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 女神が仲間に加わった。そして王宮へ……

 さて、四日目の朝です。

 皆様、爽やかな朝をお過ごしでしょうか?

 俺? 残念な事にあまり寝た気がしません。


 この神域には高ランクの魔物が出没します。

 加護持ちの眷属達は面白い様にランクとレベルが上がっていますが、外から来た亜人種の方々には多少荷が重いかと存じます。

 転移魔方陣は一日一回の使い勝手の悪い半端な使用期限があるので、外部に同型魔方陣を設置した所であまり意味が無い様に思えます。神域内での物資の輸送なら二日がかりでも構わないのですがね、これが外部からの行き来となると些か問題なのです。アハハハハ!

 使用時間が決まっておらず、一度使うと使用したい人達が立ち往生な状況は決して良くないと思うんだよね。

 それでなくとも眷属達が使うので、何度も使用できた方が効率的に良い筈なのだが、残念な事にそこまで都合の良い道具では無いんだわ。

 恐らく神域がまだ完全に機能していないのが原因なんだと思う。


 神域とは詰まる所、神の国な訳であり、不必要に他者が介入するのはあまり宜しい状況では無い。

 別に国を作る気は無いのですが、のんびりと暮らせる場所があるのは良い事なので、多少目を瞑っているのが今の状態。けど、この神域は俺のポケットには広すぎらぁ。

 難民程度なら受け入れても良いかと思ったら、予想以上にこの領域はデンジャーワールドだったし、何か牛さんも前よりも強くなってるみたいだ。

 長い付き合いになるとは言えど王様気取りはしたくは無いし、どしたもんだろぉー?


 心の中に鉛の塊があるみたいだ。

 何で穏やかに暮らせないんでしょうね?

 好きで神様になったんじゃないやいっ!


 ボヤくのはここまでにして、イルモールさんの所に行きますか?

 何かくれると言ってたし、何だろね?


 期待はしていませんよ? 嫌な予感はしています。

 んじゃ、行きますか……ハァ……



 * * * * * * * * 



 やって参りました難民キャンプ。

 周りを土壁で覆い尽くし、外側と内側を繋ぐのは面倒だが狭い階段しかありません。

 一度昇ってまた降りるんです。めんどくさいね……


 その土の防壁なのですが、所々崩れかけているようだ。

 一晩で一体何が起きたのでしょう?

 たぶん魔物の襲撃なんだろうけど、あまりに酷い惨状でした。

 体当たりと穴掘りを繰り返したのでしょうかね?

 それより気になるのが、やたら路厚みのある防壁を崩す魔物って、どんなよ?

 一見してのどかな平原に、夜には馬鹿でかい魔物が闊歩する野生の王国になるのか?


「まさかとは思うが……ウラガン…」

「それは違います。何となく危険なので、其処から先は言わないでほしいのですが?」


 あっ、おはようございます。イルモールさん。

 昨夜はお楽しみでしたか?


「何故か、凄く不謹慎な心の声が聞こえたような気がしたのですが……」

「気のせいだ。それより、何が出没したんだ? 防壁が酷い有様なんだけど?」

「トウガンオウと呼ばれる竜種です。額が異常に突き出した、二足歩行型の竜種ですね」

「倒したのか? そんな騒ぎが起きたら俺の所にも聞こえて来ただろうに……」

「貴方の眷属が気付いて救援に来てくださいました。彼等は強いですね、直ぐに片づけてしまわれましたよ?」

「マジで? 奴等は何処まで強くなってんだ……」


 恐るべし、牛さん達。

 牛鬼から進化する日も近いかもしれない。

 彼等は何になるのでしょうかね?


「いったい、どのような設定をしているのですか? この神域は異常なまでに強い魔物が無数に徘徊していますよ? あり得ないくらいです」

「何も設定はしてないぞ? 神域が発動してから手付かずで放置している」


 特に興味ないし、格好の素材採取場所程度にしか思ってなかったんだけど、不味いかな?


「せめて集落のある場所は結界を張る事ができる筈です。何故それをしてないのか不思議だったのですが、気にもして無かったのですね」

「設定をいじるのも面倒でな。そのまま放置したんだけど、不味いか?」

「危険地帯です。魔物の領域よりも遥かに生存率が低く思われますね」


 マジで?

