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第百話「よし、これに決めたわ!」

 青の涙で小休憩したララたちは、中身を飲み干したカップを置いて立ち上がる。

 時刻は三時を少し過ぎ、喫茶店の席も徐々に埋まり始めていた。


「ごちそうさま、コートン。また来るわ」


 シアがカウンターに立つマスターのコートンに声を掛けると、彼は静かにほほえんだ。

 代金を渡し、三人は店を出る。


「ん〜〜、休憩したら元気になったわ!」

「あのコーヒーも美味しかった。あたしも通いたいくらいだ」


 屋根の隙間から路地裏に差し込む光を浴びて、ララは思い切り両手を伸ばす。

 イールは青の涙のコーヒーがいたく気に入ったらしく、ご満悦だった。


「さ、お買い物の続きと行きましょ。夕方になったらまた混むわよ」

「うええ、あれよりもっと人が多くなるの!?」


 急かすシアに背中を押されて、ララたちはまた商店の立ち並ぶ市場へと戻る。

 昼食を終え人々が仕事に戻った今この瞬間を狙わなければ、夕方になると仕事帰りの人々でまた通りは芋を洗ったようにごった返すことになる。

 シアの地元民らしい助言を素直に聞き入れて、二人はめぼしい店を探して歩き始めた。


「お酒は蜂蜜酒を買ったし、おつまみは乾物とクラッカーがあるよね。他に何かいるかしら」


 シアとイールが持つ戦果を確認して、ララが首を傾げる。

 酒の席を知らない彼女には、いまいちどれくらい何が必要なのかというものが分からない。

 そんな彼女に首を振ったのは、訳知り顔のシアである。


「むっふふー、ララちゃんは下手だなぁ。お酒の魔力を何も知らない!」

「いや、だって私飲んだことないし、そもそも今回だって割とグレーだし……」


 猫のような笑みを浮かべて迫るシアに、ララはたじろぐ。

 シアはこほんと小さく咳払いするとキュピンと青い瞳を光らせた。


「細かい御託はいいから大人しく先輩のお話を聞きなさい。まずお酒が一瓶ぽっちで足りると思うてか!」

「ええっ、足りないの!?」


 ずい、と顔を寄せて指を立てるシアに、ララは思わず後ずさる。

 シアは彼女の薄い胸に指を突き立てぐりぐりと円を描く。


「私とララちゃんとイールちゃんとロミちゃんの四人。あわよくばミルを引きずり込んで五人で呑むのよ? お酒なんていくらあっても足りないわ」

「ええ……」


 なんてことを考えているんだとララが若干引いているのにも気づかずに、シアは滔々と続ける。


「お酒が足りないならおつまみも足りないわ。確かに乾物とかクラッカーとかは塩っけがあるから少しずつ食べるけど限度ってものがあるの。それに甘いものも多少は用意しとかないとバランスがとれないわ」

