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第百七話「あたしちょっとまずいことしたか?」

「当然といえば当然だが、マリンリザードも釣り上げられようとしたら死ぬ気で抵抗してくる」


 エドワードは竿の前をゆっくりと歩きながら口を開く。

 その道の専門家らしい、確信を持った言葉に、三人もまた真剣な表情になる。


「基本的には、竿を使って釣り上げて、すぐに息の根を絶つ。これだけだ」

「言うだけなら簡単だな」


 イールのつっこみに、エドワードは鼻を鳴らす。


「そう。言うだけなら至極簡単だ。それこそ子供でもできるかもな。ただまあ、さっき言ったように、マリンリザードも自分の命の瀬戸際だからそれはもう全ての力を出して抵抗する。子供くらいの背丈はあるし、鱗は硬いし、鋭い牙も硬い鰭もあるからな。ちょっと掠っても切れるし最悪折れる」

「なかなか大変そうね。そうなると何かしらで押さえつけるか、動きを止める必要があるのね」

「そういうことだ。だから、釣る役と動きを押さえる役と、止めを刺す役に分かれた方がいい。丁度三人いるから一人ずつだな」


 まずはそれを決めよう、とエドワードが言う。

 それを受けて三人は顔を見合わせる。

 一番最初に手を挙げたのは、自信満々のイールだ。


「あたしは力だけはあるつもりだからな。釣り役は任せろ」

「そうねぇ。イールは釣りか止めだけど、釣りは私には出来なさそうだし」

「わ、わたしもそんなに力があるわけじゃないですからね……」


 そういうわけで、最初に決まったのはイールが釣り役ということだった。

 ララは顔を上げると少し離れたところでぼうっと欠伸を漏らしながら立っていたエドワードに尋ねる。


「ねえエドワード、マリンリザードの動きを止めるにはどうしたらいいの?」

「そうだな。単純に腕力で押さえるって手もあるが……」

「私たちみたいなか弱い乙女にそんなことできるとでも?」

「あんたらはともかく赤髪のでかい姉さんなら――」

「なんかいったか?」

「なんでもねえですよ」


 いつもより低い、地を揺らすような声にエドワードは小さく悲鳴を上げて手を振った。


「まあ、力ずくなんて並の人間にはできねぇよ。鬼人か巨人か竜人くらいなら出来るかもしれんが」

「それ以外の方法だとどうなるの?」

「そうだな、一般的なのは雷撃の魔法や魔導具を使って気絶させる方法だ。一瞬で終わるし、上手くいきゃそれで止めまでいける」

「雷撃の……。つまりは電気ショック、スタンガンなら出来るわね」


 エドワードの言葉にララは顎に手を当てて思案する。

 思い当たる節があったのか、彼女はうんうんと頷く。

 そうして彼女はおもむろに手を土間に伸ばすと自分から離れるように言った。


「ちょっと危ないから退いててね」

「おいおい、人の店で何やろうってんだ?」

「ちょっとしたテストよ。これくらいの威力で十分かな? ――『電撃(ショックボルト)』」


 キーワードの発言により、ナノマシンが活性化する。

 それは旋回槍と並んでナノマシンに標準搭載された自衛用コマンドの一つ、雷撃。

 超高速の微振動によって発生した静電気を蓄積し、一気に放つ超近接型の自衛技。

 旋回槍と比べるとその有効範囲はかなり狭く、手で対象に触れなければコントロールも効かない技だが、その分威力はお墨付きだ。

 最低レベルまで威力を抑えたララの雷撃でさえも、それは例外ではない。

 バンッ! とまるで柔らかいゴムを思い切り打ち付けたような乾いた音が響く。

 一瞬の閃光が、それを見ていた彼女たちの視界を白く焼く。


「ッ!?」


 反射的にイールとロミは身構え、エドワードもまた目を見開く。

 その中心に立っていたララは細く煙を上げる地面を見つめ、満足げに頷いていた。


「ね、エドワード。これくらいの威力があれば十分かな?」

「……あ、え?」


 唖然とした様子で口を開けるエドワード。

 反応の鈍い彼の目の前まで近づいて、ララがのぞき込む。


「おーい、聞いてる?」

「……はっ!? な、何だ今のは!? ま、魔法か? あんなの見たことも聞いたこともないぞ!」

「えっと、とりあえず威力はあんなもので大丈夫?」

「十分すぎだ! あんなの喰らったらクジラでも一瞬で浮いてくるだろうよ!」


 大きく口を上げて叫ぶエドワード。

 その言葉にララは頷くと、身を翻して元の場所へ戻る。


「……ララさん」


 そこで待っていたのは、渋い表情のロミだった。

 きょとんと首を傾げるララに、ロミは詰め寄る。


「その力はあまり無闇矢鱈と部外者に見せないで頂きたいのですが……!」

「……あっ」


 ロミの苦言に、ララはようやく思い出したかのようなはっと手で口を覆う。

 ロミは額に手を当てると、深い深いため息を付く。


「なんで忘れるんですか……」

「ご、ごめんなさい。これくらいは普通にみんなできたから……」


 強化人間やサイボーグが闊歩する超科学都市で身を守るには、最低限これくらいの電撃を放つことの出来る自衛手段は必要だったし、だからこそこれくらいならありふれた技能だったのだ。

