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第百五十一話「ここまで大変だったけど、ここからも大変ね」

 襲いかかる氷の刃に、ララは思わず目を閉じる。

 暗闇の中で、彼女は殺到する数多の針を待ち構える。


「……あれ?」


 しかし、そんな彼女の予想に反して、いくら待っても皮膚を刺すような衝撃は訪れない。

 疑問に思い、ララは恐る恐る目を開く。

 そこには無数に並んでいた氷の針は無く、唖然とした表情でフゥリンが立っているだけだ。

 フゥリンは次第に肩を震わせて、ララの後ろを睨み付ける。


「貴様……何をしおった!」


 激昂するフゥリンの言葉は、ララを飛び越す。


「何をって、ちょっと邪魔だったから消しただけよ」


 ここ数日ですっかり耳慣れた、しかしこの場にはないはずの声が答える。

 ララは目を見開き、勢いよく振り向く。


「氷の針なんて物騒な物、片付けるのは当然でしょ?」


 ララの視線の先で、可愛らしくウィンクを決めたのは、いつもと変わらぬ白いゆったりとした服に身を包んだ、シアだった。


「なんでここにシアが!?」

「やあやあララちゃん。仲間の危機となれば、お姉さんはどこにでも駆けつけてあげるものなのよ」

「私にも分かる言語で話してくれない?」

「暇だったから遊ぼうと思ってララちゃん達を探してたんだー」

「ええ……」


 あっけらかんと言い放つシアに、ララは状況すら忘れて脱力する。


「し、シアさんここは危ないんです! 早く逃げて下さい」


 シアの隣にいたロミが、はっと正気に戻ってシアに声を掛ける。

 顔を強ばらせる彼女に、シアは微笑みかけるとロミの白い頬に手を添えた。


「危ないのはなんとなく分かったけど、三人でも勝ち目は殆どなさそうよ?」

「で、でも時間稼ぎくらいなら……」

「こんなくだらないことで大切なお友達は失いたくないの」


 一瞬、シアは悲しげに瞳を伏せる。

 しかし次の瞬間にはまた元の柔らかな笑みに戻り、視線をフゥリンに戻す。


「それにね、今回ばかりは多分お姉さんの出番なのよ」


 フゥリンを睨み付け、シアは軽い口調で言い切る。

 その言葉は、老人の琴線に触れた。


「――中々吠えるではないか、ただの小娘風情が」

「あら、怒らせちゃったかしら? やぁねぇ、年を取ると髪の毛は減るのに血の気は増えるのね」

「……誰が上手いことを」


 あくまで余裕綽々といった様子のシアに、ララはがっくりと肩を落とす。


「フン、そのような虚勢がいつまで続くか見物じゃのう。では死ぬが良い!」


 フゥリンは白い髭を震わせ、また手を横薙ぎに振る。

 今度は先ほどよりも更に太く鋭い針よりも杭と形容すべき氷が現れる。

 ララが状況を思い出し、防御姿勢を取る中、それらはすぐに発射される。

 その切っ先が狙うのはララではない、突如現れた青髪の女へと殺到する。


「単調な攻撃ねぇ」


 シアは退屈そうに言うと、無造作に手を動かす。


「……へ?」


 その動作ただ一つで、氷の全てが忽然と消える。

 煙のように跡形も無く消え去った杭に、ララは思わず気の抜けた声を漏らした。


「ッ!? お主、何をした?」


 フゥリンも動揺は隠せない。

 問い詰める老人に、シアはすました顔で答える。


「邪魔だったから消しただけよ」


 至極単純で、そして明快で、それでいて突飛な返答だった。

 それは、フゥリンを満足させるほどの力を持たない。


「そのような戯れ言が通ると思うのか! ……よかろう、ならばそれ以上の物を用意するだけじゃ」


 フゥリンは据わった目で杖を構える。


「『鋭利なる牙 溶けぬ炎の青き光 全てを閉ざす恒久の監獄 零の下を穿つ針 我が血の名において命ずる 凍てつく吹雪よ 蹂躙せよ』!!」


 素早く紡がれる詠唱。

 今まで無詠唱だったフゥリンが詠唱せざるを得ない魔法ということは、つまりそれだけ規模の大きな物ということである。

 それを示すように、フゥリンの足下や周囲には複雑な魔方陣が大小様々に展開している。

 ララは後ろへ跳躍することで距離を取り、シアをのぞき見る。


「……随分と余裕そうね」


 危機的な状況に置かれているにもかかわらず、シアの横顔は落ち着きを保っていた。


「ララは知ってるでしょ?」


