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第百四話「うぐぐ……。頭がガンガンします……」

「んぅ……」


 瞼を撫でる光にララが目を覚ましたのは、白い砂浜の真ん中だった。

 砂の上に敷かれた茣蓙の上で、ロミ、シア、ミルの三人が寄り集まって穏やかに胸を上下させていた。


「ああ……。あの後ここで寝ちゃったのね」


 靄の掛かったかのような曖昧な記憶を手繰り寄せ、ララはなんとなく頷く。

 昨日、遅くまで酒を楽しんだ彼女たちは、夏の穏やかな気候を良いことに部屋にも戻らずここで寝入ってしまったのだ。


「お、起きたか」


 ぼんやりと薄目で呆ける彼女の背後から、声が聞こえた。

 ララが振り返ると、静かに燃える焚き火に細い薪を放り投げるイールの姿があった。

 長い赤髪を纏め、うなじの辺りまで上げた彼女は、水の入ったコップを片手に火の番をしていたようだった。


「イール、おはよ。……ってもしかして一晩中火の番をしてくれてたの!?」


 一瞬で意識が覚醒したララが詰め寄る。

 イールは苦笑すると首を振った。


「はは。流石に違うさ。あたしも寝落ちてたけど、真夜中に目が覚めてね、よく見たら火が消えてたんだ」

「起こしてくれれば私が交代したのに」

「一番大酒呑んでた奴に任せられるか」


 唇を尖らせるララに、イールは反論する。

 ララが覚えている最新の記憶は、気分が乗って『龍殺し』を喇叭飲みしたところだ。


「うーん、流石にあれはやりすぎだったかしら?」

「並の人間なら酔い潰れて死んでるぞ、あれ」

「そんなにやばいの?」


 きょとんと首を傾げるララに、イールはがっくりと肩を落とした。


「やっぱり何も知らずにあの酒を選んでたんだな……。『龍殺し』はあらゆる酒の中でも最も濃い酒だぞ。普通はジュースや水で割って楽しむようなもんだ」

「そ、そうだったんだ……」


 今更ながらにおいしいお酒の正体が判明し、ララは慄く。


「『体調調査(バイタルサーチ)』! ……特に変化はないわね」


 久方ぶりのナノマシンで体調を確認するララ。

 本来ならばこういう仕事の方がナノマシンの本来の機能なのだが、最近はめっきりただの戦闘マシンとしてしか使われていないからか、心なしか生き生きとした動作である。

 やる気に満ちあふれるナノマシンが体の隅々――それこそ頭髪の先から足の爪先、細胞の一つ一つに至るまでを全て調査しララに返した結果は、特に異常値の見あたらない平凡な物だった。

 首を傾げるララに、イールはなんとなく納得したらしく神妙な表情である。


「たぶん酒精も全部そのナノマシンがどうこうしたんだろ」

「たぶんね。ナノマシンが毒だと判断したものは自動的に瞬時に分解されることになってるから」


 本来ならば、そちらの方が主業務なのだ。


「いいなぁ、ナノマシンというのは」

「こういう時はありがたいのかもしれないわねぇ。でもそれはつまりあんまり酔えないってことだから、私の知り合いにはこの機能をハッキングして無理矢理切ってた人もいるわよ?」


