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第百九話「来ますって何が――」

 砂浜に底を擦らせて船首を陸に上げた船から、ララたちは飛び降りる。

 そこへエドワードが感心した様子で近づいてきた。


「随分と飲み込みが早いな。ほんとに初めて船に乗るのか?」

「あたし以外は初めてみたいだな。といっても、あたしも櫂を持つのは初めてだけど」

「とてもそうは思えんが、たいしたもんだ。これだけ操れればマリンリザード漁もできるだろ」


 エドワードはそう言うと、一人でうんうんと頷く。

 彼は懐から折り畳んだ紙を取り出して、それを広げる。

 緩やかに弧を描く曲線が走り、濃淡の違う青と緑で色づけされたそれは、アルトレット沿岸の海を示した海図だった。


「これ、この辺りの地図よね?」


 それをのぞき込み、ララが言う。


「地図じゃなくてどっちかというと海図だ。まあ陸地もある程度書き込んでるから地図でもいいのか? まあ、それはどうでもいい」


 本題はこっちだ、とエドワードは地図の一点を指さす。

 薄い青色の塗られた箇所だ。

 彼女たちが今立っている場所からもほど近い。


「ここがマリンリザードの生息地?」

「そういうことだ。青の濃淡はその地点の水位を示してる。そんでもって、マリンリザードは浅瀬を好むんだ」


 そこは比較的浅く平らな海底の広がる地点で、マリンリザード以外にも多種多様な水棲魔獣が跋扈している場所だった。

 そのことを念押ししながら、エドワードは海図をララに託す。


「今教えた場所が一番行きやすくて帰りやすくて、漁がしやすい場所だ。他にもっと効率のいい場所はあるが、船乗り初心者が行くような場所じゃねえ」

「その道の人の忠告はちゃんと聞くわ。他の場所には行かない」

「それが賢明だな」


 素直に頷くララに、エドワードも満足げに言う。

 海に関して言えば彼女たちよりもエドワードの方が一日の長がある。

 彼の助言には素直に従うべきだというのが、ララ含め三人の総意だった。


「昼過ぎにはどれだけ釣れても釣れなくても戻ってこい。暗くなってからだと発煙筒も見えないし、危険が跳ね上がるからな」

「分かったわ。注意しとく」


 その他にも諸々の細かい注意を挙げ、そのたびにララたちはしっかりと頷く。

 ロミなどはいつの間にかメモを用意してそこに書き連ねている。


「――とまあこんなもんか。それじゃあ良い漁を期待してるぜ」


 最後にそう締めくくり、エドワードは細い目をさらに細める。


「ありがとう。色々教えてくれて助かったわ」

「何、それが仕事だからな」


 お礼を言うララに、エドワードは少し擽ったそうにして答えた。

 彼が見送る前でララたちは再度船に乗り込み、オールを握る。


「それじゃ、出発しますね。抜錨! よーそろー!」

「よーそろー!」


 堂に入ってきたロミの号令に従い、錨を抜き、櫂で海を切り込む。

 竜骨は海面を割るようにして滑り出し、白い波を立ててゆっくりと進む。


「いってきまーす!」

「おー、気をつけろよー」


 砂浜から手を振るエドワードに声を掛け、ララは櫂を動かす。

 イールと彼女の息のあった動きによって、船はどんどんと速度を増していく。


「進路、少し右に。一直線に目指しましょう!」


 海図を片手にロミが言う。

 水平線に向かって船が走る。

 ロミは海図の読み方などは知らなかったが、先ほどエドワードに教えられた方法で現在地を特定していく。


「えーっと、蒼灯の灯台があそこで、港の埠頭があそこだから……」


 アルトレットに幾つか散在する目印になる建造物を見ながら、ロミは唸る。

 海図と共に携えたメモにはそれぞれの建物が重なって見える地点が書かれている。


「そろそろ左へ。えっと取舵いっぱいです!」

「いえっさー」

「いえっさーってどういう意味だ?」


 広い海の真ん中を、きらきらと光る波を切り裂きながら進む。

 時折頭上を飛ぶ海鳥が小さく鳴き声をあげる。

 岸から離れすぎず、近すぎず、一定の距離を保ちながら沿うようにして船は走る。

 近づきすぎれば浅瀬に船底を擦り、最悪破損させてしまう。

 離れすぎれば離岸流に乗って遠洋へと流され帰れなくなる。

 一定の緊張感を持ちながら、それでも少し和やかな雰囲気のまま、船は走る。


「そろそろ、ですかね」


 周囲の景色を確認しながら、ロミが言う。


「この辺りがマリンリザードのいる海域?」

「そのはずです。と言ってもあんまり自信ないですけど」


 首を傾げるララに、ロミが苦笑気味に返す。

 この三人の中に海の表情を見ることの出来る者はいないだけに、いまいち確信は持てなかった。


「ちょっと覗いてみましょうか」


 そう言ってララがオールを動かす手を止める。

