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第百七十七話「さ、いっぱい食べて今日も動くわよ」

「――い」


 少し怒ったような声と共に、肩を揺らされる。

 ララはこの安息を手放すまいと身をよじる。


「――ろ、――け。――おい!」

「うぅん……。あと五時間……」


 なおもしつこく揺らしてくる手を退けて、ララは深く布団の中に潜り込む。

 昨夜は大変だったのだ。

 万全の準備を整えて挑んだというのに。


「……ん?」


 万全の準備を整えて、カミシロの神に挑んだ。

 そこでララは懐かしい声と出会って。

 あっけなくやられて……。


「んんんん?」

「おい、何唸ってるんだ。さっさと起きろこの寝ぼすけ野郎」

「うあああ!?」


 状況を理解したララは身体を跳ね上げる。

 場所は紛うことなき布団の上、宿屋花行燈の一室である。


「なんなんだよまったく。珍しく寝坊したかと思ったら突然叫んで」

「あ、イール。ごめんね」


 至近距離でララの絶叫をもろに浴びたイールがしかめっ面になっていた。

 不機嫌な彼女にぎこちない笑みで応えながら、ララは状況を確認する。

 昨夜、カミシロの神と相対した。

 その時直撃した白い光の奔流。

 その後のことを、ララは覚えていない。


「とにかく、起きたんならいい。今から鍛錬するからな。宿の裏庭で待ってる」

「あ、はい。すぐ行くわ」


 不機嫌そうなイールはそういうと、すたすたと部屋を出る。

 ララは布団から這い出ようとして足に何かが当たるのを感じた。


「なんだろ……?」


 掛け布団を引っぺがし、正体を見る。

 それは、彼女のハルバードや電磁パルス放射弾などの昨夜使った道具類だった。

 布団の下に隠すようにして置かれたそれらの間に、小さな紙切れがある。

 それを拾ってみると、丁寧な丸文字で文が書かれていた。


入り口で待機していると、ララ殿が気を失った状態で放り出されてきました。ひとまず装備類は外して寝床に運びました。


 文末に、小さく無貌と書かれている。

 恐らくは、昨日案内役をしてくれたあの男だろう。


「完璧なアフターケア。ありがたいわね」


 どうやら昨夜、彼女は神にやられて気を失ったらしい。

 命までは取られなかったようで、その後は無貌の者によって花行燈に戻された。

 あっけなく負けてしまったことは胸が裂けるほど悔しいが、命だけは助かったことを今は素直に喜ぶことにする。


「……とりあえず鍛錬に行きましょうか」


 待たせば待たせるほど、鍛錬の容赦がなくなるのだろう。

 ララは戦々恐々としながら素早く身支度を調えて、ハルバードを持って部屋を飛び出す。

 残ったのは、未だ布団にくるまって幸せそうに眠るロミだけだった。



「はぁっ!」

「ぐっ……!」


 金属同士の激しくぶつかる音が響き渡る。

 朝の冷たい空気を裂いて、ハルバードと直剣が交差する。


「……このあたりにしようか」

「……そうね」


 共に滝のような汗を流しながら、イールとララは両者引き分けで決着を付けた。

 何度も手合わせを重ねるうちに、ララはめきめきと上達していた。

 人間、必要に迫られれば恐ろしいほどに上達するものだ。

 ナノマシンの補助ありとはいえ、彼女はイールとも互角に戦えるようになってきていた。


「ふぅ、しかし疲れたわね」

「今日はまだいつもより控えめだぞ?」

「まだ船旅の疲れが残ってるのかも」

「あれだけ寝てたのにか」

「うぐぅ……」


 花行燈の裏庭にある長椅子に座って、二人はしばし休憩する。

 ララは持ってきたタオルで汗を拭い、息をつく。

 昨夜の戦闘が尾を引いて、まだ身体の動きが鈍いような気がする。


「今日はどうするの?」


 ハルバードを待機形態に戻しつつ、イールに尋ねる。

 剣のメンテナンスをしていた彼女は何も考えていなかったようで、きょとんと首を傾げる。


「んあ? そうだな……、とりあえず物資の補給だな」


