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第百七十八話「どれもいい品だったよ」

 緑珠院の眼下に広がる港町は、名をアマノハラと言った。

 蒼珠院、朱珠院の本部が置かれ、カミシロ最大の規模を誇る港がある、まさにカミシロの心臓部だ。

 人も物も、日夜膨大な量が流動し、アマノハラになければカミシロにはないと言われるほどに、種々様々な品々が店に並ぶ。

 それだけにアマノハラを縦断する大通り、通称を銭川通りというほど商店の建ち並ぶ一角では、まさに生き馬の目を抜くような苛烈な商戦が日夜繰り広げられていた。


「うわぁ、凄い熱気ね……」

「どこの国も大通りの活気は変わりませんねぇ」


 ララとロミは銭川通りに集まる人の黒山に圧倒され、思わず腰が引ける。

 ずらりと並んだ暖簾の下では若い売り子達が声を張り上げ、肝っ玉の据わった女将と客が粘り強く交渉を繰り広げている。

 けたたましい鐘の音が鳴り響いたかと思えば、荷車を牽いた馬が小走りで駆け抜けていく。

 建物や人々の服装は替われどどこか懐かしい、喧噪に包まれた風景がそこにはあった。


「とりあえず保存食はまだいいから、砥石と縄と油を買いたいな」


 イールが懐に入れていたメモを読みながら言う。

 しばらくは宿での生活になるため、保存食はまだ必要ない。

 だが砥石などは日々の剣のメンテナンスなどで常に必要で、現在の手持ちでは心許ない。

 そんなわけで三人はぎゅっと固まって、大きな人の流れの中に身を投げた。



「いらっしゃい。砥石が欲しいのかい?」

「や、やっと砥石売ってる店があった……」


 ぜえぜえと肩で息をしながら、ララが言う。

 他の二人も随分と消耗した様子だ。


「あれ、お客さんたち外国から来たって人かい?」


 見慣れない色鮮やかな三人に、店主は驚いた様子で尋ねる。


「ええ、そうよ。カミシロって専門店が多いのね……」


 店主の質問に頷きながら、ララは遠い目で言う。

 彼女たちがここに辿り着くまでに、店を探し始めて約一時間ほどが経過していた。

 それというのも、カミシロではほぼ全ての店が一種類の商材に特化した専門店だったからだ。

 笊の専門店ならば大小様々、材質も様々な笊だけを棚に並べている。

 革の専門店ならば様々な動物の革だけを置いている。

 おまけで盥を並べるだとか、鞣し液を置いておくだとかいうような文化は、この島にはないようだった。

 当初の予定では旅人向けの雑貨屋を見つけて、そこでぱぱっと揃える予定だった彼女たちは、そこで早速出鼻をくじかれた。


「このお店は砥石のお店なんですね」

「棚に並んでるのも、見事に砥石だけだな」


 ロミが店の奥にある、天井にまで届く大きな棚を見て言う。

 そこに並べられているのは、大きさの違いや目の粗さの違いはあれど、全てが砥石で例外もない。


「へえ。うちは砥石の店で三代やらせてもらってますからね」


 驚くような呆れるようなイールの声に、店主は少し誇らしげに頷いた。


「まあ、砥石が売ってるようなら何よりだ。携帯用の小さな砥石が欲しいんだが、あるか?」

「へい。それならこちらに」


 イールの注文に、店主はすぐに頷くと店の奥へと案内した。

 専門店を謳うだけあって、砥石に限ればその品揃えは大陸の雑貨店のそれを凌駕する。

 彼女たちが案内された棚には、旅人が使うような小ぶりの砥石が無数に並んでいた。


「これはまた……、凄い量だな」

「材質から荒さから、強度から。カミシロにある砥石なら何だって揃えてますからね」


 鼻の穴を広げて言う店主の言葉もあながち間違っていないのだろう。

 それだけ、壁一面の棚には砥石だけがあった。

 イールは一つ一つ手に取って感触を確かめる。


「砥石はよく分かんないや」

「わたしも、杖を削る必要もありませんし」