 船の縁から顔を突き出し、海面を睨む。


「むぅ……。ぜんぜん分かんない」


 しかし濃い青緑の海は濁り、底を見ることは出来ない。

 浅瀬とは言っても、ララが二人くらいならば余裕で収まる程度には深さがあるようだった。


「もう少し岸の方へ行きましょうか」

「そうするか」


 ロミの判断で、また船は進む。

 先ほどよりも岸に近い地点でまた止まり、ララが海面を睨む。


「むむむ……」

「なあララ、ナノマシン使った方が早くないか?」


 暇そうに釣り竿を握るイールがララに言う。


「確かにその方が手っ取り早いけど、エネルギーは出来る限り温存しておきたいしなぁ」


 ララは眉を寄せて答える。

 イールが釣り上げたマリンリザードは、彼女の電撃によって動きを止める算段になっている。

 少しでも多く釣果を挙げるためには、極力エネルギー消費を控えてそちらに回したかった。


「それもそうか……」

「それに、ぶっちゃけこういうのでナノマシン使うのはおもしろくない」

「おま、狩りにおもしろさ求めるのか……」

「狩りだろうが漁だろうが仕事だろうが、全部人生よ。人生面白くてなんぼでしょ」


 呆れた様子のイールに、ララは胸を張って答える。

 目覚めた当初こそ何の躊躇いもなくナノマシンの恩恵を存分にあやかっていたが、今はそれほど必要に迫られている訳ではない。

 その為彼女も普段は必要最低限の自衛用または生命維持用の機能以外は使用していない。

 彼女にも、彼女なりの仁義、矜持、美学といったものがあるようだった。


「とはいえこうも何も見えないとどうしようもないわね」

「そうだ。そこの道具箱の中に何か入ってませんか?」


 ロミが指さしたのは、船に備え付けられた箱である。

 中にはロープや発煙筒などの備品が納められていると、エドワードが言っていたものだ。


「ふむふむ……。お、これなんか使えそうじゃないか」


 箱の蓋を上げて中を改めたイールが、嬉しげに声を上げる。

 彼女が持っていたのは、ガラスのレンズが填められた筒だった。


「水中眼鏡みたいなものかな? それなら海中も見えそう!」

「あたしが腰を持っといてやるから、ちょっと見てくれ」


 イールから筒を受け取り、ララは早速身を乗り出す。

 落ちないようにイールが腰を抱きしめ、ララは筒の先を海に沈めた。


「おおー! 見える、見えるわ! 綺麗な海底よ!」


 途端にララは黄色い歓声を上げる。

 彼女たちの足下に広がっていたのは、広く澄んだ水の世界だった。

 ごつごつとした岩の海底は、予想よりもすぐ近くにある。

 ゆらゆらと淡い緑色の海草類が水流に身を任せ、その根本には半透明の稚魚たちが身を隠している。

 ララの手のひらや顔ほどの大きさの魚たちは悠々と我が物顔で泳ぎ、岩陰にはひっそりと可愛らしい貝が潜んでいる。

 生命の光あふれる宝物庫のような絶景が、そこにはあった。


「すごいすごい! とっても綺麗よ!」


 興奮気味のララはイールに引き上げて貰うと、顔を上気させてまくし立てる。

 ロミなどは早口の彼女に若干怯えているようだった。


「ほら、ロミも見てみたら? すっごく綺麗よ」


 そう言ってララは円筒をロミに手渡す。


「うう。じゃ、じゃあちょっとだけ……」

「それじゃ、腰掴むぞ」


 少し後込みしながらも、ロミは頷く。

 彼女は長い金髪を軽く紐で一束に纏め、イールにしっかりと腰を掴んで貰う。


「い、いきます!」


 緊張しながらもロミは意を決して水面に顔を近づける。

 一瞬の静寂。

 次の瞬間、ロミの背中が震える。


「――ッ!!!!」


 尋常ではない事態に、イールは慌てて彼女の体を引き上げる。


「ぷはっ! い、イールさん準備を!」


 息を止めていたロミは船の床を転がりながら叫ぶ。


「ど、どうしたの!?」

「目が合いました! 来ます!」

「ちっ――」


 イールは反射的に腰の剣を引き抜く。

 気が動転した様子でロミは口をふるわせる。


「来ますって何が――」


 水飛沫が上がる。

 薄い影が船の床に落ちる。

 全てがスローモーションになった世界で、ララは背後を振り返る。

 濃緑の鱗に覆われた流線型の体。

 ぴったりと体側に沿った四肢の先には水掻きが見える。

 長い顎には鋭い牙が並び、それらは全て彼女の頭を狙っていた。


「マリンリザード!?」

「ララッ!」


 咄嗟にララは手を伸ばす。

 イールが剣を構えるが、不安定に揺れる船上では上手く動くことが出来ない。

 ララの手がマリンリザードの大きく開かれた顎に飲み込まれ――


「『電撃(ショックボルト)』!!!」


 白い閃光が水上に広がった。


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