 この世界では自分はかなり奇特な存在だということをつい忘れていた彼女は、ようやく自分がやらかしたことを実感した。


「ごめんなさい!」

「はぁ……。今後は気をつけてくださいね」


 一応レイラに報告しておかねばなるまい、とロミは頭の奥に鈍い痛みを感じた。

 彼女の耳に入れたからといって、エドワードが特に何かされる訳ではないだろう。

 ただ彼の知らない間に少しだけ彼を見る目が増えるだけだ。

 ともあれ、当のエドワードは未だに呆然とした様子である。

 ロミは何も珍しいことは無かったと言わんばかりに、努めて明るい声を出した。


「ともかく! 釣り役はイールさんで動きを抑える役はララさんですね。ということは消去法で、とどめを刺すのはわたしになりますが……。え、わたし?」


 流れで口にした言葉に自分で驚くロミ。

 ばっと勢いよくララとイールを見ると、彼女たちは深く頷いた。


「ロミ、よろしくね」

「手伝って貰ってるのに悪いな」

「は、はは。あんまり自信ないんですけど……」


 精一杯がんばらせていただきます、とロミは縮こまって言う。

 できればララの電撃で止めも刺してくれないかな、と彼女は密かに心の内にこぼした。


「おーい、エドワードの兄さん。役割分担は決まったぞ」

「へ? あ、ああ。そうか。そうだな。それじゃあ、道具を揃えようか」


 パンパンとイールが手をたたくと、ようやくエドワードは正気に戻る。

 彼の案内で、続いては漁に使う道具を見繕うことになった。


「必要なのは、釣り竿、網、グローブ。あとは船だな」

「釣り竿で釣って、網で持ち上げて……。グローブは何に使うの?」

「そりゃあ腕の保護だよ。下手な防具じゃ弾き飛ばされるからな。うちで揃えてるのは亜竜の革を使った特別頑丈な奴だ」

「ほうほう。……ま、あたしはいらないような気もするけど」


 自分の右腕を一瞥し、イールが小声で言う。

 籠手の下の龍のような腕は、彼女でさえ傷ついたところを見たことがないほど強固な鱗で覆われている。


「まずは釣り竿だな。釣るのがデカいから、釣り竿もデカいぞ」


 そう言って、エドワードは一本の竿の前に立つ。

 それは一本の枝――というよりは最早細い幹と言うべき竿だった。

 持ち手に滑り止めの布を巻き、先端に鉄の糸を結びつけた、ただただ丈夫さだけを追求した竿だ。

 並大抵の人間では、持ち上げることすら困難だろう。


「どうだ。ウチで一番デカくて重くて頑丈な竿だ。これならどんなに大きいマリンリザードでも綺麗に一本釣りさ」


 鼻を膨らませ、エドワードは自慢げに言う。

 イールは無造作にそれを掴むと、その重さに眉を顰めた。


「流石に重いな」

「そりゃあな。それが持てたらたいしたもんだ。だから今回はこっちの――」


 エドワードの言葉に構わず、イールは今度は右手で竿を掴む。


「うん。こっちなら丁度いい感じだ」

「はあ!? なんでそれを片腕で持てるんだ!」


 エドワードはまたも信じられないような光景を目の当たりにして絶叫する。

 彼でさえ両手を使い全力を出さねば持ち上げることすら困難な巨大な竿を、彼女はあろうことか右腕一本で軽く振っているのだ。

 後ろに立っていたロミががっくりとうなだれて頭を振っている。


「まあ、色々あってね。それじゃあこれを使おうか」

「……もう、好きにしろ」


 可哀想なエドワードは生気を無くした声で言うと、網とグローブを取りに店の奥へと引っ込んでいった。

 店主の居なくなった部屋の中は、しんと静まる。

 微妙な空気の中で、イールが口を開いた。


「なあ、あたしちょっとまずいことしたか?」

「……なんというか、イールさんとララさんの仲が良い理由が分かりました」


 呆れ果てた様子のロミの言葉は、押し黙る二人を通り過ぎて潮騒の中に消えていった。

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