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 知らない所で動き出してた

 話はレンがアットの街へ来た頃に戻る。

 冒険者であるジョン達は、依頼達成の報告をするべくギルドの受付へと来ていた。

 彼等はギルド所属の証でもあるカードを受付嬢と渡し、後は報酬を貰えば仕事は完了する筈であった。

 ここで彼等は予想外の展開に陥る事になる。


 ギルドカードには依頼の最中に、どれだけの魔物を倒したかが記録される仕組みとなっていた。

 この世界の住人は、生まれながらにしてアイテムボックスと呼ばれる位相空間を個人で保有し、成長と共にその収納スペースが変化する不可思議な物なのだが、魔物を倒すと落したアイテムや金が何故かその空間に収められる仕組みとなっていた。

 その特性を調べ作られたギルドカードは、魔物特有の魔力を検知し、その内容を読み取る事が可能となっている。

 だが、今回においてその記録はジョン達のランクでは不可能と思える、到底在りえない魔物の名が記されていたのだ。


「ご、ゴブリンキングっ?! 嘘でしょ?!」


 受付嬢の驚愕の声はギルド内に響き、辺りは俄に騒ぎ始める。


「いや、倒したぞ? まぁ、弱っていた所をタコ殴りにしたんだが……」

「記録されていますから、間違いはないのでしょうけど……信じられない」


 彼女が驚愕するのも無理は無い。

 本来であるならただのゴブリンの集落を討伐するのは、Cランクレベルの冒険者である。

 ゴブリンキングが存在する群れとなると、少なくとも200匹以上のゴブリンが存在する可能性が高く、軽く見積もってもランクAレベルの依頼となるのだ。

 Cランクの冒険者で依頼を果たすとなると、少なくとも8チームのパーティーフルメンバーで挑むしかならず、四人で討伐する事など不可能に近かった。


「ゴブリンの数だけでも……ゴブリン182匹、ホブ・ゴブリン31匹、ゴブリンジェネラル7匹、ゴブリンメイジ63匹、ゴブリンソルジャー17匹……あり得ません」

「んな事言われてもなぁ~て、何でソルジャーが少ないんだ?」

「事実だし……て、メイジがやけに多いわよね?」

「さすがに俺達も死を覚悟したよ……結構倒してたんだな…」

「意外に楽勝だったが……火攻めはやはり有効か」


 彼等の使った戦法は風上から【縛毒紛】と呼ばれる毒を大量にばらまき、風で火を煽り火災を起こして焼き殺す方法である。

 お世辞にも褒められたやり方ではないが、毒と麻痺で身動きが取れなくなったゴブリンを火攻めで焼き殺す方法は非常に有効であった。

 しかもレベルアップを繰り返す事により、魔法を絶え間無く撃ち続けて集落一つを滅ぼし、焼け出されたゴブリンをハイテンションで斬り殺していた。

 有効ではあるが悪辣な戦法であり、下手をすれば山火事を起こしてもおかしくは無い危険な真似をしでかしたのだ。


「これはギルドマスターに報告しないと……」

「ゲッ?! て事は、サブ・マスターとも顔を合わせるのか?」

「えぇ~……あたし、サブ・マスター苦手なのよねぇ~」

「正直、俺も」

「同じく……」


 アットの街の冒険者ギルドでは、ギルドマスターの側近を務めるサブ・マスターはあまり良い印象の人物とは思われていなかった。

 だが、事が事だけに報告せねばならず、義務が生じる以上はどうしても必要になる。

 何しろ滅ぼしたゴブリンの数は尋常では無く、下手すれば国自体に多大な影響を齎していた可能性が高いからだ。

 場合によっては国に報告する義務がギルドには課せられていた。


「少し待っててください。今、ギルドマスターに報告してきます」

「手早く頼むぜ?」

「嫌な事は早く済ませたいからねぇ~」

「報酬はいくらになんのかねぇ~」

「面倒な話だ……」


 受付嬢は小走りに執務室に報告に向かう。

 程なくして、ジョン達はギルマスの部屋へと案内されたのだ。



 * * * * * * * * *



 アットの街を担当する冒険者ギルドを実質管理する仕事を担当しているのは、元Sランク冒険者で初老を迎えようとしている体格の良い男であった。

 彫の深い顔立ちと長年冒険者として活動してきた鍛えられた肉体が、彼の見た目をより若く見られる風貌を与えている。その精悍な顔には魔物の鋭い爪でつけられた大きな傷跡が目を引くだろう。