 ……仕方が無い。今設定しますかね。

 え~と…、先ずは画面を呼び起こして……


 俺の目の前に神域全体の画面が浮かび上がる。

 いくつかの項目欄の中に、結界の設置とその範囲を決めるアイコンがあったので操作した。

 お魚さんと牛さん、そんで新たに犬さんの集落が記載されていて、その三か所の範囲を結界を張るように設置。すると何か空気の動き見たなものが感じられ、目に見えないドーム状の壁の様な物が張り巡らされていた。加護持ちなら通過できる設定らしい。

 恐らくこれが都市防衛結界なのだろう。

 この辺りは【神武帝城】を中心に、広範囲な結界が張られている。

 難民キャンプもその範囲内に収まる事となった。


「意外と簡単だったな……」

「何故、最初から設定しなかったのですか?」

「何か、どうでもよくなって……スキルが勝手に暴走しただけだったし……」


 あの時は、こんな事になるとは思わなかったんだよ。

 ここに難民が雪崩れ込んで来るなんて誰が予測できんだっ!


「意外に無責任なのですね? ここで済んでいる眷属の事は考えなかったのですか?」

「うっ……、さすが手当たり次第に加護を与えて種族間戦争を引き起こした人物、重みが違う」

「……そ、それを言われると弱いのですけど…」


 考え無しなのは、お互い様だと思う。

 先の事なんて全て見通せたら、それはもう神を超えた存在だと思うぞ?

 事象すら超越してないと無理だ。

 俺に出来るのは、精々確定する少し前の時間軸だけだ。

 面白くないから使わないけどね。


「所で、昨日の約束は覚えていらっしゃいますか?」

「約束? あぁ、何かくれるって話だっけ?」

「はい、お渡しするのは来れの事です」


 彼女が手に出した物は、何やら緑色のボールみたいな塊だった。

 敢えて言うなら木の実であろうか? ただ、尋常じゃない魔力を感じる。

 何だコレ? あれ? 呪符が張ってある。


 =====================


【世界樹の種子】

 龍脈の流れを制御する事の出来る世界樹の種。

 龍穴を感知すると内部の魔力を使い転移する。

 龍脈の魔力を吸収し増幅する事により成長する。

 聖域や神域の龍脈の流れを制御する生体ブースター。

 神なら誰もが欲しがる幻の一品。


『良い仕事してますねぇ~』


 =====================


 とんでもないアイテムが来たぁ―――――っ!!


「ここに張られてある呪符を剥がしますと……あら?」

「何で、いきなり呪符をはがしてんのっ!?」


 目の前でいきなり呪符を剥がしやがりましたよ、この人。

 しかも、世界樹の種子が消えちまった。

 嫌な予感がします。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 じ、地響きが聞こえるんですけど……まさか、お約束ですか?

 龍脈を感知という事は……当然、根を張る場所は龍穴となるわけで、その場所は山岳地帯なんだよなぁ?

 て事は……つまり……


「まぁ、凄い成長速度……」

「あ…………」


 凄まじい勢いで成長して行く巨大な樹

 見る見るうちに天に聳え立つ様になり、誰もが巨大樹の成長して行く場面を呆けた顔で見ていた。

 見た者には信じられない光景だろう。

 俺だってそうなんだから、一般人にはかなり衝撃的な筈だ。

 スンゴイ一大スペクタクルだよ……


『イグドラルシステムの活動を確認しました。これより神域はセカンドフェーズに移行します……』


 何ですと?


『イルモールの聖域に流れる龍脈の流れを鬼神の聖域が受け継ぎます』

『迷宮の構築が始まりました』

『イルモールの聖域を消滅させます。同時に神域の制御状況を聖域のシステムから引き継ぎ、反映させます』

『神域の最適化を始めました。神域の範囲を増加します』

『イネアレーゼ・メイナス・イルモール神を従属神と認定。一部の管理権を委譲します』


 おいっ!? 何勝手に話を進めてんの?!

 俺の意思はガン無視ですかっ!!

 うわー、膨大な情報が脳内に流れて来るぅ~……気持ちわりぃ……

 目の前に広がるのは膨大な数字の羅列……何でコレ理解出来んだろ?

 それ以前に、脳内で処理できるレベルじゃ無いんですけど?!


