第百三十六話「神殿長様ですよ!?」
「今日はありがとう。すごく助かったわ」
「こちらこそ。台座の正体が分かって良かったわ」
灯台の足下で、ララとピピは言葉を交わす。
ララが蒼灯の台座から粒子を採取した後、彼女たちは灯台の上から見る景色を堪能し、そして町へと戻ることになった。
灯台守という職業の性質上、昼夜が逆転した生活を送るピピはこれからが休養の時間である。
「まあ気が向いたらまた来て頂戴」
いつでも歓迎するわよ、とピピがはにかむ。
ララはそれを聞いて口元を緩め、しっかりと頷いた。
「今度来るときは、何かお礼にお土産持ってくるわ」
「期待して待ってる」
そう言って、ピピが欠伸を噛み殺す。
そろそろ彼女も体力の限界だろう。
シアがララに目配せし、そろそろお暇することになった。
「それじゃ」
「ええ。気をつけてね」
ゆらゆらと細い腕を振るピピに見送られ、ララ達は丘を下る。
ピピは彼女たちが丘の下まで行くのを見届けると、大きな欠伸を一つ漏らした。
「明日から少し忙しくなりそうね」
手始めに代々の灯台守が残してきた資料を見てみようと、ピピは算段を整える。
しかし、それも明日からの話である。
今日はゆっくり身体と頭を休めようと、彼女は灯台の中へと入っていった。
「とりあえず大行進の原因も分かったし、これで一件落着か?」
町へと続く砂利道を歩きながら、イールが顎に指を添えて言う。
三人を襲ったウォーキングフィッシュの大行進は灯台の光が揺らぎ周囲の魔力分布が変化したため。
そう結論付けてこの一件は終わりかと、イールは漠然と考えていた。
しかしそれに対し、ララは首を振る。
「まだ終わってないよ。あと二つくらい問題は残ってる」
「問題?」
「一つはなぜ灯台の光が揺らいだのか。もう一つは、なぜ大行進の事を誰も知らないのか、ということね」
「ああ、そういえば……。そうだな、そのあたりがまだ分かってない」
ララの指摘に、イールはぽんと手のひらを叩く。
「光が揺らいだ原因はともかく、町の人たちが誰も把握していないのは、その魔力分布などの影響ではないのでしょうか」
「その可能性は低いわ。人間とかは魔力分布が多少変わったところで気付かない程度には鈍感みたいだし。それに、ブルーブラスト粒子に人の思考を操作するほどの強力な効果はないの」
「そうでしたか……」
説明を受けて、ロミは低く唸る。
そうなれば、魔獣の活性化とそれの隠蔽工作はそれぞれ別の原因によるものだと、分けて考えた方が良さそうだ。
「誰かが、何かの為に洗脳の魔法は使ってる?」
「町全体という広範囲にそんな魔法を使える人っているの?」
シアの疑問に、ララが質問で返す。
ヤルダやハギルよりは小さいとは言え、アルトレットも栄えた港町である。
そこに住む町民の数も計り知れず、全員の思考を操作するなど並大抵の力量では不可能だ。
「もしそんな大魔法使いがいたら、今頃話題になってますよ。少しでも綻びがあれば、そこから崩壊するでしょうし」
シアの言葉を一笑に付したのは、魔法のことをよく知るロミである。
今回の一件では、大進行の事を自覚したとしてもそれを忘却し修正するほどの力は働いていない。
となれば、ララ達のように誰か一人でも気付くことになれば、そこから炎が燃え広がる様に隠蔽は崩壊する。
一人残らず完璧に支配下に置くほどの魔法に卓越した術者ならば、それはそれだけで目立つことになる。
「この町にそんな、凄い魔法使いはいないの?」
「そうですね。シアさんもかなり凄い魔法使いだとは思いますが……」
ちらりとシアの方を見てロミが言う。
確かに彼女は優れた水魔法の使い手である。
ララ、イールからも視線を受けたシアは、パチパチと目を瞬かせる。
「え? わ、私はそんなことできないわよ!?」
「知ってますよ。もしシアさんがやっているのでしたら、こんなに近くにいる私が気づけないとは考えにくいです」
ロミのそれは驕りでも何でもなく、ただ冷静に自分の力量を分析した上での言葉である。
しかしそれを何ら臆することなく平然と言ってのけるのは、かなりの自信を持っていなければできないことだろう。
「そうですね……。フゥリン師でもそのような大規模魔法は手に負えないでしょうね」
「フゥリン師?」
聞き慣れない名前に、ララが首をかしげる。
イールも同様に知らないようだ。
ただ、シアはその名前に聞き覚えがあった。
「アルトレットの神殿のお爺さんね」
「神殿長様ですよ!?」
軽く言い放つシアに、ロミが慌てて正す。
神殿長ともなれば、厳格な階級社会である教会でも上層部にあたる人間である。
色々な事情によってロミは一応彼とも対等な立場ではあるが、それでも敬意を忘れて良い人物ではない。
「そうそう、神殿長ね。たまーに神殿で説教してるわ」
「それも神殿長の大切な役割ですからね」
疲れた様子でロミが頷く。
神殿長ほど地位が上がれば相応に仕事や責任も増えるが、月に一度の説法は信徒に対する代表的な仕事の一つだった。
「あのお話、なんだか妙に眠くなるのよねぇ」
敬虔なキア・クルミナ教徒であり、なおかつ神官であるロミの前で、シアは躊躇うことなくぶっちゃけた。
決して分からないわけではないが、ロミとしては反応に困る言葉である。
「その、フゥリン師以外には魔法使いはいないの?」
「在野の魔法使いで、それほどの実力を持つ人は知りませんね」
「ギルドに行ったら、何かしら情報もあるんじゃないか?」
ギルドはその性質上、町中の噂が集まる情報集積地でもある。
そのため、何か知りたい事があったらギルドへ行くというのは有力な手だ。
「そうね。でも、とりあえず……」
ララは頷く。
しかしすぐに目を細め、顔を俯かせた。
「おなかが空いてきちゃった」
きゅぅ、と切ない音が風に乗る。
気恥ずかしそうに苦笑するララを、イール達は呆れたような目で見た。




