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第百十六話「うええ、そんなに?」

「はふぅ……。とってもおいしかったです!」


 ふんわりと柔らかい玉子の寿司を食べ終え、ロミがうっとりとした表情で言う。

 彼女の前に供された寿司は全てお腹の中に収まり、彼女は満足そうにさすっている。


「お粗末様でした。どうですか? 生のお魚は」


 よく手入れされた細い刃の包丁を布で拭きながらミオが尋ねる。


「はい! とってもおいしかったです。焼き魚や煮魚も好きですが、同じくらいお寿司も好きです」


 彼女の率直な感想を聞いて、ミオはふっと目を細めた。


「そう言って頂けると嬉しいです。――イールさんはどうでしたか?」

「ん? ああ、おいしかったよ。あたしは生のよりも炙ってある寿司の方が好みだったけどね」

「そうですか! 炙りやタレは、こちらの方の味覚に合わせた物なんですよ」


 イールはロミよりも一足先に食べ終え、温かいお茶を飲んでいた。

 これもまたカミシロで一般的に飲まれている緑茶である。

 そんな彼女の声を聞いて、ミオは嬉しそうに手を合わせる。


「えっと、ララさんはどうでしたか?」


 そうして最後に、ミオは控えめな声でララへと呼びかける。

 彼女も寿司は食べ終え、湯気の立つ湯飲みを両手で包み込むようにして抱えていた。

 ぼうっと呆けていた彼女は、ミオの言葉にはっと正気を取り戻す。


「ふえっ!? あ、ああ、おいしかったよ! ミオってすごい料理人なのね」

「えへへ。一応、カミシロでは名の通ったお店でずっと修行させて頂いていたんです」

「へぇ、カミシロだとそういうのが一般的なの?」

「はい。大体五歳から七歳くらいになるとお店に弟子入りして技術と経験を積むんです」


 カミシロで古くから続く弟子入りの風習を、ミオは語る。

 いわゆる丁稚奉公という奴だろうか、ララは連想した。


「そういう風習なら、こっちにもあるけどな」

「そうなんですか?」


 ミオの言葉に、イールが割り込んでくる。


「ああ。全員がやる訳じゃないが、商人になりたかったらそういうことするぞ」

「神殿の神官になるときも同じ様な段階を踏みますね」

「へぇ。どこの世界も同じ様なことしてるのね」


 二人の説明に、ララは驚嘆の声を上げる。

 たしかに教育環境などがあまり発達していないこの世界なら、そういう制度は非常に合理的なのだろう。

 ララのように学習マシンを用いて数秒で無限の知識を得られるわけでもなく、義務教育のような環境も育っていないのだ。


「ララさん、何か考え事でもしていましたか?」


 ロミが心配そうに眉を寄せてララの顔をのぞき込む。

 ララは少し唸った後、言葉を切り出す。


「ちょっとカミシロにちょっと興味が湧いて来ちゃって」

「そういうことですか。確かに、ララさんは何か知っていそうですもんね」


 ララの言葉に、ロミは納得したように頷く。

 彼女も、ララとミオの会話の中である程度は察していたようだった。

 それはイールも同じらしく、ララがふと彼女の琥珀の瞳を見ると、かすかに頷いた。


「お待たせしました。こちら、蒲鉾と白身魚の茶碗蒸しと、雑魚揚げです」


 そんな三人の前に、ミオが可愛らしい茶碗蒸しを三つと大皿に盛られた小魚の揚げ物を置いた。


「おお! 茶碗蒸しだ!」

「やっぱりご存じですか?」

「ええ。食べたことはないけれど、すごく興味あったの」


 言うが早いがララは自分の前に置かれた茶碗を手に取る。

 じんわりと熱いそれにふんわりと手を添え、蓋を開け放つ。


「んん〜、いい匂いですね」


 湯気とともに立ち上るのは、よく香る海の出汁の匂いである。


「アルトレットで釣れるお魚や、それを使った乾物は質が良いので。いいお出汁が出るんですよ」

「乾物かぁ。ペケのとこで買った奴おいしかったわね」


 ララが思い出すのは、先日立ち寄った乾物屋の青年である。

 確かにあそこで購入した乾物はどれもよい味が出て、酒が進んだ。


「こっちの雑魚揚げっていうのは?」


 イールが興味を示したのは、小振りなザルに盛られた小魚の揚げ物である。

 黄金色の衣を纏ったそれらの一つ一つは小さいが、数匹纏めて揚げられているため一口で食べられそうな大きさではない。


「まあ名前の通りと言ってしまえばそれまでなのですが。小魚を纏めて、天ぷらにしました」

「テンプラ……。これもカミシロの料理なんだね」

「そうですね。こちらのフライとはまた違ったサクサクとしたお料理になっています」


 だんだんと勝手の分かってきたイールに、ミオもまた頷く。

 ララとロミはまず茶碗蒸しに手を伸ばし、イールは雑魚揚げを選んだ。


「うん、やっぱりおいしいわね。卵の優しい味がする」

「中にある白身魚も、ほくほくしてておいしいですね」


 ぷるんと揺れる茶碗蒸しを木匙で掬い、二人はそろって声を漏らす。


「雑魚揚げも上手いぞ。確かにフライとはちょっと違うが」

「そちらもおいしそうですね。ちょっと失礼して……」


 ポリポリと雑魚揚げを摘みつつ、イールが言う。

 小さめの魚を丸ごと揚げた大ざっぱと言えば大ざっぱな料理だが、適度に纏われた衣は口当たりよく、そこに込められたミオの技が垣間見える。

 適度な塩加減とサクサクとした食感は妙に合い、ついつい次へと手が伸びてしまう。


「うーん、カミシロの料理っていうのもなかなか旨いもんだな」


 雑魚揚げに伸びる手が止まらない様子で、イールがこぼす。

 ロミもまた茶碗蒸しを食べながら、それに同意した。

 カミシロの料理が物珍しいというのもあるが、ミカによるこちらの人の舌に合わせた味の調整が上手く噛み合っていることも大きかった。


「港に交易船が泊まってるんだったよな?」


 イールがミオに、そんなことを尋ねる。


「はい。そこの船長さんとはそれなりに面識もあるので、紹介くらいならできますよ」


 彼女の返答に、イールは満足げに頷いた。

 そうしておもむろにララの方を見る。


「どうせこの後は特に予定はないし、ちょっと行ってみるか?」

「いいの!?」


 思わぬ彼女の提案に、ララは驚く。

 イールは呆れたように苦笑して、言う。


「そんだけ顔に行きたいって書いてあったらな」

「うええ、そんなに?」

「ですねえ。基本的にララさんって考えが表情に出ますし」


 ロミも乗っかり、ララは自分の頬をむにむにと摘む。


「そう言うわけでミオ。良ければ紹介してくれないか?」

「もちろん。紙に書いておきますから、まずはお食事をゆっくり楽しんでくださいね」

「ありがとう……。さて、それじゃあ食べましょうか」


 少しばつの悪そうな顔で、ララが前髪をいじる。

 そうして、彼女は食べかけの茶碗蒸しに向き直った。

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