第一八話 婚約の報告へ行こう ~お土産編~
今回は食欲に影響する表現はないはずです。
海辺で互いの思いを確認した日の夜、俺とアリーは二人で大人の階段を一歩昇った。
朝、俺が目を覚ますと、すぐ横でアリーもまぶたを開く。
「おはよう、コーター」
「ああ、おはよう、アリー」
二人は見つめ合い、互いに赤くなる。
しばし、見つめ合った二人だったが、俺から話しかける。
「なあ、アリー……
正式に結婚してくれないか」
初めてのプロポーズの言葉だ。
「極めて直球ね。
もちろんいいわよ。嬉しいわ」
アリーの返事を聞いて俺は安心する。
互いの気持ちを確認しているとは言え、一旦言葉にしたことで緊張していたようだ。
「そうと決まれば、一度村に帰って互いの両親に報告しないとな」
「ふふ……
たぶんうちは大丈夫よ。
コーターと一緒に街に行くといった時に、うちの両親はいずれこうなると思っていたみたいだし……」
「そうなのか?
俺のところは別に何も言っていなかったけどな」
「それはコーターが鈍感なだけじゃないかしら。
あたし達は村にいたときから互いにうんこまみれになった中じゃない」
アリーの言葉に村を出るきっかけになった事件を思い出す。
あまり思い出したくない内容だが、アリーはトラウマになっていないようで、落ち着いて話題にできていることに安堵する。
「そうだな」
俺は返事をして今後を考える。
部屋の宿泊代は今夜の分まで納めているから、出発は明日の朝でいいだろう。
「出発は明日にして、今日はお土産を買うことにしないか」
俺の提案にアリーは頷く。
「ええ、コーターはどんなお土産がいいと思う」
「やはり村では買えないような美味しいものがいいんじゃないか」
「そうね。村にケーキ屋さんとかはないからお土産にしたいけど、もって帰る途中で型崩れしそうだし……」
「それなら、木箱には入ったクッキーなんていいんじゃないか。
クッキーくらいは村でも自分で焼く人がいるが、お菓子専門店の美味しいクッキーとかなかなか村じゃ手に入らないから」
「それがいいわ。
コーターのところと私のところように大きな箱を二つ買いましょう」
「ああ、昨日百万ギルももらったから懐は温かい。
ついでに実家に少し仕送りしよう」
「それはうちの両親も喜ぶと思うわ。
どれくらい仕送りするの」
「これまでの蓄えもあるから、昨日稼いだ分は全部うちとアリーのところに分けてしまおうと思う。
50万ギルずつになるけどいいかい」
「うん、私たちは今までのぶんで十分だから、両親も喜ぶと思うわ」
「そうと決まれば、朝食をいただいて買い物に行こう」
俺達はこの日、ゆっくりと町中を周り、日持ちがする村では手に入りにくい食品などをあまり荷物にならない程度購入する。
なにせ街からふるさとの村まで6時間は歩かなければいけない。あまりの大荷物は最初はよくてもその内、重さが堪えて移動速度が落ちる。
魚の乾物や干し肉に加えて、ちょっと高級な菓子店のクッキーなど、持ち帰っても1週間は持つだろうものを購入し、いつもは薬草を採取して入れておく袋へ詰め込む。
アリーと二人で一日ゆっくり買い物するのは始めてだったこともあり、ウインドーショッピングにもかなりの時間を費やした。
ふと、魔道具も扱う店の前で、アリーが立ち止まる。
視線を追うと綺麗な石をあしらった指輪を見ているようだ。
そういえば、結婚指輪を選んでいない。
お値段は2つセットで10万ギル。装飾品の価値は分からないが買えない値段ではない。
「アリー、結婚の記念に買っておこう」
「いいの?コーター」
アリーは嬉しそうに目を輝かせる。
「ああ、そのくらいの金額なら問題ない」
俺はアリーを連れて魔道具屋の店内に入る。
「いらっしゃいませ」
年配の執事然とした男が出迎える。
「こんにちは。
店先に出ている指輪を見せて欲しいんだが……」
「はい、こちらにかけてお待ちください」
男はそう言うと、店先に飾ってあるペアのリングを持ってくる。
「こちらは呼び合う指輪という商品です。
本来一つであった転移の魔石が自然に二つに分かれ、それを白金の台座に取り付けた商品です。
本来はこの10倍の価値があると言われているんですが、問題がありまして値崩れしました。
現在のお値段は台になっているリング部分の白金の価値しかありません」
なんと、驚きの値引き商品だった。
しかも9割引……
「すいません、どんな欠陥があるんですか」
俺は思わず聞く。
「はい。
この指輪は、片方の持ち主がもう片方の持ち主と心を通じ合わせることで、遠距離での念話や相手がいるところへの転移を可能とするはずでした」
「それ、すごいじゃない」
思わずアリーが大きな声を出す。俺も頷く。正直100万ギルでも安いかも知れない。
「ところがです。
製作者の意図に反して機能しなかったのです」
「欠陥品と言うことですか?」
俺の質問に店員は首を横に振る。
「いえ、最初に試した製作者は、心から思い合う相手が他界していたため自分では発動できないと考え、鑑定のスキルを持つものに鑑定させました。
その結果、この指輪は2人の持ち主双方が高いスキルレベルに達していないと作動しないことが判明したのです。
そこで、当代きっての勇者とその妻にたましたもらいましたが、勇者の妻のレベルが一般人だったせいか作動しませんでした。ちなみに勇者のもつ聖剣スキルは6でしたので、達人級です。
次に、夫婦揃ってレベルが4に到達しているベテラン冒険者ペアに使ってもらいましたが作動しませんでした。
鑑定では必要な高レベルというのがいくらのレベルかわかりませんので、少なくとも使いこなせる者がいない以上、二つに割れた使えない魔石の付いた欠陥品という扱いになりました。
そういった事情で台座だけの料金となっています」
なるほど、理解した。
確かに魔道具屋としては使えない魔道具は欠陥品だ。
「どうするアリー?」
俺はアリーに尋ねる。
アリーはしばらく考えてから返事をした。
「道具として機能しなくても、綺麗な石で元々1つだったというのがいいと思うの。
買ってもいいかな、コーター?」
「ああ、もちろんいいよ」
俺は二つ返事で了承し、店員に指輪のサイズ調整を依頼する。
二つの指輪はまるで俺達を待っていたかのように、ほとんど調整する必要がないサイズだった。
「お二人は冒険者をしておいでなのですか」
微調整をしながら店員が話しかけてくる。
「はい、まだ3ヶ月目に入ったばかりの新人だけど」
俺の答えに頷きながら店員は作業を続ける。
「そうですか……
それならこれからも魔道具が必要なときは是非当店をご利用ください。
私は店主のガレンと申します。
はい、調整が終わりました。
箱に入れましょうか、それとも装備なさいますか」
そう言いながら指輪を差し出す。
「ああ、ありがとうございます。
俺は町の清掃や薬草採集を中心に活動しているコーターと言います。
こっちは妻のアリーです」
「アリーです」
妻という言葉にピクリと反応しながらアリーが自己紹介する。
「そうですか。
お若いご夫婦に幸運を」
店主はそう言いながら俺とアリーに互いの指輪を入れ替えて渡し、ニコニコしながらお互いに指輪を相手にはめるよう促す。
俺達は真っ赤になりながらペアの指輪をお互いの指にはめ、代金を支払って店を出た。