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 別の意味の汚染は進んでいた

 アットの街に戻って早、一週間。

 何事も無く平穏に日々が過ぎて行く。

 相も変わらず部屋には薬草を擦る音が響き、時折何かを書き連ねるペンの音も聞こえている。

 平和だね。


 そんな穏やかな日々の中、俺が何をしているかと言いますと……ニンジンの皮をむいています。

 今日はスパイシーな野菜スープにしようと思っているんですが、中に入れるのは肉が良いか、はたまた香辛料の利いたソーセージが良いのか迷うところだ。

 スープのベースはトマトの方が良いかな? ショシュ…醤油で味付けして和風スープにしても良いけど、悩みますね。

 ミジュク? ただの味噌汁でしょ。

 御新香とご飯を炊かなくちゃなりませんよ? 今日はパン食です。

 パスタもあるんですがね、朝からペペロンチーノはヘビーだし……朝食は簡単に済ませた方が良いでしょう。


「さて、キャベツと大根、ピーマンの準備も完了。ドレッシングは何にしようか……」


 マヨネーズか? 我が家には究極のマヨラーがいますし、ドレッシングを作った所でマヨでぶち壊してくれる事でしょう。

 頼むから、スープにまでマヨネーズを混入するのだけは止めて欲しい。

 何処までマヨが好きなのですかぁ~? もう病気並ですよぉ~♪

 替え歌が出来ちゃうほどのマヨラーです。


「・・・・・・・・・」


 あれ・・・・・・俺、これじゃ主夫じゃね?

 何か、女子力が高くなってきてね?

 タコさんウィンナーと、リンゴのうさぴょんも作ってたし……乙男?

 何故かヒヨコがワンポイントのエプロンもしてるし、何処の管理人さんですか?

 盛大にそっちの方面に突き進んでる気がします。


「ヤベェ・・・・・・」


 俺はそっちに足を踏み入れる気はありませんよ?

 仕方なくおさんどんしているだけです。

 だって、我が家には二人の駄目人間がいますし、俺が食事の準備をしなくちゃ飢え死にします。

 何しろ趣味の事以外、本当に何もしない子達なのです。

 人として駄目になっているのに、全然生活を改めてくれないんです。

 分かってください、この苦労……。

 あれ? ……涙が…。


「朝もはよから落ち込んでも仕方が無い……。準備も出来たし、呼びに行くか……」


 落ち込んでも作業は止めない僕、健気……。


 先ずはメリッサからだな。

 多分店の方にいるだろう。ゴリゴリ聞こえるし。

 また調合しているんだろうね、昨夜も盛大な爆発を引き起こしていました。

 火薬、作ってないよね?


 ファンタジーの世界に銃火器はヤバいでしょう。

 軍事バランスを根底から破壊しかねないし、下手すると100年くらいでミサイルが作れるかもしれない。

 まぁ、魔法障壁で大概の攻撃は防げるから大して意味が無いのかもしれないけど、スナイパーライフルは脅威だと思うし、何より魔力を利用した破壊兵器が生まれないとも限らない。

 軍事バランスは下手に弄らない方が良いんだよね。


 おっと、いけねぇ。朝食を済ませないと。


 俺は隣の作業部屋兼、店に足を踏み入れた。

 案の定いましたメリッサさんは、絶賛調合の真っ最中。

 真剣に何かを調合しております。

 何を作っているのでしょうね? ちょっと覗いて見てみましょう。


 ・・・・・・・・・・・・


 ===================================


【万病回復薬 オッス! オラ、ガチムチ】


 如何なる病も、たちどころに癒す回復薬。

 服用すれば病は治るが、グレートなまでにイカス、最高のマッスルに変貌。

 病弱なあなたも、これを飲んだん瞬間、イエス! セクシーボディに早変わり。

 誰もが見違える健康体を欲しいあなたにお勧め。

 今なら別とに、ハイパープロテインがついて更にお得!!

 送料無料。


『お電話は、お早めに♡』


 ===================================


 えー・・・・・・・・・・通販?


 病気が治るのと引き換えに、マッスルになるの?

 これ、売らない方が良いんじゃね?

 取り返しのつかない事になると思うよ?

 使用した人は一生物の後悔に苛まれると思うよ?