 砥石を使ったことのないララとロミは、熱心なイールを尻目にして会話に花を咲かせていた。


「店主、これとこれ、あとこれをくれ」

「ありがとうございます。それじゃ、包ませて頂きますね」


 イールは目の違う数種類の砥石を指して言う。

 店主がそれを包んで、値段を伝えた。

 イールが財布から出した銀貨は、今朝方花行燈のナツに両替してもらったカミシロの通貨だ。


「まいど、ありがとうございます」

「こっちも良い買い物だったよ」


 深々とお辞儀する店主に見送られ、三人は店を去る。

 イールはよほど良い買い物ができたのか、ほくほくと嬉しげな表情だった。


「流石は専門店だけあって、どれもいい品だったよ」

「素人にはどれも同じに見えたけど、違うものなの?」

「ああ。正にかゆいところに手が届く品揃えだった」


 予定にない砥石も買ってしまったと、イールはいつになく上機嫌だ。

 仲間が上機嫌で嫌になる理由もなく、ララとロミもなんとなく軽い足取りになるのであった。



 その後も苦労しつつ町中を回り、彼女たちは縄や油、ついでに鉄串などの旅の荷物を買いそろえていった。

 一軒二軒と回るうちに要領も掴めてきて、最後の店を探す頃には随分と町の雰囲気にもなれてきた。


「一カ所でぱぱっと買い物を終わらせられる雑貨屋さんもいいですけど、こうやってお店を回るのも楽しいですね」

「一点特化だから良い物が買えるし、なんなら相場を考えるとちょっと安くなるわねぇ」


 荷物の入った包みを抱えて、三人はひとまず帰路に就く。

 充実した買い物ができたため、これでまた当分は物資に困ることなく旅に出られるだろう。


「あ、ララさん! お待ちしてましたよー」

「コハル? どうかしたの?」


 ララ達が花行燈に辿り着くと、三人を待っていたらしいコハルがパタパタと小走りで駆け寄ってきた。


「ガモン様がいらっしゃって、ララさん達を探されてたんです。なんでも、海竜の競りをするから港に来いとのことで」

「船長? ああ、あの魔獣ね……」

「そういえば残った部位は売り払うことになってたな」


 どうやらガモンはそれを伝えるために花行燈へやってきたようだが、丁度彼女たちと入れ違いになってしまっていたらしい。


「ありがとうコハル。すぐに行くわ」

「いえいえ! これくらいならお安い御用ですよー」


 伝えてくれたコハルに礼を言い、ララ達は荷物を置くと早速港を目指す。

 アマノハラの道は碁盤の目のように直線的で、特に銭川通りを使えばすぐに港に向かえる。

 ララ達は人混みを縫って走り抜け、広い港へと辿り着いた。


「うわ、ここも凄い人ね!」

「みんな漁師かその関係者なのかねぇ」


 港の広い埠頭には、海で鍛え上げられた屈強な肉体の男たちが群れをなしていた。

 どうやらこれから貿易船が運んできた品々の競りになるらしく、商人風の男たちもその中に混じっている。


「む、なんだか見た顔がおるな!」


 ララ達が港の片隅に立っていると、聞き覚えのある声が降ってくる。

 振り向けば、黒々と日に焼けた肌の大男が立っていた。


「あ、ゴウエンさんだっけ?」

「うむ。覚えていてくれたようで、何よりじゃ」


 嬉しそうに目を細めて頷くのは、この港の最高責任者でもあるガモンの旧友、ゴウエンだった。


「主らも競りにやってきたのか?」

「競りに来たわけじゃなくて、その競りに私たちが釣ったお魚が出るから、それの行く末を見に来たのよ」

「そういうことか。ならば、ガモンの所へ案内してやろう」


 ララの言葉にゴウエンは頷く。

 そうして彼は三人をガモンの所へと案内してくれるようだった。


「ありがとう!」


 ララはそんな彼に感謝を述べると、イールとロミと共にその背中に付いていった。

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