 その言葉を聞いて、そういえばまだ買い出しに行けていなかったことを思い出す。

 船から降りてすぐにサクヤに会いに行ったため、それらは後回しになっていたのだ。


「どこか良いお店あるかな?」

「ま、散策がてら色々見てみよう。カミシロ独特の店もあるかもしれないしな」

「それもそうね。甘い物が食べたいわ」


 朝から激しい運動をして、身体が糖分を渇望している。

 ララは切なく空腹を訴えるおなかをさすって言った。


「とりあえず温泉に入って汗を流そうか」

「その後ロミを起こして朝ごはんね」


 一日の大まかな計画を立てた二人は長椅子から立ち上がる。

 大量に汗を吸ってぐっしょりと濡れた服が冷えて薄ら寒くなってきた。

 二人はカミシロの涼しい風に追い立てられるように宿の中へと駆け戻った。



 花行燈の暖かい温泉で汗と疲労を流した二人は一度部屋に戻り、服装を整える。

 ついでにこんこんと眠り続けるロミを起こして、三人揃って一階の食堂へと向かった。


「あ、おはようございます!」


 三人を出迎えたのは、コハルである。

 宿の一人娘は襷上げ姿でテーブルを拭いていた。


「おはよ。朝早いね」

「宿屋の娘ですからね! ララさん達はお食事ですか?」

「ええ。何かお品書きはあるかしら?」

「あ、今持ってきますね」


 そう言ってコハルはパタパタと厨房に駆け戻る。

 その間に三人は適当な席に着く。


「お待たせしました! 朝ごはんはお魚とお肉の二つから選んでください」


 すぐにメニューを持ったコハルがやって来て、テーブルの上に広げる。

 基本的には魚料理か肉料理、ご飯とお味噌汁とお漬物が付いてきて、それらは食べ放題だという。

 値段も辺境の相場とそう大差なく、シンプルだが、良心的な朝食である。


「それじゃ、私はお魚にするわ」

「あたしは肉にしよう」

「ふわぁ……。あ、わたしはお魚でお願いします」


 メニューをのぞき込んで、三人は口々に注文する。


「お魚二つにお肉一つですね。畏まりました!」


 コハルは前掛けのポケットに入れていたメモ帳に記入すると、またパタパタと厨房へと戻っていった。


「朝から元気な子ねぇ」

「宿屋で働いてると、どうしても朝は早いからな」


 感心してララが言うと、イールも頷く。

 ロミはようやく目が覚めてきたのか、こくこくと湯飲みのお茶を飲んでいた。

 しばらく時間をおいて、お盆を抱えたコハルと、その後ろに両手にお盆を持ったナツが現れた。


「おはようっす」

「おはよー。ナツも早いのね」

「他の二人も起きてるっすよ。接客向きじゃないからあんまり姿は見ないかもですけど」

「お待たせしました! 朝ごはん定食です!」


 テーブルの上に並べられたのは、朝ごはん定食と名付けられたお盆だ。

 ララとロミの頼んだ魚の定食には、鮭のような焼き魚の切り身がメインに据えられている。

 イールの頼んだ肉の定食は、鶏胸肉の照り焼きだった。


「うーん、おいしそう!」

「カミシロらしい料理だな」

「これでご飯とお味噌汁とえっと、お漬物? がお代わり自由なんですね……」


 イールとロミはまだ箸が使えないため、匙を持ってきて貰う。

 ララは安定のマイ箸である。

 全員の用意が揃ったところで、三人はそろって朝食を取り始めた。


「ん~、おいしい! カミシロの家庭料理ってこんな感じなのかしら?」

「昨日緑珠院で頂いた料理も手が込んでいて美味しかったですけど、こういったお料理も家庭的で美味しいですよね」

「米も味噌汁も旨いな。お代わりしてこよう」


 シンプルながらも丁寧に作られたことがよく分かる、優しい味に三人は舌鼓を打つ。

 イールもロミもカミシロの味に慣れてきたようで、むしろ気に入ってすらいるようだった。


「さ、いっぱい食べて今日も動くわよ」


 そう言って、ララはつやつやの白ご飯をかき込んだ。

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