第百八十話「流石イール! 話が分かるわね」
張り上げた声の応酬が続き、値段は加速度的につり上げられる。
熱狂の渦を作り出す商人達は止まるところを知らず、銅貨一枚でも他を上回ろうと手を振り続けた。
「うわぁ、凄い……。あんなに値段が付く物なの?」
「買う奴が買って、然るべき所に売ればもっと良い値段が付くんだろうさ」
初めて見聞きするような金額にララは戦くが、イールとしては予想の範疇なのだろう。
彼女は飄々とした態度で競りの行く末を見守っていた。
「あれ、そういえばお金はカミシロの通貨で支払われるんですよね」
「そういえばそうね。当分はカミシロで過ごす予定だからカミシロの通貨があってもいいけど、流石にあの金額は使い切れないわ」
ふとロミが気付いて指摘する。
今朝せっかくナツに両替してもらったばかりだったが、それも霞むほどの大金が手に入りそうだ。
カミシロの滞在中にどれほど豪遊したとて彼女たちでは到底使い切れるものではない。
「それならば、大陸へ帰るときにでも残額を儂が両替しよう」
話を聞いていたガモンは白い髭を撫でながらそう提案した。
「いいの!? 私はありがたいけど……」
「よいよい。儂もそろそろカミシロの金を増やしたいと思っとったところじゃからな」
親切なガモンの申し出に、ララは飛び上がって喜ぶ。
これで大陸に戻ったときも随分余裕が出るだろう。
「お、そろそろ決着が付きそうだぞ」
舞台の方を見ていたイールが言う。
ララ達が視線を移せば、剣山のように上がっていた手は残り二本にまで減っていた。
競り人の口から飛び出すのは、目玉まで一緒に飛び出しそうな金額である。
「花行燈の朝ごはん定食いくつ分かな……」
「物差しが小さすぎる」
「さっきの宝剣が五本くらい買えますかねー」
三人がそんな会話を繰り広げている間に、競りは無事に決まったようだった。
勝ち抜いた商人が涙ぐみ、残りの負けた商人達は意気消沈して脱力する者と次の品へと意気込みを新たにする者に分かれる。
「見事な競りじゃったな。あそこまで白熱したのは久しぶりやもしれん」
競りの結果にはガモンも満足したらしく、彼はしきりに頷きながら言った。
「売り上げは手数料を引いて、後日花行燈まで届けよう。流石に持って帰るには大きすぎるじゃろ」
「それもそうだな。ありがとう、助かる」
財布どころか箱が必要になりそうな金額に、今更ながらララとロミはさっと顔を青ざめる。
そんなものを持ってしまったら落ち着いて眠れなくなりそうだ。
「これは防犯用設備の開発が急務ね……」
ララはデータベースにある様々なセキュリティシステムを検索しながら言った。
「さて、これで予定は全部終わったんだが、二人はどっか行きたい所とかあるか?」
買い出しも済み、競りも見届けた。
一先ず目先の予定は消化し終えたと判断して、イールが二人に尋ねる。
「それなら、昨日船長が言ってたカミシロの遺跡に行ってみたいわ」
「遺跡って、随分前に見つかって、もう何にもないところだろ?」
「でも建築様式とかはまだ見れるんでしょ?」
「あ、それならわたしも見てみたいです。壁画とかレリーフとか残ってたりしませんかね?」
ララの言葉を受けて、ロミも賛同する。
二人に迫られれば、イールとしても反対する理由はなかった。
「船長、と言うわけで遺跡の場所を教えてくれないか?」
「遺跡か。ここから一番近い所となれば、ハクロ遺跡かの。アマノハラ郊外の草原にある遺跡じゃ」
そう言って、老人は記憶を掘り起こして場所を説明する。
徒歩でも十分行って帰ってくることのできる距離で、最初の遺跡探索には打って付けだった。
「ありがとう。それじゃ、この後はちょっとそっちに行ってみるわ」
