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第百六十七話「この様子なら、温泉も楽しみね」

「なあ、船長。あいつはどういう奴なんだ?」


 自分たちの少し前を足音もたてずに歩く黒づくめの男を見ながら、イールはガモンに尋ねる。


「あやつらは無貌の者と言ってな。巫女様の手足となって動く者達じゃよ。ああして素顔を隠し、闇に溶け込み、ただ主人の意向によってのみ動く。その人数すらも定かでは無い」

「要は召使いってことか?」

「無貌の者が行うことは多岐にわたる。巫女様の護衛から、毒味、話し相手、金を渡され使い走りのように店に現れることもある」

「巫女様専用のなんでもやさんみたいですね」

「ふはは。その表現は、言い得て妙じゃの」


 ロミの率直な言葉に、ガモンは頷く。

 無貌の者とは極限まで個性を消して、ただ一人の主人に仕える者達の総称であり、呼称だった。


「無貌の者を二人以上相手にする時は、中々に大変じゃ。何せ奴らは姿形から声から、何から何まで全て同じじゃからな」

「すごいな……。よくそこまでできるもんだ」

「儂も詳しいことは知らぬし、教えて貰える訳では無いが。噂によれば無貌の者は隠された里で幼い頃から育成されて、なるべくしてなっておるらしい」


 ガモンが若干声を潜めて言う

 思わずチラリと先頭を歩く男の方を見るが、特に気にしている様子は無かった。


「キア・クルミナ教の黒十字騎士団みたいな感じですかね」


 ぽむ、と手を打ってロミが頷く。


「ロミ、それ言っていい類いの奴か? あたしはそんな騎士団見たことも聞いたこともないんだが……」

「おっと。忘れて下さい」


 迂闊なロミに、イールは呆れた様にため息をつく。

 彼女の口からするりと飛び出した言葉は、ひとまず聞かなかったことにする。

 イールはふるふると首を振って、ずれてきたララを背負い直す。


「っと、なんか静かだと思ったら。ララ、いつの間にか寝てるな」


 背中ですうすうと可愛らしい寝息を立てる少女に、イールが思わず微笑みを浮かべていう。


「ほんとですね。やっぱりかなり体調悪かったんでしょうか?」

「ナノマシンに色々影響受けてたみたいだしな。まあ、そっとしといてやろう」


 自分の名前に反応したのか、ララがもぞもぞと動く。

 イールは赤子をあやすように身体を揺らして落ち着かせる。

 ララはぎゅっとイールの服を握り、また落ち着いて眠りだした。


「こうして見ると、ララさんってかなりお若いですよね」

「若いってか、幼いって感じだけどな。それにしちゃどうも行動が不釣り合いだが」


 あどけない彼女の横顔を見ながら、知らずのうちに二人は慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。

