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第百二十話「面倒なことになってきたわねぇ」

 ガモンと別れ、部屋を出たララは軽やかな足取りで長い廊下を歩く。

 そんな彼女にロミは不安そうに眉を寄せて身を寄せた。


「あの、ララさん。妙に自信ありげですけど、何か宛てはあるんでしょうか」

「ふふん。実はちょっとだけね。それを裏付けするためにも、蒼灯の灯台に行きたいんだけど」

「蒼灯の灯台、ですか?」

「シアが言ってた町の名所だったよな」


 ララの口から飛び出した意外な言葉に、イールとロミは顔を見合わせる。

 そんな彼女たちに構わず、ララはすぐ後ろを歩いていたミルに声を掛けた。


「ねえミル、蒼灯の灯台って灯台守の許可が無いと中は入れないんだっけ?」

「ふえっ!? は、はい。そうですね。灯台守さんが全面的に管理を任されているので」


 ぼうっと意識をどこかへ飛ばしていたミルは慌てて周囲を見渡し、ララの質問に答える。


「となると……。今日はちょっと遅いかしら」

「そうかもな。割と時間食っちまった」


 気が付けばもう夕方も良い時間である。

 今から押し掛けるのは流石に迷惑だろう。


「じゃ、明日の朝にでも行ってみましょうか」

「そうですね。なんだかんだとやることがあって、全然行けませんでしたから楽しみです」

「それじゃあ今日する事はもう終わりね。お腹空いてきちゃった」


 ララは両手を伸ばして大きく深呼吸すると、ぺこりと凹んだお腹をさすった。

 昼に食べたミオの料理も素晴らしく美味しいものだったが、彼女にとっては少し量が足りなかったようだ。


「夕飯か。何にするかね」


 一人の腹の虫が鳴いてしまえば、それは瞬く間に周囲へ伝播する。

 イールとロミも自分が食べたい物を探し始める。


「まだ決まってないなら、わたしのおすすめのお店を紹介しましょうか?」


 ミルが耳をピンと張ってそう提案した。

 彼女も地元で生まれ育った立派なアルトレットの住人である。

 行きつけの店の一つや二つはあるのだった。


「ほほう、ミルの行きつけのお店か。良いわね」

「あたしは腹一杯食べられればどこでもいいよ」

「いいですね。何の料理を出すお店なんですか?」


 ロミの質問に、ミルはにこにことした笑みで耳を揺らす。


「えへへ。それは着いてからのお楽しみ、ということで。店番してもらってるシアも連れて行きましょう」

「そうね。それじゃ塩の鱗亭に戻ろっか」


 そうして四人は煌びやかな宿を後にして、帰路に就いた。

 帰り際、ロビーに立っていたポレフに感謝を告げると、品のいい老紳士は魅力的な微笑みを以て謙遜した。




「というわけでシア、今からご飯食べに行くわよ」

「帰ってきたと思ったら突然ねぇ。結局この宿空けるけどいいの?」


 最早実家のような安心感さえ覚える小さな宿へ戻ってきたララは、扉を空けるのと同時にシアへそう宣言した。

 カウンターで退屈そうに頬杖をついていたシアは立ち上がりながら、ララの背後に立つミルに視線を向ける。


「今日はいいんです。どうせお客さん来ないし!」

「なんかはっちゃけてるわねぇ。どうしたの、何か疲れてる?」

「格の違いを見せられてちょっとだけ!」


 同じ宿泊業とはいえ、何もかもが桁違いな星の渚を目の当たりにしたミルは、若干自棄になっているようだった。

 シアは呆れたように笑みを浮かべると、素直に頷いた。


「分かった。付き合うわよ」

「やったー! 流石はシアねっ」


 そんなシアに、ミルは心底嬉しそうに抱きつく。

 まるで本当の姉妹かのような仲睦まじい様子を、ララたちは優しげな眼差しで見ていた。


「それで、どこに行くの?」


 宿を施錠し、町の中心地へと歩きながらシアがミルに尋ねる。


「『琥珀の匙』に行きたいなって思ってるの」

「あそこか。確かに良いわね」


 ミルの言った店の名前は、シアも知っているらしかった。

 彼女は納得したらしく、数度頷く。


「おいしいお店なの?」


 心当たりのない三人を代表して、ララが尋ねる。


「ええ。妖精がやってるお店で、結構人気なのよ」

「妖精が……。蜂蜜がでてきそうね」


 ララが思い浮かべたのは、昨日訪れ蜂蜜酒を購入した店の主、ミルトである。

 人間と比べるとかなり小柄、というより極小の種族だが、料理はどうなのかと好奇心が湧き出す。


「ま、行ってみれば分かるわ」