 他人の人生を破壊しかねない代物だよね?


「・・・・・・・むふぅ~♡・・・・・」


 何故に君は満足げなの?

 売るの? 売る気なの? これを?

 正気か? 止めなさい!! 訴えられるよ? そして確実に負けるよ?!

 賠償金もハンパじゃ無い金額を持っていかれるぞ?


 ・・・・・・・ん?


 ===================================


【万病回復薬 ハッピー・トリップ】


 如何なる病も癒す最高の治療薬。

 ただし、重度の感染症には効かない。

 使用したら最高の夢が見れるぜぇ~、へへへ…

 サイケでヒップでバッドな、イカス薬さぁ~。 

 これはイィ~ゼェ~? 最高にハッピーな薬さぁ~♡

 一発でキマッちまう、ご機嫌なブツだぜ? ヒヘへへへ!

 依存性が無茶苦茶高いけどな☆


『あんまりウチのシマを荒らすなよ? 始末するぜ?』


 ===================================


 何処のバイヤーだよっ!!


 ちょ、メリッサさん!? 君は何を作ってるの?!

 ヤバいよ、これはヤバ過ぎる!!

 病気は治るけど、別の意味で患者が大量に出る代物だよっ!?

 売っちゃいけない、ヤバいブツだよっ!! 

 人気の無い場所で取引されるよな物を、何で作るの?!

 バレたら極刑は免れないよぉ~!!


「・・・・・・むふふぅ~♡・・・・・・」


 だから、何でそんなに満足げなのさ!!

 売るの? このヤバイ代物ブツを売るの?!

 止めてよおかぁちゃん、家族が犯罪者になると泣くのは子供だよっ!!

 君は麻薬王を目指す積もり?!

 

「め、メリッサさん……君はそれをどうする積もり?」

「・・・・ん・・・・販売・・・・する・・・・」


 マジですか?!


「それ、売ったら衛兵さんに捕まるからね? 作っちゃいけない危険な薬だぞ?」

「・・・・・・病気・・・治る・・・・ハッピー・・・・・」

「精神的に気分は良くなるけど、依存性が強くて中毒になる。薬だけど、毒に分類するヤバい物だぞ?」

「・・・・・・・・・・・・!?」


 驚いた顔してメリッサが振り返った。

 遅いよっ!! 今、気づいたの? 君、鑑定してないのかい?

 別の意味でハッピーになったら取り返しがつかないからね?


「・・・・・病気・・・治る・・・よ・・・?」

「代わりに麻薬中毒と云う病気の為るけどね」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 一応、優しく注意したんだけど……何故に泣きそうな顔をするの?

 俺の方が泣きたいんだけど……。


「・・・・処分・・・?」

「した方が良いね。販売したら死刑は確実……」

「!?」


『せっかく作ったのに……』みたいな顔でヤバイ薬を見つめるメリッサさん。

 例え間違って売っても犯罪ですよ? この国は法律的に厳しいようですから。

 死刑になるより処分した方が良いでしょ。

 家族から犯罪者を出す訳にはいかんのです!


「時に、朝食の準備が出来たんだが」

「・・・・・♡・・・・・」


 たちどころに機嫌が良くなりました。

 切り替え、早っ!


「モーリーの奴は何処にいるんだ?」

「・・・・ん・・・・」


 メリッサの指さす先には、店の物置として使っていた小部屋の扉があった。

 今はバーバンさんに棚などを作ってもらい並べているが、以前はこの小部屋に適当に素材が収納されていた。

 正直乱雑に保管されていて、更に湿気も強く素材を駄目にする様な状態だったんだよねぇ~。

 今ではモーリーがこの部屋の主となっております。


「また引き籠ってんのか・・・・・・」


 あの薄い本を執筆していたらどうしましょう?

