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第百十八話「わたしは単純に疲れそうです」

 塩の鱗亭を発ったララたちは、ミルの先導で海岸沿いの道を歩く。

 観光客向けの露店が立ち並び、雑貨や軽食を販売している活気のある道だ。

 ここも、件のアルトレット観光地開発の一環で形成された一角なのだった。


「それで、星の渚はどういう宿なの?」


 歩きながらララはミルに尋ねる。

 彼女は白い耳をぴくりと動かした。


「最高級のお宿です。お部屋も広くて、接客も至れり尽くせりのところって聞いてます」

「ほう、最高級ね。その船長とやらはずいぶん羽振りがいいようだ」


 イールは瞳に期待の色を浮かべ、しきりに頷く。

 今回は別に客として訪れる訳ではないのだが、そのあたり分かっているのだろうかとララは一抹の不安を胸に抱く。


「塩の鱗亭はお値段も良心的で、客層は違いますよね」


 ロミが唇に手を当てて言う。

 確かに、ミルの切り盛りする塩の鱗亭は小規模で価格も良心的だ。

 食事などのサービスはないが、気ままな旅人たちには逆にそれが長所になっている面もある。


「星の渚を目指す方々にとっては、うちはまず眼中にすらありませんね」


 そのあたりはよく分かっているのか、ミルは特に何か感じさせることもなく素直に頷いた。


「そういう点では純粋な競合相手というわけではないので、安心です」


 結果的に見れば町にやってくる人々の数が増えるということになり、ミルも好意的に感じているようだった。

 どちらかといえば、もう一つ新たにできた宿の方が彼女は意識せざるを得ないのだが、それは今は関係のないことだ。


「ほら、あそこが星の渚ですよ」


 しばらく歩いた後、おもむろにミルが指を指す。

 それに従って三人が向けた視線の先には、アルトレットでは珍しい高層の立派な木造建築がそびえ立っていた。


「おお、キラキラしてる……。流石は最高級宿ね」

「四階、いや五階か。ずいぶんと背が高いな」

「フシフ様のレリーフも要所にありますね」


 口々に言葉を持らす三人を、ミルは言い切れない表情で見る。

 とはいえ彼女も初めてこの建物を見たときは絶句した。

 生まれてこの方一度も見たことの無いような五階立ての荘厳な建物である。

 一本丸ごとを使用した木の柱は、彼女の腕では抱えきれないほど太い。

 白い漆喰も美しく、薄闇の背景で眺めると、まるで光り輝いているようにすら見えた。

 昼下がりの今でさえその偉容は健在で、むしろ日の光を存分に浴びて彼女たちを見下ろしていた。


「周りは全部庭園になってるのね。すっごく広い……」


 宿の足下には、きめ細やかに剪定された庭があった。

 人工の小川のせせらぎが涼しげな音を届ける、清涼な雰囲気の広大な庭園である。

 丁寧に刈り揃えられた芝生の丘には、鮮やかな花々が咲き乱れている。


「あの庭石、宙に浮いてますよ」


 ロミが指さした先には、彼女の背丈ほどもある丸い巨岩がふよふよと宙に浮いている光景があった。

 新緑の苔むした岩は、何の支えも無くただそこに浮いている。


「ありゃ浮遊石だな。辺境では採れない貴重な石だ」


 解説してくれたのは、博学なイールである。

 それは内部に魔力をため込み、浮力を得た天然の石だと言う。

 自重との釣り合いによって一定の高さに浮かぶその石は、見る者を魅了する。


「ハサミを担いでいるのは妖精よね?」


 イールは草葉の陰に潜むようにして巨大なハサミを掲げる妖精たちを見つける。

 庭園内に散らばる彼らは、揃いのツナギを着て木々の剪定を行っていた。


「妖精族だな。近くに里もあるって言っていたし、出稼ぎだろうな」

「妖精族のみなさんは植物の扱いにもなれているので、優秀な庭師なんです」


 妖精の事に詳しいミルが補足する。

 とはいえ、これだけ広大で美しい庭を管理するというのは、生半可な技術ではできないだろう。

 敷地に足を踏み入れる前から、四人は星の渚の圧倒的な格の違いを実感していた。


「こんな宿に泊まったら、今日の稼ぎも一晩でなくなりそうだな」


 予想を越える美しい光景に、イールがたじろぐ。

 確かに、下手に迷い込んで泊まろうものなら目も眩むような金額が請求されるだろう。


「こんな機会でもなければ、一生縁のない場所でしたね」


 少し震えたロミの言葉に、二人は神妙な面もちで同意した。


「それでは、おじゃましましょうか」


 ミルが先を歩き、ぐるりと敷地を囲う鉄柵に穿たれた壮美な門を潜る。

 それに連なるようにして、三人もまた恐る恐る足を踏み入れた。

