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第百二十三話「いただきまーす!」

 まず始めにやってきたのは、大籠に入ったトーストだった。

 店員が二人掛かりで運び込んだ籠から、蜂蜜の甘い香りが漂っている。


「おまたせしました。ハニートーストです」


 テーブルの真ん中に、それは置かれる。

 蜂蜜を練り込んでいるという分厚いトーストは、それだけでも圧倒的な存在感である。


「すごいわねぇ、蜂蜜色のパンなんて初めて!」

「これがお代わり自由っていうのは、中々魅力的だな」


 ララがトーストを一つ手に取り、半分に割る。

 こんがりと焼き上げられた表面はザクザクと気持ちの良い音を放つ。

 中から薄い湯気と共に現れるのは、ふんわり柔らかい薄い黄色の生地である。


「おいしそう……。いただきます!」


 我慢できないとララがそれを口に運ぶ。

 サクっと小気味良い音がする。


「おいしい!」

「でしょ? ここのハニートーストは絶品なのよー」


 思わず声をあげるララに、シアは鼻高々といった様子で答える。

 店自体は小さく、路地の片隅に並ぶあまり目立たないものだが、知る人ぞ知る名店なのだという。


「うふー、やっぱりおいしいですねぇ」


 顔を埋めるようにしながらトーストをかじっているのはミルである。

 白い耳を小刻みに揺らし、この世の至福と言わんばかりの満面の笑みを浮かべている。


「蜂蜜を練り込んでいるパンというのは、面白いですねぇ」


 ロミは一口サイズにちぎったトーストを食べながら頷く。

 蜂蜜をトーストに塗って食べることはあるが、こうして練り込まれているのはあまり見ない。

 ありそうでなかったこのトーストに、彼女は興味をそそられているようだった。


「お待たせしました。お飲物をお持ちいたしました」


 そこへ、銀盆を二人掛かりで運びながらウェイトレスの少女がやってくる。

 盆に載っているのは、ララたちが注文した飲み物の入ったグラスである。

 妖精たちはテーブルに盆を置くと、それぞれのグラスを配っていく。


「私はハニーウォーターね」


 ララの前に置かれたのは蜂蜜を溶かし込んだ水である。

 薄い琥珀色の、微かな甘い香りを放っている。

 隣のイールも、同じ物だ。


「わたしはハニーミルクです」


 嬉しそうに声を弾ませて言うのはロミだ。

 彼女のグラスには、蜂蜜の溶かされた白いミルクが注がれている。


「シアはお酒だったっけ?」


 ララがシアの前に置かれたグラスをのぞき込みながら言う。


「そそ、オルレアの蜂蜜酒よー」


 シアが少し傾けて見せたグラスの中からは、かすかにとろみの付いた蜂蜜酒の甘いアルコールの香りが漂ってきた。


「すっきりしてて、料理にも合うのよ」


 ニコニコと嬉しそうに相貌を崩し、シアが言う。

 先日彼女が自己申告していた以上に、彼女は酒好きなのだろう。


「ミルさんの飲み物は何ですか?」

「ペシアハニーベリージュースですよ」


 ロミが尋ね、ミルが答える。

 彼女のグラスには、数種類のベリーを潰してペシアの蜂蜜を加えたジュースが注がれている。

 濃いピンク色の、とろりとしたドリンクである。


「とっても甘くておいしくて、わたしのお気に入りなんです」

「デザートにも合いそうな飲み物ですねぇ。次はわたしも頼んでみましょうか」


 はにかむミルに、ロミは頬をゆるませて言う。

 丁寧語が基本になっている二人が会話に花を咲かせていると、なぜだかそこだけ空気感が違う。

 まるでお嬢様のお茶会みたいだ……、とララは心の中でつぶやいた。


「お待たせしました。お料理をお持ちしました」


 再度妖精たちが現れて、今度はメインディッシュの料理を運んできた。


「おおー、待ってました!」


 ララはそれらに目を輝かせ、身を乗り出す。

 ウェイトレスの少女はそんな彼女の様子に苦笑しながら、気持ち早めに配膳する。


「六角牛のサイコロステーキ、大皿のサラダ、スケイルフィッシュの蜜蒸し、レイン豚のポークステーキ、激辛チキン、フィッシュアンドチップス、ミートオムレツ、六角牛のフィレシチュー、シーフードピザと牡蠣の網焼きです」


