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第百八十六話「私の気持ちを返して……」

「もう魔力が!」


 杖を頼りに身体を支えるロミの悲痛な声が届く。


「大丈夫、もう終わるわ!」


 ララは青い粒子の中から叫び返す。

 視界を埋め尽くさんばかりに並ぶ無数のプログレスバーが生まれては消え、消えては生まれる。

 0と1、そして無数の微小で長大な文字列の渦が巻き上がり、流れていく。

 サクラの構築したセキュリティの壁に噛みつき、特攻し、情報を解析する。

 何層もの保護防壁を食い破り、それは徐々に侵食していく。

 イールやロミには、否、ララとサクラ以外には何人たりとも見ることさえ叶わない激戦が、そこで広げられていた。


「ララ! こっちも限界だぞ!」

「もう少し! もう少しだから!!」


 アームの頭を踏みつけ、イールが叫ぶ。

 無数のアームがロミの拘束を抜け、イールへと頭を向けていた。

 一撃でももろに当たれば、彼女たちの勝敗は決する。

 ララはあらゆる処理領域をフルに使用し、顔を紅蓮に染める。

 刻一刻と変化する鍵穴に合わせるような、曲芸のような仕事だ。

 時計の針は無慈悲に進み、やがて時は訪れる。


「すみません……。もう、魔力が……」


 絞り出すように声を発し、ロミが足下から崩れ落ちる。


「ロミ!」


 イールが思わず顔を向ける。

 その隙を逃すほど、サクラは甘くなどなかった。

 じりじりと狙いをつけていたアームの群れは一斉に彼女へ殺到する。

 暗く落ちる蛇のような影に、イールは思わず舌打ちをする。


「――ありがとう。もう終わったわ」


 ララの声が響いた。

 不思議にそれはこの空間でよく通る。

 イールが閉じてしまった瞼を恐る恐る開くと、眼前すぐで、ドリルアームが停止していた。


「は、はは……」


 イールは乾いた笑みを浮かべながらゆっくりと後退する。

 異形の右腕をヒクヒクと痙攣させ、彼女はララを振り返る。

 銀髪の少女は静かに立ち上がり、微笑を浮かべていた。

 筋の通った鼻から、鮮やかな赤が一筋流れ出す。


「はは。ほら、血ィ出てるぞ」

「え? あ、ほんとだ」


 呆れたイールに指摘され、ララはくしくしと拭う。


「イール、申し訳ないけどロミの様子を見てくれないかな? 私は、ちょっとお話してくるわ」

「分かった。まあ、気をつけとけよ」

「ええ。大丈夫」


 スン、と鼻を鳴らしてララが言う。

 イールは後方で気絶しているロミの所へと駆け寄っていった。

 そしてララはゆっくりと歩を進め、桜色に弱々しく光を発するコアへと近づく。

 力なく横たわるアームを踏み越えて、鉄の台座に収まる巨大な球体を見上げる。

 近づけばよく分かる。

 それは、とても大きかった。


「久しぶりね、サクラ」

『ヌ、ウ。マサカ、私ガコンナニモ劣勢ニ立タサレルトハ……』


 苦しげに、妙に人間味じみた言葉でサクラは返す。


「まだ私が私だと分かってないのかしらね」


 そう言って、ララはそっとコアに手を沿わせる。


「『接続(アクセス)』」


 腕を通じてコアに直接接続する。

 膨大な量の情報が、ララの中へと流れ込む。


「くっ!?」


 歯を食いしばり、彼女はそれに耐える。

 防護壁を全て取り払ったが故の奔流である。

 サクラがここで目を覚ましてからの記録が、一秒も余すことなくララの中へとなだれ込む。


「……まったく、私は何年寝てたのよ」


 膨大な時間の記録は、サクラが主人を捜し求めた記録だった。

 その長い長い物差しを当ててみれば、ララが眠りから覚めたのはつい数秒前ほどの出来事だった。


「落下の衝撃で一部の機能が破損してるわね」


 サクラの状態を確認し、ララは労るようにコアの表面を撫でる。

 ガラス質のつるつるとしたそれはほのかに温かい。


『私ノ大切ナ所ヲ全部詳ラカニ見ラレルナンテ、ナンダカ恥ズカシイデスネ』

「妙な言い回ししないでくれる!?」


 ぽわぽわと光を明滅させて言うサクラに、ララは思わず顔を朱に染める。


「……生体認証機能が壊れちゃってるじゃないの」


 それは、サクラが主人を主人として認識するための最も重要な場所だった。

 そこが破損してしまえば、サクラは誰が主人で、それはどのような特徴を持っているのかを知り、それを他の情報と比較することができない。

 人間で言えば、相貌失認に似たような現象を引き起こす。


「幸い、私の情報は保持されてるわね。……七十層のプロテクトなんてかけたっけ?」


 ララは訝しみながらも操作する。

 幸いにして、物理的な機能は殆ど無事である。

 記憶領域を管理するシステムに手を加え、破損している部位を修正する。


『ウーン、コノワサワサト撫デラレルヨウナ弄リ方ハナンダカ懐カシイデスネ』

「前はもう飽きるほどやってたからね。初期状態のあんたはロクに数字も数えられなかったんだもの」


 数世代型落ちのAIコアを安く買って、その性能を調べたときは愕然としたものだ、とララは過去の記憶を思い出す。

 機体に金をつぎ込み過ぎたため、制御用のAIにまでリソースが回らなかったのだ。

 仕方なくララはポンコツを教育するため、仕事終わりは部屋に籠もってサクラの中身をいじくり回していた。


「ほら、こんなもんでどうかしら」

『……アア。ダンダントですガ、主人ノ姿が……。私の、主人ハ小柄デ、可愛らしい、人ダッタです』

「よしよし、良い感じね。それで、私は誰に見える?」