 門から続くのは、青い芝生を割る赤い煉瓦の道である。

 滑らかに揃えられた道はなだらかな弧を描いて宿へと繋がっていた。


「いざ目の前に立つと大きさがよく分かるわね」


 首の後ろが痛くなるような高さの建物の直前までやってきて、ララがしみじみと言う。

 大きな影を落とす建物である。

 正面に構えた玄関口もまた、相応に豪華絢爛な作りである。

 魚と水の司神フシフを模した鱗を持つ女性の彫像が柱には彫られ、扉には海を表す青い硝子がはめ込まれている。


「いらっしゃいませ。ようこそ、星の渚へ」


 四人が中々扉を開けられずにいると、老年の紳士が品の良い足運びで現れた。

 黒いスーツのような制服に細身を包み、まっすぐに背筋の伸びた男だ。


「こんにちは。えっと、あなたは……」

「こちらの接客係を束ねさせて頂いております、ポレフと申します」


 以後お見知り置きを、とポレフはすらりと一礼する。

 彼に案内されるまま、四人は星の渚のロビーへと入る。


「ふわぁ、すごい……」


 高い天井には、眩い光を放つシャンデリア。

 床には深く沈み込む毛足の長い深紅の絨毯が敷き詰められている。

 滑らかに磨き上げられた石のカウンターには、ポレフと同じデザインの制服を纏った受付の女性が控えている。

 ロビーには柔らかなソファも備えられており、そこでは身なりの良い宿泊客たちが談笑に興じていた。


「別世界みたいです……」


 ミルも内部を見るのは初めてだったのだろう。

 緊張に耳をしおらせて、涙目になりながらあたりを見回している。


「それで、本日はどういったご用件でしょうか?」


 ポレフは四人へ振り返り尋ねる。

 流石に、ただの宿泊希望の客とは判断しかねたようだった。


「実はここに泊まってる人に会いに来たの。カミシロからの交易船の船長で、名前はえーっと……」


 ララが事情を説明しながら、懐に仕舞ったメモを取り出す。


「そうそう。ガモンさんって言う人なんだけど」

「ふむ。ガモン様ですか」


 ポレフはメモを受け取り、名前を確認する。

 心当たりはあるようで、彼は一度カウンターへ戻って名簿を持ってきた。


「確かにこちらで宿泊されています。お呼びいたしましょうか?」

「助かるわ」


 ポレフは頷くと、四人に近くのソファで休むように促す。

 彼女たちがそれに従って向かうのと同時に、彼はカウンターに控えていた部下の一人に声を掛けた。


「なんだかすっごく緊張したわ……」


 ポレフと言葉を交わしたララが、どっと疲れたように言う。

 そんな彼女を慰めるのは、後ろで静かにしていた三人である。


「確かになぁ。まず中に入ったときから場の空気が違ったよ」

「神殿にも似た雰囲気ですよね。荘厳というか、なんというか」

「うちではあり得ない物ばかりです……」


 まるで異世界にでも迷い込んでしまったかのような、そんな錯覚さえ覚える。

 見聞を広げるという意味では、良い体験になったとララは思った。


「これは流石に、塩の鱗亭とはまるっきり方向性が違うわね」

「はい……。だからこそ好敵手というよりは良き同業者として感じているんです。お金持ちの方々がアルトレットへ来ることによって、多くの方にこの町の存在が知られるようになったことは確かですから」


 ララの言葉に、ミルは頷きながら言う。

 これだけ客層が違うとなれば、そもそも客の奪い合いにも発展しない。

 むしろメリットだけが残る状況である。


「しかし見れば見るほど良い宿だ。ガモンとかいう船長もうらやましいもんだ」

「そうでしょうか……。わたしは単純に疲れそうです」


 ロビーを見渡してうっとりとして言うイールと、対照的な反応のロミ。

 ララとしては、ロミ寄りの意見である。

 根が庶民的な彼女には、あまり合いそうな環境ではなかった。


「皆様、お待たせしました」


 ララたちがしばらく談笑に花を咲かせていると、ポレフが足音無くやってきた。


「ガモン様にメモをお見せしたところ、お部屋で話したいとのことでした」

「良かった。すごく助かるわ」


 ミオの紹介文が効いたのか、ガモンには話が通じたようだった。

 ひとまずの壁を乗り越え、ララはほっと胸をなで下ろす。


「そういうわけですので、ガモン様のお部屋まで案内させていただきます」

「ありがとう。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる一同に、ポレフは恐縮して手を振る。

 そうして、彼を先頭にしてララたちは星の渚の上階へと登っていった。

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