第42話/三者凡退!? しかしずっとこちらのターン!!
なんでかこう、素直に決闘できないうちの子達。
モーちゃん、もといエルモギルド長から決闘の開始が告げられた瞬間、先に動いたのは意外にもチャラ貴族の方だった。
「さあ、皆の者! 陣形をとりたまえ!」
『おう!』
数に任せてそのまま突っ込んでくるかと思いきや、真面目に陣形を組んできた。
陣形は三角形のような感じで、鉄っぽい大盾を持つ男を先頭に、後ろには片手剣を持つ三人の男が構えている。
片手剣の男達のさらに後ろには左右に槍を持つ男が二人に、真ん中には杖を持った男が二人。
最後尾には戦斧を持つ男と、長剣を構える男がチャラ貴族を守るように配置されていた。
さっきはモブ男達だと思って適当に見ていたが、なかなかどうして様になっている。
「ア、アビゲイル、なんだか向こうが本格的なんだけど……」
それをみてたじろいだマルガリーゼが弱気な発言をするが、オレ様も同じ気持ちである。
装備もよくみれば金属鎧はいないものの、戦士は厚い革の鎧で杖を持つ魔導士は丈夫そうなローブを着ていて本格的だ。
しかもなんだか戦い慣れしてるような雰囲気がある。
「へぇ、ただのチンピラじゃないみたいだな?」
「誰がチンピラだ!」
「俺たちは――――」
なにかいいかけたチンピラ達をチャラ貴族は手を上げることで制し、
「当たり前だ。この者達は僕の優秀な部下であり仲間でもある――――」
と、チャラ貴族はなぜか途中でいったん言葉をとめ、なにやら考え込んだあと、
「……うむ。よく鍛えられたチンピラだ!」
『だからチンピラじゃねえよ!』
俺は商人の三男だ! 俺は男爵の五男だ! 等と次々と野次が飛ぶのを聞いてると、どうやらラノベでよくある家督を継いだりできない泣かず飛ばずの連中のようである。
「ま、まあ落ち着きたまえ諸君。今は決闘の最中だ。あちらの出方を見ようじゃないか」
自陣からの抗議をなだめたチャラ貴族がこちらに視線を向ける。
その顔は相変わらず余裕の表情を浮かべている。
よーし。早速泣かせてやろうじゃないか。
「というわけで、秘密兵器リリベルちゃんゴー!」
「えあ!? あ、あたし!?」
向こうの意外な行動にたじろいでるところ悪いけど、リリベルちゃんご使命である。
まあオレ様が魔法の一発や地面の一つでも叩き割ってやればそれで終わりそうなもんだけど、せっかくリリベルちゃんに秘策があるという事だし、どんなのか見てみたい。
「うむ。"優秀"なリリベルちゃんの、ちょっといいとこみてみたい!」
「え、ゆ、優秀……? そ、それなら仕方ないわね! あたしのいいとこを見せてやろーじゃないの!」
飲み会のノリで振ってみたら、意外とのってきたリリベルちゃん。
自信満々な顔で一歩前に出ると、腰に着けていたポーチから一本の試験管を取り出して頭上に掲げた。
チャラ貴族や男共の訝しげな視線が試験管に集中する。
「ふふふふ、今のうちに降参した方がいいわよあんた達! これの餌食になりたくなければね!」
得意気なリリベルちゃんの小さく可愛らしい手に握られた試験管には、しばらく洗ってなかった水槽に発生した藻のようなヤな緑色をした薬品がちゃぷちゃぷしている。
中身が気になったので、こっそり鑑定のスキルを使用してみると、
【鎮静剤”タタナクナール”】
『ぶふっ!』
鑑定結果を見て思わず吹き出してしまった。
エルモも鑑定スキルを使ってみたのだろう、オレ様とほぼ同じくして吹き出していた。
オレ様のしていたゲームの中でも、たまにネタアイテムという物が登場するのだが、これがまさにその一つである。
その中でもまさかこのアイテムに実際にお目にかかれるとは……。
「これを浴びたなら、男の性欲が著しく低下もしくは不能になるのよ!