 白い陶器のような滑らかな肌は、かすかにピンク色を帯びている。

 まだまだ年若い少女である。

 それだけに、日頃の能力の高さや言動が際立つ。

 彼女たちは改めて、この少女の不思議なところを思い出した。


「皆様。あちらが緑珠院となります」


 不意に声が掛かる。

 少しくぐもった声は、無貌の者の声だ。


「ここに巫女様がいるんだな」

「はい。巫女様は是非、ガモン様やお客様に会いたいと仰っています。ですが、その前に長い船旅の疲れを癒やして下さい。食事と湯浴みの準備ができておりますので」


 イールの言葉に、無貌の者は小さく頷く。

 だが、その前に食事と風呂である。


「ほら、ララ。そろそろ起きろ」

「んぅ……」


 イールは背中ですやすやと眠っているララを揺らして起こす。

 もぞもぞと動いていたララは、何度か声を掛けるとぱちりと瞼を開いた。

 青い瞳に疑問が浮かぶ。


「あれ……ここどこ……? もしかして、私寝ちゃってた?」

「おはよう。随分疲れてたみたいだな」

「わわ、ごめんなさい!」


 意識が覚醒し、周囲の状況を認めたララは慌ててイールの背中から飛び降りる。


「も、もうここ緑珠院? というかアレが緑珠院? 綺麗ね! って、この人だれ!?」

「寝起きから興奮しまくってるな……」

「ララさんらしいといえばララさんらしいのですが……」


 キョロキョロとあたりを見回して目の前の荘厳な建物や見慣れない黒づくめの男に情報の渋滞を起こすララ。

 落ち着きを取り戻し、無貌の者が話を再開するまでに、数分の時を要した。


「では、客間へとご案内します」


 無貌の者はどこまでも落ち着きを払った声でいうと、すたすたと歩き出す。

 向かう先は、緑珠院のすぐ手前に建てられた、小さな社のような建物だった。


「客間と言ってるけど、普通に家ね」

「規模が違いすぎるな……」

「ここ一帯の町を全て纏めて一つの建物としてるんでしょうか」


 社の丸々全てが、今回案内された客間だった。

 質素ながら玉砂利の敷き詰められた玄関が、彼女たちを出迎える。


「こちらでは、靴を脱いでお上がり下さいませ」

「了解了解。ちょっと予想はしてたけど、やっぱりそうなのね」


 無貌の者の忠告に、ララはやっぱりという顔で頷き靴を脱いで上がる。

 郷に入っては郷に従うということで、イール達も素直にそれに続いた。


「広間が一室、個室が五つ。奥には温泉もございます」

「随分豪華ねぇ。さすがは巫女様のお膝元って感じかしら」

「こちらへご案内するのは、得てしてカミシロにとっても重要な賓客となりますので、相応の接遇はさせて頂く所存です」

「なかなか頼もしいわね」


 無貌の者の言葉に、ララは照れたように後ろ髪を撫でた。


「まずはごゆるりと温泉を楽しんで、旅の疲れを落としてください。その間に食事をご用意いたしますので、広間にてお待ちください」

「分かったわ。ありがとうね」


 淡々と説明を続ける無貌の者に、ララは頷いて感謝を述べる。


「それでは、私はこれにて。何かご用件がありましたら、部屋にある鈴を二度、鳴らしてください」

「了解!」


 ぴしっと指を伸ばした手を顳顬こめかみに当ててララが言う。

 無貌の者は薄く頷くと、ふっと煙のように消えた。


「わ、なんだろ? 今の魔法かしら?」

「キア・クルミナ教、というか大陸の物とはまた違う気がしますが、確かに魔法みたいですね」

「無貌の者が使う、幻術の類いじゃな。普通に戸を開けて帰ればいいものを。随分と粋なことをする」


 どうやらあまり見ることができる物でも無いらしく、ガモンが可笑しそうに笑った。

 おそらくは見慣れない異国からの客人への、パフォーマンスの一環だったのだろう。


「所変われば魔法も変わるのね。不思議だわ」

「まあ魔法なんかは術者の裁量が大きいし、大陸でも人によって若干違ってきてるからな。海を隔てちまえば随分変わるだろうよ」

「方言みたいなものね」

「そうそう。そんな感じだ」


 ララのたとえに、イールは頷く。

 魔法は基礎さえしっかりと踏襲していれば、案外アレンジの効く自由度の高いものでもあった。


「ま、そんなことより今は温泉よ、温泉! 熱いお湯で疲れを癒やさなきゃ」

「久しぶりのお風呂ですもんね。ゆっくり楽しみたいです」

「では、儂もそうさせて貰おう。では、後ほど」


 温泉の存在を思い出し、ララが目を輝かせて言う。

 ロミも心躍る様子で、それに続く。

 そんなわけで、一行はひとまず温泉を目標に定めた。

 荷物を持ち直し、廊下に並んだ個室へと入る。

 個室と言っても中々に広く、ララ達はいつもと同じく一部屋に三人入ることにした。


「やっぱり畳ね。懐かしいわ」


 個室の床は、ララの予想していたとおり畳だった。

 藺草に似た植物の、ざらりとした感触が足の裏を伝わる。

 冷たい床とは違って、そこは柔らかく暖かかった。


「この床は面白いな」

「初めて見ますが、手触りがとってもいいですね」


 初めて畳を見る二人にも好感触で、ララは人ごとながら誇らしげだった。


「この様子なら、温泉も楽しみね」


 ララはそう言うと、早速荷物を開いて入浴に必要なセットを取り出した。

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