 お仕置きしか無いよなぁ~……場合によっては必殺…。

 覚悟を決めて入るしかないか……。


「・・・・・レン君・・・・」

「何だぁ~?」

「・・・・・何故・・・・スポーク・・・・持ってるの・・・?」


 ・・・・・・・・・フッ。


「男にはね、殺らねば為らない時があるんですよ・・・・・・」


 万が一の為に……個人の名誉は守られるべきなんです。


「では、意を決して……」


 ある種の決意を込めて、俺はドアを開けた。

 薄暗い部屋の中に、僅かな明かりを頼りにモーリーは何かを書いている。

 それは鬼気迫るものがあると同時に、ある種の不気味さが醸し出されていた。


「無腐っ♡ 無腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐……」


 異様な笑い声を上げながら、一心不乱にペンを走らせていた。

 これは……殺るべきなのかもしれない。

 親父さんが知ったら号泣する事だろう。


 俺は背後に忍び寄り、そっ…と何を書いているのかを窺う。


「!?」


 Ohー、JESUS……こんな事が許されるのか……。

 これは冒涜と云うレベルじゃ無い……。

 他者の名誉すら蹂躙する悪魔の如き悍ましき退廃だ……。

 けしからんのレベルを超え、最早焚書すべき悪しき背教のバイブルだ。

 しかも……


「だから……何で俺を題材に使うんだぁあああああああああああああああっ!!」

「おぎゃぁあぁあああああああああああああああああああああっ!!」


 俺の両拳が光って唸る。

 悪を潰せと輝き叫ぶ!!

 必殺の〝梅干し〟が炸裂した。

 俺は両拳を問答無用でグリグリと抉るように彼女の頭部を責立てる。


「ひ、酷いです、ご主人様!!」

「酷いのは、お前だぁあぁああああああああああああああああああっ!!」


 この野郎、また俺をモデルにしやがった。

 今度は数人の美形のあんちゃんに玩具にされる内容だ。

 つまり前作の第二弾、むさい野郎共から美形になっただけの捻りの無い物だ。

 何処まで俺を貶めれば気がすむんだ、こいつは……。


「ご主人様はこの芸術が判らないんですか!!」

「心の底から微塵も分かりたいとは思わん!!」

「幼い美幼児がナイスなイケメンに、くんずほぐれつされるんですよ? 美しいじゃないですかっ!!」

「お前の趣味をとやかく言う気は無いが、俺を題材にする事自体が犯罪だっ!!」


 名誉棄損を堂々と踏み越えて来やがる。

 しかも、最近豪く遠慮が無くなって手が付けられない。

 腐った幼女なんて何処に需要があるんだよ。


「仮にお前が俺の立場だったらどうすんだよ?」

「え? ・・・・・・・・・・」


 モーリーは腕を組んで考え中、考え中……


「それはそれで、ありだと思います♡」

「正気かっ!?」

「男性青年誌でも、幼気な少女が極悪な大人に蹂躙される話は多いですよ? だったら、別に其れが美少年でも良いじゃないですか!! 一時期大衆の間で流行ったエログロナンセンスも、今や倫理観が如何かだの教育上の問題なので規制され、表現の自由を蹂躙している昨今、この腐った世の中に一石を投じるのは自由を取り戻す為の革命的一手なのですぅ~!! そもそも、男性誌であんなエロい表現が許されているのに、女性がそれを求めて何が悪いのですかぁ~!! ましてや同性愛やら性同一性障害の方々達だって愛の形で苦しんでいるのに、ここで改革を行わなければ先に進めないと思いますぅ~!! しかるに、私達の様な革命の志士は、やたら規制すれば良いという傲慢な考えを押し付ける政府に対し、表現と云う形で戦っているんですぅ~!!」


 別に俺は、表現がどうだとか、規制が如何かとか文句を言うつもりはねぇよ?

 ただな……


「それと、俺を題材に使う事は別問題だぁあああああああああああああああっ!!」

「じゃぁ、ちゃんと許可を取れば許してくれるんですかぁ~?」

「断固、断るっ!!」

「そうなると、秘密裏に題材に使うしかないじゃないですかぁ~」

「それ以前に、人が嫌がる事をするなと言ってんだっ!!」


 筋金入りの腐女子だった。


「大体、主人公が幼児なのに、股間のタケノコがマグナムなのはどうよ?」

「えぇ~? アンバランスな中にこそ劣情を醸し出す最良の表現で、其処にエロスがあると思いますけどぉ~?」

「じゃぁ、周りの野郎共の股間の紳士がICBM(大陸弾道ミサイル)なのは?」

「破壊力は抜群です! 其処に痺れる憧れるぅ~♡」

「視覚的破壊力だけじゃねぇかっ、内臓が抉り出されるわっ!! ハッキリ言えばグロいぞっ!!」


 色々ツッコミどころが多い無謀な内容だった。

 第一、こんな表現で劣情するには無理があるだろ。


 確かに描かれた絵の質でそうした性的情念を引き起こすのは、ある意味においては画家として求められる資質だとは思う。某有名画家とて、裸婦の絵画を描いただけで回りから非難を浴びたほどだ。

