第百四十五話「ロミって賢いのね」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。これ、代金ね」
ララは商品の詰まった袋を受け取ると、数枚の銀貨を渡す。
カウンター越しの妙齢の女性は、銀貨を数えてにっこりと微笑んだ。
「ええ、確かに。また何かあったらいらっしゃいな」
「うん。助かるわ」
そんな言葉を交わし、二人は別れる。
ララはぎゅっと袋を胸の前で抱きしめて、店の外の大通りへと出た。
店の前では、手持ち無沙汰に突っ立って往来を眺めるイールが待っていた。
「おかえり。目的の物は買えたのか?」
「うん。バッチリ! ロミもありがとうね、アドバイスくれて」
「ふえっ!? え、そんな、わたしは特に何も」
ララの後ろに立っていたロミは慌てて手を振ると、恥ずかしそうに顔を俯かせて否定する。
「とは言っても、私は薬草の種類なんか知らないしね」
そう言ってララは紙袋を持ち上げる。
その中には、数種類のよく使用されている一般的な薬草を乾燥させた物が瓶に詰めて収まっている。
ララが買い求めていたのは数種類の薬草だったのだが、彼女はこの世界で使われる薬草の種類はあまり知らない。
そのため、ロミが付き添って色々と薬草についてレクチャーしたのだった。
「ブルーブラスト粒子も手に入ったことだし、そろそろこういう薬草とかの成分分析でもしようかなって思ってたんだよね」
大事そうに袋を抱え、ララが言う。
この世界での薬草の使い道はいくつかあるが、薬草の効果を抽出し薬とするのは薬師や錬金術師といった類の職人たちである。
イールのような傭兵にとってそれらの薬は命綱となることもあり、彼女たちもお守り的に魔法薬の一つや二つは持っているのが常である。
しかし、魔力を籠めて薬効を増大させた魔法薬と言っても四肢欠損が瞬時に直ったり、生命活動が停止した者を蘇生することはできない。
あくまで痛みを和らげる、治癒能力を高める、免疫を強化するなどといったものばかりだ。
「成分分析したら、もっと良い薬が作れるのか?」
「多分ね。ただまあ、私の持ってる知識を元にするのは難しいだろうし、売り出して大金持ちになんてことはできないと思う」
「それじゃ、なんでそんなことをするんですか?」
「一番大きいのは、ただの知的好奇心ね」
身も蓋もないことを言い切るララ。
確かに、彼女の持つ医薬品の知識は全て高度な設備が前提となるものばかりだ。
そのため彼女が薬を作ることはできない。
それよりもこの世界で薬草として扱われている草にどのような成分があって、それがどのように作用しているのかを知ることの方が、ララとしては胸躍るのだった。
「さて、私の買い物は終わったけど。次はロミだっけ?」
「はい。ちょっと常備しておく必要のあるものがいくつか少なくなってきたので買い足そうかと」
そういうわけで、一行はロミを先頭にして歩き出す。
昼下がりのアルトレットの上空には、薄い灰色の雲が覆い被さっている。
燦々と降り注ぐ陽光は遮られ、人々の活気も幾分落ち着いているように見えた。
「そういえば、なんだかんだで天気が悪いのは久しぶりかも」
「うん? ああ、そうかもしれないな」
ぽつりと零れたララの言葉に、イールも空を見上げながら答える。
これまでの道のりでは、なんだかんだと言いつつも連日のように快晴が続いていた。
「雨が降り出すかも知れませんし、早めに終わらせたいですね」
少し憂鬱な顔でロミが言う。
その言葉に二人も揃って頷いた。
「あ、ここですね」
そう言ってロミが足を止めたのは、老舗らしい歴史を感じさせる店構えの建物だった。
曇りがかったショーウィンドウの向こう側には、古めかしい道具がいくつか並んでいる。
「いかにもファンタジーって感じのお店ね。魔法の杖とか売ってそう……」
「ふぁんた……? 魔法の杖なら売ってますよ。魔導具のお店ですし」
ララの言葉に首をかしげつつも、ロミはドアベルを鳴らして店内へと足を踏み入れる。
ララとイールも好奇心に牽かれてその後へと続く。
「こんにちは。お邪魔します」
ロミの声が、人気の無い店内に染み入る。
背の高い棚が壁に並び、部屋の真ん中にはララの腰ほどの高さの陳列台がある。
そのどちらにも、怪しい魅力を放つ道具の数々が並んでいた。
「いらっしゃい。好きに見ていくと良い」
「おお……。これはちょっと感動ものね」
店の奥から現れたのは、しゃがれた声の老婆だった。
くすんだ白髪を一纏めにし、折り曲がった腰や長い鷲鼻も合わせて見事なまでにそれらしい魔女である。
ララとしては黒いローブやとんがり帽子、箒なども持っていて欲しかったのだが、出で立ちは極々普通の町民である。
「あの、サラマンダー・ブラッドのインクはありますか? あとホーンラビットの角と、白紙の護符と――」
ロミはカウンターに歩み寄ると、店主に向かって要望を送る。
老婆は慣れた様子で時折頷きながら聞いているが、ララとイールは微妙な表情だ。
「イール、ロミが何言ってるか分かる?」
「半分くらいしか分からん」
「私はさっぱりよ」
それなりの日数を彼女と共に過ごしてきたが、ララは今更ながらにロミの新たな一面を発見した気分だった。
ロミが必要とするということならば、十中八九魔法に関連するものなのだろうとは推測できるが、何にどのようにして使用するのかはさっぱり分からなかった。
「ロミって賢いのね」
「ふえっ!? そんなことないですよ!」
老婆が注文の品を取りに店の奥へ姿を消したのを見届けて、ララが言う。
ロミは顔を真っ赤に染めてぶんぶんと首を振った。
「でも、ロミの言ってること殆ど分からなかったわ」
「その理屈が通るのなら、わたしはララさんの言ってることが殆ど分からないのでララさんはわたしより賢いのですが……」
結局は分野が違うというだけの話なのである。
とはいえロミの魔法に関する知識の深さについては疑いようも無く、ララは尊敬の念を込めて視線を送った。
「うぅ、なんだか恥ずかしいですね……」
ロミはそう言うと、恥ずかしそうに顔を俯かせて、白杖をぎゅっと抱きしめた。




