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第百二話「あいつ、化け物か何かか?」

 塩の鱗亭の私有地であるという海岸は、宿の建物のすぐ裏手一段下がったところに広がっていた。

 きめ細やかな白い粒砂が風と波で細かい皺を寄せ、傾いた太陽の光を乱反射させている。


「すごい! こんなに綺麗な砂浜、教科書でしか見たことないわ!」


 ララは興奮気味に叫ぶと、熱い吐息を吐いて周囲を見渡す。

 左右をごつごつとした岩場に囲まれて、緩く弧を描く砂浜は、直線距離に直すとおよそ百メートルほどの広さがある。

 白い砂浜と青い海、白い雲と青い空、そこに太陽のオレンジが差し込み、きらきらと光り輝く美観が広がっていた。


「ん〜、ここに来るのも久しぶりねぇ」


 干し草を編んだ茣蓙を携えたシアは目の上に手をかざし、懐かしそうに言う。

 ミルの両親が亡くなってから随分と長い間訪れていなかったが、記憶の中の風景と変わらぬまま小さな砂浜は広がっていた。


「わたし、砂浜って初めてなんです! 砂がとっても細かくて気持ちいい……、あ! 貝殻がありました!」


 その場にしゃがみ込み興奮して言うのはロミである。

 彼女は滑らかな砂を掬ってはその感触に歓声を上げ、貝殻を見つけては目を輝かせた。


「あたしも随分久し振りだなぁ。こういう砂浜に降りる機会はそうそうないし」


 ララやロミとは違って年長者の落ち着きを見せるイールは、持ってきた荷物をその場に置いて思い切り両腕を空へと伸ばす。

 海から吹く暖かな風を思い切り吸い込んで、思い切り吐き出す。

 海というものは、そこにあるだけで心を刺激する。


「みなさーん! お待たせしました!」


 束の間四人が水平線を眺めていると、ミルが大きな金網と年季の入った保存箱を携えてやってきた。


「おわ、結構な大荷物じゃないか」


 えっちらおっちらと歩くミルを見るに見かねて、イールが保存箱を取り上げる。

 中もみっちりと入っているのか、ずしりと重い。


「あ、ありがとうございます」


 ミルは一瞬呆けていたが、すぐにウサギ耳をぴんと立てると直角に腰を折り曲げて言った。


「いいんだよ。こういうのは」


 イールはくすぐったそうにそっぽを向いてそう答える。

 ミルの荷物を引き受けようと歩き出していたララは、その体勢のまま固まっていた。


「それでは、ひとまずたき火を熾しましょうか」

「あ、それならわたしに任せて下さい!」


 ミルの声に手を挙げたのはロミである。

 シアの持ってきた荷物の中から薪を取り出し並べ、ロミはそこへ魔法で火を付ける。

 慣れた動きにミルが感激して彼女を見た。


「ロミさんって魔法がお上手なんですね!」

「えへへ。まあ、人並みには……」


 ロミは純粋な眼差しにたじろぎ金髪の先を指に絡ませる。

 彼女を人並みと言ってしまえば世の魔法使いを名乗る人々の大半が涙目になるのだが、それを指摘するような者はここにはいなかった。


「この金網組み立てて置けばいいんだな?」


 火が安定してきたのを見計らい、イールが金網に取り付けられた足を広げながら言う。

 五人が囲んでも余裕がありそうな、随分と大きな金網である。

 縁も太い金属で補強され、年季は入っているもののまだまだ現役で使える良古品である。


「はい。えっと、保存箱の中に食材と脂が入ってますので」

「おう。金網番は任せな。どばっと焼いてるからその間に他の準備をしといてくれ」


 そんな訳でバーベキューはイールが受け持つこととなる。

 シアはたき火から少し離れた所に茣蓙を敷き、そこに持ってきた荷物をひとまとめにしていた。


「シア、そっちの方は人手足りてる?」

「というかもうする事ないわね。茣蓙敷いて荷物置いておくだけだし」


 ララが駆け寄った頃にはすでに作業は終わり、シアは茣蓙の端にお尻を乗せて黄昏ていた。


「やっぱり海は好き?」


 ふとその横顔を見て、ララは思わず尋ねる。

