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第百二十七話「毎年、ねぇ」

 重い沈黙が早朝の砂浜に広がる。

 両者は互いに見つめ合ったまま、固まっていた。

 岸へ打ち付ける波の音がやけに大きく聞こえる。


「えっと、……とりあえずいつもみたいに二本足になったら?」


 やっとのことでララの口から飛び出したのは、そんな間の抜けた言葉だった。

 シアはしばらくぽかんと呆けた後、ばつの悪そうな顔で一度頷いた。

 彼女はおもむろに腰を折り曲げしゃがみ込むと、鱗に覆われた魚の下半身に白い指を這わせる。


「『深き清純なる水の煌めき、真なる姿を光と共に閉ざせ。草木を踏む仮初めの肉は氷、うちに流れる熱き血は水、頑強なる塩の柱は骨となれ』」


 詠唱と共に、彼女の白い指がつつと鱗を撫でる。

 触れたところからじんわりと溶けるように魚の尾が消え失せ、代わりに見慣れた彼女の白い生足が現れる。

 変化は紙に滲むインクの染みのようにゆっくりと進行し、やがて彼女の腰まで到達して終わる。


「やっちゃったなぁ」


 足の調子を確かめるように数度足踏みしながら、シアは無念そうに言う。


「心配しなくても、別に誰にも言わないわよ」


 ぽす、と柔らかい砂の上に腰をおろしてララは言う。

 人の秘密を無闇に吹聴して回るほど性根が腐りきっているわけではない。


「それとも人間に正体がばれたら帰らないと行けないとか、そういうのあるの?」

「そういうのはないわよ。ばれたって事がばれたらとっても怒られるけど」


 憂鬱そうにシアは海の底へ振り向く。

 その声色はどこかいたずらのばれてしまった子供のようでもあった。


「おどろいた?」


 シアがララの方へと歩み寄りながら尋ねる。

 ララは苦笑しながら、こくんと髪を揺らして頷く。


「まあね。シアほどの魔法使いがなんで他の人に知られていないのかとか、あなたが仕事をしている様子がなかったとか、ちょっとずつ違和感はあったけど」

「うーむ、それでも流石ララちゃんは勘が鋭いね」


 シアの不自然なところを挙げるララに、彼女は思わず笑みを浮かべる。

 確かに人間の世界で紛れ込んで生活するには、そういった所もちゃんと考えておくべきだったかもしれない、と彼女は心に留める。


「それでもまあ、あなたがまさか人魚だったとは思わなかったよ」

「結構気をつけてたからね。ロミちゃんが人魚の事聞いてきたときはちょっと焦っちゃったけど」

「ああ、あの時ね」


 昨夜の事を思いだし、シアは肩をすくめる。


「ロミだってまさか隣に人魚がいるとは思わないだろうし、ばれてはないわよ」

「そうだとは思うけど、あの時は冷や冷やしたわ」

「もしかして、人魚って案外地上で紛れてたりするの?」

「どうかしらね。私の知る限りではいないと思うわよ」


 別段同じ種族だからといって変身を見破れるわけでもないらしく、仮に地上で隠れ住む人魚同士がすれ違っても気づけるわけではないとのことだった。


「人魚自体は結構村も大きくて数も多いけど、みんな閉塞的で厭世的な気質だから、こうやって地上に出てくるのは変わり者中の変わり者ね」

「自分で言っちゃうんだ……」


 呆れるララに、シアは事実だもの、と軽く頷く。


「人魚って地上で生活してても支障はないの?」

「足の変身と呼吸で常時魔力を少しずつ消費してるくらいかしらね。後は特に問題ないわ」

「魚とかも普通に食べてるもんね」

「あなたたちだって牛やら豚やら食べてるじゃない……」


 魚類は同じ海に澄んでいるだけであって、別段友人というわけでもなんでもないとシアは唇を尖らせる。

 彼女たち人魚は海底にうまく隠された集落で暮らし、貝や魚を食べて生きているのだという。