 当時としてはそれが衝撃的であり、同時に画家の芸術を求める情熱と、それを追求する事を可能とした腕前は評価すべき事だろう。だがしかし、それは飽くまで自然の形をありのままに表現した物であり、非常識なまでに体の一部が特化した異質な物では無い筈だ。

 無論、漫画というジャンルでこうした物を求めるのは間違いに思えるだろうが、ある一定の良識と非現実を内包する事により名作が生まれるものだと俺は思う。

 しかるに、モーリーの欲望の赴くままに書かれたこの薄い本の原画は、革命よりも却って周りから否定されるような反政府的テロリスト表現としか感じない。

 革命うんぬんより、先ずは自分が何を感じ何を求めるかと云う物が必要だ。

 モーリーの原画には欲望しか存在しない。


「吐き出す修正液の量が多すぎる」

「つゆだく量マシマシは需要があるんですよぉ~? 知らないんですかぁ~?」

「何でマシンガンみたいに大量にぶっ放すんだよっ!! 衰弱死するぞ!!」

「盛大に炸裂する破壊力です♡ 芸術は爆発だぁ~♡」


 ウザい!

 例え漫画であっても、決して妥協してはならない物がある筈だ。

 第一、こいつは自分の作品を芸術とほざきやがった。

 仮にこれが芸術だというなら、子供が描いた落書きすら芸術の範疇に入る事になる。

 欲望丸出しの絵など、俺は決して芸術とは呼ばせん。呼ばせはせんぞっ!!


「ボツッ!!」

「えぇええええええっ?! 何でですかぁ~っ!?」

「これは何を伝えるべきか、内容がはっきりしない薄っぺらい作品だ。これが芸術など烏滸がましいにも程がある。第一、此処にはお前の欲望しか存在しないだろ? 読者に何を伝え、何を感じて欲しいかなど二の次どころか存在しないし、そもそも見る者に対してのストリー性等ガン無視してエログロだけを求めている。こんな物が芸術なら猿にマジックで書かせた絵の方が遥かにマシだ!」

「ガ―――――――――――――ンッ!!」

「前々から思っていた。お前の描いているのは自己満足のただの欲情漫画だっ!!」

「うにゃぁああぁぁああああああああああああああああっ!!」


 モーリー号泣す。

 勝った……何て空しい勝利だろう。

 寒いぜ……。


『特殊スキル『鬼編集長・神』を獲得しました』


 要らん。

 鬼なのか神なのか、はっきりしろ!

 鬼神なだけにと上手い事を言うつもりか?

 それ以前に担当編集者は無視なの?


「どうでも良いが、朝食できたぞ?」

「・・・・・・もう少ししたら食べます・・・・ボツ・・・腐腐腐・・・」


 かなりショックを受けたようだ。

 アレが芸術だと本気に思っていたのかね?

 俺には良く解らん。


 落ち込むモーリーをそのままに、俺は台所へと向かった。

 その日は珍しく、メリッサと二人きりの朝食に相成りし候。


 やはりメリッサは大量のマヨネーズをぶっ掛けてました。

 カロリー大丈夫かね?

 


 * * * * * *


 朝食を済ませ、食器を洗い終わった俺は途端に暇になった。

 

「さて、今日は何をしますかね?」


 鍛冶をしても良いし、魔導具の制作も良い。

 魔法薬の制作は……現在絶賛ゴリゴリ中の方達が居ります。

 この辺は俺が担当しなくても良いみたいだ。


 あっ、モーリーだけは違った。

 白紙の紙を目の前に、何やらうんうんと唸っておりますとです。

 まだ新刊を製作する事を諦めてなかったか……。


『チョコバナナ……ガチムチは嫌ぁ~……』


 何、言ってんだ?

 一体何があいつをあそこまで走らせるのだろうか?

