第百三十三話「やっぱりねぇ」
ピピは倒れかかってきたシアを難なく受け止め、煩わしそうに押し戻す。
若い灯台守は、見掛けに依らず力強いようだった。
「私はララ、こっちはイールでこの子はロミよ」
お決まりとなった自己紹介を簡単に済ませ、更にララはここへはシアの紹介でやってきたと説明する。
その際、ウォーキングフィッシュの大行進などのことは、敢えて伝えない。
ギルドも乗り出すほどの異常事態だが、むやみやたらと流布するのも危険だろうと彼女は判断した。
「シアの紹介ね……。こんな古い灯台を見にわざわざやってくるなんて、物好きなのね」
ピピは少し呆れたような声色で言い放つ。
とはいえ、その頬は微かに紅潮しており、髪色と同じ黒い瞳にも喜色が滲んでいる。
言葉とは裏腹にまんざらでもなさそうな雰囲気に、ララ達もひとまず胸をなで下ろす。
「蒼灯の灯台については色々聞きたいことがあるんだけど、とりあえず灯台守はピピなのよね?」
「思ってたよりも若いでしょ? 代替わりしたのは、十六歳の時だからもうすぐ十年位前になるかしらね」
そういった質問は毎度のことなのか、ピピは気分を害した様子もなく答える。
元々彼女の家系は灯台守を務めてきたのだが、十年前、両親は唐突に彼女にその役目を継がせた。
「先代は今どうしてるの?」
「さあ、知らないわ」
ララの質問に、ピピは軽く答える。
そこには何の含蓄もなく、ただ興味がないだけのようだ。
「私に家督を継がせてから、あの人達すぐに町を飛び出したの。こんなところにいられるか、少し遅いが新婚旅行をさせて貰うぞ! って言っちゃって。今でもたまに手紙は届くし、生きてはいるみたいよ」
「そういうことか……」
暗い想像をしてしまっていただけに、イールが思わず肩を落とす。
予想が外れたことは良いことだが、随分とパワフルな両親のようだ。
「まあでも、他の仕事をする気は無いし、なんだかんだ言ってこの仕事は気に入ってるのよ」
言葉の終わりに、ピピはそう付け加える。
彼女は人付き合いを煩わしいと思うタイプの人間らしく、自分でも集団生活にはなじめないことを自覚していると言った。
「勤務時間はまあ、一日中と言えば一日中だけど全部自分で決められるし、自宅と職場が一緒なのが良いわね」
「この子、こんなこと言って中々灯台から出てこないのよ」
ほんと引きこもりなんだから、とシアは少し頬を膨らませて言う。
シアは彼女の友人として心配しているらしい。
そのことは本人も自覚しているようだったが、それでも煩わしそうに眉間に皺を寄せて口をとがらせる。
「ちゃんと週に一度は町に出てるわよ」
「そもそもその頻度が少なすぎるのよ」
まるで姉妹みたいだ、とララは漠然とした感想を漏らす。
差し詰め、シアが長女でピピが次女、ミルが三女の三姉妹といったところか。
「まあ、それはともかくララちゃんたちは灯台を見に来たんでしょ? せっかくだから案内してあげるわよ」
詰め寄って小言を並べるシアを押し返し、ピピは逃れるようにしてララ達に声を掛ける。
灯台守が直々に案内してくれるという申し出を断る手もなく、ララはありがたく頼むことにした。
「ありがとう、よろしくね」
「任せといて頂戴」
ピピはそう言うと、可愛らしくウィンクを放つ。
「とりあえず見たいのは灯台の光源かしら?」
「ええ。そこが、蒼灯と呼ばれる所以なのよね?」
ピピは頷き、言葉を続ける。
「蒼灯の灯台という名前の付いた理由は、ララの言ったとおり青い光を放つからよ。この灯台を作る前、私たちのご先祖様がどこからかこの青い光を持ってきたって言われてるわ」
「持ってきた……。魔法か何かで燃えてる訳じゃないのか?」
「随分と古い話だから、その当時のことはあまり分からないのよ。ただ分かるのは、蒼灯には色々と不思議な所があるっていうことね」
