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第百五十九話(突撃、お前が晩ごはん!)

 ロミとイールが交易船の甲板で待っている時、海に飛び込んだララは糸を頼りに底へ底へと進んでいた。

 全身が淡く白く輝いているのは、彼女がナノマシンを起動させている証左だ。

 『身体強化』によって水圧に耐え、『水中呼吸』によって酸素を確保する。

 それでも水中で万全に活動できるのは精々が三十分程度である。

 それ以上活動しようとするならば、水中で『最適化』を行い、水中に合った身体に構成しなおすしか方法はない。


(流石にそこまでする程のことでもないし、ちゃちゃっと引き上げて帰りましょ)


 そうして、彼女はパタパタと足を動かして海底へと進む。

 海の青は、深度を増すごとに濃密になっていく。

 陽の光を阻み、冷たい闇が支配する。

 彼女の探していた獲物は、そんな物悲しげな風景の中にぼんやりと佇んでいた。


(見つけた)


 ララはそっと動きを止めると、針の先の大魚を見つめる。

 彼女の背丈を軽く超える、かなりの大物だ。

 鱗の一枚をとっても分厚く、かなりの年月を感じさせる。

 ゆらゆらと水流に揺蕩う長い鰭は薄く白い半透明で、まるでお伽噺に登場する天女の羽衣のようでもある。

 大魚を静かに観察していたララは、やがてその目と視線を交わす。


(……これは、つり上げて持って行くのは無理そうね)


 コポリと唇の端から小さな泡を漏らしてララは結論を下す。

 濃い緑色に輝く小さな瞳には、確かな知性が宿っていた。


「……人の子、いや少し違うか」

「ごぼぼっ!?」


 唐突に耳に届いた声に、ララは思わず口を開いてしまう。

 慌てて口を押さえ、周囲を見渡すが、話しかけるような存在はいない。

 精々が小さな可愛らしい魚たちがゆらゆらと浮かんでいるだけである。

 となれば、彼女に語りかけた存在はただ一つだった。


「……ふむ。水中では話せぬか。仕方なかろう」


 ゆらゆらと背鰭を揺らしながら、大魚はそんなことを言った。


「儂は、ただ長く生きただけの老魚。しかし時は僅かながら儂に光を与えた」


(随分詩的な表現する魚ね……。長く生きて知性を得た水棲魔獣で良いのかしら)


「まだ儂がほんの小さな稚魚だった頃に銛に突かれて死んだ曾祖父が、稚魚だった頃にそのまた曾祖父に聞かされたという話だ。空の先にある星々の光る果実の一つが砕けた。それはいくつかの破片となって飛び散り、大地に、草原に、そして広い海原に落ちた」


(それって……)


 大魚の話は、ララにとっては驚くべき内容だった。


「そのうちの一つ。一際強く輝く破片は、この先の島に落ちた。それ以降、その島からは光が降り注ぐ。光は活力を与え、知力を与え、そして魔力を与える。理性を与えられる者もおったが、それはごく僅かに過ぎぬ。長い時は、それら全てを特別なものから、普遍的なものへと鈍らせる。理性持つ者にとっては、それは涙を流すべき悲哀だ」


(大体、私の推測と合ってるわ……)


 水中で発声することのできないララは、身振り手振りで老魚に応える。


「なぜ儂がこれを人の子に話すか。……人の子、お前からは光と同じ匂いがする。この広い海に溶け、微かになってしまった光の、濃い匂いだ。理性と知性がない交ぜになった、叡智の光だ。人が神を崇拝するように、儂は光に祈る。ここで出会えたことを、とても嬉しく思う」


(私から同じ匂い……。ブルーブラスト粒子の事? 魚は割と嗅覚が鋭い種も多いって聞くけど、これはそういう話なのかしら?)


「光の子。もし儂の祈りが届いているならば――この身を捕らえる針を外してほしい」

「ごばぼぼぼ」


 最後に付け加えられた切実な願いに、ララは慌てて老魚へと近づきその口端に引っかかっていた針を外す。

 これほどまでに知性を持った存在をつり上げて塩焼きにするのは、流石に気が引ける。


「ありがとう。また、長い時のどこかで会えることを願う」


 ララが針を外すと、老魚はゆらりと尾びれを揺らす。

 そうして身体をくるりと反転させると、深い海の闇の中へと消えていった。

 ララはその後ろ姿を手を振りながら見送り、呆然としていた。


(……さて、どうしよ)


 船上に戻って、二人にはなんと説明したものか。

 あれだけはしゃいで、喜び勇んで飛び込んでおいて、何の成果も得られませんでしたと言えるだろうか。否、言えない。

 ララはあたりを見回す。

 ついでに『環境探査』も使う。

 白い光が全方位に広がり、舐めるようにして探す。


(あれ……?)


 先ほど消えた大魚の姿が見えないことに首を傾げるが、今はそれを気にしている場合では無い。


(とりあえず、あいつに決めた!)


 脳内に流れ込む周囲の情報を元にして、ララは代わりの獲物を定める。

 それが悠々と泳いでいる場所まで、ララは糸を引っ張りながら向かう。

 ゴツゴツとした岩に覆われた広い海底にそれはいた。

 長い尻尾に、太い顎。

 巌のように固く分厚い鱗に、鋭く黒光りする爪。

 巨体に反して小さな目は金色に光り輝き、我が物顔で泳いでいる。


(どう考えても海中に居て良さそうなヤツじゃないわよね。手足もあるし……)


 それは、どう考えてもワニだった。

 とりあえず、ララの知識から割り出されたのは、ワニだった。

 ただし問題なのは、その大きさである。

 ざっと考えても、ララの三倍はある。


(これだけデカけりゃ夕食になるでしょ。ワニって案外美味しいらしいし)


 でっかいことはいいことだと言わんばかりに、ララは体勢を整えそれを見定める。

 十分な距離を取っているとはいえ、すでに相手もこちらの存在には気が付いているだろう。

 その上でのあの余裕綽々な態度は、少しだけ、ほんの少しだけララの神経を逆なでした。


(突撃、お前が晩ごはん!)


 ララは針の先を自分のロープに引っかけると、魚雷のように一直線に、哀れな巨大ワニへと突撃した。

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