 俺には分からん。

 それより、これからの予定だが……


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 何か気分が乗らない。

 うん、ここは一つ、盛大に狩りではないでしょうか?

 せっかくのファンタジー世界なのだから、ダンジョンに挑戦するのも良いかもしれない。

 この辺りにダンジョンなんてあったっけ?

 

 まぁ、ギルドに聞いてみるのが手っ取り早いな。

 そうと決まれば即行動! 善は急げと申します。




「てなわけでサテナさん、ダンジョンとか知らない?」

「いきなりね……この国にダンジョンは無いわよ? 新たに発見されるなら別だけど……」


 ギルドに来て聞いてみました。

 何てこったい。いきなり野望が頓挫しましたよ……。


「メルセディア聖国なら、大小合わせて32ヶ所もあるけど?」

「何で、そんなに多いんだよ……」

「ダンジョンから得られるドロップアイテムが高く取引されているから、誰も攻略しようとしないのよ」

「それ、国として不味いんじゃねぇの?」

「偶にダンジョンから大量の魔物が放出されて、スタンピードを引き起こすのが名物になっているわ」

「それが名物? 犠牲者が半端なく無い?」


 利益の為に国の安全を無視するのか?

 そんな国なんて亡びた方が良くね?


「回復職が腐るほど居るから無事なのよ。その代わり魔導士の数が極端に少ないんだけどね」

「なるほど……宗教国家所以だからか。て、納得しても良いのか?」


 いつ魔物が大量に出現するか分からない国なんて、誰も住みついたりしないんじゃね?

 良く大国として存在できたな。


「回復を最優先にしているから、前線で倒れてもゾンビの如く復活するみたい」

「嫌な国だな……強制人海戦術じゃねぇか」

「結果として魔物は殲滅できるけど、冒険者は皆『アレは地獄だ……』と死んだ目を向けて言うのよ?」

「だろうね。押し寄せる魔物に僅かな勢力で防衛する……ある意味で悪夢だ」

「死人が少ない事がせめてもの救いよねぇ~……」


 僅かな手勢で軍団を相手にする冒険者と、後方から無理やり回復させる聖職者。

 俺ならいっそ、殺して欲しいと思うところだ。


「仕方が無い……適当な依頼でも受けるか…」

「ダンジョンが見つかればいいんだけどねぇ~」


 小国だけにダンジョンが無くともやって行けるんだろう。

 経済は大国になるほど回りにくくなるものだし、領主である貴族の腹で状況は極端に変わる。

 グラードス王国は平穏な国なんだろうなぁ~。


「取り敢えず、トイレを済ませてから依頼書を見るか」


 この時はまだ知らなかった。

 俺がトイレに入ったその後、奴等が来た事を……。



「意外に綺麗だよなぁ~、此処のトイレ……」


 用を済ませた後、俺は改めてこのギルドの状態を見た。

 ならず者のロクデナシが集まるこのギルドは、ごく稀に喧嘩騒ぎが勃発する。

 時に血を見る様な殴り合いが引き起こされるのに、ホールはおろかトイレに至るまで隅々に手が行き届いている。

 丹念に清掃され、衛生管理がしっかりしている事に感心していた。


 そんな時、一人の冒険者がトイレに来た事など気付かず、その徹底した仕事ぶりに目を奪われていたのが拙かった。


「さて、手洗い手洗い……」


 此処の蛇口は魔導具のようで、水の属性による魔石で誰でも手軽に水を使う事が出来る。

 まぁ、若干魔力を使う事になるが、一息入れたら回復する程度だ。

 この手の魔導具って、誰が作っているんだ?

 そんな事を考えつつ手を洗っている時に、隣に一人の冒険者が同じように手を洗い出す。

 如何やら高ランクの冒険者らしい。しかもイケメン……て、こいつは確か……。


「オイ、何見てんだよ」

「いや、どこかで見た事ある様な気がしたから、つい……気のせいだと思うんだが……」

「フン、そりゃあるだろうな。俺様達はAランク、それなりに名は知れている」

「へぇ~……」


 なんだろ? 背中がゾクゾクする……寒気が…。


「お前、サポーターか?」

「んにゃ、冒険者だ」

「嘘つけ、どう見ても資格が取れる年齢には思えん」


 そう言えば、冒険者資格が取れるのは15歳、成人しているのが前提だったっけ。

 サポーターは10歳くらいからなれるけど、要は只の荷物持ちだ。

 今更俺に、そんな常識は通用しないけどね。


「何事も例外があるって事、ギルマスに聞けば?」

「糞生意気なガキだ。だが、気に入ったぜ」

「はぁ……」

「お前、俺様達のパーティーに入れ」


 何故に『壁ドン』?


