第百四十三話「久しぶりにすると疲れるものね」
ロミが涙目で連行されて行ったのを見送り、ララは部屋で一人きりになる。
一度に二人もの人間がいなくなると、広い部屋はしんと静まって余計に閑散として感じる。
「さて、ロミはロミで頑張るだろうし、私も頑張らないと」
この後彼女に待ち受ける苦難を予想して、ララは一瞬憐憫の表情を浮かべる。
自分が馬に乗れないことをイールに知られてしまえば、自分にもその運命が開かれてしまう。
なんとかあの鬼教官にバレる前にある程度乗りこなせるようにはなっておかねば、とララは胸の内で決意した。
ぱちんと頬を軽く叩き、ララは意識を切り替える。
「現実拡張仮想ウィンドウ展開、【指先の眼】を全機接続、自律探索モードから手動操作モードへと移行。蓄積データをダウンロード、解析……。うーん、まだ見つからないわね」
ララの繰り出す言葉の羅列と共に、彼女の周囲には青白く半透明な四角い窓が無数に現れる。
そこに映し出されるのは、アルトレット各地の風景である。
人混みの増し続ける朝の市場や、ひっきりなしに傭兵達が出入りするギルド、神官達が朝の祈りを捧げる神殿など、人の多い場所が重点的に選ばれているようだった。
「広域探査。希釈ブルーブラスト粒子をレベルⅠ拡散波で展開。魔力反応を捜索」
口頭操作に応じて、ウィンドウに映し出される情報が更新されていく。
常人では気付くことすら困難な程に微弱なブルーブラスト粒子が拡散され、ララはそれらが人と接触する時に発生する反応から対象を割り出そうとしていた。
「該当人物をリスト化。……うんうん、やっぱり指先が増えるとこういうのも楽ねぇ」
一瞬で大量に羅列されたリスト――一定の魔力を有した人物のリストを眺め、ララは満足げに頷く。
彼女の操る【指先の眼】は、先日蒼灯の灯台でブルーブラスト粒子を得た後に制作したロボットユニットだった。
「とりあえず町の人たちは粗方調べ尽くしたし、全員戻らせとこ」
ララが指示を送ると、各地に散開していた【指先の眼】達が帰還を始める。
ものの数分でララのいる花貝の部屋へと窓を通じて入ってきたのは、ビー玉ほどのサイズの極小さな白い球体だった。
特殊金属製の機体の内部には、微量のブルーブラスト粒子を有する極小のエンジンが組み込まれている。
極小とはいえ、ララの母星が技術の粋を尽くして生み出した最高峰のエネルギー源である。
その小さな球体の活動能力は極めて高く、光学迷彩による潜入もお手の物というストーカー御用達の装備品なのだ。
「あっちでは大体みんな妨害電波フィールド展開してたからあんまり使う機会は無かったけど、こっちだといくらでも覗き放題ね」
若干黒い笑みを浮かべながら、ララは集まってきた眼たちを手のひらの上に集める。
無論、彼女とて倫理観に反するような悪用はしないつもりだ。
しないつもりだが、それ以外、活用は存分にさせて貰うという腹づもりである。
「ふふ、大丈夫。バレなきゃ大丈夫なのよ」
まるで自分に言い聞かせるように、目が据わった彼女は繰り返す。
「とはいえ、あんまりめぼしい人はいないわね」
正気に戻り、ララはリストを眺める。
ララが設定した条件――一定以上の魔力を有する人物というのは、あまりにも条件が厳しすぎるのか彼女の予想よりも随分と少なかった。
「傭兵に五人、在野に三人。ギルド長なんかが多いのね。あとは神殿も多いか」
発見された場所と照らし合わせ、ララはリストに更に詳細な情報を書き加えていく。
【指先の眼】が収集できるのは外見的なデータや魔力量、年齢などに制限される。
名前などは基本的に分からない為、一旦集められた情報は更に精度を高める為に編集する必要がある。
「とりあえずナンバリングして、そっからふるいに掛けていきましょ」
自分がするべき行動を口に出しつつ、ララは操作を進める。
それは彼女のあまり自覚していない癖のようなもので、彼女は自分の思考を整理する為によくひとりごとを漏らしていた。
ぽつぽつと呟かれる言葉の数はそれほど多くないが、その内で驚異的な程の高速思考が成されている事が、彼女の目や手の動きから分かる。
手動操作、口頭操作、思考操作を駆使し、ララはデータを処理していく。
ナノマシンによる補助も多少はあるが、驚くべきはその能力の大部分がララ本来の力であるということである。
「ふんふふんふーん♪」
音程の外れた鼻歌など漏らしつつ、ララは手を止めない。
リストを整理し、情報を付加し、期待値の低い対象を省いていく。
単調といえば単調なその作業を、ララは楽しげに進める。
「結構減ったわね」
少ないと言いながらも百人近くはあったリストが、半分以下にまで削られる。
ここまでくるとかなり名の知れた人物も目立ってくる。
「エドワードにシア、ロミも入ってるわね」
貸し船屋の青年を思い出し、ララは彼を分析する。
別段怪しい雰囲気は無かったし、町全体に洗脳を掛けるような男とも思えない。
「そう思えない人ほど真犯人っていうのが小説とかフィクションの常だけど、……ありえなさそうね」
実際に会い、話した彼女としては、その可能性は低いと考える。
何よりももっと怪しい候補などまだまだ存在するのだ。
ララはひとまずエドワードたちは保留のリストへと移動させる。
「うんうん。だいぶ絞れてきたわね」
最終的に、リストに残ったのは十人と少しである。
我ながら上手く抽出することができたのではないかとララは自画自賛する。
「あとは、夕方にギルドで答え合わせね」
魔法使い捜しについてはギルドに依頼している方が本命である。
今回のララの調査は、どちらかというと【指先の眼】の試運転という意味合いが強い。
とはいえせっかく集めた情報であるので、それを無駄にするのももったいない。
ララはリストにある名前をメモ帳へと書き写し、ウィンドウを消す。
「この人達には一機ずつ監視に付けようかな」
せっかく作った眼である。
遊ばせておくのももったいないということで、ララは再度眼を起動して町の方々へと展開させる。
「ふぅ……。久しぶりにすると疲れるものね」
母星で生活していた頃は情報に溢れていた。
そのためこのような作業は日常茶飯事で慣れきっていたのだが、少し離れるだけで随分と勝手を忘れてしまうものだ。
ララは凝り固まった肩をぐるぐると回してほぐし、ぽふんとベッドへ身を投げた。
イール達で部屋を出て、まだ数時間。
夕方どころか、まだ昼にすらなっていない。
「ちょっとだけ休憩しよ……」
ララは心地よい疲労感に包まれ、大きな欠伸を一つすると、ゆっくりと瞼を閉じた。
 




