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第百十五話「ともかく問題は味ね。いただきます!」

 ララたちは店主の女性に促されるまま、カウンターに並んだ席につく。

 白い衣服――割烹着で身を包んだ店主は彼女たちに微笑みかけた。


「お客様は、初めてですね?」

「ええ。港の端の貸し釣具屋でここのことを聞いてやってきたの」

「エドワードさんですか。確かに以前いらっしゃいましたね」


 ララの言葉に、店主はさらりとエドワードの名前を口にする。


「まさか、ここに来たお客さんの名前全部覚えてるの!?」


 驚いて目を見開くララに、彼女はこともなげに頷いた。


「少し記憶力には自信があるんです」


 全てを包み込み溶かすような笑みに、ララは毒気を抜かれる。


「私はララ。こっちはイールで、こっちはロミ。三人で旅してるの」

「女性三人で旅とはまた、珍しいですね」

「よく言われるわ」


 定番となったやり取りを経て、店主が改めて三人の顔を見渡す。


「私はミオと申します。こちらの大陸とは別の、カミシロという小さな島の出身です」

「ミオ……、澪かな。カミシロは、神代かしら」


 ミオの名前、出身地。

 それらは共にイールやロミではなく、ララにこそ耳慣れた言葉だった。

 偶然か、何か縁があるのか、ララは眉間にしわを寄せて思考を巡らせる。

 そんな彼女が無意識にこぼした言葉に、ミオは大きく反応を示す。


「ララさんは、私の島をご存じなんですか?」

「いや、知らないわ。見たことも聞いたこともない。存在だって、今知ったところ」

「でも、何か引っかかっている様子です」

「ちょっとね。……ううん、ちょっと気になっちゃっただけ。昔本で読んだのかも」


 身を寄せて顔を近づけるミオに、ララは曖昧な笑みではぐらかす。

 一度はそのカミシロという島に訪れねばなるまい。

 しかし今はその時ではないと、彼女は思考を完結させた。


「それよりも、この店は生の魚を出してくれるって聞いたんだけど、本当かしら?」


 もうお腹ぺこぺこなの、とララは話題を変えて平らな腹部をさする。


「あたしもちょっと興味あるんだ」

「わたしも食べたことないので、挑戦してみたいんです」


 話題をそらそうとするララの意志を感じ取ったのか、イールとロミもその言葉に乗る。

 ミオは一瞬だけ呆けたように口をあけていたが、すぐに気を取り直してまた柔らかな笑みを取り戻した。


「はい。もともとカミシロでは、生でお魚を食す文化がありまして、そのおいしさを広めようと私もここでお店を開いたんです」

「お寿司とか海鮮丼とか食べたかったけど……。お刺身ってあるのかしら」

「お寿司……、海鮮丼……、お刺身……?」


 ララの期待に満ちた言葉。

 それをミオは怪訝な顔で反芻する。

 やべっとララは表情を堅くした。

 隣でイールとロミが額に手を当てた。


「やっぱりララさん、カミシロのことを――」

「もしかしてお寿司も海鮮丼もあるの!? やったー!」


 ミオの言葉を遮り、ララがやけくそ気味に喜ぶ。

 納得のいかなさそうな店主だったが、これでは埒が開かないと悟ったらしい。

 渋々といった様子だが引き下がり、カウンターの下から小さな桶を取り出した。


「カミシロから運んできたコメという植物です」

「やっぱり……」


 それは紛れもなく、ララの知る米――それを加工した白米だった。

 カミシロという国には、彼女との接点がある。

 正確にいえば、彼女がこよなく愛す古代の文化が根付いている。

 ララはミオの掲げる木桶の中を見て、そう確信した。


「なあララ、随分深刻そうな顔だが大丈夫か?」


 イールがいつもと調子の違うララを心配して声をかける。

 それに彼女は首を振り、努めて明るい笑顔を浮かべた。


「大丈夫よ。うん、大丈夫」


 そうして彼女は怪訝な表情のミオに向き直る。


「私、昔カミシロについて書かれた本を読んだことがあるの」

「カミシロについて書かれた本、ですか……。私達の人間がこちらへ漂流した最初の記録は二十年と少し前のことです。ララさんはこちらの町の方ではありませんよね」

「ええ。だから私もびっくりしたわ。もしかしたらあなたたちの知るより前にこちらへやってきたカミシロの人がいるもかもしれないわね」


 ひとまずはこんなところだろう。

 若干苦しいかもしれないが、ここがぎりぎりのラインだとララは感じていた。

 案の定ミオはいまいち信じ切れていない顔をしていたが、それ以外に色濃い理由を見つけることはできなかったのだろう。

 小さくため息を付くとそれで納得してくれた。


「私、その本で出てきたお寿司や海鮮丼を一度食べて見たかったの」

