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第一一話 ポットン便所は敵か味方か


 翌日、宿屋の宿泊をもう6泊延長すると、俺とアリーは冒険者ギルドへ向かう。

 道路清掃の仕事がなくても、アリーのスキルで薬草採集を効率よくやれる自信が付いた。

 午後3時からで5500ギルなら、朝から頑張れば16500ギルになる勘定だ。

 昨日のように希少な薬草が2つも見つからなくても、10000ギルは稼げる自信がある。

 道路清掃には劣るが、新人の平均月収が75000ギル位だと言うことを考えると、この稼ぎは悪くない。


 今日も張り切って薬草を集めるぞという決意を込めて、アリーと二人冒険者ギルドの扉をくぐると、そこには青い顔をしたゲーハさんが待っていた。

 時刻は午前9時前。こんな早い時間から何だろうと思っていると、ゲーハさんは俺の方へ駆け寄ってきた。


「待っていたよ、コーター君。

 君に緊急の指名依頼だ」


 まくし立てるゲーハさんの横には、冒険者ギルドマスターのライバーさんも眉毛を寄せてひたいにしわを作りこちらを見ている。

「コーターにアリー……

 この依頼は君たちでないと達成不可能だ。

 是非話を聞いてやってくれ」

 なにやら深刻そうだが、冒険者になって一週間も経っていない俺達に指名依頼とはどういうことだろう。

 俺は素直に疑問を口にする。


「まずはお二人とも落ち着いてください。

 俺もアリーも冒険者になってまだ1週間もたっていないんですよ。

 そんな俺達に指名依頼なんて、一体どんな仕事ですか」


 俺の疑問にゲーハさんが答える。

「コーター君、この街のトイレの事情は知っているか」

 トイレ……

 どうやら、俺のスキル『うんこ』がらみの指名依頼らしい。


「実はな、コーター君。

 故障がポンプで領主のペッパー伯爵がパーティーで大変なことに今日の夕方なんじゃ」

 何を言っているのかわからない。

「すいません、落ち着いてわかるように説明してください」

 俺の言葉に、自分の説明が伝わっていないことに気がついたゲーハさんはますますわかりにくい説明を展開する。



 ちなみにこの世界のトイレは全てポットン便所である。

 形は洋式、和式、中国式、ただの穴と様々だが、全てがポットン便所。

 どこぞのハイテク水洗トイレなど存在しない。

 ポットン便所では、その内、排泄物がたまり、やがて大物をいたしたときに着水(着尿?)したブツのおつりが来るようになると、どこの家庭も外の汲み取り口から屎尿をくみ取って屎尿タンクをカラにする。

 屎尿の汲み取りは田舎では各家庭が専用のひしゃくで汲み取り、畑の近くの熟成槽(ただの肥だめともいう)で発酵させ、畑の有機肥料として利用する。

 町では、普通の平民はくみ取った屎尿を役場の処理施設に持ち込み処理してもらうが、貴族や金持ちは自分でくみ取ることなく、屎尿汲み取りを役場に依頼する。もちろん有料だ。

 金持ちの大邸宅、貴族のお屋敷、集合住宅など、大量の屎尿をくみ取る必要があるところは、たとえ割高でもこのサービスを利用する。

 役場では、専用の職員がこのサービスに従事しているが、ひしゃくでくみ出すような非効率的な方法では、大量の糞尿をくみ出す必要から時間がいくらあっても終わらないため、専用の汲み取りポンプを使っている。


