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第百三話「そっちの方が旨い気がする」

「ほら、焼けたぞ」


 金網を乗せたたき火の前に陣取ったイールが、トングをかちかちと鳴らす。

 網の上では鉄串に通した野菜や魚介類が次々に香ばしく焼き上がっている。


「わーい! これ食べていい?」

「おう、じゃんじゃん食べろー。まだまだあるからな」


 光に吸い寄せられる蛾のようにふらふらとやってきたララは串を掴む。


「あっつい!?」

「そりゃそうだろ、鉄串だぞ。ほら、こっちの方のは火から外してあるから」

「うええ、とんだトラップだわ……」


 熱された鉄を素手で力強く掴んでしまったララは、涙目になる。

 呆れた様子でイールが遠くの一本をトングで持ってきた。


「ありがと! じゃあ、いただきまーす」


 それを受け取るとララはころりと表情を変え、串に刺さった太く鮮やかな赤をした海老にかぶりつく。

 パリッと音を立てて表面が破れ、弾力のある身を噛みしめる。

 噛めば噛むほど凝縮されたうま味がはじけ、思わずララはきゅっと目を閉じた。


「ん〜〜! おいしい!」

「だろうなぁ。ここの海産物はさすがの鮮度だ」


 海老を二口で飲み込み、隣の野菜へと移るララを、イールは蜂蜜酒の入ったコップを傾けながら穏やかな横顔で見ていた。


「へーい二人とも、楽しんでる?」


 そこへやってきたのは、頬を赤く上気させるシアである。

 ふらふらと体を揺らしながらやってきた彼女は、蜂蜜酒とクラッカーを持っている。


「シアは随分乗ってるわね。私も結構楽しんでるけど」


 ララはぐびりとコップを傾けながら言う。

 そこそこ飲める方だと言っていたシアだが、かなりのハイペースで飲んでいるのかすでに足下もおぼつかない。


「あはは、こんなに楽しいお酒は久しぶりだから少し調子に乗っちゃったわ」


 気分も乗っているのか、シアは朗らかに笑う。

 彼女はイールの焼いた串の一本を持つと、代わりにクラッカーの袋をララに預けてまたふらふらとどこかへ行ってしまった。


「楽しそうねぇ、シア」

「そうだな。まああたしもこういう酒の席は久しぶりだし、気持ちは分からんでもない」


 暗がりに消える彼女を目で追いながら、イールは串を一本手に取る。



「んぐ……。しかしおいしいな。さすがは海沿いの町って感じの品質だ」

「特に貝がおいしいのよね。皿貝なんかぎゅぎゅっと締まっててぷりぷりよ」

「貝か。確か殻付きの貝がいくつかあったはずだ。どうせだからそれも焼こう」

「良いわね! お酒とか醤油とかちょろっと垂らしましょう。バターでも良いわよ!」


 イールが火から離していた保存箱の中から貝を持ってくる。

 ララもそれらにキラキラと目を光らせるとテーブルへ各種調味料を取りに行った。


「たき火組も楽しそうですねぇ」


 シアの後にやってきたのは、ロミだ。

 彼女は酒が入っているというのにあまり顔にも出さずにこにことしていつもとあまり変わらない。


「ロミ! 今から貝を焼くの。食べていかない?」

「いいですね。喜んで頂きます」


 『龍殺し』の瓶と醤油、そして乾物の入った袋を抱えて戻ってきたララが言うと、ロミもまた楽しそうに頭を揺らした。


「そら、すぐに開くからそこに酒なりなんなり入れろよ」


 イールの言葉で網の上を見てみれば、パカリと勢いよく貝が開くところだった。

 皿貝はその名に関するように広く平たい皿のような白い貝殻を開き、中の詰まった身を覗かせる。

 ララはそこに手をかけて、貝殻を全て開くと、酒を数滴そこへ垂らした。


「ん〜、すごい香りですね」


 変化はその数滴だけで劇的だった。

 濃い酒精の香りが辺り一帯へと広がる。


「醤油も一緒にかけちゃっていいかしら」


 そこへ更にララは醤油も垂らす。

 途端に香ばしい食欲をそそる香りへと変化する。


「この醤油っていう調味料、なかなか良いな」

「少し塩気が強すぎる気がしますが、地元の漁師さんたちには気に入られているみたいですねぇ」


 海の外にある異国から伝えられたという醤油は、すでにこのアルトレットに深く根付いているようだった。

 あらゆる食材に使える汎用性は凄まじく、汗を多く流す漁師を中心にして高い支持を得ているのだ。


「そろそろ良いんじゃない?」


 じっと貝を見つめていたララが声を上げる。

 イールとロミが見てみれば、沸々と泡を上げる貝殻の上でしっかりと火の通った皿貝の貝柱が揺れている。


「おお、いい感じだな」


 酒蒸しというよりは酒焼きといった風の一品ではあるが、こういう気取らないものも野外料理の魅力である。


「シア、ミル、貝が焼けたわよー」


 ララはたき火から少し離れた波打ち際に腰を卸していた二人に声をかける。

 その呼び声と、何よりそちらから漂ってくる魅惑的な香りにつられるようにして、二人はすぐさま駆けつけた。


「わぁ、美味しそう!」

「お酒とお醤油を使ったんですか? 悪魔的な組み合わせです!」


 金網に並ぶ貝を見て、歓声を上げる二人。

 特にミルはお腹が空いていたのか、きゅぅ、と可愛らしい音がする。


「ふふ。ほら、熱いから気をつけろよ」


 ララが程良く焼けた一つを網の端に移動させる。

 少し冷めたのを待って、ミルがそっとそれを掲げた。


「ふおお、美味しそうです……」

「はい、フォークよ」

「ありがとうございます」


 テーブルに行っていたララからフォークを受け取り、ミルは皿貝の貝柱にそっと突き刺す。

 縦へは裂けやすい貝柱も、掬うように持ち上げると確かな抵抗を以て応じる。

 ミルは生唾を飲み込むと、貝殻ごと口へと近づけた。


「んんん! はぐっはぐっ」


 口に入れた途端、ミルは赤い目を見開く。

 熱かったのか口をしきりに動かしながらも、その味は十分に堪能している様子だった。


「おいしいっ! やっぱり、外で食べるとおいしいですねっ」


 貝殻に残った汁まで全てを食べ干して、ミルは満足そうに息をはきだす。


「それは良かった。ほら、どんどん焼けるからどんどん食べてけ」


 カチカチとイールがトングを鳴らすと、それを合図にララたちも一斉に手を伸ばす。

 ミルの浮かべる満面の笑みがその味は保証してくれる。


「ついでに乾物もちょっと焼いてみようか。そっちの方が旨い気がする」

「いいですねぇ。わたし、ちょっと取ってきます」


 パチパチと爆ぜる枝の音もかき消すような笑い声の中、宴はゆっくりと進んでいた。

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