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剣と魔法とナノマシン~最強SFチート娘のファンタジー漫遊譚~  作者: ベニサンゴ
第三章【水辺の乙女と青い灯台】

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第百十九話「契約成立ね」

 星の渚の二階以上は、全て客室となっているようだった。

 煌びやかな一階のロビーとはまた異なり、照明の抑えられた静かな廊下に同じドアがいくつも並んでいる。


「ガモン様は、こちらのお部屋に宿泊されています」


 ララたちを先導していたポレフは、そう言って一枚のドアの前で立ち止まった。

 二階の廊下の突き当たりにある、角部屋である。


「失礼いたします」


 ポレフは四人が付いてきていることを確認すると、ドアを控えめにノックした。


「ポレフ殿と、御客人じゃな? 入りなさい」


 すぐに、部屋の中から嗄れた老人の声が返る。

 ポレフが音を立てることなく、ゆっくりとドアを開く。

 客室もまた、高級宿に相応しい広く開放的な空間である。

 絨毯の敷き詰められた床へと、ララたちは恐る恐る足を踏み入れる。


「ふむ。若いおなごがこのような枯れた爺に、何の用かの」


 部屋の奥、窓を背にした机から声が響く。

 革張りのソファに腰掛けているのは、異国の衣服を身に纏った白髪の老人だった。

 枯れた木のような肌だが、その四肢は生命力溢れる若木のように太くしっかりとしている。

 ゆったりとした一枚布の服の上からでも分かる、屈強な体つきだ。

 ララは一度生唾を飲み込むと、意を決して口を開いた。


「初めまして。今日は急な申し出を受けていただき、ありがとうございます」


 彼女の口から紡がれた淑やかな語調の言葉に、ガモンは浅く頷く。


「よい。儂はただ長く生きただけの老いぼれじゃ。斯様に肩肘を張る必要などない」

「……じゃあ、お言葉に甘えて。私はララ、こちらはイールとロミ、この子はこの宿まで案内してくれたミルよ」


 ララの言葉を聞きながら、ガモンは確かめるように一人一人の顔を確認していく。

 その間に、ポレフは気配を消して部屋から退出していた。


「ふむ。名前は分かった。ミオ殿の紹介にあったのは、そちらの三人じゃな?」

「ええ。とはいっても、話があるのは私だけなのだけど」

「ひとまず、そこに掛けなさい。立ってするような話ではあるまいて」

「ありがとう」


 ガモンは椅子から立ち上がると、机の前に置かれた応接セットの席へと移動した。

 それに倣い、四人もローテーブルを挟んで彼と対面する。

 間近に顔を併せてまざまざと見せつけられのは、彼の長い歴史が裏打ちする重厚な存在感だ。

 船乗りという男たちは皆屈強だが、彼はそれに輪をかけて力強い。


「ふはは。そう堅くならずともよいぞ」


 きゅっと口を一文字に閉じてしまった彼女たちを見て、老爺は朗らかな笑いをあげた。

 堅く冷たい空気が、少しだけ弛緩する。


「それで、ララ殿はどういった用件で来られた?」


 ガモンが単刀直入に切り出す。

 ララは緊張を霧散させ、口を開いた。


「率直に言えば、カミシロについて教えてほしいの」

「カミシロ。我が郷里か」


 優しげな黒い瞳が、ララを射抜く。

 彼女は取り乱すことなく頷いた。


「何故、カミシロの事が知りたい?」

「もしかすると、そこに私の知っている物があるかもしれないから」


 ガモンが奇妙な物を見るような目になる。

 首を傾げる彼に、ララは言葉を重ねる。


「私はカミシロに行ったことはない。けれど、カミシロには私のよく知る文化が根付いてる。刺身や寿司みたいな料理も、その着物も」


 ガモンの目がかすかに開く。

 彼が身に纏うゆったりとした一枚布の衣服。

 藍色に染められたその服の名前を知っていた物は、この大陸には皆無だった。


「ふむ……。なかなか面白い」


 ガモンは皺の寄った口角を上げる。


「ララ殿はカミシロの人間ではないが、カミシロの事をよく知っておられる」

「これは私の推論だけど、カミシロにその文化を伝えた存在を、私は恐らく知っているわ」

「ほう……。カミシロの歴史は長いぞ? 百年、二百年では効かぬ」


