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第百四十話「ロミまで見捨てないでぇぇ!?」

 塩の鱗亭に帰ってきたララたちは、唐突に降って湧いた暇を思い思いの方法で楽しんでいた。

 ギルドの依頼をこなしたり、人と会っていたりと何かと忙しかったため、こうしたのんびりと何もしないという時間を過ごすのは久しぶりな気さえする。


「こうやってだらーんとしてるのが一番好きだわ」


 花貝の部屋のベッドに仰向けになり、両手足をいっぱいに広げたララが言う。

 彼女は部屋にイールとロミしかいないのを良いことに服を脱ぎ捨て、全身をぴっちりと包む例の銀色のスーツだけになっていた。


「ふぅ、体が固くなってるな」


 眉をひそめそんな言葉を呟くのは、両足を一直線になるまで開いて体を折り曲げるイールである。


「それだけタコみたいに動けたら十分じゃないの?」


 頭だけ動かしイールの姿を見て、ララが呆れたように言う。

 まるで軟体生物の様に、しなやかで柔らかい動きである。


「傭兵みたいな体が資本の仕事だと、極力柔軟に動かせるようにしとかないといけないからな。それだけで命が助かることもある。少し体を反らせなかったから魔獣の爪が届いちまった奴とか、受け身を取り損ねて骨を折った奴とか、そういう話はそれこそ耳にタコができるほど聞くさ」

「誰が上手いこと言えと……」

「すごいですね、イールさん。わたしなんか全然です」


 椅子に座り、分厚い本を読んでいたロミが尊敬の眼差しと共にイールに話しかける。


「ロミは体固いんだ?」

「はい、お恥ずかしながら……」


 そう言って、ロミは本に栞を挟んで机に置くと、おもむろに立ち上がる。

 腕を体側に付けて棒のように真っ直ぐ立った彼女は、腰を折り曲げつま先を目指して手を伸ばした。


「ふむむむ……っ!」

「……確かにこれは」


 イールが思わず声を漏らす。

 ロミの金髪から覗く丸い耳が羞恥に赤く染まった。


「よし、ロミ。今日から風呂上がりに柔軟しよう」


 イールは苦笑しながら、ロミを見下ろして言う。

 ぷるぷると震えながら精一杯手を伸ばすロミの指先は、彼女の膝上までしか届いていなかった。


「ふええ……。よ、よろしくお願いします」


 体勢を戻し、ロミは荒い吐息と共にぺこりと頭を下げる。


「いくら後衛とはいえ、一切動かないなんてことはないし、魔獣の攻撃が届かない訳でもないからな。体を柔らかくして、動きやすくしておくのは重要だ。風呂上がりと、できれば起床後もやっておきたい」

