第百四十七話「さて、お仕事よ」
「ここがアルトレットの神殿ね」
荘厳な石造りの大階段の前に立ち、ララはその先を見上げる。
甲冑に身を包んだ神殿騎士が等間隔で並び、長い槍を持って警備に当たっている。
「フゥリン師がそんなに悪いことをしているようには思えないのですが」
「そうだよなあ。町の神殿長だろう?」
「うーん……。まあ、会ってみた方が早いよね」
ロミとイールはフゥリンが容疑者に挙がっているものの、犯人であるとはあまり考えていないようだった。
神殿から直々に任命された神殿長という責任ある役職にある者が、そのような悪事に手を染めるとは考えづらいようだ。
しかも、ロミは一度直に相対してもいる。
「私的には、こういう人ほど……っていうのが定番なんだけど」
たまに見ていた推理ドラマを思い出しながら、ララは小さく零した。
「うん? ……えーっと、これは……」
「どうかしたか?」
突然ララが硬直し、片眼を閉じる。
妙な動きをする彼女に、イールが怪訝な表情で尋ねる。
「あ、えっと、何でも無いわ。それより、早く行きましょう」
「そうか? じゃ行くか」
ララの拙い誤魔化しは違和感しか無かったが、イールは先に進むことを選択した。
「これ、ロミがいれば問題なく入れるのか?」
「多分大丈夫だと思います」
ララの問いに、ロミは自信を持って頷く。
そうして彼女は先陣を切って階段を上り、柱の側に立つ神殿騎士の一人に話しかけた。
「武装神官のロミ・レイン・リシリアです。フゥリン師はいらっしゃいますか?」
「ロミ様!? その、申し訳ありませんが……。フゥリン師は……」
神殿騎士は突然やって来た彼女にひどく狼狽える。
彼の歯切れの悪い返答に、ロミは首をかしげる。
「フゥリン師は不在なのでしょうか?」
「そ、そうなのです。フゥリン師はここにはいらっしゃいません」
神殿騎士はまくし立てるように言う。
いないのであれば、ロミ達が無理に押し入る必要もない。
仕方が無いので、ロミはひとまず次の候補に会いに行くべく身を反転させる。
しかし、その横をすり抜けるようにして、ララが疾駆する。
「えっ、ら、ララさん!?」
「なんだこの娘! と、止まりなさい!!」
突然の行動に、ロミもイールも、神殿騎士達も一瞬反応が遅れる。
「『加速』」
白い尾を引き、ララは更に速度を上げる。
捉えようと腕を伸ばす神殿騎士達を掻い潜り、奥を目指す。
「ララ!」
「ちょっとフゥリン師とかいうおじいちゃんに会ってくるだけ! 二人もゆっくり来てくれれば良いわよ!」
怒気を孕んだイールの声が響く。
それを軽くいなし、ロミは神殿の奥へと消えていった。
「ロミ様! あの者は一体!?」
「……わたしの同行者です。すぐに連れて帰りますので、道を空けて下さいませんか?」
「ッ……! それは、できません?」
「何故ですか?」
ロミの要請に、神殿騎士は懊悩しながらも首を横に振る。
それどころか、槍の切っ先を彼女たちに向け、取り囲む。
「……わたしの友人の非礼はお詫びします。すぐに連れ戻しますので」
「ロミ、これはちょっと様子が変だ」
硬い表情でイールが言う。
その言葉に、ロミは今一度神殿騎士を見る。
「ッ!? あ、あなたたち……」
「ロミ様、あなたを反乱因子として認識。身柄を拘束させて頂きます」
槍が迫る。
イールが抜剣し、臨戦態勢に入る。
「……これは、少々事情が違うようですね」
ロミは少し悲しげに言うと、杖を構えた。
神殿騎士はそれに怯む様子も見せない。
兜の隙間から覗く瞳は、煌々と赤く光っていた。
†
「うーん、怪しいなんてもんじゃ無いわね! っと! 神殿騎士の皆さんが傀儡かロボットみたい、だわっ!」
「侵入者! 排除する!」
「緊急事態! 緊急事態!」
神殿の中は明かりが落とされ、昼間だというのに薄暗い。
広いロビーには完全武装の騎士以外の姿は見えない。
ララがロビーへと躍り出ると、すぐさま槍が飛んでくる。
神殿の外で警備に当たっていた騎士達よりも好戦的である。
「ぐあー、なんだこれ! 無限ポップの無双ゲームじゃないのよ!」
迫り来る金属鎧達をいなしつつ、ララは絶叫する。
奥から際限なく現れる騎士達は、閑散としていたロビーを埋め尽くさんと言わんばかりの勢いで増殖していく。
「くっ、埒があかないわね」
ララも考え無しに飛び込んだわけでは無い。
神殿騎士の様子がおかしかったのと、フゥリンを監視している【指先の眼】からの情報を以て、強行突入するべきと判断を下したのだ。
しかし、これほどまでの妨害に遭うとは、彼女も予想外である。
「これだけ湧くっていうのは、むしろもう真っ黒黒助よね! あーもう、先に殴ったのは私だけど、正当防衛……戦闘防衛を行使するわ!」
半ば支離滅裂な事を叫びながら、ララは腰のベルトに手を伸ばす。
そこに吊り下げられた円柱形の細いバトン。
白銀に輝くそれをララは構える。
「『戦闘形態起動』」
円柱がコマンドを受信する。
設定された形状へと、その姿を変化させる。
ブルーブラストの青い炎が揺らめく。
「さあ、掛かってきなさい」
巨大なハルバードを構え、ララが周囲を牽制する。
暗い眼窩に赤い光を宿す獣じみた騎士達は、怯えることなく殺到する。
「どっせぇぇぇえええいい!!」
ララは腰を低く、身体を安定させ、立ち向かう。
日々の修練の成果を余すこと無く発揮し、彼女は迎撃を開始する。
殺意の宿る容赦の無い槍の雨を小柄な体格を活かして掻い潜り、槍の届かない極至近距離にまで潜り込む。
「このハルバードは、至近距離も行けるのよ!」
ハルバードが白く発光し、収縮する。
それの切っ先を、密着した騎士の脇腹に添え、ララは薄く笑みを浮かべる。
「パイルバンク!」
ゴン! という鈍い音が響く。
金属がへしゃげる音だ。
「ぐっ」
脇腹のえぐれた騎士は、鈍い声を出して吹っ飛ぶ。
「はーん、どんなもんよ!」
絶え間なく殺到する後続の騎士達の攻撃を躱しつつ、ララは得意顔で言う。
しかしそんな彼女の表情は、一瞬で曇ることになる。
「えーっと……」
「まだ……動け、る」
「これはきな臭いってレベルじゃないわね……」
どす黒い血を滂沱の如く垂れ流しながらも、騎士は起き上がる。
明らかに、生物として奇異な光景である。
「ロミ達、大丈夫かしらね?」
一瞬、ララは神殿の外に残してきた二人の身を案じる。
まさか、こんなゾンビ紛いな者だとは思っていなかった。
「まあ、しゃーないよね。……よっしゃ、掛かってきなさい!」
ハルバードを構え、ララは叫ぶ。
今はひとまず、戦うことが先決である。
道を開き、敵の首魁を捉えなければ、この傀儡たちも浮かばれない。
「証拠はもう十分揃ってるみたいだし、眼も使うわよ」
油断なく攻撃を躱しながら、ララは懐に手を入れる。
そこから取り出したのは、小さな銀色の球体。
手の上から銀球はひとりでに浮かぶ。
それは主を守る騎士の様に、ララの周囲を一定の距離を開けて飛翔する。
「さて、お仕事よ」