「不思議な所?」
「まあ、それは実物を見せて説明するわ」
首をかしげるイールに、ピピは笑みを浮かべて言う。
それは彼女たちが驚くことを期待しているような、子供っぽい笑顔だ。
「光源である蒼の台座があるのは天辺よ。頑張って登りましょうか」
そう言って、ピピは扉のすぐ側にあった階段を指し示す。
弧を描く内壁に添うようにして作られた、木製の螺旋階段である。
それは遙か高く、塔の頂上にまで続いているらしかったが、上の方は薄暗く終点は見えない。
ピピは四人を促して階段を上り始める。
僅かに軋む木板にたじろぎながらも、ララ達もその後に続いた。
「灯台の中は四層構造になってるの。一階は灯台守としての仕事をする執務室とか、応接室とか、そういう部屋があるわ」
階段を登りながら、ピピが灯台の内部について説明する。
「二階は私、というか灯台守の個人的な部屋があるわ。いつもはそこで寝てるの書斎とかもここね。三階は倉庫になってて、食料の備蓄や塔の備品なんかを置いてるわ」
ぐるぐると回りながら階段を上る。
塔の内部を四分割した階層はそれぞれの天井も高い。
一階や二階は壁で区切られ廊下と部屋があったが、三階は全ての壁が取り払われた円形の大部屋になっていた。
そこには樽や木箱などが雑に並べられ、壁から張ったロープに野菜などが干されている。
それらの階層を抜けながら二三周するくらい螺旋階段を上れば、ようやく最上階にたどり着く。
塔が先細りの円柱という形状をしているため、階層も上がるごとに部屋は小さくなる。
最上階ともなれば、一階層の半分ほどの面積しかない。
「わ、すごく良い眺めね!」
四階層は壁で囲まれた他の階層とは打って変わって、全方位を大きなガラスで囲われた開放的な空間だった。
青い空が間近に迫る高い塔の上からは、アルトレットの町並みや広い大海原を一望できる。
ララは思わず窓際まで駆け寄り、歓声を上げた。
「ふわ、結構高いですね……」
少し怯えながら、ロミがララの隣へやってくる。
見下ろせば、地面は遙か下方である。
「あれ? イールはこっちこないの?」
ララは階段の側から動かないイールを見て不思議そうに首をかしげる。
彼女は少々表情を硬くして頷いた。
「ああ、あたしはここからで十分だ」
「そう? こっちに来たら良いのに……」
ララはよく分からないと言わんばかりだったが、とりあえず今はそんなことをしている場合ではなかった。
彼女は窓辺から振り返り、部屋の中央の天井近くに太い鎖と台座で固定された巨大なランプのような物体を見る。
「それで、これが蒼灯の台座っていうヤツかしら?」
「ええ。これよ。青い光を放つ、構造不明の物。おそらくは古代遺失技術で作られた物ね」
それは絶えず青い光を放っていた。
あるいは光線や、光の束と言った方が適切かもしれない。
その光量はすさまじく、間近で直視すれば失明は避けられないだろう。
だがそれは確かな指向性を持って真っ直ぐに伸びている。
ぐるぐると回転しながら、一直線に光を放っていた。
「やっぱりねぇ」
それを見て、ララは驚きの声を上げない。
それどころか、少し安堵したような穏やかな声を漏らす。
「やっぱりって、どういうこと? これについて何か知ってるの?」
今までの客とは違う反応に、ピピは怪訝な顔をする。
「そうね、よく知ってるわ。……これは古代遺失技術なんかじゃない。放っているのも、厳密に言うと光じゃなくてブルーブラスト粒子って言うんだけど……」
ララはゆっくりと中央の台座に歩み寄る。
そうして、がっちりと固定されたそれをそっと撫でる。
「これの名前は、ブルーブラストエンジン。とある宇宙船に使われてた、高出力小型エンジンよ」




