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あるいは冬という名の友達  作者: キリキリマイク
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中編

「た、大樹の中に入るのは、はじめて、かな?ど、どうぞ、ゆっくりしていって」


大樹の中に招かれたケンちゃんとアンちゃんは、二人が想像していたよりも大樹の中が温かいことに驚いた。


「外はすごく寒いのに、この部屋は温かいんだね。今は冬の女王様が住んでるし、もっと寒いって思ってたよ」


「ええ。大樹は外から見たら、葉っぱもなくて、つららや雪が覆ってて寒そうだけど、で、でも、大樹はとても生命力が強い魔法の樹なの。内側は生命を維持する大事な場所だから、その中心に作られたこの部屋は、とても温かいのよ」


冬の女王は答えた。恥ずかしそうだが、自分のことのように少し誇らしげだ。


「そうか、ここは冬の女王様たちのお家だけど、樹だから生きてるんだね」


ケンちゃんは納得したようにうなずいた。


「夏の女王様がこの樹にいた時に遊びに行ったら、外は熱かったのに、樹の中はそんなに熱くなかったわ。きっとそれもこの樹のおかげだったのね」


そういえば、という顔をしながらアンちゃんも壁を触りながらうなずいた。樹の壁はごつごつしていて、ほのかに熱を放っている。そして心なしかゆっくりと脈打っているようにも感じる。


「夏の女王様、か...。ケンちゃんとアンちゃん、外は寒かったでしょ?お腹はすいてない?あったかい飲み物とクッキーを用意するわね」


冬の女王様は数秒目をつぶった。目を開けた女王様は「いま、持ってくるからね」とにっこり笑った。


「ありがとう!ちょうどさっきまで晩御飯の話をしてて、お腹がすいてたんだ」


「そう、良かったわ、二人は私が大樹にいる時の初めてのお客様だから、きちんとおもてなしをしなきゃね!」


冬の情様はえっへんと胸をそらしながら言った。


「初めて...?わぁ!!すごい!!!」


ケンちゃんとアンちゃんの前に紅茶とクッキーが運ばれてきた。しかし運んできたのは冬の女王様ではなく、ケンちゃんとアンちゃんが大樹の前で作ったふたつの雪だるまだ。


「ボクたちが作った雪だるまさんじゃないか!!」


「本当だわ!ケンちゃんが乗せた帽子もちゃんと被ってるわ!!」


「ふふふ、気に入ってもらえたかしら?」


冬の女王様は嬉しそうに言った。紅茶とクッキーを並べ終えたふたつの雪だるまは、二人にうやうやしくお辞儀をすると、雪の体をゆっさゆっさと揺らしながら部屋の隅に移動した。


「この、雪だるま?を通して、二人の楽しい気持ちが伝わってくるわ。私のことを考えて作ってくれたこともね」


「そんな、私たちはただ遊んでただけだから。でもそう言ってもらえてうれしいわ。うふふ、でも、良かった」


アンちゃんは安心したように言った。


「私たち、春、夏、秋の女王様とは会ったことはあるけど、今まで一度も冬の女王様とは会ったことがなかったから、冬の女王様がどんな方か、ずっと気になってたの。今回も王様のお触れが村に届いたから、冬の女王様って本当はこわい人なのかなって、ちょっと思ってたの」


「お触れ?どんなお触れが出されたの?」


「冬の女王様が冬の終わる時期になっても大樹から出てこないから、それを何とかした人にはご褒美をくれるんだってさ」


ケンちゃんが口の周りをクッキーだらけにしながら言った。


「……そっか、外はそんなことになってたのね、そうよね、だってもう春どころか、夏のお姉さまが来てもおかしくないもんね」


冬の女王様の表情がくもり、うつむいた。それにつづいて部屋の隅に立っていた雪だるまも悲しそうな表情になった。


「ねぇ、どうして大樹から出ようとしないの?困ってるなら、私たち何か力になれるかもしれないわ!」


アンちゃんが立ち上がり、力をこめて冬の女王様に言った。今までクッキーに夢中だったケンちゃんも、ちょっとびっくりしたようにアンちゃんを見上げたあと、


「そ、そうだよ!王様やほかの女王様でも無理だったなら、ボクたちではどうしようもないかもしれないけど、何かできるかもしれないよ!」


アンちゃんに続いた。


「ううん、ちがうの。王様やほかのお姉さま”だから”なの」


冬の女王様は自分のティーカップに口をつけ、少しためらうように言った。


「私、さっき言ったじゃない?ケンちゃんとアンちゃんが初めてのお客様だって。私、二人が来てくれてすごくうれしいの。こうしてお話ができて、私の心が今までにないくらい満たされていくのが分かるわ。そしてそんな楽しい気持ちを、王様やほかのお姉さまたちがいつも感じていたのが、うらやましかった」


