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第百六十三話「巫女様ねぇ……」

 「島が見えたぞ! もうすぐ到着だ!」


 見張り台からそのような報告がなされたのは、丁度ララ達が大切に食べていた骨煎餅の最後の一欠片をイールが食べてしまった時のことだった。

 伝声管を通じて船中に響き渡ったその報告に、涙目で拳を振り上げていたララの動きも止まる。


「お、やっとか。ちょっと甲板まで見に行こう」


 それを見逃すイールではなく、彼女はパリポリと骨煎餅をかじりながら部屋を飛び出す。


「あ、ちょ! もー!」

「あわわ、待って下さいっ。わたしも行きます」


 二人取り残されたララとロミも、慌ててそれを追う。

 甲板に出れば、既に少なくない水夫たちが集結して、皆一様に縁から水平線の彼方を眺め、指さしている。


「失礼失礼……っと。ううーん、どれだろ……」


 男たちを押しのけくぐり抜けなんとか前面に出ることができたララはじっと目をこらす。

 見えたといってもまだ距離は遠いようで、はっきりそれと分かるような島影はない。


「ねえお兄さん、カミシロはどこかしら」


 しかたがないのでララは一番近くに立っていた男に尋ねる。


「おお、嬢ちゃんか。船首のずーっとまっすぐ先だぜ。すぐに影も大きくなるから分かるさ」


 くいくいと服の裾を引っ張られた男は、しかし嫌な顔もせずに快くララに教えた。


「ありがとう。もうちょっとここに居て探してみるわ」


 ララも素直に礼を言い、視線を海原に戻す。


「……ん、あれかな?」


 そうしているうちにも船は満帆の風を受け、するりと海面を割って進んでいく。

 その甲斐もあって、すぐにララも島影を見つけることができた。

 まだまだほんの米粒の半分よりも小さなものだが、徐々に大きくなっていくそれは確かに島影だ。


「ララさんララさん、カミシロはどこでしょうか」


 気が付けば周囲の水夫たちは殆ど持ち場に戻っており、空いたところへロミが白杖を抱えてやってきた。


「あそこよ。まだちっちゃいけど」

「ふえ、……んん、あれ、かなぁ」


 ララの指し示した先を、ロミもじっと目をこらして注視する。

 幸い、すぐに見つけることができたのか、彼女の顔もほころぶ。


「やっと陸に上がれるんですね! お船の旅も良いですけど、そろそろ陸地が恋しくなってきてたんです」

「ま、船上だとすることもできることも少ないしね」

「あたしは早く宿に行って、たっぷりのお湯がある風呂で休みたいな」


 いつの間にか背後に立っていたイールが、自然な流れで話に加わる。

 確かに、船上では水は貴重品で、シャワーさえ浴びることはできない。

 ここ数日、彼女たちは濡れたタオルを使って身を清めていた。


「ロミ特製の洗浄魔法もあるけどねぇ」

「あれはほんとに、汚れを落とすだけのものですから。やっぱり本物のお風呂には敵いませんよ」


 船上での生活に耐えきれず、ロミが洗浄魔法の存在を明らかにしたのは航海四日目のことである。

 そんな便利な魔法をなぜずっと使っていなかったのかというと、全身を舐められるような独特の感覚が彼女自身苦手だったのと、単純に消費する魔力がかなり大きいという二つの理由が挙げられる。