 彼の傍には眼鏡をかけた神経質な優男が控え、彼は先ほど受付嬢が齎した情報に猜疑の目を向けていた。

 

 ギルドマスターである彼の名はボラン、嘗ては【轟斧のボラン】との二つ名で呼ばれ、数多くの依頼を熟してきた実戦主義の強者である。

 ケガを負い一線から退いた彼は、現在その功績からギルドの管理を任され、冒険者の育成から依頼の難易度の調整、魔物から得られた素材の売買による金額の上限管理まで幅広い管理体制を敷き、多くの冒険者から信頼されていた。

 一方で、サブ・マスターである細身で神経質な男カスールは、ボランとは真逆で全くと言って良い程信頼されていない。


 彼は元々王室で事務官を務めていたが、横領の片棒を担ぎ退職させられ、知り合いの商人の伝手でギルドの管理業務に入る事になった経緯がある。

 無駄に高いエリート意識が災いして、冒険者たちを見下す傾向が高いのである。

 彼をギルドに引き入れた商人は、当初は素材などの仕入れに関して便宜を図ってもらう筈であったが、事前にボランにこの事がバレて信用を無くし、この街から撤退を余儀なくされた。

 相手が信用を勝ち得ている元Sランク冒険者では、敵対するのはほぼ無謀であると同時に、他の冒険者たちからも見向きもされなくなった為である。

 冒険者の多くは酒場で商人の噂を酔いながら流し、それが一般の人々に流れた事で信用が失墜した。

 その所為でカスールは後ろ盾を無くし孤立状態になのが現状である。


 話を戻そう。


 受付嬢の報告を聞き、ボランは険しい表情を見せ、対するカスールは半ば胡散臭げそうな怪訝な表情を見せていた。

 ボランは実戦を知る故にジョンの話を裏付ける必要性を感じ、カスールは何かインチキをしたのではと疑っているのだ。

 そんな彼等の元に、四人の冒険者が案内されてきた。


「失礼しやす、ギルマス」

「派手にやったようだな、ジョン……色々と聞かなければならない事態なようでな、手間をかけさせる」

「いや、俺らはゴブリンの集落を潰してきただけで、大した事はしてないですよ?」

「ゴブリンキングを倒してもか? 十分なほど一大事だぞ?」

「俺らは運が良かっただけですよ。まさか奴等の集落が、あんなに派手に燃えるとは思いませんでしたから……」

「……またアレをやったのか……? まぁ、いい。その件を含めて詳細に聞かせて貰うぞ?」

「・・・・・・しゃ~ねぇ~スね。んじゃ、最初から……」


 彼等は三日前に依頼を受け、ゴブリンの集落を探すべく二日がかりで森を探索していた。

 だが、集落の痕跡は見つからず、時間ばかりが過ぎ、二日目には天候が悪化して調査が中断されてしまった。

 彼等はモートル湖の畔にある朽ちた洋館に雨宿りをしていたが、そこでゴーストを含めたアンデットに捕らわれ、牢に監禁されたのである。


「待て、その屋敷は、旧ランバル公爵邸の事か? アンデットの巣窟になっていたのか……良く生きて帰れたな?」

「いや、誰の屋敷かは知らないですよ? ただ運が良かったとしか言えねぇ」

「そうよねぇ~、あの時は死を間近に感じたわ……」

「あの子に感謝だな……何せ牢の扉を破壊してくれたのだから」

「全く……」


 何気ない会話に、聞き逃せない単語にある事に気付くボラン。


「あの子? 他に誰か同行者がいたのか?」

「……いや、たまたま知り合った」

「見た目は可愛かったわよねぇ~」

「女の子でないのが残念」

「寧ろそれが萌えじゃないか?」


 話の内容を推測するに、少女の姿をした何者かが其処にいた事を指していた。

 何やら話が混迷して来る。


「何者なのだ? その少女(?)は…」

「いや、男って言っていましたぜ」

「寧ろ、男の娘?」

「女だったら十年後には……残念だ……」

「それはそれで、一部の人間には需要がありそうだが……」


 増々話が分からなくなる。


「結局何者なのだ? 話が全然見えん」

「ゴブリンキングの子供。未熟児で生まれて捨てられたらしい」

「たった一日でランク8にまで成長したらしいわ。魔王より強いごぶりん」

「アレ? 鬼神じゃなかったっけ?」

「二つの種族特性を持った存在なのだろう。変異種なのかもな」


「ゴブリン?! 変異種だとっ?! しかも魔王クラスっ!?」


 その事実はある意味恐るべきものであった。

 現時点で魔王クラスの魔物は五体確認されている。

 彼等の話が本当であるなら、この国内部で魔王が誕生した事になる。

 魔王クラスはたった一体で国を滅ぼせる恐怖の象徴であり、勇者クラスでないと対処しきれない化け物であった。

 しかし、四人の態度を見る限り、恐怖に怯えている様子が見られないのが異常であった。


「大丈夫じゃね? アイツ、人間にはかなり友好的だったぞ?」