『イルモール神の眷属をレン・オーガ神に移譲、これより眷属として聖域内での一定の生活権利を与えられます』


 何でっ?! 要りませんよ、従属神なんてっ!!

 大体この人、先輩じゃん! 其処を無視して勝手に俺を上司にして良いのかよっ!!


『現信仰における生体エナジーの供給権を神域に移行、最終フェーズに移行するには現時点では不可能。待機状態に向かいます』

『転移システムが向上しました。これより使用回数が一日七回になります。神域内の転移は無制限となりました』

『全システムの最適化を確認。これより完全起動します。お疲れさまでした』


 疲れたよっ!!

 精神的にもの凄く疲れたよっ!!


「これから宜しくお願いいたしますね? 我が主様」

「嘘だろぉ――――――――――――――っ!?」


 何でこうなった。


「前々から思っていたのです。私は人の上に立つ器では無いのではと……」

「俺だってそうだよっ!! 好き勝手に生きれば良いじゃん」

「ですが、当時の私は仕えるべき御方がおらず途方に暮れておりました」

「何で人に仕え様とすんの?! 自由で良いじゃん」

「そして、とうとう見つけたのです。私を遥かに凌駕する御方にっ!」

「迷惑だよっ!! まさか、最初からこれが目的かっ!?」

「いえ、ただの偶然です。まさか世界樹の種子で、こんな事になろうとは思いませんでした」

「信じられるかぁ――――――――――っ!!」


 とんでもない事態になりやがった。

 どうすんだよ、これから……。完全に他宗教を飲み込んじまったじゃん。

 神なんて何をすりゃ良いんだよっ!!

 ただ世間を見渡して、気まぐれで誰かを助け……あれ? 今までも自由気儘にやってたよな?

 別に思い詰める必要は無いんじゃね?

 これと云って困る事ないんじゃね?

 君臨すれども統治せず。暫くはこのスタンスで良いんじゃないかなぁ~?


「では行きましょう」

「何処へ?」


 な、何か……嫌な予感がしますよ、このパターンは……。


「決まっているではありませんか。グラードス王国ですよ? 王に加護を与えるのです。お忘れですか?」

「行けばいいじゃん。俺の許可なんて必要ないでしょ!」

「何を言っているのですかっ! 従属神である私の後見人は貴方様なのですよ? 一緒に行くに決まっているではありませんか」

「何でさっ! 加護を与えるだけなら一人でも出来んじゃん。俺が行く必要なんてないじゃん」

「本音を言えば、何か失敗しそうなのでフォローしてください。拒否権はありません」

「従属神がそんなネガティブで良いのっ?! つーか、その程度の事は慣れてるでしょ! 一人で出来る仕事じゃん。誰か助け、ア――――……」


 豊穣神様は人の話を聞かない方でした。

 重荷から解き放たれて、めっちゃポジティブになってやがります。


 俺はこの駄目な女神さまに連行され、グラードス王国に転移したのだった。


 何か俺、貧乏くじを引きまくってね?

 変な濁流に流されてる気がする………



 * * * * * * * * * * * * * * * *



 グラードス王国、王宮。

 嘗ては魔獣領域を開拓するべく築かれた防衛拠点の一つであった城である。

 幾多の激戦と敗北、そして勝利を刻みながら増改築を繰り返したその姿は、一般的に思い浮かべる城とは程遠い実用性重視の要塞である。

 刻まれた闘いの爪痕は今も防壁に生々しく刻まれ、それでも尚、威厳をとどめた先人達の苦難の歴史を物語っている。

 幾度の勝利を重ねその敷地面積は増え続け、真下に広がる領地を開拓し城下街を繁栄し豊かな生活へと導いた結果、この世界では類を見ない難攻不落の防衛都市となったのである。