 シアは驚き、不思議そうに首を傾げ、そしてふっと吹き出した。


「ふふっ。そうね、もう随分と――それこそ生まれたときから海と暮らしてるけど、やっぱり大好きよ。離れようと思っても、離れられないわ」


 苦笑混じりに言って、シアはすっくと立ち上がる。

 服の裾に付いた銀砂を払い、彼女はたき火のほうを見る。

 そこでは、ミルとロミが新たに木のテーブルを運んでいた。


「そろそろ準備もできるわね。行きましょ」

「うん。――あれ、私準備何もしてないような?」


 一抹の不安を胸に抱きながら、ララはシアの後を追ってたき火に合流する。

 気が付けば周囲は紗が掛かったように薄暗く、たき火の近くで無ければ隣の人の顔も見えにくい。

 パチパチと枝の爆ぜる音と、押しては引く細波の音が旋律を奏でる。


「粗方準備終わっちゃった? 私何もしてない気がするけど!」

「まあそう焦らなくても宴はこれからだぞ」

「そうですね。わたしも火を付けたくらいですし」

「みんな揃った? ほら、ミルもコップ持って――。えーっと、最初は何がいいかしら」

「蜂蜜酒に果実酒に、……これは『龍殺し』!? なんでこんなお酒があるんですか!?」


 揺らめく炎の下に集まり、五人も徐々に気分が乗ってきた。

 それぞれの手にコップを持ち、思い思いの飲み物を注ぐ。

 イールとシアは蜂蜜酒を、ロミは果実酒を、ミルはアルコールのないただの果実のジュースを選ぶ。


「こ、これが初めてのお酒かぁ」


 緊張気味で声を硬くするララが注いだのは、自分が選んだ『龍殺し』である。

 無色透明に透き通ったお酒は、栓を開けた途端にふわりと甘い香りを放つ。


「おお? 案外美味しそうな気配がするわね」


 予想外の豊かな香りにララは声を上げる。

 今のところ、周囲の人々が驚くほどの理由が見あたらない。

 両手のひらに収まる愛用のコップの半分ほどにそれを注ぎ、たき火の側へ戻る。


「それじゃ、みなさん準備できましたね?」


 ミルが最後に見渡して、欠けていないか確認する。

 準備をしているうちに闇は濃くなり、たき火が燃えさかる。


「ではでは、旅人のみなさんを歓迎して――かんぱーい!」

「かんぱーい!」


 きゅっと目を閉じてコップを掲げるミルに続き、四人も一斉に腕を突き上げる。

 空を揺らすような声を響かせ、各々は互いにコップを打ち付けた。

 そのままの勢いで、ララはコップの縁に口を付ける。

 こういう時は勢いに身を任せて一気に酒をあおるのみ。

 ここで戸惑ってしまえば真の酒飲みにはなれないと、酒好きで有名だった先輩が赤ら顔で言っていたのを思い出す。


「ちょ、ララお前それ『龍殺し』じゃ!?」

「ええっ一気飲み!?」

「ええええっ!?!?」


 少し傾け一口含む程度で酒を飲んでいた面々が、大きくコップを煽るララに目を見開く。

 思わず吹き出すのを寸での所で回避したが、慌てて止めようと手を伸ばしている。


「んぐっ!?」


 一拍遅れ、ララは硬直する。

 ごくりと喉を鳴らし、燕下する。

 はらはらとした様子で、周囲は彼女を見つめている。

 そんな中でララはゆっくりと顔を下げ、ぱちぱちと目を瞬かせた。


「これ、すっきりしてて飲みやすいわね!」


 コップから口を離したララは目を輝かせ開口一番そう言い放つ。

 二口目で飲み干し、更にコップへと注ぐ彼女を、残された面々は唖然として見ていた。

 夢か幻か、何かこの世の物ではない不可思議な光景を目の当たりにしたかのように、三人は動きを止めていた。

 一瞬後、硬直の解けた面々は一斉に顔を見合わせる。


「あいつ、化け物か何かか?」

「今回ばっかりは、イールさんに同意したいです」

「龍も酔い潰れるって評判の強いお酒なのに……」


 三人の声は行き場を無くし、黒い空へと消えた。

 たき火を挟んだ向こう側では、酒をするすると飲むララの満足げな声が響いた。

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