「凄い武器をくれたしね。もう一度会ってみたいわ、可愛いし♡」

「今頃何してんのかねぇ~」

「自由に放浪しているかもな。好奇心が強そうだったからな」

「なぜ、そこまで信用できるんだ? 魔王クラスだろ?」


「「「「男の娘に悪い奴はいない!」」」」


 増々話が混乱して来る。

 魔王クラスはどれも好戦的であり、全てが本能に忠実な化け物で、一度闘いになれば敵を滅ぼすまで止まる事は無い災厄なのである。

 まして、友好的な魔王など今まで聞いた事も無かった。


「それに、魔王と決めつけるのは早いかもしれないわよ?」

「確かに、結構気前が良かったしな。肉もくれたし」

「アレは、狩りの仕方を教えてやった礼の積もりじゃないのか?」

「教えた覚えはないがな……」


 どうやらこの四人も、何かをやらかしていると判断したボラン。


「続きを教えてくれ、今の段階では判断に苦しむ」

「うっス」


 アンデットの屋敷から逃げ出したジョン達は、食事をするために狩りをしていたが、兎一匹しか狩る事は出来なかった。

 そんな時に、そのごぶりんは再び現れ、狩りの授業料だと肉を別けてくれたらしい。

 食事の最中にゴブリンの集落を探していると知ったその存在は、簡単に集落の場所を教えてくれたばかりか、屋敷で発見した武器の幾つかを彼等に無料で与えた。

 その後はいつもの手を使い、ゴブリンを麻痺と毒攻めにした後に集落に火を放ち、あぶれたゴブリンを各個撃破して殲滅した。

 その最中に岩場の洞窟から吹き飛ばされたゴブリンキングが地面に激突、好機とばかりにタコ殴りにして倒したというのが事の顛末であった。


「そのゴブリンキングに致命傷を与えたのが……まさか…」

「生まれて直ぐに捨てられたから、凄く恨んでいたんじゃないか?」

「かなり強力な力を保有しているのは間違いない……断崖が地震が起きたかのように振動していた」

「でも、あの子、やけにサッパリしてたわよね?」

「ただ殴ってやりたかっただけなのかもな。馬鹿親父らしいから」


 俄に信じられない様な内容である。

 だが、人間に危害を加える気なら、彼等が生存している事自体おかしい。

 そうなると、友好的と言う話も納得の行くものである。


「だが、それだけで魔王ではないと何故言い切れる? 何か確証があるのか?」

「本人が言ってたけど、【神スキル】を三つ保有しているらしいわよ?」

「そのおかげで急速成長を遂げたと分析していたな……かなり冷静な目を持っている」


「「神スキルっ、三つだと!?」」


 スキルには主に訓練で身につく一般スキルと、生まれながらに才能を持つ特殊スキルが存在する。

 その中で『神』の文字が入るスキルは創造神から与えられた物であり、この世界で最高の栄誉とも言える祝福を受けたとされていた。

 だが、神獣と呼ばれる存在も神スキルは一つしか存在せず、現時点での最大数は【メルセディア聖国】の聖女が二つ所有し、これが最大であると思われていた。


「……馬鹿な!それでは……そのスキルで短期間に魔王を超えた存在になったと言うのか…? あり得ん」

「本人は鬼神と言ってたぞ?」

「鬼神? 聞いた事は無いな? なんだのだ、それは?」

「飛行船に乗った時に聞いたんだが、荒ぶる神の総称らしいぞ?」

「荒ぶる……? 闘いの神だとでも言うのか?」

「俺も詳しくは知らねぇよ?」

「・・・・・・・・」


 この世界では鬼神と言う概念は存在しない。

 それはつまり、新たな神がこの世界に誕生した事を示唆する事になる。

 しかも闘いの神であるため、迂闊な真似をすれば国が滅び兼ねない事態に陥る。

 何せ、魔王を超えた存在なのだ。

 闘いとは詰まるところ闘争であり、戦闘に特化した破壊神である可能性が高い。

 だが、そこである一つの違和感に気付く事になる。


「一寸待て、今、飛行船で聞いたと言ったな? よもや、その鬼神は今この街に……」

「いると思うぞ? そもそもアイツが戦った理由が、自分を生んだ母親を救うためみたいだし」

「なんだとぉ―――――――――――――っ!?」


 既に厄介な存在が街に入り込んでいた。

 しかも、迂闊に手出しが出来ないために静観するしかない。

 何かの間違いで怒りを買えば、この街自体が消し飛ぶ可能性がある。


「……そんな化け物をどうしろと言うんだ……」

「いや、人並みに良識があるみたいだから大丈夫じゃね?」

「話してみると凄くいい子よ?」

「そんなに心配する必要は無いと思うぜ、気の良い奴だからな」

「寧ろ、欲に溺れた連中は危険だな。下手に突けば殲滅されるだろう、触らぬ神に祟りなし」


「何の慰めにもなってないだろぉ――――――――っ!!」


 ボランは頭を抱える羽目になった。

 