冬の女王様の表情がさらにくもり、うっすらと目に涙が浮かんだ。


「今はこの気持ちが強くなったわ。だって二人と話すことができたんですもの。この日をなんど夢に見たことか。お姉さまたちのことは羨ましかったけれど、誰かとこうして楽しくお話することがどんな気持ちかって、今までよくわからなかった。でも、今は……」


冬の女王様の目に限界までたまった涙が、頬を伝って流れた。


「友達と一緒にいるって、こんなに嬉しくて、楽しいものだったなんて。お姉さまたちはこんな気持ちを、今まで、ずっと」


流れ落ちた涙が氷となって、床にポトリと落ちた。続く大粒の涙もヒョウのようにポトポトと落ち、溶けて、やがて樹の床に染みこんでいった。


「春は生き物が目覚める季節。夏は生き物が活気づく季節。秋は実りが豊富で、生き物がそれを食べて命を濃くする季節。でも冬は閉ざされた、生き物の気配がなくなる季節。きれいな声で歌う鳥もいなければ、元気に鳴く虫たちもいない。花も咲かなければ、あんなに生き生きとした動物たちは永い眠りにつく。私がつかさどる季節は、そんなさびしくてつまらない季節なのよ」


ケンちゃんは手の甲にポツリと冷たいものがくっついたことに気づいた。クッキーを食べる手を止めて見てみると、それは半分溶けた白い結晶だった。上を見上げると、空もないのに雪が降っていた。


「みんな冬には家に閉じこもって、冬が終わるのを待っている。春や夏みたいにお花見やピクニックをしたり、海で泳いだり山で遊んだりなんかしない。そんなつまらない季節を運んでくる私が、この国からいなくなるのをみんな待ってるんじゃないかって、いつも思うの」


部屋の気温がみるみる下がっていくのを肌で感じる。ケンちゃんとアンちゃんの吐く息が白くなり、顔が冷たい。


「だから私は大樹から出ないことにしたの。そうしたら王様やほかのお姉さまたちは私がどんな思いをしているか分かってくれるわ。私がどんなに寂しい思いしているか、分かってくれるに違いないわ!」


「冬の女王様!ボクたちは冬の女王様にいなくなって欲しいなんて思ってないよ!」


アンちゃんが手にしているティーカップが一気に冷たくなってきた。すかさずテーブルに戻すと、みるみる紅茶が凍りついた。


「こんなことをしても意味はないって、本当は分かってる。みんなにも迷惑をかけてしまうって分かってる。でも、でも。いつまでも一人ぼっちで大樹にいないといけない私の気持ちを、私がどれだけ悲しい思いをしているか、少しでも分かってほしかったのよ!」


とつぜん冬の女王様を中心に吹雪が吹き荒れた。身を切りそうな冷たい雪風が冬の女王様を取り囲むように吹きすさび、ケンちゃんとアンちゃんは冬の女王から離れた。ケンちゃんは手の感覚がなくなる中、必死に上着を着ながら叫んだ。


「待って、女王様!冬の女王様は寂しくなんかないよ!今だってボクたちがいるじゃないか!!」


「みんなばっかりズルいわ、なんで私が冬の女王様なの!なんで私ばっかりこんな寂しい思いをしなければならないのよ!」


ケンちゃんの声は、冬の女王様には届いていなかった。冬の女王様を取り囲む吹雪が轟音を響かせて、ケンちゃんとアンちゃんに向かって吹きすさび、冬の女王様の開きかけていた心は閉ざされていった。


「ケ、ケンちゃん!」


アンちゃんが今にも泣きそうな顔でケンちゃんを見た。


「アンちゃん、ここを出なきゃ!」


ケンちゃんはアンちゃんの手をぎゅっと握りしめ、出口に向かって走り出した。


「あ!ま、まって!行かないで、行っちゃやだ!」


冬の女王様は、自分から離れていく二人に気づき、一瞬われを取り戻した。そして自分がしでかしたことを悟った。


「お願いよ。もう私を一人にしないで、お願いだから」


出口を凍らせて、大樹から出られないようにしようと考えた女王様だったが、必死に自分から遠ざかってゆく二人の姿を見て、意味がないと悟った。二人ここにつなぎとめても、心は私には向かない。私が望んでいることは本当はそんな事じゃない。せっかく友達ができるチャンスを手にしたのに、私はそれを逸してしまった。


冬の女王様は膝から崩れ落ち、ただ自分がしたことを泣いて後悔することしかできなかった。

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