「むしろあいつ等は主食よ。地上から釣りをするよりよっぽど簡単に捕まえられるし」

「飛んでる鳥を捕まえるようなもの?」

「どっちかっていうと地べたの虫を捕まえる感じ」


 オブラートにも包まれない酷な例えに、ララは一瞬だけ魚が不憫に思えた。


「あ、そうだ」


 ふとララは声をあげる。

 シアが首を傾げた。


「シアは海のことよく知ってるって事だよね」

「まあ、中から直接見てるしね」

「じゃあ教えてほしいんだけど、何か変わった様子ってなかった?」

「ウォーキングフィッシュと同じ案件ね。ふむ……」


 ララの問いに、シアは考え込む。


「別段例年と変わった動きをしてる魚とか魔獣はいないかも。潮に乗って優雅に泳いでるわ」

「そっか……」

「あ、でも面白い動きではあるわよ。毎年この時期になるとみーんなとある方向に向かって泳ぐの。そして岸までやってきたら反転して別の方へと泳いでいくのよ」

「毎年、ねぇ」


 ララが怪訝な顔でシアを見る。

 彼女もそれに気づき、きょとんとした様子でララと視線を合わせた。


「そ、毎年この時期になるとね」

「ねえシア、その件もウォーキングフィッシュの時と同じように、シアの認識が歪められてるって事はない?」

「認識が歪め……? ああ、そういうことね」


 シアは最初ウォーキングフィッシュの大進行を例年の物だと説明した。

 このあたりでは珍しくない、ごくありふれたものだと。

 しかし昨日、その信憑性は大きく揺らいだ。

 この後ちゃんと確認する必要はあるが、ひとまずそのような生態であるという信憑性は薄くなった。

 ララはそれと同じように、海の中を泳ぐ魚たちの行動も、シアの認識が歪められて通常の物と思いこんでいるだけかも知れないと危惧していた。


「確かに、そうじゃないとは言い切れないわね」


 昨日の一件でシアも自信がなくなっているのだろう。

 細い顎に手を添えて考え込む。


「もしかしたら、やっぱりそれも異常行動なのかもしれないわ」


 申し訳なさそうに眉尻を下げ、彼女が言う。


「有益な情報には違いないわ。それも含めて、今日は色々調べましょうか」

「調べるって、今日はどこに行くの?」

「とりあえず、蒼灯の灯台に行くわ。そこで確かめたいこともあるし。その後は、傭兵ギルドかしら」

「ギルド?」


 ララの真意が分からないと、シアが首を傾げる。

 そんな彼女にララはむふんと唇を曲げる。


「ま、それは行ってからのお楽しみということで。どうせシアも暇なんだろうし、一緒に行きましょうよ」

「暇って……、確かに間違ってはないけど。いいわよ、というか是非連れて行って」


 明け透けなララの言葉に苦笑しながらも、シアは頷く。


「それじゃ決まりね。と言うわけでシア」


 ララが立ち上がりながらシアに改めて話しかける。


「今度は何かしら? 海のすばらしさでも説いてあげよっか?」


 シアは腰に手を当てて尋ねる。

 そんな彼女のつま先からじっと眺め、ララが一言呟く。


「とりあえず、服着ない?」

「……はえ?」


 シアがばっと頭を下げる。

 先ほどまで魚だった下半身は当然のごとく何も着けてはいなかった。

上半身も簡素な下着のみである。

 今までのまじめな会話をどのような姿で交わしていたのかを思い返し、シアは耳を赤くする。


「ひ……」

「ひ?」

「ひゃあああああああ!!?」


 シアは今まで聞いたことのないような絶叫をあげ、砂浜にある物置きの陰まで走りだす。

 そんな彼女の華奢な背中を眺めつつ、ララは全裸がデフォルトだと思ったが人魚でも羞恥心はあったんだなぁ、とくだらないことを考えていた。

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