 シアは瞳だけを向けてララに言う。


「私に水で立ち向かおうとするのが、まず間違いなのよ」


 轟々と神殿を揺らす旋風が巻き起こる。

 細かな氷や水が渦を巻き、一つの意思を持つ怪物のように揺れる。

 その中心に立ち、フゥリンはシアを睨み付ける。

 旋風はいよいよ勢いを増し、室内の装飾や絨毯が巻き込まれていく。


「これは貴様らに死を運ぶ風じゃ。あの世でも仲良くしているがいい」

「残念だけど、それはお断りよ。――『消えなさい』」


 誇示するように声を張り上げていうフゥリンに対し、シアはたった一言だけを返す。

 だがその言葉は、まるで竜の鱗を避けて肉へと食い込む鏃が如き鋭さで風を貫く。

 一瞬後、変化は唐突に起きる。


「なっ!?」


 巻き上がる渦が、どろりと溶ける。

 形を失い、それは歪み、横たわり、霧散する。

 中心に立っていたフゥリンにそれは容赦なく浴びせられ、彼は濡れた鼠のようなみすぼらしい姿へとなり果てる。


「……これは、なんだ」


 茫洋としてフゥリンが問いかける。


「お前は、なんだ?」


 恐ろしい者を見るかのような目で、シアを射抜く。


「私はただの、どこにでもいるちょっと水魔法が上手いだけのお姉さんよ」


 その返答に、フゥリンは毒気が抜かれたのだろう。

 数秒ぼんやりと虚空を見つめたかと思うと、がくりと膝を折って倒れ込む。


「はは……、はははははははっ!」


 濡れた床に身を落とし、枯れた老人は狂ったように笑う。


「いくら何でもその自己紹介は……」


 唯一シアの正体を知っているララは呆れたように言う。

 フゥリンも常人では考えられないほどの努力と経験によって水魔法については誇りを持っていただろうに、それを見たこともない若い娘によってあっけなく消されてしまったのだ。

 そりゃ心も折れるよね、とララはフゥリンに憐憫を向けた。


「でも、このおじいちゃん危ない人だったんでしょ?」

「そうよ。……だから助けてくれてありがとう」


 気恥ずかしげにそっぽを向いて感謝を告げるララに、シアはにこにこと笑みを浮かべて彼女の頭を撫でた。


「だらっしゃぁああ!」


 少し離れた場所で、イールの雄叫びが響く。

 見てみれば、彼女もようやく水蛇を倒しきったようだった。


「あ、イールもお疲れ様」

「おま、絶対忘れてただろう!? あたしのとこも敵が分裂したりして色々大変だったんだからな?」

「なんか時間掛かってると思ったら……。ご愁傷様ね」

「ほんとだよ!」


 戦闘でハイになっているのか、妙にイールのテンションが高かった。


「けれど、シアさんが来てくれなかったら、本当に三人とも死んでたかも知れません」


 ロミも駆け寄り、シアに頭を下げる。


「いいのよ。勝手にやったことだし。それに後処理もあるんでしょ?」

「ああ、忘れてたわ」

「どちらかというとそちらの方が大切なんですが……」


 ララはフゥリンへと視線を戻す。

 心を折られて精神的なダメージが大きいだけで、おそらく外傷らしい外傷は注射器の傷くらいだろう。

 それでさえ、今は残っているかどうかも怪しいが。


「それじゃ、私はそろそろ行くわ」

「え、行っちゃうの?」


 シアはそう言うと、身を反転させる。


「元々ここに私はいなかった。ララちゃんとロミちゃんとイールちゃんの三人で、頑張って悪いお爺さんを倒しました。いいわね?」


 言葉とは裏腹に、強い意志を籠めた瞳に、ララは思わず頷く。

 確かに、ここにシアがいて、更に彼女がフゥリンを圧倒したとなれば、今度は彼女に目が付けられる。

 種族を隠し、忍ながら生活している彼女にとっては息苦しくなるだけだろう。

 不思議そうなイールと納得していない様子のロミを制止して、ララはシアを見送った。


「なんかよく分からんが……、まあララが止めるってことは事情があるんだな?」

「まだ納得はできませんが。でも、助けてくれた恩人に仇なすのは不義理ですもんね」

「そうそう。本人が言ってるから良いのよ」


 そうして、三人はこの後に残る問題を思い直す。

 ひとまずは、フゥリンに話を聞かねばならないだろう。


「ここまで大変だったけど、ここからも大変ね」


 げんなりとした様子で、ララはそう呟いた。

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