「ば、バランス……」

「そう。だから今からはちょっとお高いお酒よりも安くて量のある庶民のお酒を探すわよ。ついでに何か甘いおつまみも!」

「い、いえっさー!」


 凄まじい気炎のシアに流されるように、ララは腕を上げてぴしりと敬礼する。

 そんな二人を遠巻きに眺め、イールは思わずため息をついた。


「あいつら、もう酔ってるのか?」


 そんなこんなでララたちは市場を練り歩く。

 右に威勢良く呼び込む客引きの声があれば行って冷やかし、左に興味と食欲を沸かせる香りを放つ試食コーナーがあれば行って舌鼓を打ち。

 なんだかんだで市場を最大限満喫していた。


「あ、シア。あのお店でお酒売ってるみたいよ」


 そんな陽気な道中でララが見つけたのは、大きな商店に挟まれ肩身狭そうに収まる小さな酒店だった。

 軒先には樽が置かれ、その上に小さく値札が乗っている。

 如何に外見は貧相といえども、ここは生き馬の目を抜くアルトレット屈指の市場である。

 その歴史を感じさせるとも言い換えられる面構えに三人はおもむろに頷くと、ざくざくと地面を鳴らして店へと入っていった。


「らっしゃい」


 店の奥から響いた声は、腹を揺らすような低い声だ。

 その声に追随して、暗い影の中からぬっと小柄な老人が現れる。

 鼻先を赤く腫らし胡乱な目を向ける彼は、どうやらドワーフであるらしかった。


「こんにちは。お酒を探しにきたの」

「ここは酒屋だからな」


 ララの言葉に、老人はふんと鼻を鳴らす。

 素っ気ない反応に、ララは思わず苦笑した。


「な、何かおすすめのお酒はあるかしら?」

「ここに置いてるのは、全部オレが自分の舌で確かめたモンだ。下手なモンは置いてねぇ」


 人情のにの字もない声色だが、その中には確固とした信念が見え隠れする。

 どうやらこの店と店主は信用できそうだ、とララは確信した。


「それじゃあ、適当に見て回るわね。何か気になったのがあったら尋ねるかもしれないけど」

「……好きにしな」


 老人はそう言うと、また暗がりの中へと戻っていった。

 コポコポと液体を注ぐ音が響く様子から見るに、酒を嗜んでいるようだ。


「それじゃあ見て回りましょうか」

「分かったわ」

「おう。にしても随分と幅広い品ぞろえだな」


 イールは店の棚を眺め、感嘆の声を上げる。

 天井すれすれまである高い陳列棚には、ラベルの貼られた酒瓶が無数に並べられている。

 丁度ミルトの蜂蜜専門店も同じような背の高い棚だったが、蜂蜜の加工品なども並んでいたあの店とは対照的にこちらは清々しいまでに酒一色である。

 光を嫌う物は店の奥に色ガラスの瓶で納められ、そうでない物は透明な質のいいガラスに入って整然と並べられている。

 それだけでも店主のこだわりが垣間見えるというものだが、さらには瓶の一つ一つに簡単な味のコメントを書いたカードが添えられていた。


「見かけによらず几帳面な爺さんだな」

「誰が見かけによらないっていった?」

「聞こえてるのか!?」


 ぼそりとつぶやいたイールの言葉は、耳聡いドワーフには丸聞こえだったようだ。

 しかし彼は気にした様子もなく手元のコップに酒を注ぐと、またちびりちびりと飲み始めた。


「それで、どのお酒にしましょっか」

「ぶっちゃけ、どれもあたりだと思うぞ。ドワーフの火酒にトレントの果実酒、鬼人の水酒なんてものまである。こんだけ集められるんなら、その舌も信用していいだろ」

「ぶっちゃけ、今言われたお酒全部さっぱりだわ」


 すらすらと酒の名前を並べるイールを、ララはまるで恐ろしいものを見るような目で見た。

 酒は弱い方だとは言っていたが、別段嫌いというわけではないようだ。


「ねえ、シアはどれがいい?」


 ララは店の中をふらふらと歩くシアに顔を向け声を掛ける。

 彼女は長い青髪を揺らして振り返ると、細い顎に指を当てた。


「これだけ沢山あると流石の私も悩んじゃうわ。飲んだことのないお酒も多いし。というか、こんな隠れた名店を知らないなんて地元民の名折れね……」


 彼女にそこまで言わしめるほど、この店は充実した品揃えのようだった。

 ララにはとんと分からない感覚だが、酒を嗜むシアにとっては尊敬の念すら抱くほどなのだろう。


「ねえおじいさん、このお酒はどうやって入手したの?」


 そんな彼女が気になったのは、深緑の瓶に入った酒だった。

 『深森の雫』という名前の付けられたその酒は、エルフの森を産地とする知る人ぞ知る名酒のようだった。


「それか。そいつはオレが直接仕入れに行ってるのさ」

「直接!? アルトレットから一番近いエルフの森でも馬車で二十日はかかるのに!?」


 老人の言葉にシアが飛び上がる。

 首を傾げるララに、彼女は鬼気迫る様子で解説した。


「このお酒はエルフしか作ることのできない幻のお酒なの。私も間近で見るのは初めてよ。しかもエルフは自分の認めた相手としか話をしないと言うほどの偏屈な種族なの」

「ほえー。じゃあおじいさんすごい人なのね」

「すごいなんてモンじゃないわ。なんというか、ただただ驚きね」


 シアは感激した様子で老人と『深森の雫』を交互に見つめ、瓶をそっと棚に戻す。

 何気なくララが覗き見たその深緑の瓶に付けられた値札には、六桁の数字が書かれていた。


「やばい……」

「ちょっとは分かってくれたようね」


 戦慄するララの肩に、シアがそっと手を置いた。

 想像の十倍は上回る価値を持つ一品を持ち上げていた彼女の手は若干震えていた。


「しかし、これだけ数が多いと決めるに決められないわね」


 ララは店内をぐるりと見渡して言う。

 二面の壁全面を余すことなく使い、更に部屋の中央にも瓶の山を築くほどの商品量である。

 これは知識があろうが無かろうが一朝一夕にこれと決めることは難しそうだった。


「私はもうどれでもいいわね」


 シアは早々に思考を放棄したらしく、諦めた様子でそう言い放った。


「それじゃあ、もう私が適当に決めちゃっていい?」

「ええ。私はそれでいいわよ」

「あたしもいいぞ。正直ここの酒を前にしたらあたしも決めきれない」


 そんなわけで、決定権はララに与えられた。

 彼女は棚の前をゆっくりと歩き、貼られたラベルを一つ一つ見ていく。

 コメントの書かれたカードもあるが、それは一旦無視する。

 偶に鬼のような数字の混じっている値札もとりあえずは無いものとした。

 名前だけを見て、それをもとに直感を信じるのだ。


「ふーむ……」


 唸りながら、彼女はゆっくりと移動する。

 並んでいるすべての酒が魅力的にも一歩及ばないようにも見えてしまう。

 一つの酒が目に留まれば、そのすぐ隣の酒が主張してくる。

 終わりのない螺旋の迷宮に迷い込んだような錯覚に陥ってしまう。


「――――よし、これに決めたわ!」


 そう言って、ララは一つの瓶を手に取る。

 落として割らないようにそっと両手で抱えられたその瓶のラベルには、堂々とした文字で『龍殺し』と書かれていた。

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