「俺もパーティー組んでるから結構。無理強いはイカンだろ?」

「俺様がお前を欲しいんだよ。どうせ碌な依頼も受けてねぇんだろ? 楽しませてやるぜ?」


 何か、目の色がヤバいんだけど……獲物を狙う獣の様な……。

 て、コイツ…【薔薇の閃激】とか云うモーホーパーティーのリーダーじゃねぇか!?

 もしかして、俺ちゃん狙われてる?!


「それなりにヤバい依頼も受けてるぞ? まぁ、大半は自分で首を突っ込んでいるんだが……」

「へぇ~♡ それは凄いな……増々欲しくなったぜ……」


 欲しくなったのは別の物じゃないでしょうな?

 ひょっとして、俺ちゃんピンチ?!


「お前……俺様のモノになれ……」


 それ、どっちの意味っ!?

 メンバーとして? それとも愛人として?!

 どっちも願い下げ何だけどぉ~っ!!

 それ以前に、舌なめずりすんなや! 怖いだろ!!


 ―――ガチャ


「「!?」」

「!?」


 何か、別の人が入って来たけど……何でそんな絶望的な表情してんの?

 見た目は美少年……て、コイツのパーティーメンバーである確率が濃厚!


「デューク……何してるの?」

「く、クリス……これは、サポーターを勧誘しようと……」

「嘘だっ! 今の君の目は、僕に言い寄って来た時のソレと同じだよっ!!」


 何……この展開…昼ドラ?


「違う、決してそんなつもりは……」

「君はいつもそうだっ! 僕に『愛している』と言いながら、他の奴に声を掛けて…」

「話を聞けっ! 俺様は優秀なサポーターがいたから欲しかっただけだっ!!」


 ついでにお尻もな……。


「信じられないよっ!! まさか、そんな幼い子にまで手を出そうとするなんて……」

「俺様はそんな無節操じゃねぇ! 俺様にはお前だけだっ!!」


 嘘だっ! この間も、この場所で楽しんでたよな? 


「言い訳なんて聞きたくない! 君は……好みの相手なら誰でも良いんだっ!!」

「そんな訳無いだろっ、俺様にはお前だけだっ!」


 信じられないよ……だったら何故、俺に迫った?

 それより、もうトイレから出ても良いよね?


「そう言って、いつも僕を悩ませるんだ……この間だって…」

「クリス……。悪い…俺はこんな奴だ」


 帰って良いよね? でもさ、こいつ等が邪魔なんだよぉ~!!


「だが、お前に対してのこの気持ちは俺様に嘘偽りは無い!! 俺にはお前しかいない!!」

「デューク……」


 騙されてる。

 こいつの言葉は嘘だらけですぜ?

 でなきゃ俺に目を付けないだろ。


「……じゃあ…行動で示してよ………」

「なに?」

「その・・・・・・この場所で・・・・・///////♡」


 何、とんでもない事言ってんの?!

 つーか、お前ら邪魔だっ!!

 俺は直ちにこの天外魔境から離脱して、全てを忘れたいんだぁ!!


「いいぜ……俺のこの思いを、お前の躰に刻んでやる…」


 他所でやってくれぇえええええええええええええええええええええっ!!


 幸い、デュークとやらが栗栖を抱き寄せた時、僅かに出来た隙間から逃れる事に成功した。

 いやぁ~、子供で本当に良かった。


『・・・こうして・・・欲しかったんだろ?』

『あっ、駄目だよデューク・・・・・・ソコは・・・』

『もう……こんなになってるじゃねぇか。・・・・いやらしい奴め・・・・』

『酷いよ・・・・・僕をこんな風にしたのは君じゃないか・・・・』


 ・・・・・・・・・だから、公共施設で何してんのっ?!


