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第百二十二話「ハニートースト、五枚お願いできるかしら」

「それじゃあ話を整理しようか」


 テーブルを囲む四人を見回し、イールが言う。

 それを合図にして、ララが現時点で分かっていることを話した。


「私たちはアルトレットへ来る時にウォーキングフィッシュの大規模な群れに遭遇した。その危機から救ってくれたのがシアね」


 確認を求め、ララはシアへと視線を送る。

 彼女はしっかりと頷いた。

 ロミによってもたらされた神殿の調査結果からも、その群れの一件が事実である可能性は殆ど疑いようもない。

 しかし、問題はここからである。


「だというのに、その大行進はこの町では認知されていなかった。シアは毎年恒例のウォーキングフィッシュの繁殖行動と言っていたわよね」

「そうね。あんまり自信はなくなってきたけど」


 シアは再度頷く。

 ただしそれは苦笑混じりの曖昧なものだった。


「本当にウォーキングフィッシュにそのような生態があるのか、残念ながら私は知らないわ。他のみんなは?」


 ララが確認を取るが、それに手を挙げた者はいない。

 予想していた結果ではあるため、ララは特に落胆した様子はない。


「もしかしたら、本当にウォーキングフィッシュの生態なのかもしれないわ。でも、乾物屋のペケは大行進のことを知らず、今年は数十年ぶりの豊漁だと言ってたわね」

「シアは毎年恒例と言ってたが、ペケは数十年ぶり。食い違うな」

「いったい、どっちが正しいんでしょう……」


 イールが腕を組み、ロミが眉をひそめる。

 そこへララが追加で言葉を重ねる。


「その上、ミルはそもそもそのような事実を知らなかった。さてこれはどういう事かしらねぇ」

「わ、わたしが世間知らずだったという話かも知れません」


 ミルが手を挙げてそう主張する。

 しかし、それをシアが首を振って否定した。


「ミルは頻繁に市場を歩いてるし、住民ともよく話してるわよね。それなら耳に入っていないとおかしいわよ」

「そうだよね、やっぱり……」


 シアの言い分にしても、ペケの言い分にしても、どちらが正しくともそれなりに大事件である。

 噂話に飢えている住民たちの誰か一人でもその話を知っていたならば、それは瞬く間に伝播してミルの耳にも入るはずだ。

 だからこそ、奇妙なのである。


「こうも意見がバラバラだと、法則性を見つけることもできないね」

「単純に情報量が少なすぎるだろ」


 ララは難しい顔をして唸る。


「まるで誰かが、ウォーキングフィッシュの大行進を隠してるみたいねぇ」

「大行進を隠す、ですか。誰が何のために?」

「言ってみただけ。それが分かれば苦労しないよ」


 尋ねるロミに、ララはふらふらと手を振ってかき消す。

 もし仮に、本当に誰かが大行進を隠そうとしているならば、シアやペケやこの町の住民すべての記憶を改竄でもしなければならない。


「流石に記憶をいじくる魔法なんて無いわよね」

「……えっと」

「あるの!?」


 冗談混じりの言葉に、ロミが歯切れを悪くする。

 予想外の反応にララは目を丸くした。


「存在しているという意味ではありますよ。ただ禁忌とされているので、使用した場合は教会や魔導会に追われることになりますが……」

「魔導会って?」

「魔法使いが知識の共有と魔法の発展の為に結成した組織だよ。ギルドみたいに、大抵の町には支部がある」


 イールの簡潔な説明に、ララはふむふむと頭を揺らす。

 彼女の知らないだけで、巷には様々な組織が入り乱れているのだ。

 そんな彼女の隣で、ロミがおもむろに口を開く。


「とはいえ、仮に禁忌ということを無視して記憶改竄の魔法を使おうとしても町全体に影響を及ぼすのは莫大すぎる魔力を消費しますので、現実的ではないですね」

「結構大規模な事だもんね」


 そりゃそうだ、とララは納得する。

 人一人の記憶を改竄するだけでもかなりの魔力を要するのだろう。


「魔法的な何かでも無いとなると、ますます謎は深まるばかりねぇ」


 蜂蜜コリンジュースを飲みながら、ララはそうこぼす。


「ま、イールが言ったみたいに今は情報が少なすぎる感じねぇ」


 シアの言葉に、ララも全面的に賛成である。

 今現在の情報量では、何か結論を出すには早すぎる。


「まあ今回は状況の整理が目的みたいなところがあったしね」

「とりあえず、他にも情報を集めないことには分からないな」


 イールが簡単に今後の行動方針を出す。

 それに異論がある人はいないようで、ふっとテーブルの上の空気が弛緩する。


「それじゃあ今日のところはもうやめにして、何か食べましょうか」


 メニューを引っ張り出しながらシアが言う。


「さんせー。私お肉が食べたいな」

「あたしも肉かな。ここのところずっと魚だったしな」

「わたしはまだお魚が食べたいですね。あ、あとは牡蠣も食べたいのですが……」

「牡蠣もあると思いますよ。わたしはお魚が食べたいです!」


 シアの広げたメニューを覗きながら、少女たちは和気藹々と会話に花を咲かせる。

 『琥珀の匙』は蜂蜜を使った料理の他にも、家庭料理のような一品物や港町ならではの海産料理を幅広く取り扱う大衆居酒屋のような店らしかった。

 彼女たちは思い思いの料理を指し示す。


「みんな決まった? ベル鳴らすわよ」


 シアは確認を取ると、テーブルに置かれたベルを揺らす。

 チリン、と涼やかなベルの音が鳴り響く。

 それほど間を置かずして、先ほどと同じ金髪の妖精の少女がやってきた。


「お待たせしました。ご注文をお伺いいたしますね」


 メモ帳を片手に少女が言う。


「オルレアの蜂蜜酒と、六角牛のサイコロステーキ。あと、大皿でサラダお願い」

「シア、早速飲むのね……」


 初っぱなからアルコールを頼むシアに、ララが思わず言う。

 彼女の隣ではミルが微妙な表情である。


「えと、ペシアハニーベリージュースと、スケイルフィッシュの蜜蒸しをお願いします」


 そんなミルが注文したのは、ジュースと魚を蒸した料理である。

 この店はよく訪れているのか、慣れた注文の仕方だった。


「じゃ、次私ね。ハニーウォーターとレイン豚のポークステーキと激辛チキンとフィッシュアンドチップス。あとこのミートオムレツも」

「よく食べるな……。あたしはハニーウォーターと、六角牛のフィレシチューを頼むよ」

「わたしはハニーミルクとこのシーフードピザと、あと牡蠣の網焼き! お願いしますっ」


 シアたちの後に続き、ララたちも各自の注文をウェイトレスの少女に伝える。

 少女はそれらを聞きながら、メモに書き連ねる。

 ロミの注文の最後までを書き終えた彼女は、さっと顔をあげた。


「当店ではお食事の際のパンは、固パン、白パン、ハニートーストが食べ放題になっています。最初は何をお持ちいたしましょうか」


 三種類、それも食べ放題という気前のいい店だ。

 五人は顔を見合わせると、すぐに頷く。

 代表して、ララが少女と目を合わせた。


「ハニートースト、五枚お願いできるかしら」

「承りました。それでは、しばらくお待ちくださいませ」


 少女は半透明の細い羽を奮わせ退室する。

 ララたちはテーブルを囲み、やってくる料理に思いを馳せるのであった。

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