 あの子は酒に溺れる人生を送っていたんだろうな、とララは遠い目で思う。

 本来ナノマシンの基本機能である解毒行為を停止させるのは、たとえ宿主であってもできないことの一つである。

 それをまあ、ララの知人はありとあらゆる方法を用いてハッキングし、切ることに成功したのだ。

 その情熱だけは、彼女も認めている。


「ハッキングっていうのがよく分からんが……つまるところ限界振り切った酒好きだったわけか」

「そういうこと」


 酒に弱いあたしには理解できないな、とイールは棒で焚き火をかき回しながら言った。


「ん、だいぶ日も昇ってきたわね」


 話し込んでいると、いつの間にか太陽が半分ほど顔を覗かせていた。

 水平線の終端と陸地の狭間から昇る太陽は白い光を放ちながらゆっくりと浮かぶ。


「今日は何するか決めてるのか?」


 イールが訪ねるが、ララは少し唸った後に首を振った。

 特にこれと言った用事はない。


「それじゃあ、ギルドにでも行こうか。酒はもう残ってないんだろう? それならちょっと稼いでおこう」

「いいわよ。お酒も買っちゃったしね」

「ロミも付いて来てくれるかね」

「一応ロミって傭兵じゃないからなー。私たちに付き合う義理はないのよね」


 ロミはただ単にララたちの監視役という任務を帯びて付いて来ているだけである。

 しかしこれだけ長い時間を共に過ごし、彼女と接していると、どうにもそれだけでは収まらない。

 彼女の誠実な性格によるものだろうかと、ララはぼんやりと分析する。


「ふぁ……。あぅ……。あれ? 皆さんおはようございます……」


 そんな話すれば、もぞもぞと動き出した白い神官服の下から寝ぼけ眼を擦りながらロミが起き出した。

 その事実に、二人は思わず目を見開く。


「ろ、ロミが……」

「一人で、起きた……?」

「もー! 二人してひどいですよ!?」


 起きざまに信じられないものを見るかのような視線を受けたロミは思わず両手を振り上げる。

 ぼさぼさに乱れた長い金髪が猛々しく広がる。


「ごめんなさい。でも、ロミっていっつも私かララのどっちかに起こされないと起きないじゃない」

「うぐ……。そ、それはそうですけども、今日はほら、外ですし」

「いや、野営の時も同じだったろ」

「うむむ……」


 己の今までの朝を思いだし、ロミはついに黙ってしまう。

 とにかくこの魔法少女は朝に弱いのだ。


「実は、近くでララさんたちの声が聞こえたからちょっと目が覚めちゃったんですよ。なんだか、わたしのお話をされていたみたいですし」

「たしかにロミの話はしてたわね」


 恥ずかしそうに頬を染めるロミに、ララは意外な顔をして頷く。

 何の話をしてたんですか? と尋ねるロミに答えたのはイールだ。


「今日は昨日の酒代稼ぐためにギルドで何か適当な依頼を受けようと思うんだが、ロミはどうする?」

「そういうことなら、是非お手伝いさせてください」


 予想通りといえば予想通りな答えに、ララたちは思わず頬を緩ませる。


「ロミって別に傭兵じゃないから、手伝ってもらわなくてもいいのよ?」

「何かしたいことがあったらそっちを優先してもいいし」

「うーん、とはいっても正直わたしもすることがないんですよね。昨日神殿にも行きましたし」


 だから是非、と身を寄せて言う彼女の申し出を、ララはありがたく受けることにした。

 イールもそんな彼女を見て目を細める。


「それで、今日はどんな依頼をこなすんですか?」

「それはまだ決まってない。一応、何か海棲魔獣の討伐なんかがあればいいとは思ってるんだが……」

「それなら、マリンリザードなんていいんじゃない?」

「おお?」


 思案顔のイールに声を掛けたのは、いつの間にか起きていたシアだった。

 彼女は起き上がりぐぐっと両腕を伸ばしながら言葉を重ねる。


「マリンリザードっていう魔獣が、この辺の海には多いのよ。船を壊すし魚を食べるしで、地元の漁師も困ってる悪党よ」

「マリンリザードか、聞いたこと無いな」

「名前だけなら知ってます」

「さっぱり」


 三者三様の反応に、シアは思わず吹き出す。


「ま、あまり有名な魔獣ではないわね。割と狭い地域にしか住んでいないみたいだし」


 それは水中を主たる生活の場にした蜥蜴とも言える魔獣だとシアは言った。

 基本的に群れで行動し、水中という特殊な環境を利用した狡猾な狩りを行う。


「泳ぐのが上手いし、水の魔法を使うから、地味に厄介ね」

「何というか、所々で残念な言葉が聞こえるわね……。割と、とか地味、とか」

「ま、どうあがいてもその程度の魔獣っていうことよ」


 それくらいなら、海に慣れない私たちでもできるのでは? とララは考える。

 イールも同じ考えらしく、二人は互いに視線を併せて頷いた。


「ありがとう。ギルドでそれを倒す依頼が出てないか探してみるよ」

「多分年中出てると思うわよ。ここの漁師はあれを死ぬほど憎んでるから」


 漁師たちの生命線を破壊するマリンリザードは、それはもう親の敵のように憎まれているのだとシアは語る。


「シアも手伝ってくれたらすごく簡単に終わりそうだけどね」


 初めて会った時の卓越した水魔法の技術を思いだし、ララが言う。

 シアは薄く笑うと首を振った。


「残念だけど、今日は無理ね」

「ま、これはあたしたちの用事だし、シアはゆっくり休んでくれて構わないよ」


 イールが言うと、シアは違う違うと首を振る。


「そうじゃなくて、今日はアレの面倒を見ないといけないから」


 そう言って彼女は視線を横に向ける。


「うぐぐ……。頭がガンガンします……」


 そこには小さな声で呻きながら耳の先をぴくぴくと動かす、ミルの姿があった。

 未だ起きてはいないようだが、寝言で唸っている。


「あれ、ミルって昨日ジュースしか飲んでなかったような……」


 昨日のことを思い出しながらララが首を傾げる。

 呆れたようにため息をつき、シアが答える。


「この子、雰囲気で酔っちゃうのよ」

「ええ……」


 結局その日、シアはベッドで二日酔いに苦しむミルの代わりに宿の業務を手伝うことが決定した。

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