「そうですか。――それでは、季節の魚のお寿司を握りますね」


 ミオは表情を切り替え、料理人のものになる。

 ようやく昼食にありつけそうだとイールが胸をなで下ろした。

 彼女はこの辺境の地へ一人でやってきて店を開いたのだと、握りながら語った。


「カミシロからこちらの港には年に一回だけ、交易の船団がやってくるんです」


 その時に船団はありったけの醤油と米を運んでくる。

 次第に市民権を得始めた醤油は町で広く売られるが、微妙に複雑な工程を踏まねば食べられない米はそのほとんどをミオが買い取っているのだという。


「とは言ってもほとんどは自分で食べてしまうんですけどね。お店でも出すことはあるんですが、みなさんやっぱり麦やパンの方がお口に合うらしくて」

「まあ、食べ慣れてるのはそっちよねぇ」


 これまでの食事を振り返り、ララは同意する。

 ギルドの食堂でも町中のレストランでも、パンや麦粥が一般的な主食の地位を占めていた。

 だからこそ、ここで米を食べられることに少なからず感動を覚えているのだった。


「だから、ララさんがお米のことをご存じで驚きました」


 ミオとしても初めてのことだったのだろう。

 まさか客の方から米について尋ねられるとは思わなかったと彼女は語る。


「晴天の霹靂っていうやつね」

「ララさん、カミシロの言葉にもお詳しいんですね」

「そ、そうね! 本で読んだから!」


 イールの冷めた視線がララに突き刺さる。

 これは店を出た後が怖い。


「お待たせしました。季節の五貫盛りです」


 三人の前に、艶やかな寿司が並べられる。

 白身魚、赤身魚、玉子。

 こちらの味覚に合わせるためか、炙ったり手製のソースを掛けた物も並ぶ。

 初めて目にする色鮮やかなその料理に、イールとロミが感嘆の声を上げた。


「ほう、これが寿司か。おいしそうだ」

「可愛らしい食べ物ですねぇ。レイラ様にも教えて上げたいです」


 口々に感想を漏らす二人に、ミオは嬉しそうに相貌を崩す。


「そう言って頂けて嬉しいです。今までも何度かお出ししたことはあるんですが……」

「やっぱり、魚の生食は抵抗ある人の方が多いわよね」

「はい。どうしても、文化の違いですね」


 味には絶対の自信があるのですが、とミオは悲しげに言う。


「まあ、心の準備ができてるとそこまで驚かないな」

「ララさんから事前に聞いていましたしね」

「そういうものかしら」


 あっけらかんと言うイールとロミに、ララが首を傾げる。

 予想の外から飛び込んでくるから拒否感が前面に出てしまうのだろうか。


「ともかく問題は味ね。いただきます!」


 小難しいことを考えるのはやめにして、ララは寿司を口に放り込む。

 最初に選んだのは、透き通った白身の魚である。

 それに小皿の醤油を少し付けて食べる。


「もぐもぐ……。うん! おいしいわね」


 キラリと目を輝かせ、満足げに頷く。

 懐かしい味が、口の中に広がった。

 見た目どおりにすっきりとした甘みの魚だ。

 それが適度な酢飯と絡まって、より味に深みを増している。


「お口に合いましたか?」

「ええ。とっても! 流石ね」


 そんな彼女の様子を見て、イールとロミも手を伸ばす。

 そして二人もまた、未体験の味に頬を緩めた。


「生だから、初めての食感だな。溶けるみたいだ」

「おいしいですね。このお米も好きな味です」


 慣れない料理も、味さえ知れば怖くもなくなる。

 二人はララも驚くスピードで次へと手を伸ばす。

 なにはともあれ二人の舌にも合ったようで、彼女は密かに胸をなで下ろした。


「カミシロ、か」


 二貫目に舌鼓を打ちつつも、ララはぼんやりと考える。

 彼女の知らない、彼女の良く知る文化の根付いた島。


「気になるのなら、年に一度の交易船を見て行かれてはどうでしょう?」


 そんな彼女に気づいて、ミオがそう提案する。

 きょとんと首を傾げ、ララは尋ねる。


「年に一度なんでしょう? 私達も旅の身だし……」

「ええっと、今ちょうどこちらに寄港していたと思いますが」

「そうなの!?」


 驚くララに、ミオは頷く。


「大きな帆船です。帆が三枚の」


 その言葉にララは記憶を掘り返す。

 港に停泊する立派な帆船を、確かに彼女は見ていた。


「あれ……カミシロの交易船だったの!?」


 ララの驚きの声に、ミオは柔らかな笑みで頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魚の刺身は無いが貝の刺身はある世界か。
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