『……会いタカッた。ズット、探してイましタ。深い土の中から」


 だんだんと感情を取り戻していくように、サクラの言葉は流暢に聞き取りやすくなっていく。

 それは涙を堪えるように、感情のないはずの音を震わせる。


『――おひさしぶりです。我が主人。ララ様』

「ええ、久しぶり。何千万年ぶりかしらね」


 ぽわんと光を放つコアを撫でて、ララは慈しむように言う。

 途方もない時間を経て、彼女たちはまた邂逅できたのだ。


「ようララ。話は終わったか?」


 そこへ、イールがやって来た。

 くったりとしながらも目を覚ましたロミも、彼女の肩を借りながらやって来る。


「ありがとう、二人とも。無事に終わったわ」


 ララは振り返り、二人に礼を言う。


『ララ様のお仲間ですか? 先ほどは申し訳ありませんでした』


 サクラは二人を認めると、しゅんと肩を落とすように発光する。


「正気に戻ったんなら、あたしは別にいいよ」

「わたしも、お二人が無事に仲直りできたのなら、それで」


 寛容な二人の言葉に、ララとサクラは主従共々感謝の念を示す。


「ま、それはともかくだ。結局カムイの原因はコイツで合ってるのか?」

「ああ、それは聞いてなかったわね」

『カムイ、ですか?』


 そもそもララ達がサクラと相対した大きな理由は、カムイの原因探求である。

 ララはコアの方に向き、サクラに尋ねる。


「あなた、『超広範囲全環境探査波』使ってるでしょ?」

『ええ、確かに。それしか私がララ様を探す術はありませんでしたので』


 頷くように光りサクラが言う。

 たとえ誰が主人かも区別が付かずとも、サクラは必死に主人を探していたのだ。


「それがこの世界じゃちょっと悪い影響与えちゃうみたいなの。具体的には魔獣の活性化なんだけど」

『ふむふむ……。そうでしたか、それは申し訳ないことをしましたね』


 まさか自分のしていることが外ではそのような影響を与えているとは知らず、サクラは驚いたようだった。


『しかしまあ、こうして無事に主人も見つかりましたので、もうカムイは起こしませんよ』

「それなら良かったわ」


 安心して下さい、と言うサクラに、一同も表情を崩す。


「外の情報は、そのなんとか波でしか分からなかったんですか?」


 少しずつ回復してきたロミがサクラに尋ねる。


『いえ、いつからか私の話し相手となってくれる方がいらっしゃいましたので、その方との会話を通じても多少は』

「ああ……巫女の事ね」

「カミシロの神って、こいつのことだったんだな」


 当代の巫女、サクヤを筆頭に、歴代の巫女達はカミシロの神と対話してきた。

 それを通じて様々な情報を集め、カミシロの発展に大きく寄与してきたのだろう。


「その人たちとはどんなこと話してたの?」

『基本的には世間話です。とは言え私にそのようなユーモアは搭載されていませんので、ララ様のプライベート・データベースにアクセスしまして……』

「のああああ!? やっぱりね! 薄々そうだとは思ってたのよ!!」


 申し訳なさそうに言うサクラに、ララは絶叫する。

 カミシロの文化を聞いたときから、薄々とは感じていたのだ。


「この島の文化も大体私が持ってきたデータに書かれてる奴だもんね! ちょっと予想はしてたわ……」


 恥ずかしそうに顔を俯かせ、ララは言う。

 つまるところ、カミシロの和風文化はララが持ち込んだようなものだった。


「……まあ、それはもういいわ」


 これからどうこうできることでもない為、ララもすっぱりと――とはいかずとも諦める。

 それよりも、と彼女はコアに顔を向けた。


「サクラはこれからどうするの?」

『そうですね、私としてはララ様のお側にいたいのですが……』

「流石にこんな大きいのを持っては行けないわよ」

『私も大体察しております。それに、どうやら私はここで随分頼りにされているようなので』


 サクラは照れたように淡く光り、少し間を開ける。


『私自身は、ここに残ろうかと思っています。そうして、カミシロの神として及ばずながらも話し相手くらいにはなりたいかなと』

「そっか……。それもいいんじゃないかしら」


 AIが自ら考え結論を出したことに、ララは少なからず驚いていた。

 しかし彼女はそれを表情には出さず、穏やかな笑みで頷いた。

 まるで我が子が旅立つかのような寂寥感が胸を埋める。


『とはいえ、ララ様の僕としてお側にいなければならないのも事実。と言うわけで私、子機を用意しました』

「……は?」


 明るい口調で朗らかに言うサクラに、ララはぽかんと呆ける。

 そうしているうちに部屋の壁に開いた穴の一つから、ボーリング球ほどの大きさの銀球が現れた。


「おおー、可愛いですね!」

「ララが使ってる奴に似てるな。それよりも結構デカいが」

『どーもこんにちは。サクラの子機です』

「……はい?」


 驚きながらも順応するイール達とは反対に、ララは理解が追いつかない。

 空中にふよふよと浮かぶのは、特殊金属特有の白銀の輝きを持つ機械である。

 中央に単眼のようなレンズがあり、それがララを見つめている。


「つまり、本体はここに残るけど、子機がついて回るってこと?」

『そういうことになりますね』


 軽く頷くサクラに、ララは思わず足下から崩れ落ちる。


「私の気持ちを返して……」


 呻くような彼女の言葉は、地面に溶けて消えた。

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