「あと、ゴブリンキングは魔王のパシリだったみたいだぜ?」

「な、何っ?」

「どうやら、【色欲王】が動き出したみたいだな……ま、アイツがいるから大丈夫だろ」

「そうそう、魔王とは相成れない存在みたいだし」

「平穏無事がモットーらしいからな、俺達が余計な真似をしない限り、力を貸してくれる可能性が高い」

「寧ろ、王族共が危険だよな。国王代理は好き勝手やってるらしいからな」


 レンの性格を僅かに触れる機会があった彼等は、魔王と相対する事に危機感は持っていなかった。

 それどころか、レンの存在を知った王族が馬鹿な真似をしでかし、逆に怒りを駆って敵に回しかねない方が確率として高い。


 彼等の国は【グラードス王国】と言い、小国とは言え軍事面と良心的な内政を重視した軍事国家であった。

 だが、現国王が病床に伏せ、今は国王代理がこの国を仕切っているのだが、残念な事にこの代理は凡弱であった。

 現国王の実子であり、第一王子であるフラフースは決して有能では無い男であり、権力志向が高く民を蔑ろにする傾向が強く、民からはあまり良い心象を受けていない。

 その為、レンの存在を知れば馬鹿な真似をしでかす可能性が非常に高いのである。


「……鬼神の存在は伏せる…今、フラフース殿下に騒ぎを起こされたら、魔王の前に鬼神に滅ぼされる」

「やっぱ、そう思いますか?」

「あの子に手を出しちゃ駄目よ? 本気で城に乗り込んで暴れまわるから……」

「実の父親にも容赦なしだったからな、国王代理にはかなり凄惨な地獄を見せるだろう」

「あー、ありえる。しかも一日でランク8にまで進化したし、明日にはどんたけ強くなってるか分かんねぇよな?」


 改めて気づく鬼神の異常性。

 未熟児として生まれながら高度な知性を持ち、たった一日で魔王を超えた化け物。

 敵対するにはリスクがあり過ぎる。


「何でそんなに落ち着いていられる?」

「少なくとも、一般人に理由も無く攻撃を加えるような奴じゃ無いですしね」

「そんなの分からんだろ、殿下が母親を人質に取ったらどうする気だ?」

「そんな事をしたら、国自体が壊滅させられるんじゃないですか? しかも『お前たちが滅ぼされるのは殿下がふざけた真似をしたからだ』とか言って」

「そんな事になれば、民衆が暴動を起こすぞ?」

「それが狙いで引き起こすかもなぁ~。それぐらい考えられる奴だと思いますよ?」


 彼等は冒険者であるため観察眼が高い。

 その意見は鬼神の知性が非常に高く、国が最も嫌がる攻撃を的確に突く狡猾な一面を持っている事を示唆する。

 彼等はレンの性格に触れ理解し、思う事を言っただけなのだが、それは客観的な情報としてボランが捉えたのである。


「その鬼神に接触する必要があるな。殿下に何かをされては国が滅び兼ねん」

「探しますか? 話せばわかる奴だし」

「頼む、それと今回の報酬は上乗せしておく。討伐報酬は取り敢えず渡すが、残りは今は用意できんので、三日後まで待ってくれ……」

「うぃス」


 そう言うとジョン達は席を立ち部屋を出て行く。

 後に残されたのはボランとカスールだけであった。


「魔王だけでも厄介なのに、鬼神か……吉と出るか、凶と出るか……」

「あの様な話を信じるので? 嘘かもしれませんよ?」

「カードを細工する技術など誰も発見していない。アレは元勇者が作り出した遺物だからな」

「・・・・・・・」

「あいつ等の力でゴブリンキングは倒せぬし、鬼神が存在していると判断した方が話の辻褄が合うだろ」

「本気で鬼神の存在を秘匿するおつもりですか?」

「あいつらは非常識だが馬鹿では無い。他人を正しく評価する目を持っているから信用できる」

「信じられませんな、神のスキルを持つ魔物など」

「魔物から神に進化した以上、何か意味があるはずだ。創造神が何を考えているかなど、誰も分からぬのだからな……」


 そう呟くと、ボランは深い溜息を吐いた。



 * * * * * * * * *


 時は進み、三日後。


 グラードス王国、王都アースラ。

 国の中枢とも言える都で、要塞の様な王城が聳え立つ総人口十万人の都である。

 その王城、国王代理でもある フラフース・ミゲイル・アースラ殿下は、メルセディア聖国の使者である神官と謁見の間で対峙していた。

 彼等は聖職者であり、神の教えとやらを盾にその勢力を拡大していた。


 メルセディア聖国は豊穣神【イルモール】を信仰する大国で、魔王を倒すべく勇者を集める宗教国家である。

 同時に、各国家にも神殿を建設し、信者も多く国内にいる事から、その勢力の版図を広げる続ける巨大な軍事国家でもあった。

 また、各国家に対しての発言力も高く、軍事国家でもあるグラードス王国も半ば従わざるを得ない状況であった。


「……と、このような訳で、我等は神の反徒でもある魔王どもを根絶やしにすべく、多くの兵を必要としております。つきましては貴国の勇猛な騎士達の力をお貸しい頂くべく馳せ参じました」

「我が国の騎士を必要と? それでは国の防衛が成り立たぬ、其方達はどれほど無理難題を申しているのか分かっておるのか?」

「無論承知の上です。ですが、これは飽くまでお願いであり強制ではございません。対価として、我らは病床のフレアランス陛下の為にエリクサーを用意する事を約束いたします」