「枯れているとは言え遺跡は遺跡じゃからな。十分に気をつけるんじゃぞ」
孫を心配する老人のようなガモンにララは元気に頷く。
「大丈夫よ。ちゃんと注意して進むし、三人で行くんだもの」
そうして三人は、早速その遺跡を目指して港を出発した。
アマノハラは山と海に挟まれている。
そのため人々の住める場所はかなり制限されているが、左右には平坦な草原が広がっているため、町もまたそちらの方向へと滲むように開発が進められていた。
町の中心でもある銭川通りを逸れて進むと、次第に建物は小さく密度も疎らになる。
人通りも中央ほどではなくなり、閑散とした雰囲気を漂わせてくる。
「郊外は随分静かなのねぇ」
「中枢は全部纏まってるんだろうな。こっちの方は家しかない」
大きな商家や公共施設などは見当たらず、あるのは細長い形をした集合住宅である。
小さな子供達が木の棒を携えて、元気に走り回っている。
道の途中には一定の間隔で小さな広場があり、その真ん中には井戸があった。
「道の側には水も流れてるし、綺麗よね」
「そうですね。舗装されてない道というのも少し懐かしい気持ちがして好きですよ」
井戸の周りで会議にいそしむ主婦達に手を振りながら、ララ達はてくてくと歩く。
どこかノスタルジーを感じつつも住宅街を抜けて、彼女たちは一面の草原へと出た。
「おおー、すごい! ハギルの牧場を思い出すわね」
「突然変わるもんだな。一応道が続いてはいるが、殆ど手つかずみたいだ」
背の低い草が風に揺れ、銀の線を描く。
所々に木がぽつんとある以外には、地平線がなだらかに弧を描く長閑な風景が広がっていた。
「『環境探査』」
「うわっ! なんの前振りも無しにするなよ」
「あ、ごめんごめん」
ララが突然にナノマシンを走らせる。
間近でそれを受けたイールが肩をびくりと跳ね上げた。
ララはちろりと舌を出して謝りつつ、ナノマシンから帰ってきた情報を分析する。
「ふむふむ。……あ、ハクロ遺跡って言うのはこっちみたいよ」
広域の地形を全て文字通り頭に入れたララは、それらしいものに目星を付けたようだった。
イールとロミを引き連れ、彼女は草原の中へと踏み入っていった。
「そういえばお昼ごはん食べてませんでしたね」
天頂に近づく太陽を見ながら、思い出したようにロミが言った。
その言葉に反応して、ララの腹の虫がきゅうと切なく鳴いた。
「う、すっかり忘れてたわ……」
「どうする? 一回戻って何か食べるか?」
イールの提案に、ララは眉を寄せて唸る。
また町に戻って昼食を食べるのは、少し手間だ。
「あ、環境探査したときに結構な数の小動物見つけたわよ」
「……ここまで来て野営食か」
ララが妙案を思いついたと手を打つ。
彼女の言葉に、イールはがっくりと肩を落とした。
「ま、久しぶりにそれでもいいけどな。でもここじゃ火は使えないぞ?」
一面の草原のど真ん中で火を熾すのは、まさに愚の骨頂というものである。
「それなら、遺跡まで持って行きましょ。多分そこなら火も使えるはず!」
先ほどの調査で大体の形状を知っているララは、遺跡がそれに耐えうると判断したようだった。
イールは少し悩んでいたようだったが、すぐに諦めて息をつく。
「ララが言うならそれでいいさ。そうと決まれば、まずは遺跡まで行かないとな」
「流石イール! 話が分かるわね」
ララは思わずイールの手を握り、ぶんぶんと振る。
そんな彼女のオーバーリアクションに、イールは呆れた様な目で答えた。
「それじゃ、魔力感知もしながら進みましょうか」
魔法を使って瞳の色を変えたロミが言う。
そうして三人は、ララを先頭に据えて、また歩き出した。