 その歴史はどれも過酷なものであり、故にこの国では誇りと名誉を重んじる騎士の国となった。


 騎士は常に礼節を重要視され、家柄の誇りではなく個人の誇りを磨く事に重点を置いている。

 魔の領域が広がるこの国に於いて、いつ滅びるか分からない家柄よりも、個人の才覚と振る舞いが最も尊ばれるのだ。

 その為騎士達の多くは決して驕らず、無為な決闘や民への傲慢な振る舞いなど許されてはいない。

 この国の気質を色濃く示しているのが、現国王であるフレアランス国王であろう。


 グラードス王国の第五王子として生まれた彼は、当時は王位を継げる立場にはいなかった。

 だが、彼は自由にふるまえる立場を利用し、知識と剣の技を磨くのに執着して行く。

 王族としての責務を果たす為か、若しくは自分を高みへと至らされるためかは知らないが、当時の彼は13歳になる頃には神童と呼ばれる程異彩を放つ事になる。

 その後、市井に紛れては冒険者として名を馳せ、18歳の時、魔王襲来で防衛戦に参加。その時上の兄弟三人が戦死して王位継承権を得る事になる。


 更に不運な事に原因不明の病が蔓延し、民の多くが苦しむ中、彼は一部の騎士と錬金術師を率いて病の原因と治療法を探す研究を始めた。我が身を削るようなその試みは功を奏し、病の原因を見つけ出し、その治療法を確立したのである。

 だが、彼がその任を命懸けで果たしている最中に、最後の兄弟とも云える兄が病死し、結果的に王位に次ぐ立場となってしまった。

 王位に就いた後は様々な斬新的な構造改革に踏み込み、王立学院などの研究機関を立ち上げたのもこの頃の話である。『国を豊かにするには民が豊かにならねばならない』そんな当たり前の責務を自ら陣頭指揮を執り実行して行った。


 結果として見れば、彼の行動により多くの民がその恩恵と、同時に豊かな生活を送れるようになった。

 国土も広がり、農耕地帯も格段に増え、それまで飢え死にしていた民の数が激減した。

 福祉施設や病院などの公共施設を増やし、人材育成も重要視して事に当たる。

 盗賊などの討伐も執拗なまでに行い、治安維持活動にも手を抜かない程である。

 そんな彼の人生の大半は激動の中にあったと言えるだろう。


 そして今も執務室で激務を熟していた。


「イザラス領、用水路の補修工事か……今後の食糧供給を考えると、直ちに実行に移すべきだが……何処から費用を捻出するべきかのぅ……」


 十代の若さで年寄りじみた言葉を話す青年。

 これが今のフレアランス国王である。


 レンのおかげで病から快復し、おまけに若返った事により、彼はやる気に満ち溢れていた。

 激務とも言える綱渡りの政策を、巧みなさじ加減で実行して行く。

 山の様に重ねられた書類を見ては、不必要な物は思い切って除外し、確実に必要な事を堅実に実行に移す。

 息子であるフラフースの政策は予想以上に無駄と穴があり、一歩間違えば国の財政を脅かす物まで発見され、幾度となく呼び出し問い詰める事もあった。

 息子の思慮の無さを嘆きながらも、彼は確実に国内の情勢を立て直し、更なる政策を以て民の生活の安定を図る。

 見えて来るのが貴族達との癒着と、考え無しに許可を降ろす愚かさである。

 今後の事を考えると後継者問題に頭を痛める事だろう。

 少なくとも、この時点でフラフースの王位継承は遠のいた事になるが、一人の父親としては泣きたい所だった。


「いや、今は国を立て直す事が先決じゃろう。しかし……何をどうしたら此処まで酷くなるのじゃ?」


 あまりにも考え無しの政策に、息子がいかに馬鹿であるかを改めて思い知る事となった。

 例えば、上下水道の補修工事の書類を見る限り、補修工事では無く新たに別の下水道を作るなどと云う暴挙を起こしている。

 必要な場所を補修するだけである筈なのに、別の場所を工事してどうするのだ?と云う内容に、彼は頭を抱えたくなった。書類を読まず王印を押し、面倒事を配下の者に押し付けているとしか思えない無責任な政策である。