 次々と運び込まれテーブルに並べられる料理の数々を、ウェイトレスの少女は何も見ずにすらすらと読み上げる。

 テーブルの上は瞬く間に埋まり、食欲を刺激する良い匂いが小さな部屋に充満した。


「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」

「ええ。ありがとう」

「それでは、ごゆっくりお楽しみください」


 そう言って可憐な礼を残して妖精たちは部屋を出る。

 ララたちは早速テーブルの上へと視線を移し、目を輝かせる。

 そこにあるのは、まさにご馳走と呼ぶのが相応しい料理の数々である。


「とりあえず、サラダ分けちゃうわね」


 トング片手にシアが言う。

 大皿に盛られた鮮やかな緑のサラダを、小皿に取り分けていく。

 さっくりとしたクルトンやトマト、赤いエビが色彩を豊かにしている。


「念願の牡蠣です! おいしそう……」


 ふつふつと熱い湯気を立たせる殻付きの牡蠣を前にして、ロミは感極まった様子だった。

 念願の、それも特大の牡蠣である。

 その大きさは圧巻で、彼女の手のひらほどもある。


「流石港町は海鮮の質が違うなぁ」


 ロミの牡蠣をのぞき込みながら、イールが感嘆の声をあげる。

 これまで食べてきた料理の数々でも思い知らされてきたが、アルトレットの店で出される海産物はあらゆる点で最上の品質である。


「こればっかりは、ヤルダでも無理ね」


 胸を張り得意げにシアが言う。


「確かに、ヤルダでこんなのは見たこと無いわねぇ」


 その言葉にララも賛同の意を示す。

 輸送技術の乏しいこの世界では、新鮮で良品質な魚介類は港町の特権だった。


「シアが頼んだのは六角牛のサイコロステーキよね?」

「そうそう。おいしいわよー」


 シアの前にあるのは、熱された鉄板に載ったサイコロステーキである。

 マッシュポテトとニンジンとコーンが添えられたそれは、アルトレットでは久しぶりに見る肉料理でもある。


「六角牛っていうのは、名前の通りの牛なの?」

「そうそう。角が六本ある大きな牛よ。近くに牧場もあったと思うわ」

「六角牛はいろんなところで飼われてるな。だから、大体の町で食べられる」


 そう言うイールの手元にあるのは、六角牛のフィレ肉を存分に使ったシチューである。

 とろりとした濃いブラウンシチューで、大きく切られた六角牛のフィレがたくさん入っている。


「ミルのはスケイルフィッシュだっけ?」


 ララが視線をミルへと移す。

 彼女が頼んだのは、大きな魚を丸々使った蒸し料理だった。


「はい。スケイルフィッシュっていう、白身魚を香草と香辛料と蜂蜜で蒸したお料理ですよ」

「スケイルフィッシュもこの町で釣れた魚なの?」

「もちろんですよ。堅い鱗が特徴のお魚です!」


 ミルはナイフとフォークを両手に握り、興奮した様子で語る。

 スケイルフィッシュ自体は、この町に住んでいれば珍しいものでもないが、この店の料理人の手に掛かれば光り輝くような絶品に変わる。


「ララさんは、たくさん頼みましたね……」


 ロミがララの前に置かれた料理の数々を眺め、戦慄を覚える。

 メインディッシュであるレイン豚のポークステーキを初めとして、香辛料のたっぷりと使われた激辛チキン、揚げたてのフィッシュアンドチップス、黄金色のふんわりとした卵で包まれたミートオムレツと、数々の料理が並んでいる。


「ちょっとお腹空いてたから、ついね」

「ついで頼む量じゃない……」


 ララが小さく舌を出す。

 隣でイールが呆れたように言った。


「ともかく、料理も揃ったよね」

「はい。サラダも分けたわよ」


 シアがサラダの盛られた小皿を全員に渡す。


「それじゃ、食べましょっか」


 ララがぱちんと両手を合わせる。


「いただきまーす!」


 彼女の元気な声で、食卓は開かれた。

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