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第百五十話「……ちょっとキツいかも」

「さて、それはどうかの」


 フゥリンは怪しげな笑みを浮かべたまま、懐に手を伸ばす。

 怪訝な顔でララたちが視線を向ける中、老人は細い円筒状の物を取り出す。


「注射器……?」


 記憶の中からもっとも近い形状の物を探し、ララが首をかしげる。

 彼女に構わず、フゥリンはその先端を自分の首筋にあてがう。


「何故、神殿騎士達が異常な耐久性を持っていたか」


 唐突な問いに、ララたちは固まる。


「教えてやろう。魔力の正体を。魔法の深奥を。お主らが弄び、理解したと誤解しているのは、偉大なる神秘のほんの表皮にしか過ぎぬ。皮を破り、血の海を潜らねば、矮小なる我らはその深淵を垣間見ることすら叶わぬ」


 フゥリンは熱に浮かされたように、早口でまくし立てる。


「儂は見つけた! 真なる魔を! 人を、獣を! 万物を狂わせる、蠱惑の毒を! それは狂気という外殻に守られながら、ひたすらに甘い蜜を蓄えておる。これを見つけたとき、儂は感涙したものじゃ……。この齢になってなお、まだ到達しておらぬ境地があった」


 いよいよ興奮は最高潮に達し、老人の顔は赤く染まる。

 ギラギラと理性を無くして燃え盛る眼には、原始的な恐怖が呼び起こされる。

 老人は、首筋に当てた筒を見せて言う。


「この中に入っているものこそ、真なる魔。微量これを打ち込むだけでも、脆弱なる人間はもがき苦しみ、そして傀儡へと成り果てる。だが! これを自分に打ち込んだらどうか? 自分自身を傀儡とし、理性によって本能を御する。獲得できるのは圧倒的な魔力! そして頑健な肉体! 年老い、朽ち果てた我が老骨でさえも、竜骨に勝る壮健を得る!」

「ぐっ、面倒なことになりそうね!」


 ララがハルバードを握って駆け出す。

 狙うのは、金属製の円筒ただ一つ。

 しかし、そんな彼女を見下ろし、フゥリンはどろりとした笑みを浮かべた。


「おそいのう」


 円筒にあるボタンを、フゥリンが押し込む。

 先端から飛び出た針が首筋に突き刺さる。

 鮮血がほとばしり、ララの白い頬に飛沫が届く。


「ちっ!」


 間に合わなかった事に、ララは思わず舌打ちをする。

 フゥリンはどくどくとおびただしい血を流しながらも、しかし確実にその老木のような足で全体重を支えて立っている。


「くふは……」


 老人から、笑いが噴き出す。


「くはははははははははっ!!」


 狂気に染まった眼が、三人を見下ろす。

 ゴキゴキと骨が折れ、瞬時に修復されていく。

 筋肉が膨れ上がり、老いた身体は若木の如き速度で再成長していく。


「溢れ出す魔力! 鋼のような肉体! これこそが真なる魔! ああ、ああ……神よ! 女神よ! なんという秘宝を隠しておられたのだ。これがあれば、人はさらなる境地にすら至らんというのに!」