 彼は王族として在るまじき愚かな内容に怒り狂い、最終的にフラフースを王都から遠ざける程であった。

 そのおかげで貴族達の王位継承派閥争いが鳴りを潜めたのは皮肉な話である。

 今後フラフースには継承権が無いと判断されたのだ。


 だが、フラフースは立つ鳥の後を濁しまくって消えただけで、問題が消え去ったわけでは無い。

 先ほどの事例と似たような内容が山ほどあるのを処理しなければ為らないのだから、彼の心労を思うと気の毒に思えて来る。


「陛下、新たに編成した騎士達の調練が無事に終わりました」

「アルテミスか……ノックすらせぬのは王族としてどうかと思うが…して、騎士達の錬度は如何なものであるか?」

「私の見る限りでは及第点委程遠いのですが、任務なら然程問題なく熟せるものと存じます」

「そなたは騎士達に強さを求めすぎる。じゃが、及第点と呼べるなら問題は無かろう。各々を然るべき場所に配属させ事に当たるが良い」

「御意に」


 彼の娘であるアルテミスは脳筋である。

 しかも、騎士達に高い理想を求める為に、その訓練内容も苛烈な物だった。

 それでも彼女によって訓練された騎士達は高い技量を誇るのだから、事闘いに関しての才能は誰よりも優れているのは明らかである。

 フレアランスも、そんな娘に苦笑いを隠せない。

 これで少しでも政治に明るければと思うほど、残念な気分になるのだ。


「時に父上、お願いがあるのですが……」

「またか……お主は最近いつもじゃな」


 フレアランスは呆れたかのように溜息を吐く。

 アルテミスが何かにつけてこの執務室を訪れるのには、仕事ばかりでは無い別の訳があった。

 愛娘のおねだりに辟易しながらも、傍らに立てかけられた権をアルテミスに手渡した。

 年相応の娘の様な、それでいて無邪気な幼さを見せながら剣を受け取り、鞘から引き抜く。


「あぁ……♡ 素晴らしい……いつ見ても美しい剣ですわ……」

「傍らで見ておると、怪しく見えるのは気のせいかのぅ?」


 白銀に輝く剣身は美しくも温かみのある、しかし同時に命を奪う冷徹な鋭利さを秘めていた。

 その剣を上気した目で見つめる彼女の姿は、ハッキリ言ってアブナイ人だ。

 闘いの神より賜った聖剣。

 彼女は何かにつけてこの剣を手に取り、眺めるのが日課になっている。

 そんな娘の将来を思うと、フレアランスも正直不安を感じてしょうがない。


「私は父上の娘である事を誇りに思います。あぁ♡……このような剣をいつかは私も……」


 外目から見たらただの危険人物だと、間違っても言えない。

 それ程までに熱い憧憬の念と理想を求めていたのだ。

 騎士としては優秀でも、普段の彼女はとても残念な人でもあった。


「無茶を言いよる。儂はそなたの葬儀を取り仕切る気なぞ無いぞ? 親より先に死ぬのは最大の親不孝であろう?」

「父上よりも先に死にそうなのですが? それより兄さんと同じ事を言うのね」

「お主が無茶な事ばかりしよるからじゃろ。親として心配ばかりじゃ」


 正直に言えば、アルテミスが嫁に行けるかが最大の心配事であった。

 見た目と行動が正反対の気性の荒さであり、何かあると力尽くで解決しようとする娘に、良い伴侶が出来るとは到底思えないのだ。

 後継者問題とは別の方向で頭の痛い悩みであった。


 ―――ズズゥン!!