 ミルと同じようなことを言って、シアは笑った。


「ふぇっ!?」


 唐突にロミが奇声を発して立ち止まる。

 思わず四人の視線が彼女に集まる。


「す、すみません。突然ペンダントが震えて……。たぶんレイラ様です」


 赤面させたロミは俯きがちにそう言うと、少し彼女たちから離れてペンダントを胸元から引っ張り出す。

 確かに、遠話のペンダントが着信を知らせるために微振動していた。


「はい、ロミです。はい――」


 ロミはペンダントを耳に当て、頭を低くする。

 妙な既視感を感じつつ、ララはそんな彼女を見守った。

 会話は割合すぐに終わり、ロミは謝罪しながら戻ってきた。


「何だったの?」

「はい。先日シアさんに助けてもらった、例のウォーキングフィッシュの大群について調べてもらっていて、その結果が出たんです」

「ウォーキングフィッシュの大群? あれ、産卵期の現象でしょう?」


 シアは首を傾げ、疑問符を浮かべる。

 アルトレットでは珍しくない、例年この時期になると見られるウォーキングフィッシュの産卵の光景、というのが彼女の見解だった。


「けれど、わたしたちはウォーキングフィッシュのそんな生態は知らないんですよ」


 歩きながら、ロミがその件の不可解な点を挙げる。


「それに、ウォーキングフィッシュの大群はハギルの方角へ向かっていったにも関わらず、ハギルではそれが観測されていません」

「ハギルじゃそんな話、一切聞かなかったもんな」


 イールの合いの手にロミが頷く。

 内陸地にあり、ウォーキングフィッシュが唯一の魚類であるハギルでは、それなりに注目度も高い。

 そのためあのような大規模な群が見逃されるはずが無かった。


「そこでレイラ様――わたしの師匠に当たる方がハギルの神殿に掛け合って、調査してくれたんです」

「へぇ。あの大群、アルトレットじゃそこまで珍しいとは思わなかったんだけど」

「そこがまず不自然なんですよ。アルトレットでは見慣れた光景、だというのにその情報を神殿は得ていなかった」


 シアの主張が正しいのであれば、広く知られているはずのその生態は各所へ記録され、当然神殿でもその情報を得ることができる。

 しかし現実では、ロミやララ、イールはおろか、レイラすらその情報は得ていなかった。


「そして、ハギルの神官が現地に赴いて、調査をしてくれました。その結果は――」


 ロミは一度口を閉じ、シアを見る。


「確かに、夥しい数のウォーキングフィッシュが移動した跡が見つかったようです。ただ、それらは一定の場所で一気に崩れるようにして分散し、群としては崩壊したとのことです」

「群れが崩壊……? 何か、天敵に襲われたとか?」


 奇妙な調査結果に、ララが首を傾げる。

 ロミは首を横に振った。


「そうではなく、あくまで自発的に広範囲へと散開したようです。来た道を戻るもの、更に先へ進むもの。全方位へと拡散した跡を確認したと」

「なかなか面白い行動だな」

「……産卵、っていう訳ではなさそうね」


 淡々と事実だけを述べるロミの言葉に、シアは渋々といった様子だが認める。


「そういえば、ちょっと気になってたことがあったんだけど」


 そこへララが口を挟む。


「乾物屋のペケはさ、今年は数十年ぶりのウォーキングフィッシュ豊漁の年って言ってたよね」

「そういえば……。毎年っていうシアの意見とは食い違うな」


 不穏な空気がじわりとにじみ出す。

 夕暮れの空の暗さに、湿っぽい風が混じる。

 むっとした表情で、シアが口を開く。


「私、そこに関しては嘘ついてる気は無かったわよ」

「そうねぇ。確かに嘘ついてる感じはしないわ」


 彼女の言葉を、ララはあっさりと認める。

 そして彼女はそのまま、視線をミルの方へと動かした。


「それじゃ、ミルはどう思う?」


 ララの青い視線がミルを射抜く。

 ミルは唇をふるわせ、声を発した。


「あの……、わたし、ウォーキングフィッシュが産卵期っていうことも、豊漁だっていう噂も知りません」


 何か恐ろしいものを見たような、怯えきった表情を浮かべて彼女は言った。

 シアの目が見開かれる。


「なかなか、面倒なことになってきたわねぇ」


 草を撫で、冷たい海の風がララたちの髪を揺らす。

 町の果ての崖の上では、古びた背の高い灯台が、青い光を放っていた。

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