 挑発するようなガモンの言葉。

 ララの隣に座りロミはおろおろと二人の顔の間で視線をさまよわせていた。

 ミルはへにゃりと耳を倒し、今にも気を失いそうになっている。

 そんな彼女を、イールがさりげなく支えていた。


「そんなに浅い(・・)歴史なら、十分私の領域よ」

「なかなか、面白い」


 毅然とした態度で言い返すララに、ガモンは嬉しげに何度も頷く。

 彼も長い年月を生きてきて、それなりに様々な経験を経てきた。

 しかしこれほどまでに謎めいた少女を見るのは初めてであった。


「私は、カミシロに行きたいの。率直に言えば、交易船に乗せてくれないかしら?」

「無理じゃな」


 ララの依頼を、ガモンは逡巡することなく一瞬で切り捨てた。

 今までの優しげな雰囲気が吹き飛び、船を束ねる長としての顔になる。


「……どうしてかしら?」

「交易船はそれだけでも価値がある物じゃ。悪いが、お主等には信用がない」


 容赦なく浴びせられる拒否の言葉。

 ララは思わず奥歯を噛みしめた。

 カミシロまでの航路を知っているのは、交易船の長であるガモンだけである。

 彼の許しがなければ、彼女たちがその島へたどり着くのは不可能に近くなる。


「……どうやったら信頼してもらえるんだ?」


 唐突にイールが口を開いた。

 その問いかけは、ガモンの耳にしっかりと届く。

 好々爺然とした笑みが彼の顔に戻る。


「ふむ。そうじゃな……。儂が今行っている調査を手伝っておくれ。その貢献次第では、考えなくもない」

「調査、か。なかなか面白くなってきたじゃないか」


 ガモンを前にして余裕の様子のイールである。

 ララは突然前へ出てきた彼女に心象穏やかではなかった。


「ちょ、ちょっとイールっ!」

「なに、あの爺さんも悪い奴じゃないさ」

「じ、じいさっ!?」


 ずけずけと言葉を放つイールに、ララが顔を青くする。

 小声だが、この距離である。

 確実に本人へと届いている。


「ふはははっ! 中々剛毅な者じゃの」

「はえっ」


 しかし、ララの危惧とは裏腹に、ガモンは快活に笑う。

 その目に怒りの色は見えなかった。


「まあ、儂も堅苦しいのは嫌いでな。イール殿くらい砕けた方がやりやすい」

「そ、そう……」


 なおも肩を揺らす老人に、ララは毒気が抜かれたようで脱力する。


「それで、調査っていうのは具体的に言うとどういうものなんだ」

「ふむ。できるだけ他言無用で頼むぞ」

「ああ。分かった」


 声を潜めるガモン。

 イールとララ、ロミは前のめりになって彼の声を拾おうとする。

 プルプルと震える哀れなミルは、ぺたんと倒した長い耳を両手でぎゅっと押さえていた。


「カミシロでは昔から一定の周期で魔獣が活発化する、カムイという現象が起こる」

「魔獣の活発化……。どっかで聞いた話だな」


 興味深そうに笑みを深めるイールに、ガモンは頷いた。


「うむ。近年になって、カムイは範囲を広げ、ここアルトレットの近辺でも起こるようになった」

「ウォーキングフィッシュの大行進や、マリンリザードの凶暴化ですね」


 思い当たる節を、ロミが挙げる。

 それらは彼女たちが目の当たりにした如実な現象である。


「儂は今回の航海の際に、カムイ拡大の原因を探るという任を受けた」

「それを解明しない限り、カミシロには戻れないっていうことね」


 ガモンはララの言葉に頷く。


「もしその原因を解明できたならば、儂が責任を持ってお主等をカミシロへ連れて行こう」

「ありがとう。分かったわ」


 ガモンとララたちは居住まいを正す。

 話が終わったのを察したのか、ミルが恐る恐る瞼を上げた。


「それじゃあ、私達は私達で調査してみるわ」

「うむ。期待しておるよ」


 ララが立ち上がる。

 ガモンもそれに続いて立ち上がり、どちらとも無く手を差し出す。


「契約成立ね」


 背丈の差も大きい二人は堅く手を交わし、互いに深い笑みを浮かべた。

2018/09/26 大進行を大行進に変更しました。以後の文章にある同一の単語も同様に変更する予定ですが、万一修正漏れがあった場合は感想・メッセージなどで知らせていただけると幸いです。

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