しかもあたしが改良して人に効くようになってるし、気化するようにしたからほとんど逃げる術はないという優れもの!!」
そして効果はリリベルちゃんが言った通り。
ゲームではゴブリンやオーク等といった、女性を好んで襲う集団魔物に対して闘争意欲を失わせるために使用されるものだ。
ちなみに使用された魔物の群れは闘争意欲どころか性欲もなくして住処に引き篭り、いつの間にかその群れが絶滅したというエピソードがあったりする。
まさに性欲、股間に直撃するアイテムなゆえに、ゲーム内では鎮静剤ならぬ”チン静剤”と畏怖を込めて呼ばれていた代物だ。
主に男性プレイヤーから。
「き、貴様! なんという恐ろしい物を持ち込んでいるんだ! やめたまえ!!」
「そうだそうだ! 卑怯だぞ!!」
いや、女の子相手にその倍の人数でしかもしっかり武装してきてるお前らはどうなんだよ。
「ふふん! だったらさっさと降参することね!」
チャラ貴族を筆頭に男共から抗議がよせられるが、リリベルちゃんは得意げな顔で一蹴してしまう。
すると、男共の中から茶色のローブを着た魔導士が声を上げ、
「案ずることはありません。あやつは薬が”気化”すると言っておりました。
ならばこちらに気化した薬が届く前に、私の風魔法で吹き散らすことが可能でしょう。
そうすればあやつの薬は無力と化します」
ぴしっ。
魔導士の言葉を聞いてどや顔だったリリベルちゃんの表情が固まり、次第に青ざめていく。
どうやらチンピラに見える向こうも、に少しは頭の働くやつがいるようである。
「おお、さすがは我が部下で一番の頭脳を持つ男。
気になる女性に、好きなところや行動を事細かに記したラブレターを一通送って相手をどん引きさせたあげく、ストーカー扱いされて学院を去った男とはとても思えん頭の冴えだ!」
「がはっ! そ、その話は、その話だけは……」
チャラ貴族が過去の偉業を語った瞬間、膝をついて崩れ落ちる魔導士。
どうやら頭が働くけど一周回っておバカになるタイプっぽい。
つか、味方にダメージ与えてどうするチャラ貴族。
「ど、どどどどうしようアビゲイル! あたしの薬が通じなくなっちゃった!!」
そしてこちらではオレ様の袖をくいくいと引っ張りながら、涙目で動揺するリリベルちゃんが可愛いのはいったいどうしたらいい。
とりあえず大丈夫大丈夫ととんがり帽子ごしに頭を撫でていると、すっと一歩前に出る人影があった。
「そ、それなら私の魔法であなたたちを倒して見せるわ!」
それは勇ましくも声をあげ、魔鉄の長杖を構えたマルガリーゼだった。
しかしそれを意に返した様子もなく、チャラ貴族は鼻で笑ってのけて言う。
「ふっ、先ほどは予想外の事に驚いたが、この僕が決闘においてなんの対策もしてないと思っていたのかい? お前達!!」
『おうっ!』
すると先頭の二人の男が腰を落とし、地面に大盾を突き立てるように構えた。
「この大盾には少量ながらもミスリルが使われていてね。
わかると思うが下位魔法程度なら効かないし、中級でもうちの部下の魔導士の障壁と合わせれば通用しないのだよ!