 男子トイレの扉は激しく軋んでいる……。

 もう、どうでも良いや……さっさと離脱しよ………。


 怖かった……もの凄く怖かったよぉ~っ!!

 俺、大事な何かを失うところだったんじゃね?

 あっ……涙が……泣いても良いと思うけど、ここじゃチョット……。

 男の子の意地です。くれぐれも、男の娘じゃないよ?


「あら? レン君、無事だったのね……」

「何で、そんなにガッカリしてんだよ……襲われて欲しかったのか?」

「それは、もう♡」


 サテナさんよぉ~……アンタもか…。

 かなり精神汚染が進んでいるようだ……今後の付き合い方も考えないといけないな。


「別に良いじゃない。男同士も良い物よ?」

「アンタ等にはだろっ、俺には恐怖しかねぇ―わっ!!」

「何事も最初が肝心よ? やぱり、最初は優しくされたい?」

「そもそも、最初からそちらの気なんてねぇーっ!!」

「え~~? いい加減に観念して、男色に染まっちゃいなさいよ。ねっ♡」


『ねっ♡』じゃねぇ―よ、腐ってやがる。

 ならば戦争だ!! この腐敗した世界を煉獄の炎で焼き尽くしてやる!!

 先ずはこのギルドから・・・・・・


「そんな怖い顔しないで、ちょっとした冗談じゃな~い」

「その冗談で、この周辺が跡形も無く消滅する事を覚悟すると良い……」

「まぁまぁ、このジュースでも飲んで、落ち着いて……ねっ♡」

「そんな物で誤魔化されると……あっ、意外とおいしい…」


 誤魔化されました。

 いや、今までにないフルーティーな味わいが実に爽やかで、ついね。

 別にチョロイ訳じゃないからね? 決してお子様な訳じゃないんだからね?


「あいつ等、何時もあんななのか?」

「今日は大人しいわよ? 大体、三人がかりで一人を相手にするみたいだから」


 ボランさん……俺、この環境に慣れたくないっス。

 このギルド、何かおかしい……。


 世の不条理を嘆いていたその時、トイレを占拠していた二人が実に良い顔で出て来た。

 お前等、時と場所を考えろよ……。

 白い目を向けながら、謎のジュースをストローで口に含む。


 ―――ブッ!?


 思わず飲みかけたジュースを吹き出してしまった。

 何故なら、男子トイレから出て来たのは彼等だけでなく、時間差を置いて出てきたメイド服の巨乳幼女が居たからだ。


「て、モーリーっ!? 何つ~所から出て来てんだよ!!」


 奴は実に良い顔をしていた。

 手にメモ帳を所持して……お前、何時からあの場所にいたの?


「ご主人様♡ 実に惜しかったですね?」

「殴って良いか? それより、何で男子トイレから出て来るんだよ……」

「いやぁ~、実に良い勉強をさせて貰いましたぁ~♡ これで創作活動がはかどりますぅ~」


 めっちゃ上機嫌だった。

 こいつ、いつの間に潜入してたんだよ……。


「どう? 良いアイデアが浮かんだ?」

「流石サテナさん。実に良い勉強ができましたぁ~、ご協力感謝ですぅ~♡」


 こいつ等、グルか……。

 つーか、お前等……腐教活動してんじゃねぇ!!


「モーリー……お前、何してんの?」

「現地取材ですよぉ~? 偶にサテナさんにお手伝いして貰ってますぅ~」

「衛兵に突き出した方が良いか? 一体いくらになるだろうか・・・・・・」

「「ちょ、お願いだから止めてっ!!」」


 個人のプライバシーは、どんな形であれ守られるべきだと思う。

 こいつ等がしたのは、プライバシーの侵害と個人情報の漏洩……立派な犯罪だ。


「ご、ご主人様? 私は只の知的好奇心から……」

「恥的の間違いじゃないのか? 痴幼女が…」

「痴幼女っ!?」


 それ以外の何者でもないだろ。


 何か、どうでも良くなった……買い物でもして帰ろ。


 俺がさっさとギルドから出る背後でモーリーが何か言っていたみたいだが、対応する気力も失せた。

 こうやって汚染は進んでいくんだね……いつか、俺が浄化する日が来るのだろうか?


 終焉の時は近いのかも知れない。

 

 

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