第百六話「それももう何回も言われたな」
アルトレット港は、町と同じ名を冠するだけあってその町を象徴する巨大な港である。
波や風の穏やかな天然の湾を利用して造られたその港には岸から突き出した桟橋が幾本も伸び、その周囲には大小様々な漁船が停泊している。
今日の漁は既に終えたらしく、帰港した漁船からは日に焼けた屈強な水夫たちが大急ぎで魚を降ろしている。
陸へと運ばれたそれらはすぐさま待ちかまえていた馬車に積み込まれ、ララたちも昨日歩いた市場へと輸送される。
効率的な輸送を実現するため、ずらりと一直線に並んだ馬車は壮観だった。
船の区別もなくただただ積み込み、一杯になったら鞭をしならせ出発する。
慌ただしいがまるで精緻な絡繰り人形のように港全てが一つとなって動いている。
そんな漁船の群が停まる桟橋から少し離れた場所には、それよりも大きく、そして階段によって高い場所にまで上がることの出来るがっしりとした見た目にも美しい桟橋が掛かっていた。
そこに停泊するのは、実用性だけを追い求めた漁船とはまた違った優美な魅力を放つ、見上げるほどに巨大な帆船だった。
三枚の帆を畳み、太いロープによって接岸した船には、至る所に装飾が施され、一目でそれが漁を目的とした物ではないと分かる。
今まさに出航の準備が進められている帆船の周囲には人々が集まり、口々にその偉容を称えている。
「流石に大きいわねぇ」
「ああ。人の数も段違いだ」
海を間近に見ることの出来る沿岸に立ち、ララが歓声を上げる。
彼女がこれほどまでに大規模な港を見るのはこれが初めてだ。
ここだけならばヤルダとも張り合えるほどの熱気を目の当たりにして、俄然興奮している。
流石は港町アルトレットを港町たらしめる、町の心臓部であると言ったところであろう。
「人も船も猫も鳥も色々沢山いるわねぇ」
荷物を抱えてせかせかと歩く人々の足下ではおこぼれを狙う猫たちが目を光らせ、帆船の太いマストには白い羽根を広げた海鳥たちが休んでいる。
とにかく、アルトレット港は喧噪に満ちていた。
「さて、というわけでこれからあたしたちは狩り――いや漁か。漁に必要な装備を貸してくれる店を探さないといけないわけだ」
「この中から探すのは、なかなか大変ですね」
港を形成する無数の建造物を眺め、ロミがげんなりと肩を落とす。
しかしイールは心配無用と彼女の背中を叩いた。
「大丈夫だ。実は、ギルドで地図をもらった」
そう言ってイールは懐から、一枚の紙を取り出した。
「ここかしら?」
「多分ここだな。店の名前もあってる」
「あっさり見つけられて良かったですね」
地図を頼りに港を歩いた三人は、それほど手間をかけずに目的の店へとやってきた。
その店は傭兵ギルドの加盟店でもあるらしく、軒先にはギルドの紋章が飾られている。
「『釣り竿釣り餌船貸します。エドワード釣り具店』か。ま、普通だな」
「イールはこの店に何を求めてるの?」
そんなことをいいながら、イールは店のドアに手をかける。
店内はなかなかに広く、壁には長さも太さも様々な釣り竿が何本も立て掛けられている。
「すまない。誰かいないか?」
イールは人気のない部屋を見渡し、店の奥へと声を掛ける。
物音が響き、足音が近づいてきたのは、そのすぐ後だ。
「やぁ、お客さんかい? いらっしゃい」
のっそりと顔を出したのは、ひょろりとした線の細い男だった。
青白い顔に無精髭を生やし、よれた服を着ている。
長い髪は潮風に吹かれて荒れたまま、無造作に紐で括ってある。
「ああ。あんたがエドワードか?」
「そうとも。俺がここの店主、エドワードだ」
エドワードはそういうと、ふわぁ、と大きな欠伸を漏らした。
どうやら今まで店の奥で寝ていたらしい。
一抹の不安がララたちの胸にわき上がっていた。
「あたしはイール。こっちはララで、そっちはロミ。傭兵ギルドでマリンリザードの討伐依頼を受けたから、色々装備を貸してほしいんだ」
イールの簡潔な説明に、エドワードは納得がいったらしかった。
ふむふむと頷きながら彼女たちの顔を眺める。
「イールはそれなりにやるようだなぁ。ララはまだ新米だろ。んで……えっと、ロミさんは神官さまかい?」
「なんでロミだけ……」
「そりゃあ神官だからだろ」
あからさまに態度と口調を変えた男に、ララが思わず唇を尖らせる。
当のロミはくすぐったそうに苦笑して両手を振った。
「確かにキア・クルミナ教の神官ですが、今日は二人のお手伝いをするただの魔法使いです。生憎他に持ち合わせがなかったので神官服ですが……」
「そういうことか。また珍しい組み合わせだね」
「それももう何回も言われたな」
ララやロミと行動を共にしてまだそれほど長い月日を経たわけではないが、それでも方々で言われ続けるとイールも慣れたようだった。
エドワードはそんな彼女の様子に、ふんふんと頷く。
「そいじゃ早速話を始めよう。マリンリザードの討伐だったな?」
余談はそこまで、早速本題に入る。
エドワードは細い目をきらりと輝かせると、三人を一瞥して壁に掛けられた釣り竿へと視線を移した。