あえて言おう。この大盾の前では君らの魔法など無力だと!」
「え"……」
チャラ貴族の説明を聞いて、マルガリーゼが固まってしまった。
ううむ。これは本気で勝つための対策を立ててきているらしい。
まあ、それをいたいけな女の子相手に使うのはどうかと思うが。
「ご、ごめんなさいアビゲイル……魔法が効かなくなっちゃった……」
今度はマルガリーゼが魔法を阻止され、涙目な顔でこちらに振り向く。
大丈夫だからこっちおいで、とマルガリーゼをこちらに呼び寄せ、リリベルちゃんと一緒に頭を撫でて慰めていると、不意に近くにいたメルナリーゼと目が合った。
「もしかして今度はメルナリーゼが行くのか?」
「いえ、私には姉さまやリリベルさんのような特技はありませんから。
それにあの人数相手に、剣士の私がどうこうできるとは思えませんし」
メルナリーゼの言葉に気を良くしたのか、チャラ貴族がどや顔をしているのがちょっと腹立つ。
そんなオレ様をよそに、メルナリーゼはチャラ貴族達に薄く浮かべた笑みを向けると、
「まあ私に出来ることと言えば、真夜中に部屋に忍び込んで、股間に剣を突き立てることくらいですが……ふふふ」
なんかさらっと怖い事言ってきた。
え、メルナリーゼって剣士だよね? 暗殺者じゃなかったよね?
見れば向こうの方で、話を聞いた男共の何人かが内股になって顔を青くしている。
いやまあ、股間に剣を突き立てるとか、オレ様も身体が女の子になったとはいえ中身は男なのでその気持ちは分かるけども。
ええ、オレ様もちょっと下腹部の辺りがヒヤっとしましたとも。
「ふ、ふふっ! どうやら万策尽きたらしいな! もし負けを認めるというなら、手荒なマネをしないことを約束してやってもいいぞ!!」
上から目線で言っているチャラ貴族だが、その声が若干震えている。
ちなみにその原因はオレ様の横にいるメルナリーゼだと思われる。
さっきから腰の剣に手をかけて、少し抜いては引っ込め少し抜いては引っ込めを繰り返し、そのチンと鳴る鍔の金属音に合わせ、
「(チン、チン)サックリザックザク~♪ (チン、チン)ザックリサックサク~♪」
なんて笑顔で軽やかに歌ってるもんだから、正直言ってオレ様も怖いです。
マルガリーゼとリリベルちゃんもちょっと腰が引き気味になってる様子からして、やっぱり怖いのだろう。
「えーっと、じゃあ、最後はオレ様がいくか」
「ははは、武器も持たない君がどうするというんだい? さきほども言った通り、魔法は通じないから無駄だよ?」
確かに今は銀十字の黒剣はアイテムボックスにしまいっぱなしで武器は持ってないし、あっちは魔法対策が万全と思っていて余裕な気持ちになるのも仕方ないと思うのだが。
でもまあアレだ。
オレ様から言わせてもらえば、今の素手の状態でも十分すぎる程に戦力差があるので、武器や魔法を使用した場合に確実にオーバーキルになることが予想されるので逆に危ないのだ。
それにさっきちょろっと<鑑定>を使用したところオレ様のレベルがゲームでは最高の二百に対して、向こうは十~二十の間くらいだった。
……弱すぎる。
これでは多分冗談ではなく、本気で力加減に気を付けないとワンパンで文字通り全てが終わってしまう可能性がある。
別に相手を殺傷するのが目的ではないし、なにかいい方法がないかと考えた結果、オレ様は比較的穏便な方法を思いついた。
これなら無駄に疲れそうな手加減する必要もないし、誤って相手を殺傷することもないだろう。
満足のいく考えに、よし、とオレ様は頷き、姉妹とリリベルちゃんを後ろへ下がらせると、チャラ貴族と男共を見据えて軽い挨拶をするように笑顔で言ってみた。
「とりあえず、”跪け”」
次の瞬間、武器を放り出すように手放したチャラ貴族含め男共が慌てた様子で膝を折って頭を垂れたのだった。
ふと、チン静剤をゴブリンとかオークの群れに無差別爆撃させたらマジで絶滅できるんじゃなかろうかと考えた作者です。
あ、ちなみに異世界ではそこまで劇薬じゃなくて効果は一時的なものです。三日くらい立ったら立ち上がれるようになります。
さていよいよアビゲイルの出番!
果たして次回はまともな決闘になるのか!
というか読者はまともな展開を期待しているのか!
スタ○の桃フラッペでも食べながら待て!!




