第百八十七話「とりあえず、一件落着ね」
無事にサクラとの一件も解決し、ララ達は地上へと戻ることになった。
サクラのコアがあるこの空間は、やはり緑珠院の奥にある洞窟からも繋がっているらしい。
ララはサクラの子機を携えて、イール達の後を追って穴の一つに入る。
「しかしまあ、よくこれだけ大きい穴を掘ったわね」
『時間だけは沢山ありましたので』
金属で整備された穴の中を歩きながら、ララは感心したように言う。
これらは全て、サクラが長い時を掛けてあのアームを使って掘り進めたものだ。
サクラはこの穴を通じてコアから自らの感覚器官でもあるカメラやスピーカーのケーブルを伸ばし、様々な情報を集めていた。
『ケーブルの長さには限界があるので、最近は情報収集には使っていませんでしたが』
「代わりに、巫女との会話に使ってたの?」
『そういうことです』
サクラにとって巫女との会話は、単なる情報収集以上の役割を持っていた。
ララの持っている知識を故意的に広めることで、彼女がやって来る事を予想していた。
そうしてララは、まんまとサクラの思惑に乗っていたのだった。
「そういえば、サクラは超広範囲全環境探査波が周囲の魔獣を活性化させていたことは知ってるの?」
「カムイの原因がそれなんだったか」
イールの声にララは頷く。
サクラがララを探す為に全世界へ向けて放った環境探査の波は、いわば高密度の魔力である。
それをもろに浴びてしまった魔獣は強大な魔力に酔ったような状態になり、錯乱状態に陥る。
『なんだか大変なことになっているらしいということは。でも、私にはそれしかできなかったので』
「AIって奴は変なところで感情を捨てるわね……」
きょとんとした様子で言うサクラに、ララは頭痛を覚える。
あれだけ感情豊かに会話を繰り広げていたと思ったら、どこまでも被害を無視した鬼畜な発言である。
「でも、こうやって無事に私も見つかったんだし、もう超広範囲全環境探査波は出さないんでしょ?」
『そうですね。私の悲願は達成できたので』
サクラは頷くようにくるりと縦に回転した。
これで一先ず、カミシロのカムイは収まるだろう。
ララはほっと胸をなで下ろした。
「あっ、出口が見えてきましたよ!」
先頭を歩いていたロミがそう言って前方を指さす。
いつしか穴はゴツゴツとした岩の洞窟に変わり、細い道の先に小さな穴が見える。
まだ夜も深く、日は差し込まないが、かがり火の炎が出迎えるように揺れていた。
「とりあえず一安心だな」
緊張を解してイールが言う。
文明の光を目にすると、不思議に心が緩む。
「ララ様! ご無事でしたか」
「あっ、無貌さん!」
三人と一機が洞窟を出ると、黒づくめの男が音も無く現れ声を掛けた。
今回、窮地に立たされていたララのためにイール達を呼んだのは彼である。
「ありがとう。無事に終わったわ」
「そうでしたか……。その丸い物体はいったい?」
「んー、あー。カミシロの神の分身ってところかしら」
「なんと。それは凄い」
ララの曖昧な説明に無貌の者は驚いた様子で、手を擦り合わせて拝んだ。
『こうやって目の前でやられると、なんだかむず痒いですね』
「何しろ神様だもんねー」
サクラは照れたようにくるくると回る。
基本的にサクラは巫女であるサクヤ以外とは接触しておらず、それも一方的に見ていただけだ。
「それでは、早速サクヤ様に報告しましょう」
「そうね。あ、でもサクヤは寝てるんじゃ?」
「今日は起きていらっしゃいます。今日は何かが起こる日だと考えられているようで」
「なんだか巫女らしいわね」
第六感というのだろうか。
サクヤの予言的な直感に驚きながら、三人は無貌の者に連れられて緑珠院の中へと向かった。
「待ってたわ。お疲れ様」
彼女たちがサクヤの執務室に入ると、彼女は窓辺に立っていた。
長い黒髪を揺らして振り返り、薄く微笑を浮かべる。
「ありがとう。なんとか、神様とは話をつけてきたわ」
「後ろの子が神様かしら?」
「その分身ってところね」
ララ達はサクヤに進められるままにソファへ腰を下ろす。
自分でも驚くほどに疲れているらしく、ふんわりと沈むソファが気持ちいい。
「カムイの原因は、やっぱりこの子だったわ」
「そう。だったらもうカムイは起きないのかしら」
ララの報告にサクヤは頷く。
「ええ。サクラはもう目的は達成したみたいだしね」
「目的?」
「……私を見つけること」
間接的とはいえ、ララはカムイの原因に寄与している。
申し訳なさそうに肩を縮める彼女に、サクヤはふっと笑いかけた。
「そんなに責任感じなくても、もうカムイは起きないんでしょう?」
「そのはずだけどね」
『もう、起こす理由もありませんから』
ララが頷き、それに合わせるようにサクラもくるりと回転する。
言葉を発したサクラに、サクヤは目を丸くした。
「あら、いつもより可愛らしい声よ」
「色々壊れてたみたいでついでに直したのよ。ガビガビした声は聞きづらいから」
『申し訳ありません。自己修復機能が壊れていたらしく……』
サクラの言葉に、サクヤはそうだったの……、と胸を痛める。
『あ、でもこれからはちゃんとこの声でお話できますからね』
「そうね。私もこの声の方が好きだわ」
胸を張るように言うサクラに、彼女も頷く。
「そういうわけで、こっちの分身の子は私たちと一緒に行動することになったわ。大元はいつも通りこっちで、カミシロの行く末を見守るみたい」
「そう……。指導者たる神様がいきなり消えなくて良かったわ」
「そうなったら、カミシロの混乱は目に見えてるしな」
ほっとして言うサクヤに、イールも頷く。
ほいほいとサクラが抜ければ、それだけでカミシロが壊滅するほどのことはないだろうが、それでも混乱は避けられないだろう。
それほどに、サクラはカミシロの根幹に食い込んでいた。
「とりあえず、一件落着ね」
ララは深くソファに沈み込んで言う。
その言葉は、部屋の中の全員に一致していた。