「何?エリクサーだと?!」

「如何にも、ですが製造には必要となる素材が足りず、魔物共の領域に足を踏み入れるしかございません」

「・・・・・・・・」


 完全な脅迫であった。

 大国故に逆らう事は出来ず、またこちらの足元を嫌らしく攻める手口は聖職者とは到底思えない。

 彼等は分かっているのだ。自分達に逆らう事が出来ない事を……。


「とは言えど、殿下にも暫し考える時間が必要でしょう。我等も時間が無いとはいえ無理を言っているのは承知ですので、数日後には返事をいただきたい所存」

「……戦には国の財政を著しく負担をかける。そう簡単には承服しかねるぞ?」

「そこは我等からは何とも言えませぬ。殿下の賢明な判断を期待するのみでございます」

「あい分かった。近いうちに返事を出す事を約束しよう」

「有り難き幸せ。殿下に神の祝福が在らん事を……」


 彼等が謁見の間から去ると、フラフースは苛立たしげに錫杖を床に叩きつけた。


「ふざけおって、神官を名乗る寄生虫共がッ!!」

「殿下、落ち着いて下さい!」

「奴等は、断れない事を知っているからあのような事が言える。居るかどうかも分からぬ神を後ろ盾に、好き放題ほざきおって!!」

「しかも、陛下のお命まで天秤にかける。腹正しい連中ですな」

「陛下の事など、どうでも良いっ!!」


 フラフースは才覚は無いが、人一倍自尊心が高かった。

 他の弟や妹達はそれなりに才覚があるが、とても国を治める器とは思えぬ文才肌である。

 誰もが王位を継ぐ事に否定的で、弱腰姿勢なのであった。

 その為現国王が老いても尚国政に携わらねばならず、フラフースに至っては論外とされていた。

 だが、その無理が祟ったのか、国王である【フレイランス】は今病床に就いてしまい、家臣たちを大いに悩ませる事態に陥っていた。


 フラフラ―スは父親との仲は悪く、同時にいつ死んでも構わないと思うほどに嫌悪感を抱いていた。

 それは優秀な才覚を持つ者への嫉妬であり、自分を認めようともしない親への稚拙な反発である。

 だが、フレイランスが彼を認めようとしないのはそれなりの理由がある。

 彼はとにかく権力志向が強く、それでいて他者の立場を理解しようとしない身勝手な性格をしていた。

 王族である以上は自身も政治の駒であり、自分自身の自由意志など些末な物と切り捨てなければならない時があるのだが、残念な事に彼はそれが出来ないのだ。


 何処までも自分の欲望を押し通す彼に、フレアランスは王の資格無しと見切りを付けるのも無理なからぬ事である。

 だが、それを彼は理解しようとしなかった。

 彼は国王と言う立場に、自分の都合の良い理想を重ねているだけなのである。

 結果的に言えば、単に我儘し放題に振舞いたいだけとも言えよう。

 