「とはいえ、無事に航海も終わりそうで良かったわ」

「始終天候にも恵まれてたしな。順調に進んで、変わったことと言えばララが甲板にワニ持ってきたことくらいじゃないのか?」

「ぐ、人を災害みたいに言わないでよ」


 順調に近づく島を見ながら、ララはイールの軽口に唇を尖らせる。

 とはいえ、この船旅で特筆すべきことがそれくらいというのは、実に平和でよかった。


「この調子ならあと数刻で着くだろ。それまで部屋でゆっくりしてよう」

「そうね。……骨煎餅の恨みも晴らさないと」

「げ、まだ覚えてるのか……」


 そんな言葉を交わしつつ、彼女たちも甲板を降りて自分たちの部屋へと戻る。

 ここ数日でこの部屋にも馴染み、随分と荷物も出しっぱなしだ。

 それの片付けもしなければならない。


「うぅん、洗濯物も結構溜まってるわね」

「島に着いたら、とりあえず宿行って、その後は消耗品の補給やら何やら。やることが多そうだな」

「でも、肉ブロックみたいな携行食ってカミシロでも売ってるんでしょうか?」


 三人の中では一番荷物の少ないロミが、散乱した二人の衣服を畳みながら首を傾げる。


「どうだろうな? 一応、アルトレットとの付き合いもそれなりに長いから情報は渡ってると思うんだが……」

「カミシロがどれくらいの大きさの島で、どれくらい携行食の需要があるかが問題ね」


 テキパキと荷物を片付けつつ、イールとララもそういえばと首を傾げる。

 腐っても大陸である辺境はそれなりに広く、集落も疎らな為、携行食は必須だった。

 しかしカミシロの広さや集落の密度によっては、そもそも携行食がそれほど必要とされていないかもしれない。


「けど人がいるなら食事はあるし、食事があるなら携行食もあるんじゃないかな。カミシロ独自の携行食みたいなのもありそうで、ちょっと楽しみだし」

「ああ。それは楽しみだな。流石に生の魚は無理だろうし……」

「イールって、カミシロの人はみんな毎日お刺身食べてるみたいに考えてない?」


 私も実情は知らないけどね、と付け足しながらもララはイールを三角の目で見る。

 彼女に強烈なインパクトを与えたらしいカミシロの生食文化は、そのまま彼女のカミシロ人文化へと深く影響を持っているらしい。

 三人が荷物を詰め終え、部屋もある程度――人が見ても恥ずかしくない程度には片付けられた丁度その時、一つしか無いドアが控えめにノックされた。


「はーい。ちょっと待ってねー」


 言いつつドアに一番近かったララが手を止めてドアに駆け寄る。

 小さく開けて外を伺うと、いつもよりしっかりとした身なりのガモンが立っていた。


「おっとと、すみません。どうぞどうぞ」

「む、何やら作業中じゃったか?」

「いえいえ。荷物整理してたんだけど、それももう終わったから大丈夫」


 ララはドアを開けて、ガモンを招き入れる。

 濃い紺の袴に空色の着物という装いはいつもと変わりが無いが、今回はその上に煌びやかな龍が刺繍された陣羽織がある。

 龍とは言っても西洋的なドラゴンである。


「やあ、今日は随分しっかりした身なりじゃないか」

「もうすぐカミシロに着くのでな。それなりの装いをしなければならんのじゃ」


 そう言ってガモンは懐からこれも見目美しい扇子を出して広げると、照れたように顔を扇いだ。


「そっか、もう着くのね」

「うむ。それほど時間もない。そこで、三人には上陸後付き合ってもらいたい所があってな」


 実際に時間がないのだろう。

 ガモンは雑談もそこそこに、ここまでやってきた要件を話す。


「主らには上陸後、すぐにカミシロを治める巫女様に会って頂く。既に魔導具を通じて主らのことは報告させて貰っていての、そうしたら巫女様がご興味を持たれた」

「み、巫女様……」

「あたしたち、まず宿を探してその後物資補給がしたかったんだけど……」

「すまない。宿はこちらが代わりに用意しよう。だからお願いできんか?」

「あの……、せめて身なりを整えてからにしていただけないでしょうか」


 熱心に頼み込むガモンだが、三人の心境も複雑である。

 ガモンが敬意を払って呼ぶ巫女様とやらは、おそらくカミシロの最高権力者か、それに近い人物だ。

 そのような人に、長い船旅で汚れたまま会うというのは中々に気が引ける。


「巫女様の御座す緑珠院には、湯船もある。恐らくはお目通りの前にそこへ通されるじゃろう」

「お風呂に入れるのね! それなら私は大丈夫よ」

「そうだな。そこまでしてくれるんなら……」

「はい。わたしも大丈夫です」

「そうか! いや、ありがたい。助かるのう」


 それぞれに頷くララ達に、ガモンは思わず髭を震わせる。

 そんなわけで、彼女たちの予定には新たにイベントが加わった。

 ガモンは三人に感謝を述べると、すぐに部屋を出る。

 やはりこれから忙しいのだろう。


「巫女様ねぇ……」

「ミコってのが名前なのか役職なのか知らんが、話が分かる人ならいいな」

「そうですねぇ。カミシロの人はみんな優しいですし、きっといい人ですよ」


 三人に戻った部屋で、ララ達は異国の地で待ち構える人物に思いを馳せた。

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