「はい。が、がんばりますっ」


 実感の籠もったイールの言葉に、ロミはぎゅっと両の拳を握りしめて頷いた。


「ちなみに、ララはどれくらいなんだ?」

「え、私?」


 唐突に話を振られ、ララがきょとんと首を傾げる。

 イールとロミは興味津々といった様子で彼女を見ていた。


「人並みよ、人並み」

「まあまあ、ちょっとやってみろって」


 イールに腕を引っ張って起こされ、ララは難しい顔になる。


「そんな、見せるほどのものでも無いわよ」

「ごちゃごちゃ言うよりやってみせる方が早いだろ」


 イールの言葉に、ララはそれもそうかと頷く。

 ベッドから降りた彼女は二人の前に立ち、気を付けの姿勢を取る。

 二つの視線を集める中、彼女はゆっくりとつま先を目指す。


「……こ、これくらい」


 おなかが少し窮屈なのか、くぐもった声でララが言う。


「普通だな」

「わたしよりはやわらかいです」

「だから言ったでしょ」


 微妙な二人の反応に、ララは頬を膨らませて噛みつく。

 彼女の指先は、つま先にまで触れていた。

 一般的に見れば柔軟な部類に入るだろう。


「そうだな……。ララは両手のひらが床にぺたんと付くところを目指そうか」

「えっ、いつの間にか私も柔軟体操することになってる?」

「なに、こういうのは複数人でやる方が楽しいし長続きするのさ」


 どこか的を外したイールである。

 ララはげんなりと肩を落とすが、すぐにまあいいかと立ち直る。

 どうせ、体がどれだけ柔らかくなろうと損ではないのである。

 それならばロミのモチベーションを保つためにも参加するのはやぶさかではない。


「分かったわ。それじゃ、よろしくね先生」

「おう。って、先生ってもしかしてあたしのことか?」

「もしかしなくてもそうよ」

「よろしくお願いします! 先生」


 ララとロミから先生と呼ばれ、イールは気恥ずかしそうに頬を掻く。

 唐突に人を巻き込んだのだからこれくらいは許されるだろうと、ララは胸の内でほくそ笑んだ。


「そういえば、ロミは何を読んでたの?」


 ベッドの端に腰を下ろしたララが尋ねる。


「これですか? 魔法大全という、教会が発行している本ですよ」


 ロミは机に置いた本を持ち上げて答える。

 彼女の顔ほどの大きさの分厚い本である。

 縁を銀で装飾され、赤い布の貼られた頑丈な表紙で、それだけでも鈍器として扱えそうな重量感である。


「魔法大全……。魔法の図鑑みたいな感じ?」

「おおむねそのような捉え方で合ってますよ。属性ごとに分けて教会が認知している魔法の事が解説されてるんです」

「へえ、教会ってそういうのも作ってるのね」


 ロミがぱらぱらと適当なページを開いて見せる。

 上質な薄い紙に書き連ねられているのは、その魔法の詠唱文と効果の解説である。

 流石にゲームみたいに消費魔力がいくつとかは書かれてないんだな、とララは間抜けなことを考える。

 彼女の印象としては、イールの購入していた魔獣について解説していた図鑑の魔法版である。


「この本に全部の魔法が載ってるの?」

「いえ、そう言う訳じゃありませんよ。魔法というのは個人差がかなり大きいんです。詠唱も文法や発音、長さなどが適切であれば大丈夫ですし、そこに十分な量の魔力や魔法触媒を用意すれば問題なく魔法は発動します。ほとんどの人が自分にとって扱いやすいように魔法を変化させて使っているので、全員が全く同じ詠唱で魔法を使うのは、それこそキア・クルミナ教の神官くらいなものかと」

「へえ、魔法って結構おおらかなのね」

「あくまで必要な条件をすべて満たした上での話ですけどね。ですから、魔法大全には基礎的な魔法しか載ってないんです。わたしたち魔法使いはそういうものを見て、手札を増やしつつ、それを自己流に消化して自分の物にしていくんです」

「剣だって同じだな。基礎をしっかり修得した上で、自分に合った動きを見つける。そうやって、戦い方を最適化していくんだ」

「魔法と剣か……。正反対なように見えて結構似てるのね」

「なんだってそんなもんさ」


 感心して頷くララを、イールは軽く笑い飛ばす。

 結局のところ、何事も土台は大切で、その上でどれだけ自分に溶かし込むことができるのかが重要なのだった。


「私のハルバードも、基礎がしっかりできてないとダメかな?」

「そうだなぁ……。あたしがある程度基礎的な部分は教えてるから、自己流に走るよりはまずはそっちに重点を置くべきだな」


 日々の鍛錬を思い出してララが言う。

 ハルバードどころか長柄武器すら持ったことがない彼女の動きは、まさに素人同然である。

 基礎も何もあったものではないから、イールが体を通して直接文字通り叩き込んでいるのだ。


「基礎ね……。ハルバードも一人前に扱えるようになったら、そのうち自己流の戦い方も編み出したいわね」

「それはつまり、早く鍛錬がしたいってことか? いいぞ、なら今日は今からやろう」

「え?」

「遠慮しなくてもいいぞ、さっき柔軟も終わったし何をしようか悩んでたところだ」


 イールがララの肩に手を回し、がっちりとホールドされる。

 慌てふためく彼女を笑顔で引きずり、イールは部屋の扉を開けた。


「ちょ、え、待って!?」

「さ、がんばるぞー」

「き、気を付けてくださいねー」

「ロミまで見捨てないでぇぇ!?」


 一縷の希望を見出しララはロミに手を伸ばす。

 彼女はふっと視線を反らすと、魔法大全を開いて椅子に座った。

 無慈悲な彼女の行動にララは涙目になりながら、イールに引きずられ部屋を出た。

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