「で、次は誰と謁見するのだ?」

「えぇ、次はアットの街の冒険者ギルド所属の職員ですな」

「ふん、魔物専門の傭兵組織の元締めか……卑しい屑共ではないか」

「それが、どうやら魔王が動き出していたようで……その切り札となる者の存在を伝えたいとの事です」

「何? あの悪食豚が動き出したのか? して、その切り札とは……まさか、勇者か?」

「いえ、その詳細はギルドで堅く口止めされている様なので、直接殿下にお教えしたいと……」

「……フム…興味深い話だな。通せ」

「ハッ…」


 グラードス王国は魔王の支配領域に隣接した国である。

 それ故に常に魔物の脅威に曝され、その都度冒険者やメルセディア聖国が召喚した勇者に頼らざるを得なかった。

 フレアランスも常々難色を示すほどの頭の痛い問題でもある。

 扉が開かれ、招き入れられたのは一人の男……カスールであった。


「此度は御拝謁に賜り誠に恐縮であります……此度、我が方で得た情報に関して殿下に……」

「前置きは良い。要件を手短に言え、余は忙しいのだ。何でも魔王に対しての切り札があるとな?」

「御意、魔王を凌ぐ神の降臨の情報でございます」


 この言葉を聞いた誰もが顔を見合わせ、難色を示した。

 ギルドで秘匿とされた情報を交渉の為に切り出す。

 カスールは再び権力に近い場所に返り咲くため、レンの情報を使う。


「魔王を凌ぐ神であると? まことにそんな存在がいるのか? 聞いた事も無い」

「その者は神の祝福を受け、特殊なスキルを得た最強の存在です。聖女すら凌ぐ神聖な闘いの神」

「ほう、あの胡散臭い坊主共が信奉する聖女を凌ぐと? で、幾つスキルを得ているのだ?」

「知る限りでは三つ程との情報が、かの存在と接触した冒険者が直接聞いたとか」


 フラフースは胡散臭げにカスールを見つめながら、同時にその情報の有用性を考えた。

 仮にそんな存在がいるとしたら、是が非でも手元に置きたいと考える。

 魔王を凌ぐのであれば、勇者すら蹴散らす化け物であるという事になるのだから。

 同時にソレは制御の利かない爆弾であると理解する。


「面白い話であるが、制御が利かねば脅威が増えるだけ、寧ろそれは災厄では無いのか?」

「無論そのお考えは間違いではございません。しかし、かの存在は人間に対して友好的のようで、対応次第では強力な武器となります」

「ほう……だが、それだけでは裏切られる可能性も高いであろう? 何か弱みが無くては危険すぎる」

「かの者は、自身の母親を助けるべく、親である魔物を無残に殺したほど……その母親を手に入れれば如何様にもなるでしょう」

「それは返って危険ではないか、下手をすれば敵に回す事になるであろう?」

「では、例えばその母親と婚姻してはどうでしょう。かの存在と血縁となれば、無碍には扱えますまい」

「化け物の母親を妻にせよというのか?! 貴様は余を愚弄する気かっ!!」


 人に友好的であると云うのは実に有効的ではあるが、フラフースはは化け物を産み落とした女を妻にする気など更々無く、寧ろ汚らわしいと感じていた。


「何も、愛する必要はございません。要は手元に置いて人質として扱えれば良いのです」

「……なるほど、上手く飼殺す訳か……で? その化け物の居場所は知っているのか?」

「アットの街の何処かに居るでしょう。現在かの者と接触した冒険者が捜索しております」

「つまり、化け物が街に入り込んでいるのを黙認しておるのか?」

「仕方がありますまい? 魔王を簡単に倒せる存在に、どうして立ち向かえましょうか? 倒せる方法があれば聞きたいくらいですよ」


