はここに泊まるの?」

「そうだな。その予定だよ」

「それじゃあ今夜はご馳走ね! ミオは今買い出しに行ってるからいないけど、帰ってきたら伝えなきゃ」

「とりあえず部屋に荷物を置いたら、風呂に入ろうか」

「いいですね。旅の疲れを落としたいです」


 彼女たちはカウンターへと場所を移動し、さらに会話を広げる。

 イールが帳簿に名前を書き、一先ず一泊分の料金を支払った。


「これからまたちょっと用事があって、数日は泊まると思う」

「是非是非。大歓迎よ。ちょっとはお客さんも増えたけど、まだ余裕はあるもの」

「そこの人たちもうちょっと私に感心向けてくれないかな!?」


 自分そっちのけで楽しそうに談笑する彼女たちに、感極まってララが叫ぶ。


「しかしララ、サクラの相手はララにしかできないぞ」

「人には適材適所というものがあってですね」

『ララ様! まだお話は終わってませんよ!』


 しかしそれらは白々しく一蹴され、またサクラに詰め寄られる結果になる。


「ふぇええええん!」


 ララは迫り来るサクラを両手で押さえて天を仰いだ。


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