 さて、ゲーハさんの焦りまくった説明を意訳すると、どうやら役場のくみ取りポンプが故障したらしい。

 領主のペッパー伯爵は今日の夕方から大きなパーティーを開くらしいのだが、伯爵邸の便所が溢れんばかりの状況になっているという。

 このままではパティー客にトイレを使ってもらえないと、役場に屎尿の汲み取り依頼が来た。

 ところがこの日、朝7時から稼働していた汲み取り班が、最初の豪商の家の汲み取りでポンプに何かを詰まらせて故障させてしまったらしい。

 まあ、何かと言ってもおそらくは排泄をいたした後に使用したおしりをふくための布なのだろうが。

 紙が高価なこの世界にはティッシュペーパーやちり紙は存在していない。


 よくある故障だったのだが、焦った汲み取り班が力ずくでポンプを操作した結果、ポンプはバキッと嫌な音を立てて再起不能になったという。

 修理には少なくとも2日はかかると言われたそうだ。

 しかし、伯爵邸のトイレ事情は切迫している。


 弱り切ったゲーハさんは一生懸命考えた結果、俺のスキルに思い至ったと言うことなのだ。


「そういうわけで、ペッパー伯爵のところの汲み取りを至急お願いしたい。

 状況から言って道掃除の荷車5~6杯分の糞尿があると思われる。

 君たちなら何とかできるだろう。

 と言うか、君たちが最後の希望なのだ。

 ここで伯爵に恥をかかせるわけにはいかないのだ。

 頼む、引き受けてくれ。

 伯爵も緊急以来なので料金は5割増しの100000ギル出してくれるということじゃ。

 ことがことだけに、今回はその全額を君たちの報酬とする」


 なるほど、アリーと二人で荷車を引き、3往復ほどすれば任務は完了だ。

 道路掃除の報酬に換算すると12杯分以上の収入だ。


 しかし、今日はアリーと二人で薬草採集の予定だった。

 俺はアリーの方を見ると、アリーは静かに頷いてくれる。

 どうやら、俺が決めていいらしい。


「わかりました。

 お引き受けします」


 俺の言葉にゲーハさんはホッと胸をなで下ろす。




 俺達は早速役場で2台の荷車を借り受け、伯爵邸へ向かう。

 この街の中心にある伯爵邸は役場からも近いがとても広い。

 庭も広く、綺麗に整備されている。

 今に時期は色とりどりの花が咲き乱れる庭園となっており、少し奥の方には実に見事に整えられたバラ園もある。

 特に伯爵邸の壁に近い部分には、真っ赤な大輪のつるバラが美しく咲き誇っており、一体どうしたらこれほどたくさんのバラを一時期に咲かせることができるのかと感心させられる。

 

 伯爵邸のトイレの汲み取り口は、このつるバラの垣根に隠されるように存在していた。

 案内のメイドさんに連れられて、他からは見えないように工夫されている汲み取り口に辿り着く。

 金属製の蓋を開けると、人糞特有のあの臭いが鼻をつく。

 しかし躊躇ためらっている暇はない。

 敵は蓋の直下まで達しており、今にも溢れんばかりだ。

 一刻も早く始末せねば、この瞬間にも、用を足している屋敷の人間におつりが直撃するかも知れないのだ。


 俺とアリーは視線で合図し、俺はスキル『うんこ操作』を発動した。

 汲み取り口の中の糞尿を的確に荷車に移す。

 レベルが上がり、俺の周囲4メートルまで操ることができるようななった今、如何いかに伯爵邸の糞尿タンクが巨大とは言え、間違いなく俺のスキルの射程内だ。

 俺とアリーの荷車はすぐにいっぱいになる。


 すぐに役場に運び、二往復目に突入する。

 二回目も一回目と同じだ。

 何の問題もなく糞尿を荷車に移し、役場へ運ぶ。

 糞尿タンクの中身はかなり減ってきた。

 予想どおり、後一往復だろう。


 そして、3巡目。

 俺とアリーはついに糞尿タンクの底を確認する。

 伯爵邸の糞尿は完全に取り出せた。

 俺のスキルを使って回収したせいで、新品同様ぴかぴかだ。


 そうこうしていると伯爵邸からメイドが飛び出して来る。

「あの……

 トイレ掃除をしようと思ってトイレに行ったのですが、全く汚れていないどころか、臭いすらしないのです。

 もしかして、あなた方がやったのですか」


 どうやら、俺のスキルで糞尿を取り除いたため、完膚なきまでに取り除けてしまったようだ。

 俺のスキルもとんでもないところで役にたったと思い、もう一度その仕事を確認するためタンクの底を確認すると、なにやら色とりどりの物体が落ちている。


「あれは何だろう……」

 俺のつぶやきにアリーがタンクをのぞき込む。

「トイレタンクのそこにあるんだからトイレがらみのものかしら……

 取りあえず拾い上げてみましょう。

 ひしゃくを取って」

「いや、アリー、俺がやるよ。

 トイレタンクの底に手を突っ込むのは俺の仕事だ」

 流石に大好きな女の子にこんな汚れ仕事はさせたくない。


 俺は長柄のひしゃくを手に取る。

 今日は一度も使用していないため、ひしゃくは綺麗な状態だ。


 ひしゃくの柄の先端をもって、汲み取り口に腕を突っ込み、底にあるカラフルな何かをすくう。

 引き上げてみると、それは15センチ四方の綺麗な布だった。


 俺達の様子を見ていたメイドが呟く。

「それは、用を足した後に使う布ですね。

 でも何でトイレタンクの底に、そんな綺麗な状態の布がたくさんあるのでしょう。

 取りあえず、綺麗みたいですからトイレに入れておきましょう」


 メイドはそう言うと俺から布を受け取る。


「あの、よかったら残りも取り出しておいてもらえますか」

 メイドの言葉に俺は頷くが、こめかみを冷たい汗が伝うのを感じる。

 俺のスキルを知っているアリーも冷や汗をかいているようだ。


 あの布は、間違いなく一度使用されて、糞尿とともに便器内へ廃棄された使用済みの品だ。

 それが、俺のスキルで糞尿を完全に取り除かれたため、新品同様に再生されているに過ぎない。

 しかし、それを再利用するとは……


 見た目は綺麗になっているとは言え、誰かが一度使用したことのある布を、今夜のパーティーに来場した伯爵の招待客が使うことになるのだろうか。

 いや、伯爵本人や伯爵の家族も使用するかも知れない。

 もしばれたら……

 俺達は無事に生き延びることができるのだろうか……


 嫌な汗はとどまることを知らない。


 まあ、メイドがやってくれと言っているのだから仕方がない。

 ここは、俺のせいじゃないと言うことで仕事を完了させよう。


 俺はひしゃくを使ってタンクの底から布を全て取り出しメイドへ渡した。


 メイドが布をもって屋敷へ消えて行くのを、アリーと二人で呆然と見送る。

 そう、これは俺達のせいじゃない。

 全部あのメイドが悪いんだ。

 これは俺のせいじゃない……。自分に言い聞かせ、俺達はメイドの背中を見送った。







リアルの仕事の関係で、カメ更新になると思います。

すいませんが、ご容赦ください。

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