「情け容赦は無用ってことね! 先手必勝!」

「煩わしい!」


 恍惚とした表情のフゥリンに、ララは構わず強撃を繰り出す。

 しかしそれは、フゥリンの指先によって阻まれる。


「な、刃を掴んで!?」

「よく切れるが、それも届かねば意味はない」


 フゥリンの腕がたわみ、ララはハルバードごと吹き飛ぶ。

 空中で体勢を整え、なんとか両足で着地したが、その表情は驚きが色濃くにじみ出ている。


「ちょっと、いくら何でも急成長しすぎじゃない?」

「ララさん、あの人の魔力は、先ほどよりも爆発的に増えています。油断しないで。わたしも援護します」

「了解。イールもよろしく」

「ああ、任せろ」


 短く言葉を交わして、ララは再度石の床を蹴る。

 稲妻の様に一直線に、彼女はフゥリンの足下を目指す。


「おそいと言っておる。『零極の瀑布』」


 フゥリンが杖を振る。

 それだけでララと彼の間に分厚い氷の壁ができあがる。


「『衝撃波』『加速』『点火』!!」


 ナノマシンが回転数を上げ、電子的な甲高い咆哮を上げる。

 ララは勢いを殺すこと無く、むしろ加速を更に加え、氷壁へと向かう。


「『障壁展開』『加速』『加速』『加速』!!」


 一歩地面を蹴るたびに、ララはその速度を増していく。

 白き矢の様にそれは猛烈な勢いを持って氷壁へとぶつかる。


「硬った!? い、けど、まあ、いける――でしょ!」


 予想を遙かに超える硬度を持つ氷壁に、ララは一瞬怯む。

 しかし突進をやめることはせず、そのまま突き進む。

 ガリガリと音を立てて、氷壁を削る。

 極限まで加速させたことによる膨大な運動エネルギーは、純粋な弾丸となって分厚い壁を砕く。


「ダラッシャァアアアアアアッ!!」


 ガギン! っと悲壮的な音が響く。

 巨大な亀裂が壁を走る。

 一瞬遅れて、氷は重力に絡め取られ、床へと瓦解する。


「よし突破!」


 氷の壁を打ち砕き、その向こうにフゥリンを探す。

 しかし彼は冷静沈着な表情を保ったまま、現れたララを見ている。


「『星の聖槍』!」


 ララの背後から、一条の光の槍が飛来する。

 光に迫る速度で現れたそれは、ロミの援護だ。


「煩わしい。『消えよ』」


 しかし、それはフゥリンの手によって霧散する。


「ちっ、まるでチートね!」

「よく分からぬが、褒め言葉と受け取っておこう。『水蛇の拘束』」


 フゥリンの足下に魔方陣が展開し、そこから水の躯の大蛇が二匹現れる。


「ぐあー、面倒臭そうなのがまた!」


 その姿に、ララは思わず眉を顰める。

 試しにとハルバードで斬りかかるが、予想通りそれは刃をすり抜け、ダメージを与えた様子はうかがえない。


「ララ! そいつはあたしに任せろ!」


 その時、イールが駆け寄ってくる。


「こいつ剣効かないわよ!」

「大丈夫だ。あたしのは特別製だからな!」


 ララの忠告に頷きながら、イールは白い歯を見せる。

 彼女は剣を右手で握り、左手を刃に添える。


「魔力解放――。食らい尽くせ!」


 突如、イールの禍々しい右腕が膨れ上がる。

 筋肉が膨張し、鱗が逆立つ。

 相当な痛みを伴うのか、イールの顔が苦痛に歪む。

 膨れ上がった腕は、すぐに収縮を始める。

 黒い炎を吹き出しながら、それはより精錬された滑らかなシルエットへと変わる。


「ちょっと待って何それ!? 私そんなの聞いてないんだけど!?」


 初めて目にするイールの姿に、ララは状況を忘れて目を丸くする。


「誰だって必殺技の一つや二つ、持っておかないとな!」

「そんな話知らないわよ!」


 ララの声に、イールは心底おかしそうに笑う。

 興奮しているせいなのか、赤い長髪はゆらゆらと揺らめき、まるで炎のように彼女を包んでいる。


「行くぞ」


 ダンッ! とイールが床を蹴る。

 同時に二頭の大蛇が首をもたげ、彼女へと殺到する。


「――せいっ!」


 二頭とイールが交差する。

 銀の光が煌めく。

 イールは危なげなく向こうの床に着地するが――


「コアァァアッ!」


 水蛇の一体は、首から頭を断たれ、力なく横たわる。

 もう一体が、仲間の仇を見るように、イールを睨む。


「うわぁ、ほんとに斬っちゃった……」


 その様子を唖然としながら見ていたララは、思わず声を漏らす。


「何を油断しておる?」


 そこへ、フゥリンから巨大な水球が飛んでくる。

 ララはすぐに身を翻して避け、その存在を思い出す。


「とりあえず、貴方をなんとかしないとダメよね」

「なんとかできるのかのう?」


 フゥリンが手を広げる。

 無数の氷の針が宙に展開する。


「量も出せるのね……」


 心底厄介そうに、ララが口をへの字にゆがめる。


「もちろんだとも。儂は今や完璧な肉体と魔力を持った存在。お主らとは次元が違う」


 フゥリンが手を振る。

 それだけで、氷の針はララへと殺到する。


「ちっ!」


 多少の傷は覚悟して、ララはハルバードを構える。

 致命傷さえ打ち落とすことができれば、まだ勝機はある。


「ふむ……」


 しかし、そこへ。

 フゥリンは再度手を広げる。

 彼の背後に、新たなる氷の針が展開される。


「……ちょっとキツいかも」


 荘厳でさえあるその光景に、ララは思わず頬を痙攣させた。

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