「「!?」」


 突如襲った異常な圧迫感に、二人は驚愕した。

 それはあまりにも強大で、体が押し潰される様な程の膨大な力の気配であった。

 不思議な事に威圧感は無い。しかし、それでも人である二人には背中に汗が流れるのを止められない。

 それは絶対的な強者が現れた事を示唆していた。

 同時に、二人はこうした気配を放つ存在を知っている。


「こ、これって……まさか?」

「うむ……神が降臨したとしか思えぬ。しかし……何故?」


 二人にとっては神は既に身近な存在として認識している。

 何しろフレアランスは神によって命を助けられ、同時に若さも取り戻したのであるから。

 そして、神が降臨したと為れば、何らかの重要な意味があると推察した。

 神の降臨だとしたら、この場にいる事自体が不敬に当たる。

 そう判断した二人は急いで部屋を出て、長い回廊を走り出した。

 強い気配を感じる方向……謁見の間へと。



 * * * * * * * * * *



 二人は回廊を走り続ける間、異様な光景を見ていた。

 城にいる者達の大半が倒れ、辛うじて動ける者もどこか苦しそうにしている。

 この強大な気配の煽りを受け、耐性の無い者達は須らく自由を奪われたのだ。

 騎士達は格上の相手をする事があるが、神の波動を受けて立ち上がれる者達はごく一部の者達であり、それでも20数名しか居なかった。

 彼等の全てが研鑽を積み、手練れと呼ばれる程に技を昇華した者達なのだ。

 その中にアルテミスが含まれている事を考えると、この姫様の技量の程が窺えるであろう。

 嫁の貰い手がいないと嘆くのも頷ける。


「これは……いや、これ程の力にあてられれば当然か……」

「情けないわね。もう少し鍛錬の時間を増やそうかしら?」

「待て、これ以上練兵の修練を増やすと職務に支障をきたす。無謀な試みは止さぬか」


 唯でさえアルテミスが陣頭指揮している修練は地獄なのだ。これ以上た厳しくやられたら騎士達が根を上げ逃げ出しかねない。

 すかさず釘を刺すフレアランスであった。


 走り続けながらも気配が強まる方向に足を進めれば、そこは謁見の間であった。

 今は誰も使ってはいない筈のこの部屋に、濃密な神気が発せられている。

 息を吞み、その手で扉を押し開ける。

 其処には一人の女性と小柄な少女がこの部屋を支配していた。


 長い耳はエルフ特有の物であるが、銀色の髪をした美しい女性である。

 傍らには憮然と不機嫌そうな顔をした褐色黒髪の少女が、胡坐を掻きながら座っていた。

 方や息を吞むほど美しい女神、方や愛くるしさと、それとは異なる異常なまでの威圧感を放つ少女。

 二人の存在に、フレアランスは直ぐに答えに辿り着いた。


「来ましたか。グラードス王国の賢王よ」

「ま……まさか、イルモール神様で…ございますか……?」

「良く、お分かりになられましたね? まだ至らない所もございますが豊穣神の責務を預かる者です」

「で、では……その傍らにいる方が……」

「久しぶり……随分若返ったな……。まさか、ここまでの効果が有るとは思わなかった…」

「やはり、鬼神殿ですか」


 周りにいたごく一部の動ける騎士達は、フレアランスの言葉に絶句する。

 まさか二柱の神が降臨するなど夢にも思わないであろう。

 その場にいられた事に歓喜するのを必死に抑えている。


「今回、用があるのはこの人だからな? 俺は飽くまで付添だ。それと、先に言って於くけど、俺は男だからな? あー、驚くのも変な趣味を押し付けようとするのにも、もう慣れたから声に出さなくて良いぞ?」


