第百三十五話「もう十分。ありがとうね」
「ひ、光を譲るってどういうこと?」
ピピはララの言葉の意味が分からず、目をパチパチと瞬かせる。
イール達も突然突拍子もない事を言い放った彼女に困惑顔である。
そんな中、ララは柔和な笑みを浮かべた表情を崩さずに言葉を続ける。
「まあ言葉通りではあるんだけど。ブルーブラスト粒子をちょっとだけ分けて欲しいの。容器はこっちで作れるし、何なら増幅器も時間と材料さえあれば作れるんだけど、粒子そのものは流石に専用の施設がないとゼロから作り出すのは難しくて」
「つまり光を分けて貰って、それを増やそうとしてるってことか」
「そうそう。そういうこと」
イールの差し込んだ言葉に、ララが頷く。
「ブルーブラスト粒子は結構色んな事に使うエネルギーなの。これがあれば動かせる機械類も多いし」
「ララさんにとっては重要な物なんですね」
「そうだねぇ。ロミ達でいう魔力みたいなものかな」
ロミはその例示に驚く。
彼女にとって魔力とは、もはや生きていく上で必要不可欠な酸素と同列と言ってもいいくらいの要素だ。
むしろ魔法を使えば酸素も生成できる分、空気よりも価値があると言える。
それがない状態というのは、すなわち死を意味する。
ララはつまり、そのような過酷な環境下にその身を置いていたのだ。
「ブルーブラスト粒子があればナノマシンで代替してた機械を動かせるのが、まあ一番の理由かな。今まで使ってたエネルギーをかなり削減できるわ」
「エネルギー問題か。それも深刻だったな」
一度エネルギーの使いすぎで倒れたララを介抱しただけあって、イールの理解も早かった。
ララはもう一度ピピの方へと視線を向ける。
「そういうわけで、ちょびっとだけでいいから譲ってくれると嬉しいんだけど」
「……灯台としての機能が失われない程度ならいいわよ」
ピピは少し悩んでいたが、最後には仕方ないとため息をつきながらも頷いた。
ララはぱっと青い瞳を輝かせて彼女に駆け寄ると、その両手を握る。
「ありがとう! とっても助かるわ」
「ふえっ!? し、仕方ないじゃない、そこまで言われちゃったら……」
急に近づいたララの顔に驚きながら、ピピはそっぽを向いて答える。
あそこまで言われて断るのも、良心が咎める。
灯台として必要な光量さえ確保できているのならば、少しくらい分けても良いだろうと考えた。
「それじゃ、早速ちょっと貰うわね」
「はいはい。……壊さないでね?」
ララは周囲が見守る中、おもむろにポーチを開く。
中から取り出すのは、おなじみの白く輝く特殊金属である。
イールとロミは見慣れているし、シアも毎晩彼女がそれでできたハルバードを振っている所を見ているため存在自体は知っている。
しかしそれを初めて目にするピピは、興味津々と言った様子でララの手に握られた白いインゴットを注視する。
「そ、そんなに見られると辛いなぁ」
全員の視線を集めていることに気が付き、ララが頬を赤くしてたじろぐ。
とはいえ特別見られて困るようなものでもない。
ララはそのままインゴットを両手で握りしめ、ナノマシンに命令を下す。
電脳に保存されている無数のデータの中から、目当ての設計図を検索する。
それをダウンロードし、個人記憶領域へと落とし込む。
ナノマシンはそれに反応し、信号を送る。
「よーし、作っちゃうよ」
ぎゅっと両手を握る。
「うわっ!?」
「おおー、面白いわね」
ララの手の中でぐにゃりと粘土のように潰れる金属塊を見て、ピピとシアが驚きの声を上げる。
彼女の考え一つで金属が飴細工のように溶けたり、意思を持ったかのように動き出す様子は、まるで魔法のようだ。
ララはそのまま手を広げ、手のひらの上で金属を捏ねる。
ぐにぐにと毎秒形を変え、特殊金属は次第にその形を意味のある物へと昇華させていく。
「――よし、完成かな」
ララがそう言ったとき、彼女の手のひらの上には、小ぶりな円筒状のものがあった。