 カスールの言い分も尤もであった。

 下手に刺激しては最悪殲滅されかねない。

 ある意味で的確な対処とも言える。

 

(化け物の親を妻とするのは気に入らぬが、これはある意味で好機ではないか? 魔王を滅ぼせる存在が我が国の切り札となれば、あのメルセディア聖国の牽制にもなりえるし、上手くすれば大陸全土を掌握できる)


 フラフースの脳裏に打算が過る。


「面白い、貴様はこれより余の手足となって組合内部の情報を探れ、これは国の命運をかけた重要な案件となろう」

「御意に……」

「上手く行けば貴様を側近にする事も考えてやる」

「あ、有り難き幸せ、全力で事に当たりましょう」

「期待している。行くが良い」


 カスールは謁見の間を退室するのを見届けると、フラフースは不敵な笑みを浮かべ呟く。


「上手く行けば余はこの世界を掌握できるやも知れんな……ククク…」


 彼は分相応の野心を燃やし始めた。



 カスールは城内の回廊を上機嫌で歩いていた。

 本来秘匿にすべき情報を敢えてフラフースに伝える事で、彼は再び地位と名誉を得ようと企んだ。

 その目論見は半ば成功したとも言える。


「このままでは終わらん。再び返り咲いてやる……ククク…」


 彼とフラフースは似た者同士であるのかもしれない。



 * * * * * * * * *


 病床に伏せる老の王は、弱る体を苦々しく感じていた。

 最早体の自由は利かず、ただベットで横になっては、日がな一日城の庭を眺めるばかりである。

 かつて戦場を駆け抜けた活力は既に無く、ただ弱り続ける自分が恨めしくて仕方が無い。


「後、五十年も若ければ……」


 彼は武勇に秀でてはいたが、同時に民からの支持も厚い賢王でもあった。

 だが、子供の才能には恵まれず、次期国王にするにはあまりに心元が無いと感じていた。

 このままでは国が大国か魔王に飲み込まれる。

 彼にはその時が近いと感じているのだ。


「失礼します。陛下……お耳に入れて於きたい事が御座いますが宜しいですか?」

「入るがよい、今日は少しだけ調子が良いのだ。して、如何した?」


 彼の寝室を訪れたのは一人の女官である。

 だが、本職は彼の密偵であり、常に城内を監視してたのである。

 諜報部所属の特殊工作員であった。


「実は・・・・・」

「な、何? 魔王……か、神じゃと?」


 その報告はあまりに奇想天外な物であった。

 しかし、無視するにはあまりに危険な内容であり、彼の瞳に王としての強い意志が浮かぶ。

 話の内容は謁見の間で起きた出来事であり、魔王を凌ぐ存在に喧嘩を売る様な愚劣な所業に他ならなかった。


「……馬鹿な真似を企む。フラーフスは国を滅ぼしたいのか…?」

「如何いたします?」

「其方は、その神と言う存在と何としても接触し、この事実を伝えよ。最悪の時はフラフースを切り捨てる」

「しかし、それで神の怒りが収まるでしょうか?」

「その時は……儂が首を差し出すしかあるまい…。民を巻き込む訳には行かぬからな」

「陛下……」

「行け、これは勅命である」

「……御意」


 女官は音も立てず、その場より忽然と消え去った。


「……何処までも愚かな事を……」


 一人残された寝室に、冷たい風が流れ込む。

 そこには先ほどの王の威厳は無く、息子の愚かさを嘆く一人の父親の姿があった。  



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