 先に釘を刺されてしまった。

 しかし、豊穣の女神の要件が如何なるものなのか、フレアランスは大いに気になる処である。


「今日は貴方にお願いがあって参りました」

「わ、私にですか? 神の命であるならば、出来る限りの事は致しますが?」

「セコンダリア帝国から難民が溢れているのは知っておりますね?」

「確かにその情報は届いております。再びメルセディア聖国が兵を挙げたと……」

「実は、そこで難民となった民達を擁護したのですが、今後の事を踏まえると種族に偏見を持ち出さないグラードス王国と交流させたいと思っているのです」

「そ、それは……難民となった者達を受け入れろと……いや、違いますな。恐らくは彼等の生活が安定するまで、この国と交易を考えておいでなのでは?」


 フレアランスの答えに対し、イルモール神は満足げな笑みを浮かべ、鬼神は感心している。

 そんな遣り取りを見ているアルテミスや騎士達は、言葉を挿む機会が無い。


「孰れは彼等を貴方の国の民として受け入れて貰いたいのですが、今の情勢ではそれは不可能ですし、土地の確保もままならない事でしょう」

「御意に……新たに土地を開拓するにも、どうしても資金が必要となりますし、税を徴収できるように発展するのを考えても20年は費やすでしょう」

「その前に彼等にその開拓を行えるだけの余裕が生まれるまで、この国と生活の安定を目的とした交易をしたいと考えました」

「成程……しかし、彼等は何処で生活しているのでしょうか? よ、よもや……神域…ですか?」


 魔物が生息する広大な森の中で、難民が安全に生活できるとは考えにくい。

 そうなると答えは必然と出て来る。

 何よりも、その神域の支配者が目の前に存在しているからだ。


「そっ、俺の神域ね。そこでだ、奴等の生活用品などを購入するため、この街の何処かに転移魔方陣を設置したいんだが……良い場所は無いか?」

「神域と、この街を繋げるというのですか?!」

「まぁ、許可した者じゃないと使えんし、彼等が外に生活の場を持つまでの一時凌ぎだな」

「それは構いませぬ。状況が逼迫している様なので、直ちに手頃な場所をお教えしましょう」

「まぁ、今回は俺の頼みじゃないが、無理を押し付けている。対価としてこのオリハルコンを与え様かと思う」


 それは掌サイズの大きさのオリハルコンであった。

 僅か一撮みの欠片でも、鉄の剣を二倍近い強度と切れ味を与える希少鉱物である。

 しかし、目の前に差し出されたオリハルコンの大きさは、今まで見た事の無いサイズであった。

 下手すると国家予算に匹敵する価値がある。

 驚愕物の対価……寧ろ、身に勝ち過ぎた贈り物であった。


「今神力を開放しているが、動ける奴がいるみたいだな。そいつらに剣を与えてやれば良いんじゃないか? 見た所、手練れみたいだしな」

「では、私からは祝福を与えましょう。貴方方の助けになれば良いのですが」

「何と……民草の事であるなら、我等に御命じになられば良いというのに……何と言う身に余る光栄」

「無茶な事を押し付けてんのはこっちだからな。対価は払うさ、割に合ってるかどうかは別問題だが」

「彼等には、自分達の手で生活を営む場を勝ち取って欲しいのです。彼等が無事に生活を送れるための細やかな支援を求めますが、干渉し過ぎても問題がありますね」


 難民支援は金が掛かる。

 一度に大量の住人が増えると、それだけで経済が圧迫されるのだ。

 だが、神が提示したのは王都で物を買う支援のみである。


「今後の交渉はイルモールさんに任せるよ。管理権限は持ってるんだろ? 難民達もアンタが集めたんだし」

「そうですね。これからは頻繁にこちらに来ることになりますが、今は転移魔方陣御設置場所が重要ですので、何とか都合をつけてくださいませんでしょうか?」

「今直ぐにでも探させましょう。それまでこの城に滞在して頂く事になります」

「俺、帰らないと不味いんだよねぇ~。四日ほど家を空けてたから、家がどうなってんだか心配でな」 

「そう言えば、アットの町に滞在なされておりましたな」

「冒険者をやってる。神域に引き籠るのは柄じゃないしな、仕事しながら楽しく暮らしてるよ」


 砕けた調子で話す鬼神に、彼等も意外な面を見た気がしていた。

 あまりにも身近に存在し、人と共に生活を営んでいる様である。

 神とはここまで身近な存在であったのかと、彼等は驚きを隠せない。


「俺はこの辺で帰るぞ? 流石に今の家族が心配だからな……飢え死にしてなきゃいいんだが…」

「そこまで心配なさるなら、何故冒険者の仕事をなさったのですか? 傍で見守っていればよろしいと思うのですが?」

「最近、俺に甘え過ぎてる気がしてな、教育の為に少し家を空けたんだよ。本当なら昨日には帰ってたはずだったんだけどな……」

「申し訳ありません。難民達の事がありましたので、そこまで気に留めておりませんでした」


 神二人の会話に口を出す事ができない一同。

 しかし、内容を聞く限りでも慈愛と厳しさを持つ存在である事がわかる。

 常に寄り添うように存在し、時に救い、時に厳しい試練を与える神の在り方に、この場に集った者達に大きな衝撃を与えた。

 神は常に自分達を見守り続けているという事だ。

 その神々が今、自分達の力を必要としてくれている事に、彼等は言葉に出来ない誇らしさを感じていた。


「すまないな。仕事中邪魔をしたみたいで」

「いえ、鬼神様にお救い頂いたこの命に比べれば、このような事些細な物です」

「あんまり気負わないでくれよ、気まぐれみたいなもんだからな? そんじゃ、俺は帰r「待ってくださいっ!!」…へっ?」


 鬼神が帰ろうとした矢先に、アルテミスは待ったをかけた。

 彼女はこの機を逃す積もりは無かった。


「鬼神様にはお願いがあります」

「何だ? 俺は直ぐにでも帰りたいんだけど……」

「聖剣を私に下さらないでしょうか?」

「ハァ?!」


 神に向かってとんでもない事を言いだした娘に、フレアランスは青褪める。

 親の心を知らず、彼女は不敵な笑みを浮かべ、鬼神を挑戦的な瞳で見つめていた。

 



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