元のインゴット同様全体が白一色で、表面には直線的な溝が数本走っている。
「これが、光を入れる容器?」
「そう。ブルーブラスト粒子を入れて、微弱だけど増幅もさせる簡易的な機械だよ」
辺境惑星探査の際、まず行われるのはブルーブラスト粒子の安定的な供給システムの構築である。
大学で講師を務め、また自身も幾度となく未開の惑星の調査に乗り出した経験を持つララは、身を以てその重要性を理解していた。
そのため、この容器は早い段階で製作しておきたかったのが本音ではあるのだが、そもそも元となるブルーブラスト粒子がないのであればどうすることもできなかったというのが現状である。
「とりあえず、入れちゃうね」
ララはそう言うと、円筒の両端を掴んで引っ張る。
すろと溝に沿って筒が割れ、中に球体の部品があるのが見える。
「それから、これこれ」
ララはポーチに手を突っ込んで、イール達も久しぶりに見る道具を取り出した。
「万能工具! これ使うのも久しぶりね」
かつて『錆びた歯車』の拠点を襲撃し、彼らの保有していた魔導人形を拿捕した時以来の登場である。
「なんかまた、懐かしい物を見た気分だな」
「ここのところ全然見ませんでしたからね」
イール達は久しぶりに見るその純白の工具に、感慨深い言葉を漏らす。
作ったララでさえ、この道具の存在は半ば忘れていたほどである。
そもそもがナノマシンなどララの持つ技術に関連する道具の製作などにしか使い道のない工具なので、仕方がないと言えば仕方がない。
「まあでも、ブルーブラスト粒子が入手できればそれなりに使うと思うよ」
粒子さえ手に入れることができれば、それで駆動する様々な機械を作ることができる。
その際にこそ、この工具の性能が活きるのである。
「じゃ、ちょっと失礼して……」
ララは工具と容器を両手に持ち、台座に近づく。
台座からは今も太い光線が放出されている。
ぐるぐると回転しながら放たれる光に、ララはそっと近づく。
そして、工具の先端を変形させ、小さなヘラのような形にした。
「これをここに差して……、これでいいかな」
工具を円筒の先端に開いた穴に差し込み、持ち上げる。
ヘラのように平らになった部分が、光線の下を掠める。
「……」
「……イールさん、ちょっと手伝ってくれませんか」
悲しいかな、小柄なララでは光線にまでそれが届かない。
哀愁を漂わせながら、ララが見守っていたイールに声を掛ける。
イールは呆れたように肩を落とし、ララから円筒を受け取る。
「これを光に当てればいいんだな?」
「そうそう。よろしくお願いします」
ララの指示に従い、イールが円筒を掲げる。
平らな部分が光線の中へと差し込まれる。
「光が……」
「金属の中に溶けてる?」
それは幻想的な光景だった。
青く眩い光の奔流の中に差し込まれた一本の白い棒は、その光を溶かして吸い込むように、その身を青く変化させる。
じわじわと雪解け水が地下へと染み渡るように、それはゆっくりと浸透していく。
「綺麗ね……」
思わず、シアが言葉を零す。
初めて見る、不思議な現象である。
やがて光は円筒の中心にある球体の中へと溜まる。
球体が全て青くなったことを確認して、ララはイールに声を掛けた。
「もう十分。ありがとうね」
「ふぅ、結構肩がしびれるな」
イールから容器を受け取り、ララはカシャンと音を立てて格納する。
ただの白い円筒に戻ったそれを、万能工具と共にポーチにそっと仕舞う。
「これで終わり。ピピ、ありがとう」
「見たところ光もそんなに変わっていないし、これくらいなら良いわよ」
ピピはほう、とため息をついて答える。
今まで生まれたときから見てきた青い光に、そのような秘密があることなど知らなかった。
「その光、大切に使ってくれたら嬉しいわ」
「もちろん。これは私にとって凄く助けになるものよ」
ララはそう言うと、片手を差し出す。
二人は堅く手を交わした。




